硫黄島防衛戦

 

 

 

 

「あのさぁ、さっき話してたBなんたらの話なんだけど中途半端過ぎない?」

「?」

「だ〜か〜ら!
趣味に走って長々と説明してるくせに話がまとまってないって言ってんの!結局、何が言いたかったのよ!」

「・・・先程はB-29の迎撃の難しさ、日本の現状を説明しただけです。
それらの予備知識を踏まえて次の講義に移りたいと思います。」

「・・・話が繋がっているのか。」

「どーせ、思いつきじゃないの?」

「・・・そうでもありません。歴史は流れでつかむものです。戦況に応じて状況は変わるものですから。」

「何がなんだか分からないんだけど・・・。」

「B-29爆撃機の爆撃範囲に入ったとは言え、マリアナ諸島から日本までは遠すぎました。
したがって、アメリカ軍と言えど護衛の戦闘機を付ける事が出来なかったのです。」

「そうなんですか?」

「・・・そうです。日本軍にとっても護衛の戦闘機がいない方が良いのは明白です。
とりあえず、爆撃機への攻撃に専念できますからね。」

「ふ〜ん・・・。」

「しかし、アメリカ軍も遊んでいる訳ではありません。
着々と日本に近付いていたアメリカ軍は次の目標を硫黄島に定めたのです。」

「イオージマ?なにそれ?」

「・・・こちらが地図になっています。」

 

 

「・・・硫黄島はサイパンから約1400km北に位置する小さな島です。
マリアナやフィリピンが陥落した今、硫黄島の戦略価値はそれほど大きいとは言えません。」

「そうなのか?」

「・・・硫黄島を無力化させたいだけなら、これまで通り爆撃と補給路の遮断で事足ります。
硫黄島に上陸して占領しようというのには、それなりの理由があるのです。」

「へ、占領すんのか?」

「・・・そうですが、それが何か?」

「いや、アメリカ軍ってこれまでラバウルとかトラックとか結構スルーしまくってたからさ。
わざわざ占領するのって珍しいと思ってな。」

「・・・アメリカ軍が硫黄島を占領しようとした理由は
硫黄島を日本本土爆撃の為の中継基地とするというものです。
戦略的な価値が大きいというよりは、本土爆撃のリスクを軽減するという理由に他なりません。」

「何がなんだか・・・」

「硫黄島を占領すれば、そこから戦闘機を爆撃隊の護衛に付ける事が出来ます。
無理して落とすほどの島ではありませんが、手中にあれば有効に活用出来る・・・
アメリカ軍にとっての硫黄島はそんな感じかと思われます。」

「それ、あんたの妄想でしょ?」

「・・・さぁ?アメリカ軍の指揮官の一人も似たような事を言っていましたから、それほど的外れな意見では無いかと思いますが。」

「む・・・」

「(・∀・)ニヤニヤ」

「あんた、ムカつくっての!」

「硫黄島か・・・、そこにも当然日本軍は居るのだろう?」

「・・・当然です。硫黄島も他の地域と同様、日本軍が駐留していました。
昭和19年6月頃までは戦術構想も従来通り水際作戦で防ぎ連合艦隊の到着を待つというものでした。
しかし、ある事情により作戦構想は変更を余儀なくされてしまったのです」

「よく解らないんだけど・・・」

「何かありましたっけ?」

「・・・以前、説明したはずですが。」

「う〜ん、ミッドウェーがあったのって6月だよね?」

「何年前の6月の話だ・・・。」

「ファースト、もったいぶらないでさっさと話しなさいよ。」

「クスクス、そんな事も分からないんですか?アスカさんもまだまだですねぇ。」

「るさい!んなヲタ臭い事いちいち覚えているわけないでしょうが!」

「お前は覚えているのか?」

「フフフ、私はS2機関搭載の第五使徒ですよ?その程度の知識はお茶の子サイサイでつ。」

「で?」

「昭和19年の6月と言えば、アメリカ軍の小隊がライアン二等兵を捜索している頃でつ。」

「な〜んだ、メーディーック!の頃かぁ♪」

「どんな覚え方してんのよ・・・。」

「ノルマンディー上陸作戦は当たりといえば当たりですが・・・直接的には日本にあまり関係の無い話です。」

「な〜んだ、残念残念。」

「ノルマンディーと同時期と言えば・・・確か、日本軍の機動部隊が完敗した時だったか?」

「なんだっけ?」

「小沢中将とやらが艦隊を率いて戦った空母同士の決戦だ。マリアナ沖海戦とか言ったか・・・。」

「・・・そうです。小沢中将閣下率いる機動部隊が挑んだ最期の空母決戦。
昭和19年6月は、帝国海軍が戦いの主導権を完全に失った月でもあります。」

「で、それと硫黄島と何の関係があんの?」

「機動部隊の敗北により、硫黄島の防衛戦術の根底が崩れてしまったんです。
救援が来るまで抵抗するという作戦構想の根幹、連合艦隊による救援の見込みが無くなってしまったのです。」

「何がなんだか分かりませんでつ。」

「あたしも〜。」

「つまり、硫黄島は救援が来る事を前提とした戦術が執れなくなったと言う事だ。
そうなると、自ずと執りえる戦術は限られてくる。」

「余計に分からないんだけど。」

「援軍が来ないというのは絶望的な状況だ。武器、弾薬、食料その他・・・全て現地にあるものでどうにかしなければならんのだ。
撤退出来るのならそれも良いだろうが・・・孤島では、敵が攻め寄せてくれば撤退すら出来なくなるからな。
そんな状況で戦うにはどうすれば良いか分かるか?」

