坊の岬沖海戦 後
「では、まずこちらをご覧下さい。」
「これって、どこ?」
「日本の九州付近です。今回の海戦の舞台はこの海域になります。」
「ついに本土近海での防衛戦か・・・。」
「でも、もう沖縄とか攻められてるじゃん。」
「いや、これまで水上戦と言えば南方がほとんどだったろう?
ここまで本土に近付いてからの防衛戦というのは、おそらく初めてだろうからな。」
「時代は違いますが、日露戦争も本土近海での防衛戦ですね。
日露戦争の細かい内容については専門のところがちゃんとあるので、ここでは止めておきますが・・・・」
「で?」
「大和を含めた第一遊撃部隊は、出撃命令を受ける以前から三田尻沖に集結を終えていました。
以前にも説明したとおり、第一遊撃部隊の目的は沖縄周辺に展開する敵艦隊を一掃する事です。」
「出来る訳ないじゃん。」
「・・・百も承知です。」
「それ、どーいう事よ?多少なりとも勝算があるから実行すんでしょ?」
「・・・数えるのも嫌になるくらいの数で攻めてきたアメリカ軍に10隻そこそこの艦隊でどうしろと?
ハッキリ言いますが、今回の作戦は死にに行くようなものです。」
「ちょっと待ちなさいよ!勝算ゼロで出撃ってのはどういう了見よ!
特攻は気に入らないけど、勝算も何も無いんじゃ特攻以下・・・それこそ犬死でしょうが!」
「第一遊撃部隊の司令官である伊藤整一中将も、この作戦には乗り気ではありませんでした。
連合艦隊司令部から草鹿参謀長が説明に訪れた時も難色を示した・・・と、言うより頑として拒んだとも言われています。」
「イトーさん?初めて聞く名前だね。」
「伊藤中将は戦争中内地で仕事をしていた方ですからね。第二艦隊司令となったのは1944年末になってからです。」
「じゃあ、栗田さんはお払い箱になっちゃったんだ。」
「・・・栗田中将は海軍兵学校の校長になっています。お払い箱という訳ではありません。」
「似たようなモンでしょうが。」
「後人を教育するのも大事な事ですよ。前線で得られた豊富な経験は何物にも変えられませんから。」
「まぁ、栗田って人も前線暮らしが長かったみたいだからなぁ。」
「前線と言っても様々ですけどね。
ガ島の様な地獄の最前線もあれば、空襲を受けるまでのんびりしていたトラック環礁もありますし
また、シンガポールの様に大戦末期でも訓練を行える余裕のあった戦線もあります。」
「で、栗田って人はどうでも良いとして・・・その伊藤って人はどうだったの?」
「どうだった・・・とは?」
「だから、指揮官としてよ。名前だけポンと言われてもさっぱりわからないでしょうが。」
「・・・そうですね。今回の作戦を中々了承しなかったというのも判断の一つになりませんか?」
「よく分からないんでつけど。」
「大和も含め、艦隊というのは多数の人間の手で扱われて初めてその機能を発揮します。
しかし、今回の作戦は成功はおろか生還の見込みすらない特攻作戦・・・生き残れる可能性は万に一つもないかもしれません。
この作戦を了承するという事は、大勢の部下の命運をも決めてしまう苦しい決断でもあるのです。
伊藤中将が作戦を中々了承しなかったというのは至極当然ですね。」
「でも、大和って出撃したのよね。と言う事は・・・」
「説得に赴いた草鹿中将の一億特攻の模範となってもらいたいという
趣旨の言葉を受け伊藤中将は作戦を了承したとされています。」
「おいおい、そんな簡単に了承しちゃってどうすんのよ。」
「・・・作戦の是非について異論がある事は分かります。私も沖縄特攻が正しかったとは断言出来ませんから。」
「あら、あんたがそんな事を言うなんて珍しい。」
「ですが・・・、やはり否定も出来ません。沖縄を守る為に出来る事はほとんど無いのです。
他の戦艦の末路から考えれば、大和と言えど遅かれ早かれ大破・着底していた可能性は否定出来ませんから。
海軍は出来る事を実行したとも言えます・・・。」
「結局は擁護するんかい。あんな一億なんたらなんて言葉で戦場に送られちゃたまったもんじゃないでしょうが。」
「・・・その時は連合国と講和を結べるアテはありませんでした。
戦争が続けば、いずれ内地の民間人も戦闘に巻き込まれる事になります。そもそもアレが健在ですからね。」
「アレって・・・」
「アレだわな。」
「そーやって、アレのせいにばっかしてんじゃないわよ。」
「講和のアテが無い以上、本土決戦は避けられません。
以前話したとおり、燃料か欠乏しては戦艦も浮き砲台に過ぎませんから機会を失えば出撃のチャンスすら無くなってしまうのです。
大和にとって、満足に出撃出来る機会はこの時をおいて他にありませんでした。」
「そういえば、艦船は戦闘しなくても燃料は消費するのだったな。」
「そうです。大和にとって残された選択肢は2つ。
呉で敵の空襲にさらされるのを待つか、僅かな可能性に賭け沖縄へ出撃するか・・・どちらかしかありません。」
「ホントにそれだけなの?」
「・・・他にありますか?」
「出撃しないってのは駄目なの?沖縄に行ける可能性は低いんでしょ?」
「現在でも本作戦への批判はあります。では、逆に出撃しなかったら・・・?
私はそれでも大和は批判されていたと考えています。」
「なんでよ?」
「それこそ、沖縄を見捨てたと揶揄されるからです。
燃料が無いと言っても大和なら十分動けた。もしかしたら作戦次第で沖縄にたどり着けたかもしれない。
何もせずに機会を見逃した海軍は無能(ry・・・と、批判されるのは目に見えてます。」
「それだって、アンタの妄想でしょ。」
「・・・予測できない展開などありません。他の事例も合わせれば十分考えられる批判です。
出撃できる時に出撃せず、最後の最後まで艦隊保全主義のまま呉で鉄屑と化す大和・・・そんな結末が良かったと?
挙句は沖縄を見捨てたというレッテルが貼られる事になるのですよ?」
「だから、そんな作戦に付き合わされる兵士の身になって考えなさいって言ってんの。
死ねって言われて喜んで出て行く人間がどこにいるのよ?」
「・・・命令ならそうするわ。」
「あんたの事は聞いてないわよ!普通の人間なら死にたくないって思うのが当然でしょうが!」
「大和の乗組員だった方の話ですが、
どちらかと言えば、これまでの無念を果たすと言った感情の方が強かったとも言われています。
もちろん、作戦に対する恐怖や憤りを感じた人も居たでしょう。・・・人間なんですから当然です。
大和哨戒長の臼淵大尉の有名な言葉があります。
」
進歩のない者は決して勝たない。
負けて目覚めることが最上の道だ。
日本は進歩ということを軽んじ過ぎた。
私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。
敗れて目覚める、それ以外にどうして日本が救われるか。
俺達はその先駆けとなるのだ。
「なにこれ?」
「沖縄への出撃を命じられた大和ですが、特攻しろといわれて簡単に納得できる訳がありません。
乗組員の間で今作戦についての議論が行われ、最期には殴りあいの喧嘩にまでなってしまったのです。
それを諌めたのが先程の臼淵大尉だと言われています。」
「何で議論してたのが喧嘩になっちまったんだ?」
「・・・これから死地へ向かうのです。始めは冷静でも感情的になるのは当然でしょう。」
「なら、最初からそんな作戦やんなきゃ良いのに。上の都合で振り回される人の身になって考えてみなさいよ。」
「大和や艦隊を動かすにはそれ相応の人員が必要です。
本来なら、こんな危機的状況に陥る前に講和が結べれば良かったのですが・・・今さら言っても詮無いことですね。
本土決戦が避けられない以上、出来る事を実行する以外に方法はありません。
それに、今を逃せば艦隊行動が執れる時期すら失ってしまいます。勝算が無くとも可能性があるのはこの時だけだったんです。」
「つーか、本土決戦は回避出来てんでしょ?」
「当時の方々はその未来を知りません。
戦争の終わりは予感出来ても、本土決戦が回避出来ると知っていた人がいるはずないでしょう?
それに、死への葛藤を抱えていたのは大和乗組員だけではありません。
以前説明した特攻隊の多くの方々だって、死への恐怖や作戦内容への不満はあったはずです。」
「だから、我慢しろっての?」
「・・・そうは言ってません。
戦争の悲劇と言ってしまえばそれまでですが、軍隊の目的は自国を他国から守る事です。
何度も言いますが当時の日本には完璧な選択肢など無く、出来る事を実行するしか方法が無いのです。
もっとも、方法論に異義がある事は否定しません。それも一つの考え方ですからね。」
「ふむ、確かに軍人とは言え同じ人間、無理難題を押し付ければ反発も生まれよう・・・。
軍人も死を覚悟しているとは言え、無駄死になどしたくは無いからな。
ところで・・・」
「?」
「お前自身はこの作戦をどう捉えているのだ?
