ヘンダーソン飛行場砲撃
「前回のサヴォ島沖夜戦から少し時間を戻します。
・・・8月7日にガ島への上陸を果たしたアメリカ軍はルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)を奪取、
その防備を磐石なものにしつつありました。兵員や物資、飛行機等を続々と送り込んでいたのです。
一方の日本軍も第一次ソロモン海戦での陸攻隊の攻撃や第二次ソロモン海戦での輸送支援。
一木支隊、川口支隊の攻撃等・・・飛行場奪回の為にあらゆる手段を講じましたが、目的を達成する事が出来ずにいました。」
「そういえばそうだったな。前回の夜戦も失敗だったしなぁ。」
「空爆では効果に対し被害が増えるばかり。陸軍で制圧しようにも補給がおぼつかず満足に戦えない・・・
そんな状況で執りえる方法は何だと思います?」
「いきなり聞かれても困りますですよ。」
「また禅問答?」
「・・・戦術というのは、古来からそれほど進化しているものではありません。
単に兵器の質が代わっただけなのです。少し考えてみてください。」
「そう言われてもなぁ。」
「細かい面で見れば確かに変化はあります。しかし、根本的にはあまり大きな違いは無いのです。
例えば、目標の射程外からの攻撃・・・これはごく当たり前の戦術です。
古来の飛び道具で例えるなら弓と弩の違いと言った感じですね。
弓の射程は250m、弩は300mほど・・・さて、どちらが有利だと思いますか?」
「エヘへ・・・」
「綾波さん、我が同志エルピー・プルが━━━」
「弓は言葉の通り、弓道などで使われるタイプの武具、弩と言うのは平たく言うならボウガンの様なものです。」
「なるほどね〜、ありがと♪」
「良かったですねぇ。これで心置きなく禅問答に集中できると言うものです。」
「つーか、プルが何も言って無かったのになんで言いたい事が分かんの?」
「それは私達の誇る友情パワーで・・・」
「どんなパワーよ!」
「で、弓と弩だと弩の方が射程が長いんだろ?そうすると・・・やっぱり弩の方が有利なんじゃないのか?」
「確かに射程では弩が有利ですが、弩はその機構上連射しづらいのです。
熟練した射手が扱ったとして、弓が1分間に6発。弩は1分間に2発がやっと・・・。射程だけで必ずしも有利になるとは限らないのです。」
「ふ〜ん・・・。」
「結局、あんたは何が言いたいの?」
「では、時代を少し進めて火薬を扱った武器で考えてみましょう。
今度は陸上砲台と艦上砲台・・・。さて、どちらが有利だと思いますか?」
「あんたは〜!シカトすんじゃないわよ!」
「・・・私は無駄を極力控えています。この説明にも理由はあるのです。」
「陸上砲台と艦上って・・・?何が違うの?」
「艦上砲台・・・つまり戦艦の事ですが、陸に比べて船に搭載出来る大砲には色々と制約が出来てしまうのです。」
「制約とは?」
「大砲は火薬を扱う武器ですので当然反動もあり、
それらを考慮した上で設置しなければ艦そのものが損壊してしまう可能性があるのです。」
「古代の兵器は大変だな。ビーム兵装が無い時代では実弾兵器に頼るしかないか・・・。」
「戦艦に搭載された砲で最も大きいのは大和型戦艦に積まれた94式45口径46cm主砲です。」
「また大和?」
「比較対照と知名度で説明に丁度良いから引用しました。さて、一方の陸上砲台ですが・・・
口で説明するより、実際に見て頂いた方が早いですね。こちらをご覧下さい。」
「何これ?」
「ナチスドイツがマジノ線という要塞攻撃の為に作った列車砲でドーラ、グスタフなどと呼ばれています。
大和の46cmに対し80cm口径という途方も無い巨大なものです。」
「ドイツも何だってこんな無駄なモノ作ってんのよ・・・。」
「・・・移送に60両の貨車が必要、組み立てに1ヶ月、射撃は15分に1発
砲の運用に1500人(実際の射撃に要するのは500人)、修理に4000人が必要という実に浪漫溢れる兵器だと思いますよ。
ちなみにこの列車砲はマジノ線攻撃には間に合わず、対ソ連戦で使用されたそうです。」
「そんなのはどうでも良いんだけど・・・なんで今、そんなこと話してんの?」
「つまり、陸上砲台と戦艦の大砲では陸上砲台の方に分があるという事です。
大砲を艦船に積むには様々な制約が生まれる一方、
陸上砲台はその気さえあればドイツの列車砲の様な、巨大なモノが建造可能なのです。
そして、大砲の威力はそのまま有利不利に繋がります。
・・・今はともかく、第二次世界大戦当時はそういった考え方が主流だったのです。」
「それならさ、わざわざ船造んなくても日本の周りを大砲で埋め尽くしちゃえば良かったんじゃないの?
