第25話 Air

 

 

早朝 綾波宅にて

いつも通りの朝・・・、アスカの耳にチュンチュンとスズメの鳴く声が窓越しに聞こえてくる。
そして、久しぶりに感じる良い匂い・・・

「ふぁ〜あ・・・」

おおよそ、年頃の少女とは思えない程の大あくびをしながら眼を覚ますアスカ。
寝ぼけたままの頭でキョロキョロと回りを見回すと、すでにテーブルの上には朝食の準備がされていた。
御飯に豆腐の味噌汁、ハムエッグにキュウリの漬け物・・・と、和洋折衷とも言える献立であった。しかし・・・

「ファースト?」

テーブルの上の朝食はどう見ても1人分、おまけに狭い室内の中にレイの姿は無かった。
当然、アスカの隣に寝ているわけでもなく・・・バスルームに居る様な気配も無い。

「・・・どこ行っちゃったのかしら?」

とりあえずテーブルにつきアスカは1人、久しぶりのまともな朝食を摂り始めた。
オールレトルトで済ませてきた昨日までと比べれば今日の食事は最上のフルコースの様にも感じられる。
珍しく箸が進んだせいか、あっという間にご飯が無くなってしまった。
お代わりをよそる為、アスカが電子ジャーに手を伸ばしたその時

バン!

綾波宅の金属製の扉が大きな音とともに開かれた。
それは勢いよくというレベルをはるかに超え、壊してもかまわないと言わんばかりのものであった。

「ファースト!アンタなにやって・・・・へ?」

当然、アスカはレイが帰って来たものだと思い込んでいたのだが・・・
玄関の扉を開けてズカズカと入ってきたのは黒スーツにサングラス姿の男が2人だった。

「惣流・アスカ・ラングレーだな?」

あまりにも唐突な出来事にアスカは口をパクパクさせるのが精一杯だった。
そんなアスカをよそに黒スーツの男は言葉を続ける。

「我々はネルフ保安諜報部の者だ。
緊急事態につき君の身柄の確保に来た。至急我々と同行してもらおう。」

「緊急事態って・・・?また使徒でも来たの?」

アスカは自分でそう言ってはみたものの、そんな雰囲気でもない事に気付く。
これまでどんな使徒が襲来した時であっても今回の様にネルフの諜報部が迎えに来る事など無かったからだ。

「問答を繰り返している時間は無い。これは葛城三佐の命令でもある、いいね?」

丁寧な口調ではあるものの、黒スーツの男は有無を言わせぬ雰囲気を漂わせている。

「わかったわ。でも、ファーストが居ないんだけど・・・」

「ファーストチルドレンについては我々は感知していない。我々の任務は君の身柄の保護だからな。」

その後、アスカは着の身着のままネルフ本部へと連れられていった。
着替える時間が欲しいと言うアスカの意見は完全に無視されてしまったのである。
逆から言えば、そんな時間の余裕すら無いほどの緊急事態であるという事なのだろうが・・・アスカにはそれが何なのかは見当もつかなかった。

 

同日 ネルフ本部第二発令所にて

「第8から17までのレーダーサイト沈黙!」

「特科大隊、強羅防衛線より侵攻してきます!」

「御殿場方面からも二個大隊が接近中!」

ネルフ本部の第二発令所にオペレーター達の報告が飛び交う。
ハッキングによるMAGIの制圧を阻止されたゼーレがネルフ本部の直接占拠を行う為、戦略自衛隊をネルフ本部へ侵攻させてきたのだ。
すでに第2東京からA801が発令されており、ネルフの法的保護・権限は事実上失われてしまっている。
第二発令所の主モニターにはノイズが走り、各末端施設からの映像が次々と消え去っていく。

「総員第一種戦闘配置、至急弐号機を迎撃に回せ。」

「了解です。」

冬月副司令の命令にミサトは短く返答する。
本来なら碇司令が直接指揮を執るべき状況なのだろうが、そこに居るはずの碇司令の姿はどこにも無い。
ミサトは碇司令の不在をいぶかしく思いながらも、今は自分の成すべき事をする以外に無いのだ。