話で聞く限りでは成功や生還の見込みは無い。航空機の援護もない状態で圧倒的多数の敵陣への突撃・・・
これでは作戦とは言えず、無謀以外の何物でもあるまい?」
「・・・・・。」
「どーなのよ?さっさと答えなさいよ。」
「・・・難しい話です、本当に。
航空機での特攻は非人道的とは言え戦果の見込みがありますが、水上部隊による特攻に勝算があるとはとても思えません。
しかし、水上部隊として出来るのは史実の作戦が精一杯でしょう・・・。おそらく、私は賛成の立場になるのでしょうね。」
「あんた、ホンッとに海軍擁護しすぎ。なんでこんな作戦を賛成できんのよ?」
「・・・日本を護るため、沖縄を支援する為の方法が他に無いからです。それとも何ですか、沖縄の守備隊を見捨てろと?」
「そうは言ってないけど・・・」
「言ったはずです。当時の日本に完璧な選択肢など無いと。
反対する気持ちは分かりますが他に方法など無いのです。
まぁ、水上部隊による作戦行動の是非についてはまた後ほど・・・そろそろ、具体的な作戦の推移について説明します。」
「やっと本題でつね?」
「大和を含む第一遊撃部隊が集結したのは三田尻沖、昭和20年4月2日の事でした。
ちょうど、アメリカ軍が沖縄への上陸を果たしていた頃ですね。」
「つーかさぁ、今ふと思ったんだけど・・・」
「なんでしょう?」
「最初から大和を沖縄に置いとけば良かったんじゃないの?なんで、わざわざ面倒な事してんのよ?」
「・・・・・。」
「何よ!その呆れ顔は!」
「・・・沖縄戦の説明をしたときに、
アメリカ軍が台湾か沖縄のどちらに来るか解らなかったと言ったはずですが。
それに、沖縄には大和の停泊を長期間維持出来るだけの施設など存在しません。
第一、大和を沖縄に停泊させておいたら、事前に航空機で撃沈されてしまうだけでそれこそ何の意味もありません。
一体、どこをどうやったらそんな発想が出てくるのか・・・本当に理解に苦しみます。」
「また一段とずいぶんな集中砲火だな。」
「やれやれ、またですか?」
「うるっさいわね〜!ちょっと思いついた事を言ってみただけでしょうが!」
「・・・思いつきで作戦立案されても困ります。」
「アスカさん、人には恥ずかしいと思う心が・・・」
「やかましい!」
「・・・さて、4月5日に燃料補給を終えた第一遊撃部隊に
正式に連合艦隊伝令作第六○三号菊水作戦(天一号作戦)が発令されました。
もっとも、内容は作戦と呼べるようなものではありませんでしたが・・・
ちなみに、こちらが4月6日に出された連合艦隊司令長官の訓示です。」
連合艦隊司令長官訓示
帝国海軍部隊は陸軍と協力空海陸の全力をあげて
沖縄島周辺の敵艦隊に対する総攻撃を決行せんとす。
皇国の興廃はまさに此の一挙にあり
ここに海上特攻隊を編成壮烈無比の突入作戦を命じたるは、
帝国海軍力をこの一戦に結集し、光輝ある帝国海軍海上部隊の伝統を発揚するとともに、
此の光栄を後に伝えんとするに外ならず。
各隊はその特攻隊たると否とを問わず
愈々殊死奮戦敵艦隊を随所に殲滅しもって皇国無窮の礎を確立すべし。
「上の人らは気楽よね〜。こんな訓示を出しただけで後方にいられるんだから。」
「・・・総大将が積極的に前線に出向くのは危険です。
以前、視察に向かった連合艦隊司令長官山本五十六大将がアメリカ軍に襲撃されたのをお忘れですか?」
「そういう事じゃなくてさぁ・・・。特攻しろ特攻しろって言ってた人らがまんまと生き残って、
将来を担う若い人達が死んじゃうってのがどうしても納得できないんだけど。」
「そうだったの?」
「そーよ。これだから日本軍は階級が下になるほど有能だなんて言われんのよ。」
「普通に考えれば、手塩にかけて育てた部下を死地に送る決断というのは軽々しく出来るものでは無いと思うのですが・・・
事実、日本軍も戦争初期には人命を重視した措置を執っていた事が何度もあります。
私見ですが、日本軍の指揮官が無能だとする話は幾分誇張されているのでは無いかと・・・もちろん中には例外もありましたけど。」
「辻さんとか牟田口さんとか源田さんとか南雲さんとか栗田さんとか♪」
「なんか色々いっぱいキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!」
「人の好き嫌いは当然ありますから、評判が悪い指揮官というのは居るでしょうが・・・
陸軍はあまり知らないので言及出来ませんが海軍ではそれほど酷いという方はあまり思いつきません・・・。」
「福留さんはどうです?まんまと重要書類奪われちゃった人♪」
「・・・彼については弁解の余地もありませんが、あれは不可抗力も混じってます。
もちろん、事件後の対応や戦後の発言に問題が無かった訳ではありませんけど。」
「いつもの事だが、思いきり話が逸れているな。」
「誰かさんのせいでつ。」
「うるさいっての。」
「作戦の発令を受けた大和ですが、時期を前後して一部乗員の退艦作業が行われました。」
「退・・・なにそれ?」
「作戦とは言え、何度も言っている通り生還の見込みはありません。
大和艦長の有賀大佐は伊藤長官に意見具申を行い、結果として未来を担う若い士官候補生の退艦が決定されました。」
「途中下車みたいなモンか?」
「おやおや、一体どこへいくというのでしょうかねぇ〜。何か見つけたんでしょうかぁ?」
「誰の真似よ、その口調は。」
「途中下車といえばぶらり途中下車の旅じゃないでつか。これは常識でつよ?」
「どこの常識よ・・・。」
「人命を優先し未来ある若者を少しでも多く助けるか・・・、当然と言えば当然だな。」
「退艦したのは候補生42名の他、傷病兵26名、補充兵5名。
命令を受けた候補生達も中々退艦に同意せず、作業は大幅に遅れてしまったそうです。
本来、こういった退艦に必要な手続きは海軍省の指令が必要なのですが、伊藤中将と有賀大佐の独断で行われました。」
「越権行為よ、葛城一尉!」
「いきなり何を言ってんのよ、あんたは・・・。」
「・・・この作戦の本質を見れば、伊藤中将や有賀大佐の判断は適切だったと言えます。
本来ならば、この様な作戦は行わない事が最良なのですが・・・今さら言ったところでどうにもなりません。」
「あれ?あんた作戦に賛成してたんじゃなかったの?」
「・・・作戦には賛成ですよ。他に方法らしい方法が見当たらないのですから。
ですが、心情的に納得している訳ではありません。本来ならばこの様な作戦は行われるべきではないのです。」
「難しくてよく解んないなぁ・・・。」
「ファースト、あんた言ってる事が支離滅裂過ぎ。」
「そうか?」
「そーでしょうよ。おもいっきり矛盾してるでしょうが。」
「そうでもあるまい。
日本という国の行く末を考えるのであれば、やれる事はなんでもやらなければ取り返しがつかなくなる恐れがある。
かと言って、作戦内容そのものを考えれば到底納得出来るモノでも無い。
指揮官の立場と乗員の立場・・・あの娘は国家の立場で考えているから作戦に賛成なのだろう。
お前はお前で乗員の立場で作戦に反対している。各々の考え方の立ち位置の違いがあるからこそ異論が出る・・・それは至極当然の話だ。」
「難しすぎて話が解らないんだけど・・・。」
「・・・あまり難しく考えるな。要は十人十色だと言う事だ。」
「投げやりすぎますよ、その説明じゃ。」
「・・・いつの間にか作戦の是非についての話になってしまいましたね。
あまり、横道に逸れすぎるのも問題があるので、粛々と作戦内容についての説明を進めたいと思います。
徳山沖に一時停泊していた第一遊撃部隊が沖縄に向けて出発したのは4月6日の16:00です。