そうすれば、簡単には攻められないんじゃないのかな。」
「私が内閣総理大臣に当選した暁には、巨大な戦艦を造ります!
日本海沿岸を戦艦で埋め尽くし・・・朝○半島に睨みを利かせましょう!」
「あんた・・・、いきなり何を言い出すのよ?」
「朝○半島は今や、負け犬根性一色でございます!」
「そういう危険な発言はやめなさいって・・・。」
「目には目を!ミサイルにはミサイルを!」
「威嚇射撃ではなく」
「全弾命中でございます!」
「あんたら・・・」
「いちいち突っ込むな・・・。疲れるだけだと言ったろう。」
「さっきから・・・それって何の話なの?」
「またどこかで何か拾ってきたんだろ。気にする事ないさ。」
「私の辞書に平和の二文字はございません!」
「和平の二文字もございません!」
「ホップ!ステップ!玉砕!で頑張ってまいりま〜す!」
「・・・・・。」
「やっと終わったか・・・。いい加減、横道に逸らすのは止めるべきだと思うが・・・」
「何を言っているんですか?これはギレン・ザビ総帥の大演説ですよ?」
「ば、馬鹿な!ギレン閣下がその様な演説をしたなど・・・聞いたことが無いぞ。」
「だから、拾いモンのネタだから気にするなって。」
「プルさんの言う事も分からなくはありません。」
「え!まさかあんた、あいつらを理解出来んの?」
「私は、日本の周囲を陸上砲台で防衛するという話の事を言っているのですが。」
「なんだ・・・、脅かさないでよ。」
「確かに戦艦で海を埋め尽くすと言うのは夢のある話ですが・・・」
「をい・・・。」
「さっすが〜!」
「誰かさんと違って話が解りますですねぇ〜。」
「るさいっ!」
「・・・話を戻しますね?陸上砲台は確かに艦船のものより性能の向上は望めますが、逆に陸上砲台にも制約はあるのです。」
「何かあるの?」
「例外はあるにしろ、基本的にその場から移動できません。」
「そりゃそうでしょ。陸の上なんだから。」
「確かに日本の周囲を大砲でカバー出来れば大丈夫なように思えるかもしれません。
しかし、固定砲台で日本を守るには、それこそ海岸線を完全に大砲で埋め尽くす必要が出てくるのです。
万が一にも警戒網に穴があれば、そこから攻め込まれてしまいますからね。」
「あ、そっか・・・。」
「費用の面で見ても、海岸線を埋め尽くすほど大砲を設置すると言うのは現実的ではありませんし・・・
海軍立国の大日本帝国としては海軍に予算を回し海軍を強化するほか無いのです。
付け加えるなら・・・、もし海岸線を大砲で埋め尽くしたとしても防衛しか出来ないという悲惨な状況になってしまいます。
少ない予算で戦力を有効に使うのなら、侵攻や防衛、輸送、護衛など有効活用出来る艦船の方が総合的に役立ちます。」
「う〜ん、それもそーだね。」
「そういう事だ。残念だったな。」
「酷っ!一生懸命考えて発言したのに・・・ぐすっぐすっ(嗚咽)」
「あ〜、また女の子を泣かしてる〜!」
「・・・人の話は最期まで聞け。別にプルの発言を非難するつもりは無い。
自らの頭で考え発言するというのは良い事なのだからな。むしろ褒めているのだぞ?」
「え?」
「以前も言ったはずだ。知識は知識でしかない・・・知識を自分のものとするには考える事が重要なのだと。
さっきの陸上砲台の意見も、お前にしては上出来だ。」
「そう?エヘへ・・・マシュマー様じゃちょっとアレだけど、誰かに褒められると照れちゃうな〜。ありがと〜♪」
「礼には及ばん。当たり前の事を言ったまでだ。」
「明日は嵐ですかねぇ・・・。」
「うるさい!」
「ところで・・・結局、陸上砲台がどうとかって話と次の作戦の何の関係があるんだ?」
「これまでの説明はただの予備知識として頭の片隅に入れておいてください。これからが本番です。」
「本番?」
「前にも少し話しましたが、空爆や陸戦ではルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)の奪回は厳しい状況だったのです。
そこで考え出された作戦がそれまでの常識を覆す、戦艦による直接攻撃という方法でした。」
「戦艦による直接攻撃って事は・・・俗に言う艦砲射撃ってヤツか?」
「そうです。」
「で、どっちが有利なの?」
「当時は、軍艦は陸上の要塞砲に弱いという常識がありました。
作戦の内示を受けた第三戦隊司令官、栗田健男中将は難色を示したと言われています。」
「栗田って・・・あの有名な?」
「何が有名なの?」
「それがですね。後のレイテ沖で戦果を挙げるチャンスがありながら―――」
「その話は1年以上先の出来事になりますので、ここでは控えて下さい。」
「え〜、つまんな〜い。」
「面白い面白くないの問題じゃないでしょうに。」
「じゃあ、ミッドウェーの話なら良いですか?ほら、重巡洋艦の三隈が沈んだ時の部隊の司令官でしたよね?」
「それが何か?」
「だって、栗田って人色々言われてますよ?衝突した巡洋艦を見捨ててさっさと逃げたって。」
「それは見方の一つであって、見捨てたと言う出来事が現実かどうかは解りません。」
「え〜、さっさと逃げた栗田さんは撤退する機動部隊の西から現れたって話ですよ?