「アスカ、分かってるわね?目標は戦自、接近中の部隊は全て殲滅するのよ、いい?」

 

「・・・分かってるわよ。」

ミサトからの命令にアスカは不貞腐れたような声で答える。
第16使徒の自爆により、その迎撃要塞都市としての機能がほぼ失われてしまった第3新東京市だったが、
北部のごく一部のみとはいえ防衛機構が生き残っていたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
アスカの弐号機はその位置に陣取り、各方面から接近してくる戦自の動きを注視している。
弐号機の周囲には専用拳銃からポジトロンスナイパーライフルまで銃器が片っ端から集められていた。

「こういう射撃はファーストの仕事だってのに・・・」

手頃な大きさのビルを台座にポジトロンスナイパーライフルを構えた弐号機。
そのエントリープラグ内のバイザーには、強羅絶対防衛線を越え、射点に付くために一列に移動している
戦自の戦車大隊の姿がはっきりと映し出されている。

「このぉっ!」

アスカはためらう事無くトリガーを引いた。
ポジトロンスナイパーライフルから放たれた陽電子は一直線に突き進み、先頭を走っていたMBTを破壊。
陽電子と先頭車両の爆風のあおりを受けた車両も何台かが連鎖的に爆発。
破壊を免れた後続車両も先頭の爆発により進路を失い次々と追突していった。
また、ポジトロンスナイパーライフルの陽電子は車両だけではなく幹線道路も完全に破壊、
悪路に対応可能なMBTと言えど地面がクレーター状に吹き飛んでいては、そう簡単に進む事は出来ないだろう。

「・・・悪く思わないでね。」

遠方での惨状を横目に誰にも聞こえない様な声で呟くアスカ。
弐号機のモニターには大破し炎上するMBT数両・・・そして、死亡したであろう兵士の身体が映し出されている。
相手が人である以上こうなる事は当然の出来事なのだが、頭では分かっていても気分の良いものではない。そんな時

「アスカ!ネルフ本部に敵が侵入してきたわ!地上兵力を優先的に殲滅して!」

「え?侵入って・・・?」

ミサトからの報告にアスカは驚きの声を上げる。
弐号機のモニターに映し出される戦自はまだ弐号機から遠く離れた場所に居たからだ。
包囲の体勢を取りつつあるようには見えるが、それでもまだ遠巻きに様子を伺っているようにしか見えない。
上空を飛んでいるVTOL機は例外としても。

「これ見よがしに包囲しつつ一方で部隊を突入させるのは連中の常套手段、でも心配はいらないわ。
アスカはそのまま地上で出来る限り敵を阻止し続けて。」

「そんなんで大丈夫なの?」

今のミサトの指示は平たく言うなら現状維持である。そのため、アスカの疑問は当然とも言える。
第3新東京市やネルフ本部は使徒に対する迎撃要塞都市であり対人戦闘を考慮された施設では無いからだ。

「大丈夫、本部の直援はシンジ君に任せるから。アスカは地上で派手に暴れてちょうだい。」

「つまり、囮も兼ねてるってワケ?・・・りょーかい。分かったわ。」

そう言うと、アスカの弐号機は手にしていたポジトロンスナイパーライフルを捨て、
周囲に置いておいた銃器の中から白い三角形の様な形状のポジトロンライフルを選ぶとそれを無造作に掴み上げた。
弐号機のモニターには各方面から接近してくるMBTや兵員輸送車両が捉えられている。

「ったく、なんで私ばっかり損な役回りなのよ・・・。」

アスカのこの言葉は囮役に対する愚痴ではない。
これから戦自と表立って戦う事・・・いや、一方的な虐殺をする事になるであろう自分自身への苛立ちから来たものだ。
通常兵装の戦自と弐号機では弐号機側に圧倒的に分があるのだから・・・