本来なら出発は15:00だったのですが、退艦作業や不要物資の陸揚げ等の作業が滞り出発が遅れてしまいました。」
「一時間の遅れか・・・、何か問題はあったのか?」
「・・・いいえ。この期に及んで1時間の遅れはさほどの影響は無いでしょう。
第一遊撃部隊は第二水雷戦隊旗艦の矢矧を戦闘に駆逐艦・最後尾が大和という単縦陣を形成し沖縄へ向け出発しました。
以前説明した通り出撃する艦船は10隻ですが、少しの間だけ第31駆逐隊の駆逐艦(花月・榧・槙)が護衛に付いていました。
第一遊撃部隊の任務内容を知らされていた第31駆逐隊の乗員は別れを惜しむかのように、
連合艦隊の象徴である大和にさかんに帽子を振り続けていたと言われています。」
「で、なんで途中までしか護衛しないのよ?」
「・・・燃料が無いんです。もうそろそろ、説明しなくても察して頂けると助かるのですが。」
「プ(w」
「うるさい!」
「で、単縦陣って何だっけ?」
「縦一列に並んで形成する陣形の事だ。お前は、何度説明すれば理解するのだ・・・。」
「だって、そんな難しい事言われたって解らないんだも〜ん。」
「も〜ん♪」
「やれやれ・・・。」
「第31駆逐隊の護衛は豊後水道の入り口付近まで続けられました。大体このあたりです。」
「このあたりって・・・まだ、日本の中じゃん。」
「航空機や潜水艦の存在がありますから、日本近海と言えど安全とは言えません。
以前、大和型戦艦の改造空母・信濃が沈められたのをお忘れですか?」
「あ〜、そういえばそんな話もあったっけ。」
「もっとも、この時はまだアメリカ軍は第一遊撃部隊の動きを察知するには至っていません。」
「そうなのか?」
「4月6日と言えば、沖縄方面への大規模な特攻作戦が陸海軍合同で行われた日です。
丸1日に亘って続けられた攻撃により実際の損害はそれほどではありませんが、アメリカ軍を混乱させる事には成功しています。
その為、この日の日中はアメリカ軍も十分な索敵行動が行えませんでした。」
「でも、どーせすぐに見つかってんでしょ?」
「第一遊撃部隊をアメリカ軍が発見したのは4月6日の午後8時頃です。
その直前の19:24に、第一遊撃部隊・・・少し解りづらいかと思うので以後、伊藤艦隊と呼称します。」
「呼称とかって聞くと・・・ミサトさんを思い出しまつ♪」
「何の話か解らないんだけど・・・」
「それはそうでしょ。アスカさんが日本に来る前の話なんですから。」
「なんか、言い方がムカつくんだけど。」
「プ(w」
「そこは笑うところじゃないでしょうが!」
「それで、伊藤艦隊とやらがどうしたのだ?」
「・・・伊藤艦隊が第一警戒序列へと陣形の変更を行ったのです。場所は日向灘の付近です。」
「その第一なんとかって?」
「伊藤艦隊が予定していた陣形の一つです。図で表すとこんな感じですね。
ついでに、伊藤艦隊の位置も出しておきます。」
第一警戒序列
「また、マニアックなものを・・・」
「そうでしょうか?以前にも少し説明した話ですから、さほど問題は無いかと思いますが・・・」
「そういえば、第三次ソロモン海戦の頃にもこんな話があったな。」
「で、これがどうしたのよ?」
「・・・こちらは対潜用の陣形となっています。
陣形を変えた後でアメリカ軍に発見されたのは運が良かったのか悪かったのか・・・
とにかく、伊藤艦隊の出撃はアメリカ軍に知られてしまいました。」
「知られてしまいましたって、をい。どーすんのよ、そんなんで。」
「・・・第二水雷戦隊旗艦の矢矧が主砲で狙いをつけたものの、距離が離れていたため攻撃は不可能でした。
アメリカ軍に伊藤艦隊出撃の事実こそ知られる結果となってしまいましたが、
その後潜水艦の追撃はなんとか振り切る事が出来ています。」
「つーか、速攻見つかってどうすんのよ。先行き怪しいどころじゃないでしょうが。」
「この時期になると、潜水艦にもレーダーが搭載されている状況です。日本軍にどうしろと?」
「だから、逆ギレすんじゃないっての。そこを考えるのが軍人の仕事でしょうが。」
「他人任せ(・A・)イクナイ!」
「うるさいわよ!」
「・・・無理なものは無理です。アスカの言っている事は、よく揶揄されている旧日本軍の精神論と何も変わりませんよ。」
「確かにな。」
「納得するんじゃない!」
「一方、伊藤艦隊出撃の報告を受けたアメリカ軍の総指揮官スプルーアンス大将は
沖縄に進出しているデイヨー少将指揮の艦隊に迎撃を命じました。」
「マイヨさんでつか?」
「・・・全然違います。」
「シクシク・・・、せっかくボケたのに。」
「くだらない事ばっか言ってるからよ。」
「・・・ちなみに、デイヨー少将麾下の部隊は戦艦10隻を主軸に巡洋艦、駆逐艦で構成された艦隊です。
この艦隊が大和を迎え撃つのであれば、それはそれで史実よりは良かったかもしれません。」
「なんで?」
「・・・水上部隊同士、艦隊戦を行える可能性が出てくるからです。
空母を除いた戦いであれば、少数の伊藤艦隊でも戦果を挙げられる可能性は否定出来ません。
数の劣勢を跳ね返す為に作られた大和なのですから、多数の敵艦隊を相手にするというのはむしろ本分でしょう。」
「んな、厨みたいな事を言ってんじゃないっての。大体、主砲の性能差だってどれだけあるのか解らんないのに、
アメリカの戦艦にレーダーとか速度で負けてるんじゃ戦果なんか期待出来ないに決まってるでしょ。」
「え?ヤマトなのに負けてんの?」
「そりゃそーよ。大和で誇れるのってせいぜい主砲のサイズと重さくらいのモンでしょ。
レーダーなんてあって無いようなモンだし、速度だってアメリカの戦艦に比べたら全然低いしね。」
「・・・アスカが比較に使っているのはアイオワ型の事だと思いますが、
搭載した機関の性能差があるのですから仕方ありません。
また、大和とアメリカの戦艦とでは艦形にも違いがありますから速度に差が出るのも当然です。」
「仕方ないって便利な言葉よね〜。何でもそれで解決しちゃうもの。」
「・・・そもそも、戦争中期に竣工したアイオワ型と戦争初期に完成した大和を比べるのは不公平と思いませんか?
竣工時期で比較するならサウスダコタ等が適当だと思うのですが。」
「サウスダコタってのじゃダメなの?」
「駄目という事は無いでしょうが、カタログスペック上では大和の方が上ですし・・・。
速度もほんの少し大和が劣っているだけで、さほどの開きがある訳ではありません。」
「な〜んだ、自分に都合のいい資料持ってきて勝利宣言してるだけですか(・∀・)ニヤニヤ」
「うるさい!よく比較されてるのは大和VSアイオワのパターンが多いでしょうが!」
「・・・まぁ、それはそうですが。」
「それに、さっきのサウスダコタで話すなら、馬力の大きい大和が速度で負けてるってのはどういう事よ?」
「・・・重量と艦形の違いですよ。別に不思議な事はありません。」
「む・・・」
「また、あっさり返り討ちか。ちょっとひでーな。」
「そうそう、綾波さんにはアジア的優しさが足りませんでつ♪」
「即答か・・・。娘、あまり酷な事をするものではない。」
「・・・すみません。」
「るさい!」
「ねぇねぇ、重いからって言うのは解るんだけど、形が違ってもスピードに差が出るの?」
「そうですよ。では、簡単な図で説明しましょう。」
大和型 アメリカ戦艦
「左が大和型、右がアメリカ戦艦だと思ってください。単純にどちらの方が速い速度が出せると思いますか?」
「どちらって言われても解んないし・・・」
「・・・少しは考えろ。水の上を進む船だ、水の抵抗を極力減らす形の方が速度が出るはずだ。」
「そっかぁ・・・。で、どっちが抵抗少ないの?」
「お前・・・、少しは考えろと何度言えば解るのだ!」
「ひっど〜い!あたしだってちゃんと考えてるもん!