いくらなんでも早く逃げすぎじゃないんですか?」
「・・・そうかもしれません。しかし、それだけでは見捨てたという結論に至るには不十分です。
ミッドウェー作戦当時、栗田中将率いる第7戦隊は輸送艦護衛の任務に就いていました。
衝突は、第七戦隊がミッドウェー砲撃任務を命じられた後に作戦中止命令を受け反転した時です。
巡洋艦2隻の衝突は03:00頃とされているので、夜明けも近い時間帯。
第七戦隊の戦力は重巡洋艦が4隻・・・栗田中将が損傷した巡洋艦を置いて先に離脱した理由は正直なところ解りません。」
「何よ、そのわからないってのは。どー考えても置き去りじゃないの?」
「・・・置き去りとも受け取れますが、衝突した当時に第七戦隊の脅威となっているのは敵潜水艦です。
栗田中将は先に離脱したのではなく帰路の確保に当たろうとしたのだとは考えられないでしょうか?」
「何それ?」
「巡洋艦には敵潜水艦に対する攻撃能力はほとんどありません。
しかも、どこに敵が居るかわからない状況ですから、帰り道といえど安全とは言えません。
そこで、栗田中将自身が先行する形で後続の損傷した巡洋艦を安全に帰還させるつもりがあったのではないかと・・・」
「それ、ホント?」
「妄想です。アテにはしないで下さい。」
「ちょっと!テキトーな事言うんじゃないわよ!信じる人が出てきたらどーすんのよ!
第一、帰り道以前に航空機の追撃受けてるでしょうが!」
「・・・当時の帝国海軍の艦船に電探はほとんど搭載されていませんでしたから、航空機による襲撃を察知するのは困難です。
来るかどうか解らない攻撃に備えるより目の前の脅威に対応する方が自然だとは思いませんか?」
「その沈んだ重巡洋艦なんだけどさ、日本軍が救助しに行ったって話があるんだけど・・・その辺りはどうなのよ?」
「重巡洋艦鈴谷の艦長、木村昌福大佐の話ですね?」
「え、誰?」
「木村昌福大佐です。撤退中、意図的に落伍し全速で三隈の救出に向かい乗員を救出。
その後、三隈は雷撃処分された・・・という話があるのです。」
「救出だと・・・?アメリカ軍の攻撃を受けていたと言うのに、救出に向かったというのか?」
「正直、鈴谷による救出の話が本当かどうかは解りません。
そもそも、三隈はアメリカ軍の攻撃で沈没した事になっているのです。この事からも解る様に二つの話は矛盾しているので・・・
とりあえず、今はアメリカ軍の攻撃で三隈が沈没したという話を採用する事にします。」
「その栗田さんってどういう人なの?」
「・・・彼に消極的な一面があった事は否定しません。
しかし、その事と彼が重巡を置き去りにして逃亡したという酷評は別問題です。
また、栗田中将はとても真面目だったとも言われていますし・・・
特別優秀という程ではなくとも無能ではなかった、というのが私の意見です。」
「そんな評価でいいの?その人、結構言いたい放題言われてるわよ。」
「構いません。仮にも司令を務める人物なのですから無能では無いはずです。
それに、もし仮に彼に能力が無いのであれば、左遷なり何なりされるでしょうから・・・。」
「日本の組織って身内に甘い体質とかなんでしょ?そんな社会だから戦争でアメリカに負けんのよ。」
「そうですか?物量の前ではその程度の事は些細な問題ですよ。」
「あんたは口を開けば運が無かった・物量に負けたばかりじゃない!もうちょっと真摯に反省しなさいよ!」
「日本の組織構造に問題があるというアスカの意見はよく聞く話です。
戦中の日本であってもそれは例外ではありません。
しかし・・・仕方ない事なのです。それが日本の伝統なのですから。」
「そっかぁ〜、伝統じゃしょーがないよね。」
「うむ。」
「そうですねぇ。伝統じゃそう簡単に直せませんしねぇ。」
「あんたら、なに納得してんのよ!」
「・・・話を戻します。栗田中将はヘンダーソン飛行場砲撃に難色を示しましたが、彼は結局この作戦を受け入れました。」
「おや、そうなんですか。」
「栗田中将が作戦を受け入れたのは、山本大将の強い意志があったからです。
彼は自らが前線に赴き指揮を執るとまで口にしたと言われています。」
「その山本って人、前も似たような事言ってなかった?意思表示がワンパターンな気がするけど。」
「・・・山本大将のその意見を耳にした栗田中将と第三戦隊司令部は、二つ返事で作戦を引き受けたそうです。