 

一方、ネルフ本部に突入した戦自部隊により同施設は寸断され始めていた。
すでに本部施設の第一層は戦自の制圧下に置かれつつある。
元々ネルフは技術者集団とも言える組織であるため、本格的な対人戦闘に慣れた戦自とまともに渡り合えるはずは無かった。
その差を埋める事の出来る可能性を持った唯一の手段がEVAなのだが・・・

「EVA初号機発進!本部施設の直援に回して!」

「ダメです。パイロットがまだ・・・!」

初号機を出撃させようとしたミサトだったがそれは適わなかった。
青葉二尉がシンジの位置を捕捉したところ、彼の現在地は初号機のあるケイジから遠く離れた通路にある事が判明したからだ。
モニターに映し出されたシンジは、暗闇の中で膝を抱えたまま動こうともしない。

「あの馬鹿、こんな時に・・・!」

ミサトは懐から取り出したUSPの弾装を確認しつつ舌打ち交じりに愚痴る。
シンジの居る位置にはまだ戦自の部隊は到達していないものの、このままではそれも時間の問題だろう。
ネルフの数少ない戦闘要員は方々での対処で手一杯なため、ミサトは自分でシンジの救出に向かうつもりらしい。

「冬月副司令・・・、よろしいですか?」

ミサトは現時点での最上指揮官である冬月副司令に許可を求める。
地上で獅子奮迅の活躍を見せている弐号機とネルフスタッフの懸命の迎撃により、
侵攻を出来るだけ遅らせているとはいえ、戦自は今回の作戦に一個師団を投入してきておりネルフ側の不利は否めない。
そんな状況を挽回し得る存在である初号機を起動させるためにはシンジの存在は必要不可欠であり、
何よりも優先的に確保しなければならないのだ。

「事態が事態だからな。仕方あるまい。」

冬月副司令は意外とあっさり許可を出した。
防御戦の指揮を執っているミサトが不在となるのは痛手でもあるのだが・・・言葉通り、仕方のない状況である。

「ゴメン、あとよろしく。」

ミサトは日向二尉に後を任せ第二発令所を後にした。

 

「・・・・・。」

ターミナルドグマの最深部・・・暗闇の中、オレンジ色にぼんやりと光る水槽を前に中学校の制服を着た1人の少女の姿があった。
水槽の中にはかつて人だったモノの残骸が散らばっており、その凄惨な光景に彼女は呆然と立ち尽くしている。

「・・・ここに居たか。」

立ち尽くしていたのはレイであり、そんな彼女に声をかけたのは碇司令である。
ネルフ本部が敵の襲撃を受けている状況で、彼がこの最深部に居るという事はそれだけ重要な意味があるのだろう。
彼はどうやらレイの事を探していたらしい。一方のレイは黙ったまま・・・静かに碇司令の方を振り向く。

「・・・レイ、約束の時だ。いいな?」

「・・・はい。」

以前の元気に満ちていた頃とはまるで変わってしまったレイ。彼女は乏しい表情で短く返答するのみである。
約束の時という碇司令の言葉も理解しているらしい。
だが、返答とは裏腹にレイは自分の胸に手を当て、その場でそのままうつむいてしまった。

「・・・どうした?」

そんなレイの態度に、奥へ進もうとした碇司令は短い言葉で問いかける。

「あの、みんなに・・・まだ、お別れ言ってなかったから・・・」

レイの言う『みんな』という言葉が何を指すのかは彼女にしか分からない。
シンジやアスカ・・・彼女が知り合った人達の事なのか、かつてこの水槽の中にあったモノに対してのものだったのか・・・

「そうか・・・。」

碇司令はレイの言葉の真意を聞き返す事もなく・・・ただ、小さく頷くだけだった。

 