「降参するに決まってるじゃないですか。」

「あたしも〜♪」

「・・・お前達はそれでも軍人か?」

「あたし、軍人じゃないし〜。」

「か弱い一般市民ですもんね〜♪」

「あんたは人ですらないでしょうが。」

「援軍が期待できない以上、残された手段は持久戦くらいのものです。
積極的に攻めても勝てないのであれば戦闘を少しでも長引かせるくらいしか・・・」

「そうなの?」

「・・・ベストな手段ではありませんが、ベターな選択ではあります。
まともに戦って勝つ方法が無い以上、戦争を長引かせて講和の道を探るくらいしかないのですから。」

「戦争長引かせて犠牲が増えるんじゃ、何のために戦争してんだか分からないけどね。」

「ですから、そういう苦情はペテン師に言ってください。国力に劣る国を虐めて何が楽しいのか・・・本当に理解に苦しみます。」

「そーやって、アレのせいばっかにしてんじゃないっての。」

「なんだかんだでアレ扱いかい。」

「まぁ、それはさておき・・・」

「ついにスルーされるようになったか・・・。」

「・・・話を進めます。
マリアナ沖海戦で連合艦隊が敗北してしまった以上、硫黄島が攻撃を受けた時に援軍が来る見込みが無くなってしまいました。
現地守備隊司令部では防衛戦略の転換を余儀なくされてしまったのです。」

「で、具体的にどうなったのよ?」

「・・・戦力と物資の消耗の早い水際防衛は避け、徹底的な持久戦を行う戦術に転換したのです。」

「何が違うんだか分からないんだけど・・・」

「・・・水際防衛は敵の上陸を防ぐ事を最優先とします。
上陸されて橋頭堡を作られてしまえば、その時点で戦略的に失敗となってしまいますからね。」

「それで?」

「・・・敵の上陸を防ぐにはそれなりの武器弾薬、補給物資が必要になります。
水際防衛の優先順位は人員物資の消耗<敵の上陸阻止となります。
援軍が期待できるのなら水際防衛が有効ですが、援軍も補給も期待できないのであれば水際戦術はあまり期待出来ません。」

「えへへ、やっぱ分かんないや・・・。」

「では、考え方を変えてみろ。仮に、全力を尽くして来襲する敵を水際で撃退したとしよう・・・ここまでは良いか?」

「まぁ、なんとなく。」

「一度目の上陸を阻止したとして、敵がまた上陸を試みたらどうする?二度三度・・・何度も何度もだ。」

「防げるわけ無いじゃん。」

「・・・そういう事です。一時的に敵の上陸を防げたとしても、補給も無い状態で何度も防げる訳がありません。
そして、敵の上陸阻止に全力を尽くしてしまえば敵上陸後の継戦能力に支障が出てしまう事は明白です。
ならばどうするか・・・自ずと持久戦以外に選択肢が無くなってしまうわけです。」

「どっちにしたって全滅するしかないじゃん。」

「・・・全滅という結果は同じでも、1週間か1ヵ月かで話が違ってきます。硫黄島の防衛は内地の防衛にも繋がるのですからね。」

「つまり、本土を守る為の犠牲になれっての?」

「・・・酷な言い方かもしれませんがその通りです。」

「ちょっと!人の命を何だと思ってんのよ!」

「・・・そういうものなのです。少なくとも、当時の日本には他に選択肢などありません。
仮に硫黄島を失えば、そこがアメリカ軍の飛行場になってしまう・・・そうすればB-29に戦闘機の護衛が付いてしまうのです。
そうなれば結果的に内地がより危険にさらされてしまいます。」

「風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話だな。」

「・・・以上の様な理由で、硫黄島守備隊の最大目標は敵の上陸阻止ではなく一日でも全滅を遅らせるという事になりました。
そのため、現地では地下トンネルの建設に力が注がれる事になったのです。」

「地下トンネル?」

「・・・敵の艦砲射撃や爆撃による攻撃から身を守る為には地下壕が有効です。
日本軍は、硫黄島の地下を縦横無尽に移動出来る様に地下トンネルの建造に力を入れる事にしたのです。」

「地下トンネル・・・?設営能力の低い日本軍がそんなものを造れるのか?」

「造ったからこそ、歴史が残っている訳で・・・よくそんな事が出来たものだとあらためて感心します。
ですが、硫黄島はその名の通り硫黄が多く含まれています。」

「イオウって?」

「身体に優しいマイナス・・・」

「それはイオン。」

「お馬さんに乗った世紀末覇者。」

「それはラオウ!」

「おはようからお休みまで、暮らしを見つめる・・・」

「それは花王でしょ!あんたテキトーな事言ってんじゃ無いわよ!」

「暮らし見つめてんのライオンじゃなかったか?」

「あ・・・」

「や〜い、引っかかった引っかかった〜♪」

「るさい!あんたは小学生か!」

「・・・硫黄は硫酸や二酸化炭素の製造に使用されている重要な金属硫黄物だそうです。
特徴としては独特の匂いがありますね。」

「そなの?」

「そういえば、理科の実験とかで使った事があるような・・・」

「硫黄島は、少し掘っただけで硫黄が噴出し地熱も高いという環境でした。
場所によっては摂氏60度になる所もあったそうです。衛生状態も悪く、作業途中で体調を崩す作業員が後を絶たなかった様です。」

「あまり良い状況では無かったのだな。」

「・・・そうですね。しかし、そんな過酷な状況でも地下陣地やトンネルの構築は続けられました。
トンネルに関しては、昭和20年1月末までに予定の半分が完成したそうです。」

「半分だけ?」

「半分と言っても総延長約18km分は完成していました。
過酷な環境で機械化もされていない日本軍に必要以上を求めるのは酷かと・・・」

「あんた、そればっかじゃん。」

「なんでそこで作るの止めちゃったの?」

「・・・アメリカ軍の上陸作戦が始まってしまったからです。
残念ながら硫黄島守備隊は、地下トンネルが完全に完成する前に敵を迎え撃たねばならなくなったのです。」

「敵は待ってはくれんからな・・・」

「準備不足っぽいが、大丈夫なのか?」

「準備不足は否めませんが、硫黄島守備隊も一応の迎撃体制は整えていました。日本軍の兵力は次の通りです。」

 

陸軍
第109師団司令部
歩兵九個大隊
戦車一個連隊(23輌)
野砲兵二個大隊(約40門)
連射砲五個大隊(約70門)
中迫撃砲、臼砲三個大隊(約110門)
兵員数・約13900名