結果的にうまくいったのですから終り良ければ全て良しです。」
「おいおい・・・」
「9月下旬頃からガ島砲撃の打ち合せが始められました。
大和や陸奥、比叡、霧島など各戦艦の先任参謀、砲術参謀、砲術長が集まり連日に亘り意見を出し合ったと言われています。」
「砲撃って、狙いつけて撃ってれば良いだけじゃないの?」
「そこまで簡単では無いのです。
ガ島砲撃は夜間に行われる作戦ですから色々と研究しなければならない点があるのです。参考までにいくつか挙げると・・・」
照明弾の利用法
各種砲弾の有効活用法
戦隊の運動法
「打ち合わせする事って結構あるのね。」
「当然の話だな。古代とは言え、戦争とはそれほど単純なモノではない。」
「・・・本当はまだあるんですけどね。
実際にヘンダーソン飛行場を砲撃するのは金剛、榛名という二隻の高速戦艦です。」
戦艦・金剛
「この金剛はイギリスで建造された戦艦で、建造当時最高の36cm砲を搭載していました。
その後、強力な戦艦の建造競争になったというのは言うまでもありませんが・・・」
「やれやれ、時代が変わろうとも人は変わらんな。MS全盛の今であろうと普遍の現実だ。」
「あのさぁ・・・戦艦の任務だってのに、何であんたが好きな大和を投入しないワケ?
海軍は大和を大事にし過ぎたって話だけど・・・ホントね。」
「今度は大和叩きですか。何が何でも気に入らないんですねぇ。」
「るさいっ!あんただって栗田なんとかって人を叩いてたでしょ!エラそーな事言うんじゃないわよ!」
「私の意見は意見であって非難でもなければ叩いた訳でもありませんよ。一般的な意見を述べただけでつ。」
「四の五の言うんじゃない!」
「大和に関しては厳重な情報統制が行われていました。
前述の主砲に関する正確な情報はアメリカ軍も終戦まで掴めていなかったのです。」
「だから?」
「大和は帝国海軍にとって大事な大事な戦艦ですし、
連合艦隊の象徴でもありますから、こういった作戦には使いたくなかったのかもしれませんね。」
「待たんかい!」
「何か?」
「大事な戦艦とか言って・・・使わなきゃ何の役にも立たないでしょ!」
「・・・冗談です、冗談。」
「ファ〜スト〜!あんたは〜!」
「おお恐い!大魔神の様ですじゃ〜!」
「あ〜もう!あんたもうるさい!」
「それで・・・結局、何で大和ってのを使わないの?」
「速度の問題です。制空権・制海権を敵に奪われた地域で、のんびり作戦行動をしている暇はありません。
出来る限り迅速に行動するため、速度の速い戦艦を投入する必要があったのです。」
「それが本当の理由か・・・。最初からそう言えばいいだろうに。何故、あんな嘘を?」
「・・・ただの気分転換です。」
「何ですって〜!あんた、人をおちょくってんの?」
「・・・・・。」
「何とか言いなさいよ!」
「何とか。」
「うるさいっつってるでしょ!」
「まぁまぁ、そう頭に血ぃ上らせない方がいいぜ。それに、海軍が大和を大事にしてたってのも嘘って訳じゃないんだろ?」
「・・・先ほども説明しましたが、大和に関しては情報の管理が徹底していました。
大事にしていたというのも間違いでは無いですね。」
「何よ、結局大事にしてんじゃん。」
「大和は日本にとっての切り札ですから、大事に扱うというその心情は理解出来ないものでもありません。」
「大事にしてどうすんのよ。兵器は使ってこそ生きるもんでしょうに・・・。」
「大事にすると言っても、溺愛している箱入り娘の様に扱っているワケでは無いのです。
艦艇補充の困難な日本にとって、艦を大事にするというのはむしろ良い事だと思いますよ。」
「良い事じゃないか。とても良い事じゃないか!」
「馬鹿シンジの真似は止しなさいよ・・・。」
「また、先程の金剛・榛名の選定理由にしても、金剛型戦艦は4隻あるというのも理由の一つなのです。
なぜなら、万が一作戦失敗し戦艦が失われたとしても失われるのは2隻のみ・・・
極論を言ってしまえば、例え失ったとしても代わりがいるのですから。」
「なんだかんだ言ったって・・・、結局大和をトラックってトコに引っ込めてんじゃん。」
「え?トラック・・・あ、地名だっけ。」
「最前線で無いとは言え、トラック泊地も前線に違いありません。
トラックに引っ込めているとも言えますが、抑止力としてアメリカに睨みを利かせているとも受け取れますが?