でも、地球の事なんかぜんぜん知らないから、いろいろ聞いてただけなのに〜・・・。」
「あ〜、女の子泣かした〜!」
「・・・いい加減、プルに釣られるな。」
「マシュマーさん!」
「・・・お前もだ。プルをよく見ろ。どこからどうみても嘘泣きだろう。」
「・・・・・。」
「どこが嘘泣きなんですか!おもいっきり哀しんでらっしゃるじゃないですか!」
「いい加減にしろ。何度も同じ手が通用するほど私は甘くない。」
「マシュマーさん、ちょっとこちらへ・・・」
「なんだ?」
「・・・少し話があります。」
「何よ、説明中断すんの?」
「・・・はい。すぐに再開しますが、それまで楽にしていてくださって結構です。」
「ついに呼び出しくらったか。」
「や〜いや〜い♪」
「黙れ!」
「それで、私に話しとは?」
「・・・このままでは講義が進められないので、マシュマーさんの方から折れて頂けませんか?」
「何故だ?私は何も間違った事は言っていないはずだが。」
「間違っているとか、そういう問題では無く・・・」
「?」
「・・・相手は小さな女の子です。
仮にも年長なのですから大人の対応を執っていただけると助かるのですが・・・。」
「む・・・」
「・・・どうでしょう?」
「・・・ふむ、冷静に考えてみれば確かに大人気無かったかもしれん。
ここは、お前の言うとおりにしておこう。意固地になったところで何の意味も無いからな。」
「・・・お願いします。」
「お、戻ったか。」
「あんたら、スミの方で何コソコソやってたのよ?」
「・・・気にするな。何でもない。」
「・・・・・。」
「あ〜・・・、プル。さっきは、その・・・すまなかったな。」
「・・・それだけ?」
「は?」
「やれやれですねぇ。女性に許しを請うというのにその程度の謝罪の気持ちではまるで足りませんでつよ?」
「以前にもそんな事を言われた気がするが・・・、私にどうしろというのだ?」
「もう、怒ったりしない?」
「・・・ああ、しない。もう、お前の意見を頭ごなしに否定したりはせん。」
「ホント?」
「・・・心配するな。大丈夫だ。」
「わかった。・・・それじゃ、許してあげる。」
「マシュマーさん、もう泣かせたりしちゃダメですからね!」
「・・・解った解った。」
「いや〜、良かった良かった。これで大団円ですねぇ。」
「・・・ですから、まだ終わりじゃありません。先程の説明に戻りますが・・・
図で確認すれば一目瞭然ですが、水の抵抗を大きく受けるのはアメリカ戦艦より大和型の方です。」
「最初っからあんたがそう言ってれば、ここまで話がややこしくならずに済んだでしょうに・・・」
「思慮する事が知識を自分のものとする最善の方法なのです。
情報をただ受身で聞いているだけでは何の役にも立ちません。自分で考え、考慮し、最終的に理解するのが一番最適なのです。」
「でも、なんでヤマトの方が遅いの?」
「・・・アメリカはパナマ運河を通行出来るサイズでなければならないので、
どうしても艦の幅に制限が出来てしまうのです。
もちろんアメリカの事ですから、その気になれば巨大な戦艦も造れますし大型戦艦の建造計画もそれなりに進められていましたが、
時代の流れか最終的には巨大戦艦の建造計画は中止されてしまっています。」
「それと何の関係があるんだ?」
「つまり、史実で建造されたアメリカ戦艦はサイズとしては大和より小さな戦艦だという事です。
機関の馬力でも差があり幅も重さも大和の方が大きいので、速度的にはどうしても大和の方が劣ってしまうのです。」
「ふ〜ん・・・。」
「また、大和はその主砲のサイズと比較すると艦そのものがコンパクトにまとめられています。
逆から言えば、全長をもっと長くすれば速力を増加させる事も物理的には可能なのです。」
「はぇ?長くすると速くなるの?」
「そうですよ。長くすれば形状的に水の抵抗をさらに減らす事が出来ます。
水の抵抗を減らす事は機関へ与える負担の軽減にも繋がりますから、自ずと速度も上がるという訳です。」
「じゃあ、なんでもっと長く造んないのよ?」
「・・・魚雷攻撃の格好の的になってしまうからです。長ければ長いほど狙いやすくなりますからね。」
「まぁ・・・、そうだろうな。」
「・・・大和の速度がアメリカ戦艦に負けているのは、そういった理由の積み重ねです。
確かに速度の差は大きいのですが、それだけで戦艦としての優劣が決まる訳でもありません。
どの戦艦が一番強いかという判断は、正直とても難しいものと思われます。」
「でも、アンタは大和が一番強いと思ってんでしょ?」
「いけませんか?」
「いけませんかって・・・、そこらの厨でもそんな事を堂々と言わないわよ。」
「・・・これまで説明してきた戦史も含めてですが、
どんなに優れた兵器であろうとどんなに優れた作戦であろうと、戦略レベルで敗北が決定していては戦局を覆すのは困難なのです。
もちろん、戦略レベルで敗北していても戦術レベルで勝利できた例はいくつもありますし、
戦略レベルで負けているからと言って、勝利への努力を怠っていい理由にはなりません。」
「で、それと大和と何の関係があんのよ?」
「・・・大和が酷評を受けるのは、
戦略レベルで負けた状態で戦線に投入、結果的に戦果を上げられなかったからだと推察されます。」
「なによ、ちゃんと解ってるんじゃん。」
「しかし、それはそれで大和の性能の話とは別問題です。
仮に大和と同じ状況にアメリカの新鋭戦艦を投入、作戦を遂行したとしてもおそらく同等の結果になった事でしょう。」
「じゃあ、上の人が悪かったで、終わりじゃん。」
「・・・そこで思考停止しては何の意味もありません。
何故、戦略レベルで日本が負けてしまったのか、その原因、発端はどこにあったのか・・・
そこまで考えて学習しなければいつか必ず同じ事を繰り返します。
上層部が無能=戦争の敗因という考え方では、それこそ戦争から何も学んでいない証左にしかなりません。」
「また、集中砲火食らってますね。」
「つか、情け容赦無さ杉だろ。」
「うむ。」
「うるさいわよ!だいたい、それと大和と何のカンケーがあんのよ!」
「日本軍上層部の批判と大和への批判を一緒にされては困るのです。
また、安易に上層部が悪い=日本軍は無能という結論に至ってしまうのも考え物です。
それでは、ただの印象操作に騙されているとしか言い様がありませんから。」
「・・・つーかアンタ、日本軍擁護しすぎ。」
「フフッ、面白い事を言いますね。」
「は?」
「ねー、なにが面白いの?」
「プル、この場合の面白いはそういう意味合いでは無いぞ。」
「私は、なるべく公平な意見しか述べていないつもりです。
私が日本軍擁護の意見しか言っていないように思えるのは、アスカが日本軍を貶める史観に偏っているからです。
そして、その事にまるで気付いていない・・・どこか思い当たるフシはありませんか?」
「あるわけないでしょ。むしろ私の方がよっぽど公平でしょうが。」
「そうでしょうか?戦争末期の帝国海軍には多くの選択肢など残されていません。
名将と言われているスプルーアンス提督であろうと、人望の厚かったハルゼー提督であろうと日本を勝利に導く事など不可能です。
可能性としては零では無くても・・・その確率は限りなく低いと考えられます。」
「そなの?」
「・・・アメリカは自国のみでも膨大な国力を有しています。
小さな失敗でも響いてくる日本軍と違い、アメリカは多少の戦術的失敗でもカバーできる国力があります。
一方・・・、大戦末期の日本には戦略的にも戦術的にも敗北と言う結末しか用意されていません。
その苦しい状況下で決断を下した日本軍上層部を中傷するのは、少々筋違いだとは思いませんか?」
「そんなもんなのか?」
「上に立つ人間は決断を下さなければなりません。
それが例え非人道的であろうと部下を死地に送る結果になろうと決断しなければならないのです。
敗北という選択肢しか残っていないのに決断しなければならなかった・・・それが現実だったのです。」
「じゃあ、特攻特攻言ってた人らは何なのよ?」
「・・・それは誰の事を指しているのですか?批判するのなら具体的な個人名を挙げてください。
言ってた人達などという、顔の見えない方法で否定するものではありません。」
「え〜と・・・」
「特攻について補足ですが、特攻作戦の決断を下したのは大西中将という見方で良いと思います。
現地で特攻隊員を送り出している指揮官は命令に従っているだけなのですから、命令に逆らえというのが無理難題と言うものです。
むしろ、命令に従わない軍隊の方が、統制という点でよほど危険があると言っていいでしょう。」
「それだと大西さんが決断しなければ良かったって事?」
「・・・そうでもありません。何度も言いますが大西中将は特攻作戦を統率の外道と言っています。
私見ですが、彼は特攻作戦実行の決断を下した指揮官という汚れ役を引き受けた様にしか思えません。
後世に自身が批判を浴びる事も十分予測していた事でしょう。でなければ、あんな事は・・・」
「あんな事って何なんです?」
「それについてはまた後ほど・・・。いい加減、大和の話に戻しましょう。」
第三警戒序列
「6日の第一警戒序列から7日の早朝まで一気に進めてみました。
7日の06:00に第三警戒序列へと陣形を変更。ちなみに、第三警戒序列は対空防御に適した陣形です。
伊藤艦隊はアメリカ軍に出撃が察知された事を悟り、艦隊を西方へ進めています。」
「逃げちゃったの?」
「・・・転進です。伊藤艦隊は西方へ退却したと見せかけながら機会を伺い南方へ進路を変更する予定です。