海軍
平射砲(約20門)
高角砲、高射機銃(約170門)
兵員数・約6000名

 

「合計で約20000と言ったところか・・・。」

「飛行機とかは無いの?」

「硫黄島にも航空隊はありました。しかし、硫黄島は幾度もアメリカ軍の空襲を受けていました。
硫黄島が焦土になるほどの爆弾を投下されていたのです。

・・・硫黄島に進出していた航空隊である八幡部隊は、昭和19年の7月頃には稼動飛行機を動員して敵の迎撃を行っていました。
しかし、補給も満足に行われなくては飛行機も飛ぶ事が出来なくなってしまいます。
昭和20年になる頃には、八幡部隊はすでにその戦闘力を失っていました。」

「ふ〜ん・・・。」

「また、硫黄島は航空機だけではなく艦砲射撃による攻撃も受けていました。
アメリカ軍は硫黄島へ上陸するはるか以前から、入念な準備を行っていたのです。
・・・ちなみに、アメリカ軍首脳部では硫黄島を5〜10日程度で占領出来ると考えていたそうです。」

「そんなにあっさり占領出来んのか?」

「アメリカ軍が実際に上陸させる兵力はおよそ60000人。支援部隊の兵員も合わせれば10万を軽く超えます。
単純な兵力差から考えればアメリカ軍が負ける道理はありません。故に、アメリカ側も苦戦するとは思っていなかったのでしょう。」

「相変わらず、物量で押してくるのだな。」

「・・・数は戦いの基本ですからね。最終的に物量の多い方が勝つのは自然な事です。」

「ホント、あんたそればっかね。」

「・・・事実ですから。物量を持ってしても勝てないという事があるとすれば、戦術レベルに著しい差がある場合だけでしょうね。」

「ふ〜ん。」

「昭和20年2月16日、アメリカ軍は上陸前に準備砲爆撃が行われました。
18日まで続けられた攻撃により日本軍が設置した沿岸の装備が損害を受けましたが、人員等の損害はそれほどではありませんでした。」

「地下陣地を構築しておいた事が功を奏したか・・・。」

「・・・そうです。
加えて、指揮官である栗林忠道中将の指示により時期尚早な反撃は行わず、守備隊の存在を秘匿する事に主眼が置かれていました。」

「栗林・・・誰?」

「栗林中将についてはまた後ほど・・・一方のアメリカ軍が上陸を始めたのが2月19日です。
早朝から艦砲射撃と航空機による支援爆撃等で上陸予定地点への攻撃を行いました。」

「説明だけじゃワケわかんないんだけど。」

「硫黄島の大まかな地図はこちらです。」


「赤い矢印で示した方向からアメリカ軍の攻略部隊第一波が上陸を開始しました。
時刻は09:00頃、一方の日本軍はこの上陸をただ見守るだけでした。」

「そんなんで良いのか?」

「・・・タイミングを見ているだけです。アメリカ軍は海岸線約3000mに亘って次々と上陸。
上陸開始から約1時間半後、アメリカ軍は歩兵8個大隊、戦車1個大隊の上陸を完了させました。」

「おいおい、ほったらかしかい。」

「・・・タイミングを見ていると言ったはずですが。」

「タイミングとはいつだ?」

「・・・先程説明した、10:30にアメリカ軍の部隊が上陸を完了させた頃です。
巧妙に隠された機銃や迫撃砲がアメリカ軍に向けて火を吹きました。」

「そんなんでうまくいくの?」

「古来から、渡河中の軍隊は戦闘力・防御力が発揮できないとされています。
故に、迎え撃つ場合は渡河途中か先頭集団が渡り終えた時に急襲、殲滅するのが最善です。」

「時代が違うでしょ、時代が。」

「・・・基本は一緒です。実際、この時の日本軍の攻撃はアメリカ軍に甚大な被害を与えました。」

「そんなに凄かったの?」

「水陸両用車約20、上陸用舟艇3、他1両を撃破したとされています。」

うわ〜ぁ、撃たれて動けない〜!

衛生兵〜!衛生兵〜!

「何の話してんのよ・・・。」

「通信しろ!我が軍の戦車は一台も上がらず!海岸突破口今だ開けず!B地区ルート、確保出来ず!」

「シクシク、私は死ぬ役なんですね・・・」

「だから、ワケの分からない脱線は止めなさいっつってるでしょ!」

「・・・オマハビーチでの戦闘とは少し違うと思います。日本軍はアメリカ軍の上陸を完了させた後で反撃していますから。」

「しかし、なぜアメリカ軍の被害が大きかったのだ?アメリカ軍とて、準備はちゃんと整えていたのだろう?」

「・・・上陸当初、日本軍の抵抗がほぼ皆無だった事が原因の一つとして考えられます。
これにより、準備砲爆撃の効果があったという楽天的な考えが一部にあったと言われています。」

「油断してたって事か?」

「可能性はあります。
一方の日本軍は敵の上陸地点の予想を的確に行い、堅固な防衛陣地を築いていたのです。これは日本側の戦術的な勝利と言えます。
12:00頃に日本側は噴進砲での射撃を開始。命中精度は高くありませんが、
爆発音と殺傷能力の高さによりアメリカ軍の混乱に拍車をかける事が出来ました。」

「噴進砲?」

「・・・ロケット弾です。地上での使用はこれが始めてだったとか。
19日のアメリカ軍上陸部隊の被害は戦死、負傷合わせて2000人を超えています。
この日、日本軍は効果的にアメリカ軍を抑える事が出来ました。」

「ホントなの?それ。」

「・・・アメリカ軍は想定していた区域まで前進する事が出来ていません。
先程も言いましたが、この日の戦闘は日本軍の戦術的な勝利と言って良いでしょう。」

「へ〜、凄いんだね〜♪」

「しかし、日本軍の損害が無かったわけでもありません。アメリカ軍は初日で硫黄島の約10%を占領するに至りました。」

「一割か・・・、多いのか少ないのか分からんが。」

「アメリカ軍の侵攻を遅らせる事が出来ただけでも十分です。
翌日の2月20日、硫黄島では激しい戦闘が繰り広げられていました。この日のアメリカ軍の攻撃は主に摺鉢山方面に向けられました。」