ネルフ本部のとある通路、周囲は静寂に包まれており、戦自が侵攻してきたとは到底思えないほど静かだった。

「シンジ君。行くわよ、初号機へ。」

階段の下の空間に膝を抱えて座っていたシンジに声をかけたのはミサトである。
第二発令所から一目散に駆けつけたミサトによりシンジは一応保護された格好となる。
戦自の制圧部隊もまだ彼女らの場所へは到達出来ていないため、今すぐ移動を開始すれば襲撃を受ける可能性も低いだろう。だが

「・・・助けて、助けてよ。綾波・・・アスカ・・・。」

「なに甘ったれた事言ってんのよ!
こんな時だけ女の子にすがって!逃げて!誤魔化して!中途半端が一番悪いわよ!立ちなさい!」

ミサトはうずくまるシンジの手を掴み無理やり引きずりながら移動を再開した。
1分1秒でも時間が遅れればそれだけ自分達の生存率は確実に落ちる。戦自の部隊と遭遇してしまえば彼女達に勝ち目は無いのだ。
だが、シンジはそれらの出来事がまるで人事であるかのように、自分からはほとんど動こうとはしない。
前回の第17使徒・・・渚カヲルの死はシンジの心を完全に閉ざさせてしまっていたのだ。

「・・・イヤだ。死にたい。何もしたくない・・・。」

「アスカも上で1人頑張ってんのよ!
アンタだってまだ生きてるんでしょ!だったら、しっかり生きて・・・それから死になさい!」

無気力に呟くシンジを引きずりながらミサトは叱咤する。
いつものあっけらかんとしたミサトからは想像も出来ない言葉だが・・・
それだけ事態が緊迫しているという事でもあり、彼女の真剣さの表れなのだろう。

「私よ。シンジ君は確保したわ・・・。そう、今ならまだ大丈夫なのね?分かったわ、出来るだけ急ぐから。」

無線で第二発令所との連絡を取りながら、初号機ケイジへのルートを進むミサト。
一方、シンジはミサトの成すがままに引きずられていった。

 

「こんのぉぉぉぉっ!」

地上で奮戦を続けていた弐号機だが、序々に劣勢に追い込まれていた。
劣勢とは言っても弐号機が負けるという事ではなく、各所から侵攻してくる戦自を防ぎきれなくなってきているという意味である。
弐号機が健在でもネルフ本部が制圧されてしまえば本末転倒なのだ。

「どれだけ出てくれば気が済むのよ!」

ポジトロンライフルで主要な幹線道路を破壊、足止めした部隊にスナイパーライフルやバズーカ砲で止めを刺すなど、
出来うる限り効果的に敵を足止めしていた弐号機だったが
周囲に用意しておいた銃器はそのほとんどが弾切れとなってしまっていた。
パレットライフルもVTOL機を撃ち落す為に使ってしまっており、あとは拳銃くらいしか残っていない。

「6時の方向から長距離爆撃機が接近中!」

第二発令所の日向二尉から警告が届く。
アスカが上空を見上げると、黒い三角形をした全翼機が白い航跡を引きながら第3新東京市の上空に達しつつあるのが確認出来た。
爆撃機がこっちに向かってくるという事は、目標が取るであろう行動も容易に察しがつく。

「もう、何も無い・・・わよね。」

あらためて周囲を見回してみるが・・・やはり弾が残っているのは弐号機が手にしている拳銃のみだ。
一応、狙いをつけてはみたものの、爆撃機の高度はあまりにも高く、撃ったとしても弾を消費するだけの徒労で終わるのは明白である。
そんな時、ふと地面に転がっている瓦礫がアスカの目に止まった。そして

「日向二尉!サポートお願い!」

弐号機はすぐさま瓦礫を拾い上げた。
その瓦礫は弐号機から見れば小さなものだが、実際には20tクラスのトレーラーの大きさを遥かに越えている。
普通に投げては当たらないだろうが、本部のサポートがあればおそらく・・・