また、7日未明には艦隊上空直援に関する無電が届きました。これは伊藤艦隊にとっては心強い援軍です。」
「艦・・・難しくてよく解らないなぁ。」
「やれやれ、少しは考えろ。艦隊上空直援と言・・・」
「・・・・・。」
「何?」
「いや・・・、何でもない。」
「平たく言えば、伊藤艦隊に直援の戦闘機が付く事が決まったという事です。
当初は艦隊への護衛は行われない方針でしたが、第五航空艦隊司令宇垣纏中将の独断により決められたそうです。
もっとも、沖縄への特攻作戦に支障をきたすわけにはいかないので、援護機は5〜10機程度ではあったのですが・・・」
「それだけ?」
「末期の日本の航空機事情を考えて下さい。これでも一杯一杯なんです。
7日の早朝06:00に大和の右舷カタパルトから零式三座水偵1機が発艦、艦隊前方の対潜哨戒任務に付きました。
また、06:30には零戦5機による援護が始められています。」
「5機だけか・・・やっぱり少ないんだな。」
「私の侵攻がもっと早ければ、アメリカ軍なんかお茶の子サイサイだったのに・・・歴史の因果とは悲しいものです。」
「いや、アンタらが来たら戦争どころじゃないでしょ。」
「06:57、西方の進路を進んでいた伊藤艦隊にトラブルが発生しました。」
「なにかあったの?」
「駆逐艦の一隻、朝霜から機関故障の信号が発せられたのです。
朝霜は戦列から脱落・・・その後、90度方向に敵機30機以上探知という通信を最期に連絡は途絶しました。」
「どーなっちゃったの?」
「おそらく、敵の攻撃により沈められてしまったのでしょう。生存者がいなかったため詳しい事は分かりません。」
「つーか、救助はどうしたのよ救助は。」
「先程の通信が送られてくる前に、機関復旧の見込みがあるとの通信が届いていたのです。
それに、その内伊藤艦隊本隊もそれどころではなくなってしまいますから・・・。」
「そういえばさ、作戦中って無線とかって止めてたんじゃなかったっけ?」
「お前にしてはよく覚えているな。確か無線封止とか言ったか・・・。」
「艦隊航行中の無線封止はマリアナ沖海戦の頃に止められています。」
「なんでよ。あんた無線封止も意味があるみたいな事を言ってたじゃん。」
「その意味が無くなってしまったんです。
無線封止を実行していても艦隊の動きはアメリカ軍に悟られてますし・・・、
無線封止のメリットとデメリットを比較して、無線封止によるデメリットが大きくなったから止めた・・・筋は通っていますよね?」
「なんで疑問系?」
「んなら、最初っから止めてりゃ良いのに・・・見事に取り返しがつかなくなってるでしょうが。」
「戦争初期と後期では技術レベルが違ってきています。
それに、日本軍が無線封止の効果の無さに気付いたのはアメリカ軍の行動を受けての話です。そんな事を今さら言われても困ります。」
「・・・だそうだ。」
「だから、日本軍は先を見る目が無いって言われんのよ。」
「・・・それは先を見る目と言うより予知能力の域に達しなければ解らないかと思いますが。」
「じゃ、あたしなら大丈夫かな?もしかしたらピキーンって閃くかも♪」
「ニュータイプは別に予知能力者では無かろう・・・。」
「そういや、アメリカ軍はアメリカ軍でこの頃は何やってんだ?」
「そういえば・・・何やってるんだっけ?」
「誰かさんが話を脱線させるから。」
「うるさいわよ!」
「・・・アメリカ軍はデイヨー少将の艦隊に伊藤艦隊の迎撃を命じていましたが、
伊藤艦隊の西方への進路変更を受け、伊藤艦隊の目的地が沖縄なのか佐世保なのか特定出来なくなってしまいました。
一方、機動部隊を率いるミッチャー中将は独自に麾下の艦隊を北上させていました。」
「もしかして、おもいっきり待ち伏せされてんのか?」
「以前に話しましたが、アメリカ軍も当初は戦艦部隊で迎撃を行う予定でした。
しかし、伊藤艦隊に西方へ逃げられてしまえば追撃が困難になってしまいます。
そこで指揮官のスプルーアンス提督はミッチャー中将の機動部隊に伊藤艦隊への攻撃を指示。
この時点で、日米による艦隊戦の可能性は無くなってしまいました。」
「綾波さん的には(´・ω・`)ショボーンでつか?」
「確かに、艦隊戦が行われていたらどうなったか知りたいという個人的な願望はありますが・・・
どちらにしろ伊藤艦隊に勝ち目がある戦力差ではありません。
対艦隊戦と対航空戦のどちらが良かったのかは、私には解りません。」
「そりゃそーでしょ。これでアメリカの戦艦にボコボコにされたらショックで立ち直れなくなるに決まってるわよ。」
「・・・・・。」
「なにか不満?言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ?」
「宇宙の補欠さん♪」
「だから、あんたには言ってないっての!」
「私の意見はまた後で・・・。」
「なによ、また先延ばし?」
「説明を中断してまで今すぐ発言する必要はありませんから・・・
さて、西方に進路を進める伊藤艦隊ですが、4月7日の天候は曇り。
小雨交じりの霧により艦隊の姿は隠れ、艦隊防衛という点で考えれば恵みの雨と言えるもののはずだったのですが・・・」
「そうだな。以前、機動部隊同士の戦いの説明の時も空母がスコールの中に隠れて難を逃れたという話もあった・・・。
天候も戦局に影響を与える要素の一つと言われているからな。」
「そーいえば、地球だと空中に勝手に電撃が走るんだっけ?あれも凄いよね〜♪」
「・・・雷の事か?まぁ、コロニーや月ではあんなモノは無いからな。大自然の驚異と言ったところか。」
「自然って言えばさ、木星には浮遊大陸とかあるんでしょ?そーいうのも一度でいいから見てみたいな〜♪」
「どこの木星の話だ?そもそも、木星はガスで構成されている惑星だから大陸など無いぞ。」
「え〜、それじゃヤマトの波動砲試射の目標が無いって事じゃん!」
「た、大陸が・・・うわぁ〜!」
「何の話か解らんが・・・」
「あんたらも妙な脱線してんじゃないわよ。」
「・・・この日のアメリカ軍はかなりの気合が入っていました。
悪天候の中でも機動部隊は偵察隊を出撃させ、伊藤艦隊の動向を全力で探っています。」
「なんで、そんなに気合が入ってたんだか。」
「やっぱり、獲物は逃す訳にはいきませんからねぇ。大和タンってかなり美味しい相手でしょ?」
「大和タンってをい。んな事言ってると、ファーストの雷が落ちるわよ。」
「・・・アメリカ軍にとって伊藤艦隊が魅力ある目標であった事は事実のようです。
それは、機動部隊にとっても戦艦部隊にとっても・・・同様にです。」
「そなの?」
「・・・アメリカの戦艦部隊は、日本軍同様戦艦としての活躍の場があまり残されていませんでした。
また、アメリカ軍内部にも大艦巨砲主義から抜けきらない勢力も存在し、
比島沖海戦で沈めた武蔵も実は戦艦部隊が沈めたのでは?という噂が流れていたとも言われています。」
「ふ〜ん・・・、なんか意外ね。」
「やはり、戦艦乗りの本懐としては敵戦艦と戦い相手を沈める事です。
アメリカ軍の戦艦部隊の方々も当然、そういった願望が強かったと見て間違いないでしょう。
艦砲射撃で陸上部隊の支援をするのが本職ではないのですからね。」
「まぁ・・・、そうだろうな。」
「プ(w、アメリカも日本と大して変わらないじゃないですかぁ(・∀・)ニヤニヤ」
「うるさいわよ。」
「一方の機動部隊も、こういった大艦巨砲主義に囚われたオールドタイプの反応は面白くありません。
自分達が武蔵を沈めたのに、それが事実で無いかのように噂されているのですから・・・」
「オールドタイプって、をい。そしたらアンタや日本軍はどーなんのよ。」
「日本とアメリカ、どちらもさほど変わりは無いんですよ。
オールドタイプも居ればニュータイプも居る・・・人の革変などそう簡単に実現出来るものではありません。
ちなみに、私にはニュータイプ能力はありませんので何も問題はありません。」
「あんたがニュータイプじゃないのは解ってるけど、私が言ったのはそういう意味合いじゃないっての。」
「結局、日本もアメリカも大して変わらんって事か。」
「そうですね。どこかで小耳に挟んだのですが、
海戦においては日本とアメリカは相思相愛だったという趣旨の意見がありました。
歴史を振り返ってみると・・・正直、私もその通りだったと思います。」
「何よ、そのワケの分からん比喩は・・・。」
「双方とも、機動部隊による決戦を望み、戦い、雌雄を決した・・・。
機動部隊同士による決戦を行えたのは日本とアメリカのみ、日本もよくあれだけの国力差がありながら戦えたものだと思いますよ。
双方が望み、その願いを叶えた・・・十分、相思相愛と言えるとは思いませんか?」
「ね〜ね〜、日本とアメリカのみって・・・イギリスはどーなっちゃったの?」
「・・・普通にアメリカと合同で日本に迫っていますよ。
ただ、イギリス単独で日本の機動部隊と戦った事はありませんからイギリスは除外しました。
セイロン島沖海戦の時は行き違いになってしまいましたしね。」
「イギリス・・・扱いひでーな。」
「ホント、酷いです!かつては同盟を結んでいた相手だというのに・・・失礼でつよ!」
「そうは言われましても、まともに戦っていないのですからどうにも・・・。」
「にしても、まさかアンタの口から相思相愛なんて台詞が出てくるとは思わなかったけど・・・」
「先程少し話しに出したミッチャー中将は、緒戦の戦局が厳しい頃からアメリカ軍を支えてきた軍人です。
戦艦に魂を縛られたオールドタイプに時代の変革を解らせる為にも、
機動部隊による航空攻撃で大和を仕留めたいと考えていたようです。