「摺鉢山ってドコ?」


「千鳥飛行場の下にある陣地が摺鉢山です。
連日のアメリカ軍の艦砲射撃により、摺鉢山付近の主な装備はことごとく破壊されてしまいました。
日本軍守備隊もゲリラ戦術で対抗するものの・・・その力は着実に削がれていったのです。」

「大丈夫なの?」

「・・・この日はまだ持ちこたえる事が出来ましたが、長くは持ちません。
地図を見れば分かりますが、摺鉢山は硫黄島南端に位置しているため撤退も難しい場所なのです。」

「そういえばさ、日本軍のお約束はまだなの?」

「?」

「ドン臭いわね〜!
あんたが随分前に話してた夜間突撃よ!ガダルカナルの時なんか馬鹿の一つ覚えみたいにやってたじゃない!」

「馬鹿とは何ですか、馬鹿とは。」

「あら、気に障った?」

「ヤカン攻撃?」

「ヤカン光殺砲〜♪」

「あんたら、黙ってなさいってば。」

「指揮官の栗林中将は無闇な夜間斬り込みを禁じています。少なくともアメリカ軍の上陸初日は、ですが。」

「おいおい、初日だけ?」

「・・・それでもちゃんと学習しているでしょう?
アメリカ軍は日本軍の夜間攻撃を警戒して、照明弾を一晩中上げているような軍隊です。
迂闊に攻めても被害が増える・・・陸軍と言えど、現実を認識している証拠ですよ。」

「でも、そのうち突撃すんでしょ?」

「そういった話はまた後ほど・・・」

「また、先延ばしかい。」

「・・・それにしても、アメリカ軍とやらは、照明弾を夜通し上げられるのか。」

「・・・制空海権を掌握しているからこそ出来る芸当です。うらやましい限りですね。」

「でも、いきなり日本軍ヤバげじゃねぇか?抵抗してるっつっても、南は大ピンチなんだろ。」

「大ピンチってヤツですね。」

「だからピンチなんだってば。」

「・・・アメリカ軍上陸から2日後の21日も激しい戦闘が続いていました。
この日、千鳥飛行場はアメリカ軍に占領されてしまいました。日本軍守備隊は南北に分断されてしまったのです。」


「何やってんのよ・・・。」

「上陸地点に近い千鳥飛行場を長期間維持できる訳がありません。無理を言わないで下さい。」

「それはそうなのだろうが・・・」

「・・・この日、苦戦を強いられている日本軍に心強い援軍が現れました。」

「え、なんか来たの?」

「・・・千葉県香取基地から出撃した第601海軍航空隊の第二御楯特攻隊です。編成は次の通りです。」


第二御楯特攻隊
艦上爆撃機・彗星×11
艦上攻撃機・天山×6
零式艦上戦闘機×9

 

「特攻隊ねぇ・・・。」

「何か不満ですか?」

「ちょっとうまくいったからって基本戦術にしちゃってどうすんのよ。」

「貴重なパイロットを失うのは賢明ではありません。特攻という作戦そのものに非難が集まるのも無理はない話です。
他に方法が無かったと言うのが正直なところです。通常攻撃で戦果が上げられるのなら、そちらの方が良いに決まってますから。
・・・この日行われた第二御楯特攻隊による攻撃は多大な戦果を上げました。」

正規空母・サラトガ(中破)
護衛空母・ビスマルクシー(沈没)
護衛空母・ルンガポイント(小破)
輸送船・ケオック(小破)

 

「へ〜、凄いじゃん♪」

「沈没したビスマルクシーでは火災が発生、地獄の様な惨状でした。
ビスマルクシーは300名の乗組員を乗せたまま沈没していきました。」

「ふ〜ん・・・。そういう事聞いちゃうと、なんか複雑な気分だね。」

「おお、さすが同志エルピー・プル!慈悲深い御心でございます!」

「まぁ・・・、人の死は喜ぶものではありませんからね。
・・・また、中破したサラトガですが艦載機30機程を喪失しています。
戦果の上では中破と言いましたが、撃沈と言っても差し支えは無いと思います。」

「はぁ?あんた何言ってんの?」

「中破だからな。損傷したとは言え・・・沈む程の損害では無いのだろう?」

「サラトガは確かに沈没しませんでした、しかし、修理のためにアメリカ本土への回航を余儀なくされています。
その後、修理は完了したもののサラトガが前線に戻ってくる事は二度とありませんでした。
ですから、サラトガの戦果は撃沈と同義かと・・・」

「あんた、そこまで特攻を美化したいの?」

「・・・特攻が無駄な行動では無かったと思っているだけです。」

「でもさ。サラトガって、なんかかわいそうだよね〜。」

「どうして?」

「だって、最初の頃から出番あったのに、パッとした活躍も無いまま降板しちゃってるじゃん。」

「そういえばそうだな。」

「それに、いっつも修理中だった様な気がするし・・・」

どっかの誰かさんみたいですねぇ。」

「うるさい!あたしはちゃんと活躍してるでしょうが!」

「中盤はいつも不調だけど・・・」

「うるさいっつってるでしょ!あんたは黙ってなさいよ!」

「・・・図星か。」

「うるさいっての!」

「サラトガは悲運といえば良いのか悪運が強いと言えば良いのか・・・よく分かりません。」

「ちゃんと修理されたんでしょ?なら、それで良いでしょうが。」

「戦後は標的艦として原爆実験に使われています。あまり良いとは思えませんが・・・。」

「へ、原爆?」

「・・・そうです。サラトガは原水爆の実験に使われました。」

「さすが肉食メインの国でつね。歴戦の強運艦に対し、血も涙も情けも無い悪魔の様な所業でつ。」

「・・・なんで私の方を見ながら言うのよ。」

「有効利用されたとも言えるが・・・悲惨と言えば悲惨な最期だな。」

「あの〜、ちょっと質問があるんでつけど・・・」

「どうしました?」

「さっきの特攻隊って第二なんとかってなってましたけど、第一もあるんですか?」

「第一御楯特攻隊はサイパン島のB-29に対する銃撃を目的として編成されました。
アメリカ軍が硫黄島に上陸するはるか以前の昭和19年11月27日、
別名サイパン特別銃撃隊と呼ばれた第一御楯特攻隊(零戦11機)が誘導機に先導されてサイパン島へ到達、
飛行場に駐機してあるB-29へ銃撃を行いました。」