それに、わざわざ大和を引っ張り出す理由がありませんよ?」
「はぁ、あんたの海軍擁護も筋金入りね・・・。何でああ言えばこう言うのかしら。」
「擁護ではなく、事実を述べているだけですが何か?」
「どうでもいいが、本筋はどこに行ったんだ?」
「・・・失礼しました、説明を続けます。
ヘンダーソン飛行場砲撃の主役となる金剛・榛名の2隻の戦艦、護衛の軽巡五十鈴
第二水雷戦隊の駆逐艦9隻・・・総勢12隻の艦隊は挺身攻撃隊と命名されガ島へ向けて出発しました。
昭和17年の10月11日03:30の事です。ちなみに目標となるヘンダーソン飛行場(ルンガ飛行場)の位置はこちらです。」
「ねぇ、挺身ってなに?」
「方向を変えて進む事」
「それは転進。」
「連絡手段の一つ」
「それは通信!」
「動悸、息切れに」
「それは救心!あんた、無意味に話を止めんじゃ無いわよ!」
「細かい事を気にするとストレス溜まりますよ?もっと大らかにならないとダーメ。」
「るさいっ!あんたが言うな!」
「あの、挺身って・・・」
「まずは辞書で調べるなり検索なりしてみろ。・・・話はそれからだ。」
「え〜、メンドーなんだもん。それに、誰かに聞いたほうがずっと早いし〜。」
「・・・仮に解らないにしても、何かしら最善を尽くしてから質問しろ。常に誰かが答えてくれるとは限らんのだぞ?」
「そーゆー時はそーゆー時だって。今なら別にいいじゃん。」
「質問ばかりしてると、検索も出来ない教えてクンは逝って良しとか言われちまうぜ?」
「ん〜・・・じゃあ、調べても解らないから教えて。」
「じゃあとは何だ、じゃあとは・・・。お前、微塵も調べて無いだろう?」
「え〜、別にいいじゃん。それに、か弱い女の子が困ってるんだから、こーゆー時に助けるのが騎士の務めでしょ?」
「む・・・確かに一理ある。しかし若者には時として厳しい教育も必要なのだ。ハマーン様も確かそう言っておられたはず・・・」
「そういえば、ハマーン様、マシュマー様の事すっごく褒めてたよ〜♪
弱きを助け強きを挫く・・・マシュマー様こそ騎士の鑑だって。」
「・・・・・。」
「あのハマーンって人がそんな事言ったの?」
(え?言う訳ないじゃん。)
(もしかしなくても・・・嘘?)
(え?当たり前じゃん。ほら、よく言うじゃない。嘘も方便って♪)
「ひょっひょっひょ・・・越後屋、そちも中々のワルよのぅ。」
「いえいえ、お代官様ほどでは・・・」
「ハッハッハッハ!」
「・・・・・。」
「解った、別に勿体付けるつもりは無かったのだがな・・・。
挺身というのは我が身を省みない事を意味する。挺身攻撃隊とはつまり・・・特攻隊と言えば解りやすいか。
・・・まぁ、厳密には違うのだろうがな。」
「ふ〜ん・・・なるほど。ありがと〜。」
「礼などいらん。騎士として当然の務めだ。」
「・・・・・。」
「どしたの?」
「別に・・・。あの騎士ヲタに同情してる訳じゃないけど、何か哀れでさ・・・」
「大丈夫大丈夫。マシュマー様、そこまで繊細じゃないから。」
「繊細な性格なら、子羊がどうとか言う事は言わないでしょうからねぇ〜。」
「ん?何か言ったか?」
「え、別に何も〜。」
「世の中にゃ、知らぬが仏って事もあるからな・・・言わぬが花だったか?まぁ、どっちでも良いが・・・」
「・・・そろそろ良いですか?