視界不良の悪天候にも関わらず、積極的に艦載機を索敵に飛ばしたのもそういった意味合いなんです。」
「それ、ホント?」
「多少、推測交じりですが・・・」
「をい!」
「・・・概ね合っているとは思いますよ。
そうでなければ、悪天候時にわざわざ出撃させる理由にはなりません。
さて、アメリカ軍機動部隊が攻撃隊を発艦させ始めたのは10:00頃の事です。
悪天候により38機が空中集合に失敗しましたが、それでも第一次攻撃隊の機数はおよそ380機強。
10隻の艦艇を相手にするには十分すぎる数です。」
「一方の伊藤艦隊はその頃、上空直援の零戦10機の護衛を受けながら西への進路を執っています。
しかし、護衛の零戦も特攻作戦に参加する為、時間と共に伊藤艦隊から離脱していきました。」
「帰っちゃったの?」
「・・・特攻作戦も大事ですからね。大戦末期の日本は本当に余裕が無いんです。」
「それにしても、一体どこまで西にいくつもりなのよ。いくら迂回って言ったって限度があるでしょうが。」
「10:17、伊藤艦隊からPBM飛行艇と思われる敵偵察機2機を確認。
伊藤艦隊では偵察機からの緊急通信の傍受しており、前日の潜水艦は振り切れたものの
またも、アメリカ軍にその位置を特定されてしまったのです。」
「なにやってんだか・・・」
「護衛の零戦とやらはどうしたのだ?」
「直援の零戦が姿を消したあとに偵察機が現れたとか・・・、間の悪い話です。」
「それホント?」
「・・・正直、この辺りの話はハッキリしていない部分も多いのです。
一説にはこの偵察機相手に大和が46センチ砲(三式弾)で攻撃したとも言われていますが・・・やはり解りません。」
「おいおい。」
「やや北方へ進路を変更した伊藤艦隊ですが、11:07に駆逐艦雪風の電探が敵機の大編隊を探知。
同じ頃、大和後部に設置してある一号三型電探も大規模な編隊を探知しました。方向は6時、距離はおよそ100kmです。」
「6時?なにそれ?」
「・・・方向を時計に見立てて方角を表す方法があるのです。
自分が時計の中心に居るとして12時なら正面、3時は右90度方向、6時は180度方向、9時なら左90度方向・・・といった感じです。」
「ふ〜ん。」
<<無線が錯綜してるぞ!誰から見て3時なんだ!>>
<<ちくしょう・・・、最悪の1日だ。>>
「だから、ワケの分からない脱線は止めなさいって。」
「電探で敵を探知した当初、艦隊上層部では報告を受けてもその内容に懐疑的だったそうです。
この悪天候で攻撃隊を出すとは思えないと・・・それに電探で探知しているとは言え肉眼では確認出来ていない訳ですから。」
「使徒を肉眼で確認!」
「つーか、使徒はアンタ自身でしょうが。」
「パターンオレンジなら良いですか?」
「そういう問題じゃないわよ!」
「お前ら本当に仲が良いんだな。」
「ウフフ、相思相愛というヤツでつ♪」
「気色悪い事を言うんじゃない!」
「・・・話を戻すが、レーダーで確認しているのに敵機発見の報告を信じていなかったと言うのか?」
「・・・そうですね。やはり、電探の性能ではなく信頼性の問題でしょう。
しかし、電探が新たな敵編隊を探知するとそんな空気も無くなりました。
敵に捕捉された事を悟った伊藤中将は進路変更を指示、艦隊は一路沖縄へ向けて南下を始めたのです。」
「南下って・・・敵がいるんでしょ?大丈夫なの?」
「・・・このまま北や西に進路を取っても航空機を振り切る事は出来ません。
7日の攻撃さえ凌ぎきれれば8日早朝には沖縄へ突入できる予定だったのですが・・・仕方ありません。
伊藤艦隊はここで覚悟を決めたと言っていいでしょう。沖縄へ向け艦隊が一斉回頭した時刻は11:29となっています。」
「でも、天気が悪いんだろ?なんとか振り切れそうな気もするんだが。」
「アメリカ軍の艦載機にはすでにレーダーが搭載されています。
悪天候であろうと攻撃隊が伊藤艦隊を発見するのは時間の問題です。」
「へぇ〜、さすがアメリカですねぇ。日本軍の飛行機はレーダー積んでないんですか?」
「機種によります。日本軍もH-6という航空機用の電探を戦争中期に生産していましたが・・・
真空管の問題等で精度が安定せず、航空機搭乗員にはあまり好まれなかった様です。
それに、H-6は大きめの航空機用の電探でアメリカの様に艦載機に搭載するのは困難だったのです。
もちろん、その気になれば積めない訳ではありませんが・・・
マリアナ沖海戦でも天山の一部にH-6を積んでいたという話もありますしね。」
「そうなのか?」
「ですが、日本の真空管の精度から考えるとその安定性は推して知るべしと言ったところでしょうね。
マリアナ沖海戦の最期、夜間攻撃隊を発進させた時に
偵察用の天山から電探を下ろして魚雷を搭載、敵への攻撃に使用していますから。」
「なんでレーダー積んでるのに外しちゃったの?」
「魚雷と電探を同時に搭載したのでは、重量の関係で発艦出来なかったとか。
母艦である瑞鶴は昼間の攻撃で甲板後部に爆弾を受けていますし・・・
推測ですが十分な滑走距離が取れなかったからではないかと思います。あくまで私見ですが・・・。」
「で、その攻撃隊ってのは戦果出したんだっけ?」
「マリアナ沖での戦果がほぼ皆無だったというのは以前に話したはずです。
夜間攻撃に出撃させた天山も、結局は接敵する事無く母艦に帰還しています・・・。」
「フン、なんだかんだ言ってレーダー軽視してんじゃん。なんでレーダー積んだまま出さないのよ?」
「ですから、重さの関係で電探と魚雷を同時に搭載するのは無理だと言ったはずですが。」
「じゃあ、1機か2機くらいレーダー積んだまま魚雷積まないで出撃させれば良いでしょうが。
攻撃役と索敵役・・・ちゃんと役割分担させて攻撃させればいいじゃん。」
「・・・どうやって夜間に航空機同士正確なやりとりを行うんですか?
当時の日本軍はまだ、機上で実用可能な電話は使われていなかったはずです。
それに、夜間攻撃隊は空中衝突して天山2機を失っています。夜間攻撃はただ行って帰ってくるだけでも大変なんですよ。」
「む・・・。」
「またか?」
「防御陣地に集中砲火!これ以上は持ちませ・・・うわぁ〜!」
「うるさい!」
「・・・話が脱線しすぎましたね。大和の話に戻します。」
「そうだな。多少関係があるとは言え、あまりにも脈絡が無さ過ぎだ。」
「そのおかげでアスカさんは討ち死にを・・・ウワーン・゚・(ノД`)・゚・」
「勝手に人を殺すんじゃないわよ!しかもおかげってどーいう事よ!」
「・・・話を戻します。南下を開始して間も無く、伊藤艦隊の各艦に対空戦闘配置に付くよう命令が下されました。
時間は正午前・・・丁度お昼時で、おにぎりとタクワンの昼食を摂っていた最中でしたが
ほとんどの兵員が食事を中断して銃座に付いたそうです。当然と言えば当然の話ですが・・・」
「大和ホテルなのに御飯はおにぎりなんだ。」
「これでも十分恵まれている方ですよ・・・。
それに、大和ホテルと言っても末端の水兵までフルコースの食事だった訳ではありませんからね。」
「ところでお腹すきません?」
「そういや、長い事何も食ってねーからなぁ。」
「・・・もう少しで説明が終わるので我慢してください。」
「え〜!」
「・・・食事の時間までまだ間がある。どちらにしろ、しばらくは御預けだ。」
「ぶ〜・・・。」
「そんなに我慢が出来ないならこれでも食っていろ。さっきの煎餅とやらの残りだ。」
「まぁ・・・、無いよりマシかねぇ。」
「うん。」
「もし良かったら、こんなのもあるけど・・・」
「何コレ?飴玉?」
「洞木さんがくれたキャンディは甘くてクリーミーで、こんなキャンディが食べられる私はきっと特別な存在なんだと感じました。
プルさんが手に取ったのもヴェルタース・オリジナル。なぜなら彼女もまた特別だからです。」
「あんたは、何をワケの分からない事を・・・」
「ちなみにアスカさんが手に取ったのはサクマドロップのハッカ味・・・残念ながら彼女は特別ではありませんでした。」
「うるっさいわね〜!なんかムカつく!」
「・・・話を進めますよ。電探で敵を探知してから約一時間後の12:40、
ついにアメリカ軍の大編隊が伊藤艦隊上空に現れました。第一次攻撃隊の第一波、117機です。
また、大和の主砲斉射はこの時に行われたとする説もありますが・・・やはりよく解りません。」
「いい加減ねぇ・・・。」
「解っているのは、主砲射撃が一度だけだったと言う事です。
三式通常弾で敵機の撃墜を試みましたが、レイテでの戦訓により
アメリカ軍も三式弾への対処方法を実戦していたのでその効果はありませんでした。」
「まぁ、秘密兵器も性能が知られちまったら意味無ぇからなぁ。」
「・・・それにしても、ついにアメリカ軍が現れたか。」
「はい。アメリカ軍の攻撃隊は雲の中から無数の爆撃機艦隊目掛けて殺到してきました。
天候が曇りであるため視界不良、またあまりに距離が近すぎる為に統制立った射撃ももはや不可能。
大和艦長の有賀大佐は敵機襲来、各班長の命令で射撃始めと指示。
あまりにも悲壮な戦闘がここに始まりました・・・。」
「伊藤艦隊の各艦は高射砲、対空機銃を用いて弾幕を作りました。
しかし、アメリカ軍の急降下爆撃を阻止するには至らず、大和の後部に中型爆弾2発が命中。
1発は一号三型電探室を破壊、もう1発は後部副砲揚弾機の隙間から爆弾が入り込み、内部で爆発したとも言われています。
結果、弾薬庫付近で火災が発生。最期まで消火することは出来なかったそうです。」
「ちょっと待ちなさいよ!