「へ〜、そんな事してたんだ。」

「でも、特攻なんでしょ?」

「いいえ。銃撃を終えた後は一応近くのパガン島に帰還する手はずになっていました。
銃撃を成功させB-29爆撃機2機を完全喪失・7機を大破させた攻撃隊ですが、サイパン島の迎撃部隊の攻撃を受け
全機、未帰還となってしまいました。」

「最終的には特攻と同様の結果になってしまったか・・・。」

「・・・通常攻撃と言えど危険性は高いものなのです。特攻ではないから帰れるというものではありません。
第一御楯特攻隊以降、リスクの高さから同様の作戦が執られる事はありませんでした。

さて・・・一方の硫黄島ですが、日本軍とアメリカ軍の戦闘は熾烈を極めました。
上陸から3日でアメリカ軍は硫黄島の約3分の1を占領したものの、死傷者の数が4500人を超えてしまいました。」

「多いのか少ないのか分からんが・・・」

「多いんじゃないの?」

「・・・泥沼の東部戦線に比べれば比較にならん。あちらはあちらで桁違いだからな。」

「2月22日、太平洋艦隊司令長官の二ミッツ元帥が記者会見で発表した数字は
死者644名・負傷者410名・行方不明者560名との事です。
実際の数から考えれば極端に少なく調整されていますね。」

「なんでまた?」

「少なく見積もって発表しても、アメリカ国内では犠牲者の多さに反響が大きかったそうです。」

「そんなに凄かったの?」

「・・・一部マスコミからは、指揮官の更迭という主張が出たほどです。アメリカもアメリカで大本営発表してるんですよ。」

「でも、日本ほど酷くはないでしょ。」

「・・・やってる事はさほど変わりませんよ。程度の差こそあれ、本質的には同じ事です。」

「でも・・・、もう3分の1もアメリカに占領されちゃったんだ。」

「・・・仕方ありません。満足な補給が無ければ戦いの継続は困難です。
これは日本軍に限った話ではありませんから。
初期こそ組織的な戦闘を展開出来ましたが、時が経つにつれそれすら難しくなってきました。
3月1日には戦車第二十六連隊がアメリカ軍のシャーマン戦車へ突撃していきました。」

∩( ・ω・)∩チハタンばんじゃーい!

「その時の戦車がチハかどうかは分からないのですが・・・」

「良いじゃん、日本の戦車ならなんでもチハたんで♪」

「そうそう♪」

「それは、日本軍機を全て零戦と言っている方と、さほど変わりませんよ・・・。」

「日本軍はなんでもかんでも突撃してんのね。」

「敵に追い込まれた状況では、手段はそれほど残されていません。・・・こちらをご覧下さい。」


「3月に入った時点で、すでに元山飛行場はアメリカ軍の手に落ちました。
日本軍の残存人員は約4000名、弾薬は欠乏し、重傷者多数。こうなっては、満足な防衛戦を続ける事すら困難な状況です。」

「あんたが自慢してた地下トンネルは?」

「・・・もちろん有効活用しています。陣地から陣地へ移動しアメリカ軍へゲリラ的に抗戦を続けています。」

「それでも、アメリカ軍の侵攻を遅らせる事は出来んと言う事か?」

「いえ、侵攻を遅らせる事には成功しています。現に3月5日にはアメリカ軍は侵攻を止め、部隊に休養を取らせています。」

「休養って・・・休んでるってこと?」

「・・・そうです。日本軍の頑強さにアメリカ軍は疲労の色を濃くしていきました。
進軍を停止させ、休養も兼ねて再編成等も行なっていた様です。」

「どのくらい、休んでたの?」

「1日です。」

「おいおい、1日だけかい。」

「1日遅らせるだけでも立派ですよ。制空海権は無く補給も援軍も無し、完全に孤立したような状況で戦い続けるなんて・・・」

「降伏しようと言う話にはならなかったのか?」

「個別に投降した兵士はいましたが、自決した方々がほとんどの様です。
3月8日には、混成第二旅団が元山飛行場のアメリカ軍に対し総攻撃を実行しました。」

「総攻撃ねぇ、日本軍にそんな力がまだ残ってんのか・・・。」

「総攻撃とは名ばかりの突撃だった様です。栗林兵団長は持久の方針を執っていた為、安易な突撃は禁じられていました。
ですから、総攻撃と言うのはただの方便かと・・・」

「結局、突撃かい・・・。」

「・・・日本軍の夜襲を警戒していたアメリカ軍により、この時の総攻撃は失敗に終わりました。
夜間斬り込みが通じないのは、他の戦場でも証明されているのですが・・・追い込まれたこの状況では何とも言えません。
3月14日、アメリカ軍は硫黄島にて国旗掲揚式を挙行しました。これは硫黄島の占領を内外に知らしめる為のものだった様です。」

「負けちゃったんだ。」

「この時はまだ日本軍は抵抗を続けています。
しかし、17日の頃には硫黄島北部の司令部にまでアメリカ軍の攻撃にさらされるようになりました。
司令部では機密文書の焼却等が行われ、大本営への訣別電が発信されています。」

「いよいよ・・・なのだな?」

「以後、日本軍守備隊は総攻撃の機会をうかがう事になりました。
地下壕の外はアメリカ軍が居る為、外には中々出られない状況となっていたのです。
3月25日の夜半から26日の早朝にかけ、日本軍守備隊による組織的な最後の総攻撃が行われました。
総勢400名が元山飛行場を目指し突撃を行いました。」