今回の作戦も単なる艦砲射撃だけではありません。輸送船6隻によるガ島への補給、これも日本軍の目的の一つでした。
作戦の概要は次の通りです。」
ヘンダーソン飛行場の壊滅
輸送船での兵員と物資の補給
陸軍による総攻撃
「・・・と、このようになっています。輸送船による物資の輸送で前線に軍需物資を行き渡らせ、
準備を整えてからヘンダーソン飛行場への攻撃を行う・・・。
今回の作戦も、最終的な目的はヘンダーソン飛行場の砲撃ではなく奪回なのです。」
「ふ〜ん・・・。」
「陸軍による作戦開始時期は10月10日頃とされ・・・、本作戦は前回のサヴォ島沖夜戦とほぼ同時期に行われています。」
「前回の作戦は10月11日・・・考えてみれば、たった1日2日の違いだからな。」
「サヴォ島沖夜戦の報告は挺身攻撃隊にも届いていました。その為、艦隊では緊迫の度合いが強まったそうです。
挺身攻撃隊の名が示す通り、今作戦の成功率はそれほど高いとは思われていなかったのでしょうからね。」
「え、そうなの?」
「挺身攻撃隊の戦艦内には陸戦兵器やその他の装備を搭載していたと言われています。
艦が陸からの攻撃により操艦不能となれば、陸戦も辞さない・・・そういった覚悟で栗田中将はこの作戦に臨んでいたそうです。
やはり、当時の常識では陸上砲台>戦艦だったのですから。
あまり有名では無いかもしれませんが、日露戦争の時にはこれが当然のセオリーだったのです。」
「日露戦争って、授業で習ったような・・・」
「日露戦争で日本海海戦と並び、有名な旅順攻略戦・・・
あれは海軍の要請により陸軍が多大な犠牲を払って行われた作戦で━━━」
「待った待った!」
「どうしました?」
「どうしました?じゃないでしょ!あんた、脱線しすぎ!」
「・・・旅順攻略の目的は停泊していたロシア艦隊の撃滅だったのですよ?
軍港に篭る艦隊相手に当時の海軍では有効な手段が執れず、陸軍に旅順落として下さいと言ったのが経緯なのであって
なぜ海軍がお手上げになったかと言うと旅順要塞の砲撃に打つ手が無く━━━」
「だから、脱線は止めなさいって言ってるでしょ!」
「・・・なぜ、栗田中将がこの作戦に難色を示していたのか、きちんと説明する必要があると思うのです。
彼に対する非難は大変多いものですから。」
「・・・なんでそうまでして擁護すんのよ。別に巷で言われてるような評価だっていいんじゃないの?」
「・・・そんな単純な話でも無いでしょう。
戦史において結果も重要ですが、その結果に至る過程の話も重要なのですから。物事には全て理由があるのです。」
「また、取って付けた様な理由を・・・。」
「で、この後も脱線続けるんでつか?」
「・・・止めておきます。ここは大東亜戦争について語る場所であって、日露戦争を語る場所では無いのですからね。
10月13日23:00、ガ島のヘンダーソン飛行場付近に到着した挺身攻撃隊は、ガ島にある岬の数箇所に灯かりを発見しました。」
「灯かり?もしかして夜襲がバレたのか?」
「いいえ、その灯かりは日本の陸軍兵による篝火です。事前に打ち合わせておいた通りの行動です。」
「かがり火って・・・何で?」
「砲撃の為の距離を計測する為です。効果的にヘンダーソン飛行場を砲撃する為に、どうしても必要な事なのです。
遠距離での砲撃は、目標との距離を計算して主砲の角度を調整しなければならないのです。
夜戦の・・・しかも陸ですから、対艦戦の様に水柱で弾着を確認という訳にもいきませんしね。」
「何言ってんだかさっぱり解らないんだけど・・・」
「・・・聞き流していただいて結構です。
さて、ルンガ湾に到着した挺身攻撃隊は正確な砲撃を行う為、速力を18ノットに減速。砲撃の予定進路に乗る事が出来ました。」
「そういえば、アメリカ軍は何してたんですか?前の海戦では迎撃の態勢を整えてましたよね?」
「さぁ?私に聞かれても困りますが・・・。
夜間という事もありますが、挺身攻撃隊が何事も無くルンガ湾に到着出来た事実を考えると・・・情報を掴めていなかったのでしょうね。」
「アメリカ軍って日本の暗号解読出来てたんじゃなかったのか?」
「・・・だから、私に聞かないで下さい。全てを知っている訳では無いのですから。」