副砲に当たる確率は低いとか言っておきながら、いきなり食らってるってのはどーいう事よ!」
「運が悪かったとしか・・・。」
「運で済ませるんじゃないわよ!ものの見事に火災まで発生してるでしょうが!」
「・・・偶然という余所者に支配されるのが戦場であると言ったはずです。
事前に副砲の装甲の薄さは指摘されていましたし、装甲を増やす具体案も検討はされていましたが
重装甲にしては副砲そのものの動きが鈍くなります。それでは何の意味もありません。」
「ふん、どーだか。」
「さて、第一次攻撃隊第一波の攻撃によって被害を受けたのは大和だけではありません。
アメリカ軍の第一次攻撃隊第一波が攻撃を開始して間も無く、軽巡洋艦矢矧に爆弾と魚雷1発が命中し同艦は航行不能。
駆逐艦浜風も爆弾と魚雷により船体が二つに折れ沈没してしまいました。」
「いきなり、かなりの損害だな。」
「軽巡洋艦の矢矧は重巡洋艦と誤認されていたようで、かなり集中的に攻撃された様です。
航行不能となった矢矧は、旗艦を移すために磯風を横付けしようとしたもののアメリカ軍第一次攻撃隊第二派が襲来。
航行不能の矢矧に魚雷7本、爆弾12発が命中・・・艦隊から脱落した矢矧は14:05、艦尾から沈没していきました。」
沈没直前の軽巡洋艦・矢矧
「・・・矢矧の戦死者は446名、事前に退艦していた乗員は後に駆逐艦によって救助されています。」
「航行不能になった巡洋艦を袋叩きなんて・・・鬼でつね。」
「うるさいわよ。第一、これは戦争でしょうが。」
「・・・そうですね。
時間を少し戻しますが、13:25に航行不能になった矢矧の救助にあたろうとした駆逐艦・霞も攻撃を受けています。
艦の中央に命中した爆弾が機関室で爆発、同艦も航行不能に陥ってしまいました。」
「ミイラ取りがミイラになっちまったか。」
「ある程度予想が出来ていたとは言え、ここまで一方的な戦いになるとは・・・。」
「そーいえば、ヤマトは?」
「第一次攻撃隊第一波の攻撃により
爆弾数発と艦首に魚雷1発を受けた大和ですが、この時点ではまだ航行に支障は出ていません。
しかし、第一次攻撃隊第二派の攻撃により、12:57に爆弾が数発、13:37に左舷中央部に魚雷3本が命中してしまいました。
副舵が取り舵のまま故障し艦傾斜が5度まで増加しましたが、注水により傾斜はなんとか無事に復元されています。」
沖縄へ進撃中の大和
「注水って何だっけ?前に聞いたような気がするけど・・・」
「艦の水平を維持する為に執る緊急措置だ。
傾斜が増せばいずれは航行不能になってしまうから、なんとしてでも水平を維持しなければならんのだ。」
「説明の捕捉ですが、航行の問題だけではなく傾斜が増せば各砲塔への揚弾すら困難になってしまいます。
戦闘力を維持するためにはどうしても艦の傾斜を正常に保つ必要があるのです。
ちなみに大和の注水は自然注水の方式を取っていて、自然に海水を区画に取り入れ約5分で満水となる能力を持っています。
逆に、排水の場合は空気を送り込むことで水を押し出し、約30分で完全排水出来る設計になっています。」
「ふ〜ん、そーなんだ・・・。でも、水なんか入れちゃって大丈夫なの?余計に沈みそうな気もするんだけど・・・」
「専用の注水区画があるので、ある程度なら大丈夫です。
もちろん、大和と言えど注水量に限界はありますから許容範囲を超えてしまえば・・・やはり転覆する可能性は否定出来ません。」
「ヤマトでつからワザと転覆もお手の物ですよ。敵を欺くにはまず味方から♪」
「欺いてどうすんのよ・・・。」
「宇宙戦艦とは違うので転覆したら終わりなのですが・・・」
「わかってますよ♪じょーだんですよ、じょーだん♪」
「デスラー総統∩( ・ω・)∩ばんじゃーい♪ 」
「・・・・・。」
「・・・さて、沖縄へ進撃を続ける大和ですが、敵の攻撃は五月雨的に続き息をつく暇もありませんでした。
艦そのものは大丈夫ですが、命中した爆弾により高射砲や対空機銃の相当数が破壊されています。
兵員の遺体も艦のあちこちにそのまま放置されているという・・・本当に地獄の惨状でした。
戦闘記録には、この作戦に対する不満や恨みが多数記されていたとも言われています。」
「そりゃそーでしょうよ。
だから言ったのよ、こんな作戦に駆り出される人の身にもなってみなさいって。」
「・・・それはそうですが。」
「なによ、その態度は。あんた作戦に賛成してたでしょうが。」
「・・・賛成ですよ。例によって、作戦の是非についての詳しい話はここでは止めてきますけど。」
「そうだな。このままでは、本当にいつ終わるのか解らなくなるからな。」
「・・・・・。」
「・・・13:44、アメリカ軍攻撃隊が放った魚雷が大和の左舷中部に2本命中しました。
一時、傾斜が15度にまで達しますが、大和は再び右舷に注水を行い傾斜を5度まで回復させました。
しかし、度重なる注水により速力は18ノット以下にまで落ち込んでしまいました。非常に危険な状態です。」
「そうなの?」
「そりゃ、そーだろ。速度が落ちれば余計に狙われやすくなるもんな。」
「13:45にはアメリカ軍の第二次攻撃隊が来襲、動きの鈍った大和に急降下爆撃が加えられました。
命中弾多数により艦の構造物も被害甚大。大和の戦闘能力はほとんど失われつつありました。」
アメリカ軍の攻撃により左舷に傾斜した大和
(写真上方が大和、手前は秋月型駆逐艦)
「・・・14:07〜14:12にかけて行われた攻撃により大和に3本の魚雷が命中。
アメリカ軍はレイテでの経験を踏まえ、大和に対しては左舷を集中的に叩いています。」
「なにそれ?」
「単純に艦の片側を重点的に攻撃しているという事です。」
「両方から叩いちゃダメなの?」
「・・・駄目という事はありませんが、
武蔵の場合は左右から魚雷を当てたため20本近くの魚雷に耐えたと言われています。雷撃の通常の命中率から考えると、
20本も魚雷を当てるという行為がどれほど手間が掛かるかは想像に難くないでしょう?」
「う〜ん、よく解らないんだけど・・・」
「自分の身に置き換えて考えてみろ。HP一万の敵と二万の敵、倒すとしたらどちらの方が楽だと思う?」
「少ないほうに決まってるじゃん。」
「かなり乱暴な説明だがそういう事だ。」
「じゃあ、武蔵の方が大和より頑丈だったって事?」
「・・・違う。同型艦だから防御力は同じと見て良い。肝心なのは倒し方が違うと言ったところか。」
「よく解らないってば。」
「・・・そうだな。通常攻撃で攻めるのと熱血や魂を使って攻撃するのとでは与えるダメージに違いが出るだろう?」
「当たり前じゃん。」
「大和と武蔵の話もそういう話だと思っておけ。」
「と言うと、魚雷の威力でも違ってたんですか?」
「・・・そういう問題では無い。
通常の攻撃方法では手間が掛かるからやり方を変えたというだけの話だ。
これ以上は例えるのも面倒だ。あとはお前達が自分で考えろ。」
「え〜!そんなんじゃわかんないよ〜!」
「中途半端(・A・)イクナイ!」
「・・・14:12、右舷の中部と後部に魚雷が命中。その影響で主砲・副砲・高角砲が全て使用不能になってしまいました。
速度も12ノットまで低下、14:17には左舷に再び魚雷1本が命中・・・艦の傾斜は18度にまで増大。
対空攻撃はおろか、艦を維持する事すら困難になり、先程話した転覆の危険性が現実のものとなってきました。」
「また、注水とかってのをすれば良いんじゃないの?」
「・・・専用区画はすでに満水の状態です。もっとも、完全に方法が無いわけではありませんが。」
「なら、さっさとその方法で直せば良いでしょうに。」
「・・・艦の傾斜が戻るかどうかは解りませんが、
航行不能になる覚悟で右舷の第3缶室・第11缶室・第3機械室に注水を行うという方法があります。」
「解りませんってのはどーいう事よ。」
「先程挙げた区画は注水専用区画ではありません。
この時、その区画の中では当然の事ながら兵員が作業を続けていたそうです。
ですが、艦の傾斜が増し続けている以上、それを止められる可能性があり指揮官が執りえる選択肢は一つしかありません。」
「いやーな予感がするんだけど・・・」
「まさか、人がいるところに水入れたなんて言わないわよね?」
「艦長の有賀大佐は直ちに注水を命じました。
注水された区画内に居た兵員の方々がどうなったかは・・・説明しなくても解るでしょう?」
「ちょっと待ちなさいよ!いくらなんでも酷すぎるでしょうが!」
「・・・苦汁の決断です。」
「大佐!お止め下さい!区画内にはまだ兵士達が・・・大佐ぁ!」
「え?え〜と・・・」
「いくらなんでも、そこは茶化して良い部分ではありません。もう少し空気を読んで頂きたいのですが・・・」
「(´・ω・`)ショボーン」