「アメリカに通じる訳無いのに・・・」

「・・・そうですね。参加した将兵はほぼ全員死亡。
栗林司令官の最期については諸説ありますが、拳銃自殺したというのが有力な説みたいです。」

「そうなの?」

「後は白襷を付けた姿で最期の突撃に参加したとする説ですね。もっとも、どこまでが本当なのかはよく分かりませんが・・・。」

「いい加減ねぇ・・・。」

「日本軍もついに全滅か・・・。」

「栗林兵団長は突撃前、こう述べていたそうです。」

 

たとえ草をはみ、土をかじり、野に伏すとも、
断じて戦うところ
死中おのずから活あるを信ず。

ここに至っては一人百殺以外にない。
本職は諸君の忠節を信じている。

私の後に続いてください。

 

「なんか、ホントに大変なんだね。」

「司令部の全滅後も、硫黄島各地で抵抗を続けた将兵が多かったそうです。
そのほとんどが自決の道を選び、最終的に投降したのは1019名ほどだったとか・・・」

「多いのか少ないのか分からんな。」

「・・・硫黄島での双方の損害は次の通りです。」

日本軍
戦死・19900名
戦傷・1033名

アメリカ軍
戦死・6821名
戦傷・21868名

 

「硫黄島での戦いは、攻撃側の損害が防御側を上回った稀有な例として有名です。
日本軍がここまで善戦出来たのは、やはり地下陣地の存在が挙げられます。」

「そんな凄いようには思えないんだけど。」

「・・・損害だけみれば、アメリカ軍にとって楽な戦いだったとは言えません。」

「そりゃ、ものの見事に大損害受けてるからなぁ。」

「現に、後年のベトナムではアメリカは常套戦術が通用せずに撤退を余儀なくされています。
戦術的に見れば、硫黄島での日本軍の戦いは決して間違いではありません。」

「ベトナム?」

「・・・ベトナムでのアメリカ軍の敗因は、砲爆撃が通用しなかった事とゲリラ戦に悩まされた事です。
ここまでは硫黄島の日本軍と同じですが、ベトナムでは上記の理由に加えて
ベトコンの便衣兵戦術・補給路遮断の不可が挙げられますけどね。
ベトナムでアメリカが負けたのは相手が悪かったとしか言えません。」

「相手が悪い相手が悪いって・・・あんた、そればっかじゃん。」

「・・・大変ですよ。いくら戦術的に勝利しようと、それ以上の数で攻めてくるんですから。
実際の戦争は、将棋やチェスの様に同じ手駒で戦える平等なものでは無いんです。」

「・・・それはそうだ。数さえ集められれば、我らとて連邦如きに引けは取らんのだ。」

「負け惜しみキタ━━(゚∀゚)━━!!」

「キタ━━━(゚∀゚)━━━!!」

「ええ〜い、うるさい!」

「どうでもいいんだけどさ。日本軍、結局全滅しちゃってんじゃん。何か意味があったわけ?」

アメリカ軍のスケジュールを見事に遅らせていますが何か?

「何かじゃないわよ!結局、負けちゃってるんじゃ意味が無いでしょうが!」

「・・・アメリカ軍の侵攻を遅らせ、出来るだけ損害を与える事が硫黄島防衛戦での目的でした。
戦略的に硫黄島防衛は叶いませんでしたが戦術的には目的を果たせました。・・・何か問題でも?」

「問題ありありでしょ!ものの見事に日本兵が無駄死にしてるじゃない!」

「どこが無駄なのかと小一時間・・・」

「・・・さしずめ、価値観の相違といったところか。何時間話し合っても結論は出ないと思うぞ。」

「んだな。」

「まぁ、アスカさんですから仕方ありませんよ。」

「ちょっと!それどういう意味よ!」

「・・・まぁ、硫黄島防衛戦についてはこんなところでしょうか。硫黄島守備隊は身を挺してアメリカ軍の侵攻を遅らせたのです。」

「そうやって美化するのが気に入らないっつってんの!」

「硫黄島を簡単に占領させる訳にもいきません。史実以上に良い方法などありません。」

「そのまま話してても平行線のままだぞ、多分。」

「次は何の話だ?」

「・・・アメリカ軍のB29による大都市への爆撃の話です。次は再びB-29の話になります。」

「また?」

「・・・そうです。硫黄島の話は前フリの様なものですから。」

「随分長い前フリだな。」

「・・・前回の硫黄島防衛戦が始まる少し前の2月4日。
アメリカ軍は無差別絨毯爆撃のテストとして、軍需産業の要所である神戸への爆撃を実行しました。」

「無差別・・・何?」

「その名の通り、目標を選定する事をせず爆弾を投下する方法です。」

「・・・待て。目標は大都市なのだろう?無差別に爆弾を落として大丈夫なのか?」

「コロニー落とした人が言う台詞じゃないと思うんだけど・・・。」

「・・・アメリカ軍は昭和19年11月以降、精密爆撃を実行してきました。
攻撃目標となったのは東京、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸の六都市でした。」

「どこが何だかわからないんだけど・・・」

「地図はこちらです。」


「・・・六都市が目標と言っても無差別ではなく、
製鋼、航空産業、造船等の軍事産業施設の破壊を目的とした精密爆撃が実行されていました。
これはマリアナ基地司令ハンセル少将の意向だったそうです。
3ヶ月間の爆撃に投入されたB-29は延べ数で約2000機、投下された爆弾は約22000発だったとか。
ですが、3ヶ月に亘る精密爆撃でも効率が中々上がりませんでした。」