「なに?散々偉そうな事言って、調べて無いの?」
「・・・日本軍もミッドウェーの後、暗号の乱数表を更新しています。
それでもアメリカは日本の暗号を解読出来ていた、とする話。
アメリカは日本軍のランクの低い暗号は解読できていても、高レベルの暗号は解らなかった、とする話・・・
この二つの話でどちらが正しいのか、正直判断がつきかねるのです。」
「そうか?前回の夜戦では待ち伏せを受けたようなものなのだから、やはり筒抜けだったのではないか?」
「解りません。暗号を解読出来るにしても時間が掛かるという話もありますし・・・
暗号を解読できていても、必ずしも優位になる訳ではないのかもしれませんね。
それに、暗号を使わず口頭で命令を伝達してしまえば暗号解読など何の役にも立たないでしょうし。」
「結局、推測なの?」
「そうですね。アメリカ軍の対応を見ていると本当に暗号解読出来ているのか?と思う事もありますが、
日本の情報が明らかに漏れている事例も確かにありますし・・・まぁ、そういう事です。」
「中途半端な説明は止めなさい!結局、どういう事なのよ!」
「・・・23:35、全ての準備を完了した挺身攻撃隊の高速戦艦金剛・榛名の2隻は
36cm主砲全8門をヘンダーソン飛行場方向に向けました。
栗田司令官の「砲撃始め!」の命令とともに、金剛の36cm主砲から初弾が発射されたのです。
ちなみに、榛名の射撃は1分後に開始されたそうですね。」
「あんたは〜!説明を丸投げにすんじゃないわよ!」
「この時使用された砲弾は全部で三種類だったそうです。」
零式通常弾
九一式徹甲弾
三式通常弾
「ちょっと!人の話聞いてんの!」
「まぁまぁ、良いじゃないですか。あんまり脱線してると話が進まないでしょ?」
「るさいっ!」
「ところでさ、砲弾って種類あったの?てっきり一つだけだと思ってたんだけど・・・」
「我々の時代ではあまり馴染みが無いかもしれんが、弾の種類を変える事で様々な任務に対応出来るのだ。
この部隊に配備されているバルキリーなどはその良い例だと思うが・・・」
「バルキリーって・・・あ、普通のミサイルとか反応弾とかあったっけ。」
「何で敵のあんたがそんな事知ってんの?」
「・・・敵であるからこそ解るのだ。
命中率の高いミサイルや、威力の高い反応弾などで攻撃される我々の身になってみろ。」
「確かに・・・泣けてくるよな。しかも集中とか必中なんて使われた日にゃ氏ねって言われてるようなモンだもんな。
ただでさえバルキリーに乗ってんのは命中率の高いヤシ等だってのに・・・」
「敵なんだからしょうがないでしょ。悪は氏すべし・・・基本ですよ。」
「誰が悪だ!」
「つーかひし形、あんたも敵だったでしょ。」
「それは言わないお約束。」
「お約束じゃないわよ!」
「金剛の放った三式弾と重巡洋艦から発進した水偵の照明弾により、
ヘンダーソン飛行場は真昼の様に明るくなったそうです。」
「三式弾って?」
「日本軍が開発していた秘密兵器の一つです。解りやすく言うと・・・対空用の焼夷弾の様なものですね。」
「余計に解らなくなっちゃったんだけど・・・」
「そう言われても・・・他に説明のしようが無いのです。
時限式の信管で作動し爆発、空中に多数の弾子・破片をばら撒く事を目的とした砲弾・・・。さらに解りづらくなってますね。」
「その三式弾って、役立たずだったって聞いたんだけど。」
「・・・それは後で話します。
次々と撃ち出される砲弾によりヘンダーソン飛行場は瞬く間に火の海と化しました。
弾薬庫に引火し次々と立ち上る火柱、その頭上から降り注ぐ三式弾による火の傘・・・まさに一方的な攻撃でした。」
「そんなに凄かったのか?」
「挺身攻撃隊による砲撃は、翌日の00:56まで続けられました。」
三式通常弾104発
零式通常弾189発
91式徹甲弾625発
「先ほども言いましたが、ヘンダーソン飛行場は文字通り火の海と化しました。
・・・ちなみに徹甲弾の種類は正確な情報ではないので、その辺りはご了承下さい。」
「いい加減ねぇ・・・。」
「そういえば、アメリカ軍は何をしているのだ?」
「・・・魚雷艇を4隻向かわせましたが、駆逐艦にあっさり追い払われたそうです。」