「で、なんでそこまで急いで水入れたのよ。脱出させる時間くらい取りなさいっての。」
「・・・そんな時間の余裕はありません。
実際に3分後の14:20には注水の甲斐無く大和の傾斜は20度にまで到達しています。
一分、一秒の遅れが命取りになる証左だとは思いませんか?」
「て事は・・・水入れたのに駄目だったって事?」
「・・・そうです、残念ながら。
さらに3分後の14:23には艦の傾斜は35度にまで達しました。こうなってしまっては打つ手もありません。
有賀大佐は総員退艦を命令、この命令はスピーカーで全艦に流されました。」
「ついに終わりの時が来たのか・・・。」
「退艦命令は出されたものの、注水を行った艦内の各所は水密壁が閉まっており脱出するのが困難な状態でした。
乗員約3000名の中で、先程までの戦闘を生き抜き無事に退艦出来たのは600名程だったと言われています。」
「600人?生存者ってそんなに多かったっけか?」
「退艦出来てもそれで終わりでは無いんです・・・。
復旧不能となり、総員退艦が命じられた大和の傾斜は一気に増大、転覆しました。
その直後、大爆発を起こし大和は海の底深く没していきました。」
大和爆発直後
「大和爆発の原因は色々言われていましたが、どうやら水蒸気爆発を起こしたというのが一番可能性が高いようです。」
「水蒸気爆発?」
「温度に大きな差がある液体同士を接触させる事により起きる爆発の事です。
平たく言うなら、水分が急激な熱膨張を起こしそれが爆発に繋がる・・・と言ったところでしょうか。
転覆した大和に大量の海水が入り込み、高温に熱せられた缶室にまで水が侵入、そこで水蒸気爆発・・・という流れかと思われます。」
「そういえば、伊藤さんとかはどうなっちゃったの?」
「伊藤中将、有賀艦長は艦と運命を共にしました。
日本が緒戦に沈めたプリンス・オブ・ウェールズでも艦長は同様の事をしていますから、珍しい事ではありません・・・。」
「そういえば、そんな戦いもあったな。以前とは立場が逆になってしまったが・・・」
「大和から脱出できた乗組員も、それで助かった訳ではありません。
煙突や主砲の抜け落ちた巨大な空洞から水が吸い込まれ、その水と共に多くの人間が艦内に吸い込まれていきました。
また、爆発により付近に居た乗組員も上空高く吹き飛ばされ遺体が重油の海に落下してくるという酷い有り様で・・・
生き残った乗組員に対してもアメリカ軍の艦載機が銃撃を加えるなど・・・言葉では言い表せない惨状でした。」
「うわ・・・」
「何よ、その眼は!」
「アメリカ軍に武士道精神は無いのか?無抵抗の乗組員に銃撃など・・・」
「まぁ、某パールハーバーでもそんな光景はあったからなぁ。立場は逆だったが。」
「うるさいわよ!映画と現実をごっちゃにするんじゃないっての!」
「大和の援護に駆けつけた零戦が戦場に到着したのもこの頃です。
午前中に特攻隊の護衛を行い、補給を済ませて出撃してきた
日本軍の青き巨星こと岩本徹三少尉ですが、彼が戦場に到達した時には大和の姿はありませんでした。
大和が沈んだ海域をまだ飛び回っていたアメリカ軍機を僚機と合同で数機落としたとの事ですが・・・
それが、散っていった英霊の方々へのせめてもの手向けになったと思いたいものです。」
「だから、そーやって話を作るんじゃないっての。青き巨星なんていわれてるわけないでしょうが。」
「青き巨星は冗談ですが、岩本少尉は自称で虎徹と名乗っていたとか・・・」
「自称ってなによ、自称って・・・」
「そーいえばソロモンの人は?確か、そんな名前の人いたよね?」
「ラバウルの魔王こと西澤中尉は、以前説明した特攻隊の護衛任務を遂行した翌日に戦死されています。
零戦を受領するために輸送機で移動していたところ、行方不明となり・・・そのまま戦死と認定されました。」
「ふ〜ん、そうなんだ・・・。」
「にしても、戦争開始から随分経ってるのにどーして日本軍は戦艦で突撃なんて無謀な事やってるのかしら。
結局、無駄以外の何物でもなかったじゃない。」
「無駄ではありません。
4月7日の特攻隊が沖縄近辺に到達出来たのは大和の出撃があってこそです。
機動部隊が沖縄近辺にいれば、特攻隊は沖縄にたどり着くことさえままならなかったはずです。」
「んな事言ったって戦果が伴って無いでしょうが。
ホント、なんでこんな作戦に賛成できんのかしら。あんたの気が知れないわよ。」
「・・・確かに賛成しました。ですが、他に方法など無かったのです。」
「方法無いなら浮砲台で良いでしょうが!一体何人の人間が犠牲になったと思ってんのよ!」
「大和乗組員だけで2740名、第二水雷戦隊全体で981名です・・・。
しかし、これは戦争ですから・・・戦死するというのは珍しい事ではありません。」
「そーいう事を言ってるんじゃないっての。
元々、死ななくても良かった様な人等を出撃させてるから文句を言ってんのよ。
沖縄や特攻隊の支援・・・?笑わせるんじゃないわよ。
最初から辿り付ける見込みすら無いってのに出撃させてんだから文句言われるのも当然でしょうが。」
「アスカさんにしては珍しくマトモな意見・・・」
「るさい!ここは大事なトコなんだから黙ってなさいよ!」
「(´・ω・`)ショボーン」
「予想通り、途中で攻撃受けて沈められて・・・これで何の意味があったってのよ?ただの無駄死にでしょうが!」
「・・・無駄ではありません。
後世を生きる私達が、この作戦を無駄だと結論付けてしまえば・・・彼等の死は本当に無意味なものになってしまいます。
それでは・・・あまりにも救いが無いと思いませんか?」
「な、なによ・・・。別に泣くこと無いでしょうが。」
「これが・・・涙?・・・泣いてるのは、私・・・?」
「しょーもないこと言ってんじゃないわよ。」
「あ〜、泣かした〜!アスカさんったらいじめっ子〜♪」
「るさいわよ!」
「あのさ・・・、話が難しすぎてよく解らないんだけど・・・結局どういう事なの?」
「・・・この作戦の無謀さは認識しておかなければなりません。
だからと言って、この作戦が無駄だったと切り捨てるのもまた間違いです。彼等の行動に意義はあったのですから・・・。
今回の作戦に限らず、重要なのは
先の戦争で亡くなられた方々の死を無駄なものとしない事だと思うのですがいかがでしょう?
私は何か間違った事を言っているでしょうか?」
「・・・別に間違ってはいないと思うが。」
「だからって、必要以上に賛美したり擁護する事もないでしょ。あんたみたいにさ。」
「・・・私は、そこまで弁護しているつもりはありません。代案が無いから批判も出来ない・・・それだけの話です。」
「で、作戦はどうなったんだ?流石にもう終わりだろ?」
「そうですね。生き残った駆逐艦もそれぞれ損傷しています。それに肝心要の大和を失っては作戦そのものが成り立ちません。
生き残った駆逐艦である雪風・初霜・涼月・冬月の4隻は生存者の救助を出来るだけ行った後で佐世保へ帰港しました。」
「出来るだけ?」
「・・・駆逐艦は小さな船です。
すでにかなりの兵員を乗せていた駆逐艦の許容範囲を超えてしまえば、駆逐艦そのものが危険に陥ります。
収容できない人員は見捨てるより他に方法はありませんでした。」
「最悪・・・」
「・・・好き好んで味方を見捨てる訳が無いでしょう?
救助を優先して駆逐艦に乗る兵員全てを危険にさらすか
ギリギリまで助けて残りを見捨てるか
二者択一で片方を選ぶしかなかったという現実がそこにあっただけです。」
「命の選択か・・・」
「この戦闘での双方の損害は次の通りです。」
日本軍
戦艦・大和(沈没)
軽巡・矢矧(沈没)
駆逐艦・朝霜(沈没)
駆逐艦・浜風(沈没)
駆逐艦・磯風(沈没)
駆逐艦・霞(沈没)
アメリカ軍
艦載機×10
「何コレ・・・?」
「・・・4月7日に行われた坊の岬沖海戦での双方の損失です。
大破した日本軍の駆逐艦、アメリカ軍の被弾機、岩本少尉の小隊が落としたとされる航空機については除外してあります。」
「ホントに何の為に出撃したのか解らないわね。」
「・・・マリアナ沖での機動部隊決戦に負けてしまった以上、通常の方法は執れません。
それでも戦争を継続する以外に道が無い状態では出来る事をする以外に方法はないのです。
もっとも、機動部隊を再建出来たとしてもアメリカ軍に通用するとは思えませんが・・・。」
「今さら再建なんか出来んのか?」
「空母の増産は計画されていたので、時間さえあればある程度は回復できたでしょう。
ただ、アメリカ軍が日本への侵攻を待ってくれるはずも無いので再建はまず無理でしょうね。」
「じゃあ、駄目じゃん。」
「・・・さて、坊の岬沖海戦については以上です。皆さん、長時間の講義お疲れ様でした。」