「アメリカ軍なのに?」

「8000mという高々度からの爆撃では命中精度はさほど高くありません。
また、爆撃の精度に関しては、日本特有の気象条件も関係しています。」

「何だ、それ?」

「偏西風です。冬になると、偏西風が日本付近まで南下してくるので、その影響で日本はいつも寒くなる訳ですが・・・」

「つーか、私らの世界じゃ日本は年中夏なんじゃなかったっけ?」

「・・・そういう細かい事はどうでも良いんです。
とりあえず、当時の日本には四季があり、冬には西から東へ強い風が流れていたのです。」

「風が強いとダメなの?」

「重い爆弾と言えど風の影響は受けます。
しかも、高々度からの投下では少しのズレが地上に到達する頃には大きなズレになっているという事もあります。
照準を合わせるにしても、雲が出ていれば爆撃も困難になります。
精密爆撃を行うにあたって、日本はあまり良い環境とは言えませんでした。」

「ふ〜ん・・・。」

「だが、アメリカがいつまでもそんな状況を放っておく訳あるまい。」

「・・・そうです。精密爆撃の続行を主張するハンセル少将は更迭され、あらたな司令官がマリアナに赴任してきました。
それがある意味で有名なルメイ少将です。」

「聞いた事があるような無いような・・・」

「日本への戦略爆撃の指揮官となったルメイ少将は、無差別爆撃の準備を進めました。
そして、先程少し話した昭和20年2月4日。焼夷弾による無差別爆撃のテストとして神戸に対する爆撃が実行されたのです。」

「焼夷弾ってなに?」

「・・・そのくらい自分で調べろ。」

「ひっど〜い!わからないから質問したのに〜!」

「のに〜!」

「・・・焼夷弾とは簡単に言うなら、対象物を燃やす事を目的とした爆弾です。
爆発する事が目的の通常爆弾とは違いますから、焼夷弾は目標の粉砕には不向きな兵装と言えます。」

「じゃあ、ダメじゃん。」

「・・・そこはそれです。日本の建築物に木造が多かった事、それこそ日本への爆撃に焼夷弾が選ばれた理由です。」

「それじゃ・・・日本の建物が燃えやすいから焼夷弾にしたって事?」

「・・・そうです。」

「やれやれ、非人道的なのは日本だけではなくアメリカもだったんですか。人間とはなんと愚かな生き物なのでしょう。」

「なんで私の方を見ながら言うのよ。」

「ウフフ♪」

「気色悪い声出すんじゃない!」

「・・・無差別爆撃を行うにあたり、爆撃方法や爆撃に向かうB-29の兵装、時間設定に至るまで大きな変更が加えられました。」

「変更だと・・・?何が変わったのだ?」

「まぁ、色々と。それをこれから説明していきます。では、箇条書きで・・・」

1.爆撃高度はこれまでの高々度から低高度へ下げる。
2.B-29の対空兵装は後部銃座以外は全て撤去する。
3.作戦は夜間に実行する。


「・・・こんなところですね。何か質問はありますか?」

「質問って言われても・・・」

「何がなにやらさっぱりですからねぇ。」

「ファースト、ちょっと聞きたいんだけど。」

「何でしょう?」

「Bなんたらってのは高々度を飛ぶから撃ち落せないとか言ってたけど・・・低高度でも飛んでくるんじゃない。
あんた、なに無意味な話を長々としてたのよ?」

「・・・一応の基本として説明しただけです。
・・・これまでは精密爆撃を行うために日中に爆撃を行っていましたが、無差別爆撃なら目標を選定する必要がありません。
夜間なら、日本軍の迎撃も昼間ほどではありませんからね。」

「そんなモンなのかね。」

「低高度を飛ぶ事で、エンジンへの負担も軽くする事が出来ます。
また、敵の迎撃が無い事を考慮する事で対空兵装の撤去が可能となりました。
自ずと爆弾の搭載量が増えますから爆撃の効率も上がるというわけです。」

「随分淡々と話すのだな・・・。」

「・・・説明に感情は挟まない主義なので。事実を正確に説明するのが一番ですから。」

「これまで、思いっきり私情出しまくってたくせに。」

「無差別爆撃の対象となるのは主に大都市でした。
先程上げた六都市も例外ではなく、3月に行われた空襲によりほとんどが焦土と化しました。
一度の空襲で被害が最も大きかったのは東京への無差別爆撃ですね。」


昭和20年3月10日
東京
犠牲者(推定)10万人

「酷いものだな・・・。」

「だから、コロニー落とした人が言っても説得力無いって。」

「・・・300機以上のB-29から投下された焼夷弾は東京を一夜で焼け野原に変えてしまいました。
他にも大阪や名古屋や横浜でも犠牲者が数多く出ています。」

「・・・・・。」

「アスカさん、なんでアメリカ人はそこまで酷い事が出来るんですか?」

「なんで私に聞くのよ。」

「だってアスカさんもアメリカ人でしょ?どこをどうやったらそんな外道な事が出来るのかと思って♪」

うるっさいわね〜!私をあんな連中と一緒にするんじゃないわよ!
無差別に爆撃なんて、いくらなんでも酷いっての!」

「ん?今回はアメリカの弁護しないのか?」

「出来る訳無いでしょうが。民間人もろとも焼き尽くすなんて・・・」

「意外とマトモなのだな・・・。」

「意外は余計よ!」

「そうでつよ。アスカさんは気はやさしくて力持ちなんでつから。」

私はドカベンかっ!くだらない事言ってんじゃないわよ!」

「・・・一応、アメリカ側の主張としては
家内工業的要素がメインの日本は大都市そのものが大きな工場である。
故に都市を焦土に変えるべきだ・・・というのが無差別爆撃を正当化する主張の様です。
確かに、工業化の進んでいない日本は家内制手工業的な要素も大きかったのですが・・・
国際法違反の無差別爆撃を容認する理由にはなりません。」

「で、日本軍はなにやってのよ?あんただって長々と飛行機の話してたくせに。」

「アメリカ軍が行った今回の爆撃はある意味で電撃戦的な要素も含んでいます。」

「電撃戦って?」

「電撃戦とは、相手の準備が整う前に一気に攻勢をかけ反撃を受ける前に制圧してしまう戦術の事だ。
有名な話といえばやはり第二次世界大戦当時のドイツが行ったポーランド侵攻だな。」