「あれ、そういえば陸上の砲台の方が強いんでしょ?砲台は何やってんの?」
「アメリカ軍の陸上砲台は非力だったのか、挺身攻撃隊の位置まで砲弾が届かなかったそうです。」
「あんた、陸上の砲台の方が強いって言ってたじゃ・・・」
「私の意見はあくまで当時の一般論です。それに、陸上に強力な砲台を設置出来るとは言いましたが、
アメリカ軍がヘンダーソン飛行場に強力な大砲を配備していたとは言ってません。」
「あんたはセコイ政治家か!あんな説明じゃ誰だって誤解するでしょ!」
「ハハハ、誰だってとは片腹痛い。勝手に貴女と同じ思考回路にしないで頂きたいですなぁ。」
「るさいっ、ひし形!人の神経逆撫でする事言うんじゃ無いわよ!」
「やれやれ、キシリトール摂った方がいいですよ?」
「うるさいって言ってるでしょ!」
「キシリトールって・・・?」
「それ、虫歯を防ぐとかってヤツじゃなかったか?」
「アスカ、虫歯だったの?ほっとくと痛くなるから早めに治しといた方がイイよ。」
「プル・・・そういう話の流れでは無いぞ。」
「・・・砲撃を終えた挺身攻撃隊は全速で退避に移り、無事帰還しました。
資料を見る限り、ヘンダーソン飛行場砲撃そのものは大成功を収めた様ですね。」
「なんか・・・やる事やったからとっとと逃げたって感じだな。」
「・・・ヘンダーソン飛行場はその後、丸一日燃え続けたそうです。
一連の攻撃により、アメリカ海兵隊41名が戦死し100人あまりが負傷、そして40機あまりの航空機の破壊に成功しました。」
「やっぱり人は死んじゃってるんだね・・・。」
「・・・そうだな。哀しむ必要は無いだろうが、喜ぶべき事でも無い。戦争とはそういったものなのだ。」
「でも、航空機を40機破壊って多いのか?少ないのか?」
「と言うより、元々何機の飛行機があったんですか?」
「ガ島に配備されていたアメリカ軍の航空機は90機だったそうです。
機種までは解りませんが・・・約半数の航空機は叩けた事になるわけです。」
「飛行場を火の海にしたのに撃ちもらしてたの?」
「・・・これは後から解った事なのですが、ガ島の別の場所に第2飛行場が建設されていたのです。
その為、約半数の機体は第2飛行場に移されていて難を逃れる事が出来たらしいですね。」
「ふ〜ん・・・。」
「そういえば、もう一つの目的はどうなったのだ?」
「もう一つって?何かありましたっけ?」
「輸送船による補給だ。確か6隻の輸送船をガダルカナル島とやらに向かわせていたのだろう?」
「・・・そうです。」
「どうした?作戦が成功したのに浮かない顔をしているが・・・」
「どーせ、輸送船が沈められたとか何とかじゃないの?オチとしては予想範囲内でしょ。」
「補給失敗がオチ扱いかい・・・。」
「輸送船団は14日の夜・・・ヘンダーソン飛行場砲撃から1日後になりますが、
ガ島のタサファロング岬に無事到着。物資の揚陸を行いました。」
「ん、ちゃんと到着してるんじゃねぇか。作戦はうまくいったんだし、諸手を挙げて万々歳じゃないのか?」
「・・・日本軍の砲撃によりほとんどの航空燃料を失っていたものの、
アメリカ軍は残った燃料をかき集め、輸送船団に対し空襲を行ったのです。執拗な反復攻撃により輸送船の3隻が沈没。
また、海岸に揚陸した重火器・弾薬・食料など・・・ほとんどの物資を失ってしまいました。」
「・・・なるほど。目的地にたどり着けても安心は出来んという事か。」
「結局、輸送船は沈んでたのね。ま、案の定ってヤツだけど。」
「・・・強力な軍隊も補給が無ければ戦えません。
予定では10月中旬に行われる予定だった陸軍による攻撃は延期され・・・
24、25日に行われた総攻撃は惨憺たる結果に終わってしまいました。」
「それも案の定ってヤツね。・・・いい加減、ヘンダーソン飛行場の奪回を諦めたらいいのに。」
「ファイナルアンサー?」
「ワケ解んないから。」
「残念。」
「だから、意味不明な発言は止しなさいよ。」
「・・・結論から言うと、ヘンダーソン飛行場の砲撃という戦術目標は達成出来たものの、
飛行場の奪回と言う戦略目標は果たせなかったという事です。
これは、作戦の成否が必ずしも勝利に繋がる訳では無いという一例ですね。」