「ふ〜ん・・・。」

「で、それと日本の話と何のカンケーがあんのよ?」

「基本はドイツのポーランド侵攻と同じです。
アメリカ軍はB-29を用い夜間無差別爆撃で一気に目標を焼き尽くします。
爆撃目標が無くなれば、次の目標に向かい無差別爆撃を繰り返す・・・それがアメリカ軍の爆撃戦術の基本です。
東京大空襲でも解るとおり爆撃は短時間で終わりますから、
日本軍が本格的な迎撃準備を整えるのは不可能に近いのです。
もちろん、日本軍も手を拱いている訳ではありませんが・・・夜間迎撃は簡単なものではありませんしね。」

「アメリカも随分酷いのね・・・。」

「・・・アメリカも日本軍が行った重慶への爆撃を非難していた手前、
無差別爆撃に躊躇したハンセル少将の様な考えもありました。
しかし、当時は白人至上主義の社会です。日本人は・・・随分と低く見られていた様です。
アメリカ軍の無差別爆撃により、日本の継戦能力と国力はまた削がれていってしまった訳ですが・・・」

「どした?」

「・・・日本軍についても一応話しておきます。」

「はぁ?まさか、また飛行機がなんたらとか言い始める気じゃないでしょうね。」

「違います。日本軍が行ったアメリカ本土への戦略爆撃の話です。」

「いきなり何を言いだす?日本はアメリカ本土はおろか、日本近海にまで追い込まれているではないか。」

「そーそー。」

「頼みの綱の機動部隊はもう残ってませんしねぇ。」

「・・・機動部隊のみが攻撃手段ではありません。
この時期、日本軍は意外な方法でアメリカ本土への爆撃を行っていたのです。」

「それ、本当なの?」

「・・・はい。これは比較的有名な話で、風船を利用して爆撃を行っていたのです。」

「は?風船?」

「・・・和紙とこんにゃく糊で作った風船に水素を注入、
15kg爆弾1発と焼夷弾2発を搭載して日本の東海岸から放っていたのです。」

「いくら昔だからって、レーダーやら何やらの時代に風船ディスか・・・」

「冗談みたいな話だね。」

「先程話しましたが、冬になると日本付近にまで偏西風が南下してきます。
風船爆弾は偏西風を利用しているため、2〜3日程度でアメリカ本土に到達できたそうです。」

「僅か2〜3日で到達・・・本当に冗談の様な話だな。」

「風船爆弾はただ浮かぶだけではなく、簡易的ですが高度を調節する機器も搭載されていました。
古典的なICBMと言っても差し支えは無いかと・・・」

「どこがICBMなのよ・・・。」

「ICBMって?」

「第二次大戦後に作られた大陸間弾道ミサイルの略、intercontinental ballistic missile(大陸間弾道ミサイル)です。」

「だからミサイルじゃないでしょって。」

「じゃあ、風船ですからICBBとでも言っておきましょう。」

「風船=バルーン(Balloon)だからって短絡的過ぎじゃないの、それ?」

「ま、どうでもいい事だけどな。」

「放出された風船爆弾は約9000個、内約300個がアメリカ本土まで到達していたそうです。」

「よくたどり着けたものだな・・・。」

「被害は僅少でしたが、厳重な報道管制が布かれました。
やはり、アメリカでも国民への情報操作は忘れていないみたいですね。」

「大本営に比べりゃマシでしょうが。」

「・・・大陸を横断してアメリカ本土を攻撃した風船爆弾は高い評価を得ています。
まさか、遠く離れた日本が風船で攻撃してくるなんて思いもしなかったでしょうからね。」

「そら、そーだ。」

「・・・しかし、風船爆弾の製造工場は先程説明した3月の大空襲で消失しています。
それにより、日本によるアメリカ本土への戦略爆撃も終わりを迎えました。
比較的高い評価を得ている風船爆弾ですが・・・私はあまり感心しません。」

「なんで?」

「風船爆弾も本質的には無差別爆撃だからです。
アメリカ軍が行った大空襲と日本軍の風船爆弾での攻撃・・・程度の差こそあれ、規模が違うだけでやっている事は同じでしょう?」

「同じ・・・かな?」

「・・・アメリカ軍の無差別爆撃は、明確に民間人の殺傷が考慮されています。
一方、日本軍の風船爆弾は民間人の被害はおろかアメリカ本土に到達できるかどうかも分からない兵器・・・
ですが、風船爆弾により民間人の死傷者が出る可能性は否定出来ません。」

「・・・少し、考えすぎではないのか?」

「・・・いいえ。アメリカ本土に到達した風船爆弾によって、民間人6人が犠牲が出てしまうという悲劇が起きています。
人数や規模、作戦の意図に違いがあろうとも、無差別に民間人を殺傷した爆撃である事に変わりは無いと思うのです。
確かに風船爆弾が送電線を破壊して原爆の開発を遅らせたという戦果もありますが・・・やはり、感心できません。」

「そんな事を言われましても・・・」

「難しい事は分かんないし・・・」

「まぁ、そのあたりは個人的見解ですから強制はしません。
風船爆弾もB-29も兵器としては優秀ですから、存在そのものの否定はしません。
しかし、使い方次第では如何様にもなるというのは・・・悲しい話ですね。」

「あんたが日本軍否定するなんて・・・珍しいわね。」

「・・・そういう意味でもありません。
アメリカ軍が日本に行った無差別爆撃は許される行為ではありません。
であれば、日本軍が行った戦闘行為の中で明確に非があるのなら、きちんと認識しておく必要があるでしょう?
・・・ただそれだけの話です。」

「やったー!日帝は悪で過去の戦争の過ちを認めたニダ!」

謝罪しる!賠償しる!

「また、妙な話を・・・」

「・・・戦争の清算はすでに済んでいますよ。終わった話を蒸し返されても困ります。」

「(´・ω・`)ショボーン」

「さて、戦略爆撃についてはこんなところでしょうか。
日本軍が行ったアメリカ本土への爆撃は風船爆弾だけではありませんが・・・また後ほどと言う事で。」

 

 

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