「瓦礫の形状、組成、重量の解析終了しました!」

「目標との高度差、及び相対速度、入力完了!」

「EVA弐号機、投擲体勢!」

突然のアスカの行動だったが、本部のスタッフにはその真意がすぐさま伝わった様だ。
各人が行うべき作業を迅速・的確に遂行している。
一方の弐号機も腰を捻り、まるで円盤投げでもするかのような体勢に入る。

「投擲よろし!」

「どおりゃぁぁぁぁっ!」

日向二尉から投擲許可が下りると同時にアスカの弐号機は全力で瓦礫を投げつけた。
EVAの力により瓦礫は勢いよく爆撃機へと向かっていく。もうあと少しで目標に命中すると思われたその時・・・

「爆撃機が正体不明の物体を投下!これは・・・!」

青葉二尉が目標から投下された物体を捕捉。残念ながら爆撃は阻止出来なかった様だ。
だが弐号機が放った瓦礫は、その間も上空の爆撃機へと一直線に突き進み見事命中。
機体中心に激突した瓦礫は黒色の全翼機をくの字に折り曲げ爆撃機はそのまま崩壊、空中に四散していった。だが・・・

「落下中の物体は新型のN2兵器と思われます!落着まであと5秒!」

「各員、衝撃に備えろ!」

解析を終えた青葉二尉の報告を受けすぐさま指示を出す冬月副司令。
実際、彼が指示を終えるのとほぼ同時にネルフ本部をすさまじい大音響と衝撃が襲う。
球状に広がった爆炎はかつて第3新東京市が在った場所を吹き飛ばしたのみならず、
ジオフロントの天蓋部をいとも簡単に消失させてしまっていた。

「いったぁ〜っ・・・なんて無茶すんのよ!」

ATフィールドでかろうじて爆炎を防いだ弐号機だったが、周囲の施設は完全に吹き飛ばされてしまっていた。
その時初めて、アスカはエントリープラグ内に表示されている弐号機の活動限界を示す数値が減少しているのに気付く。
アンビリカルケーブルはちゃんと繋がっているはずなのに・・・

「アスカ!その区域への電力供給がストップしたの!すぐに本部へ戻って!」

伊吹二尉の報告にアスカは状況を瞬時に理解した。
アンビリカルケーブルが繋がっていようと、周囲の施設が吹き飛んでいては何の意味も無い。
おそらく、今繋がっている電力供給施設は機能していないのだろう。
活動限界を示す数値は3分を切っており、このままでは戦闘不能に陥ってしまうのは明白である。だが、その時

「弾道弾多数感知!こちらへ向かってきます!」

日向二尉が新たな敵の反応を発見した。
だが、彼の報告を聞くまでも無く、アスカの眼にもこちらへ向かってくるおびただしい数の光が見える。
弾道弾の行き先は多分ジオフロントだろう。
そう判断したアスカは弐号機のアンビリカルケーブルをパージ、
先程のN2兵器の爆発で大きく開かれたジオフロントの開口部へ駆け出した。

「うおぉぉぉぉっ!」

ズシィィィン!

ジオフロントに降り立った弐号機は一直線にネルフ本部の象徴でもあるピラミッド型の施設に駆け寄った。
地下空間であったジオフロントも、今はすっかり明るい空が見えるようになってしまっている。

「ATフィールド全開!」

間髪入れずにATフィールドを展開する弐号機、と同時に多数の弾道弾がジオフロントに降り注ぎ始めた。
周囲の綺麗な森林や地底湖は弾道弾の爆発により次々と破壊されていく。
だが、ネルフ本部周辺に飛来した弾道弾は弐号機の展開したATフィールドにより確実に防がれていた。
展開されたATフィールドの真上で弾道弾が次々と爆発している。

「確か、この辺りに・・・」

そして・・・アスカはその間も自分の足元にあるはずのあるものを必死に探していた。

「よかったぁ〜・・・!」

爆風が落ち着いたジオフロントの地面に目当ての何かを見つけ、アスカは思わず安堵の声をあげる。
第二発令所の面々にはさっぱり分からない事なのだが・・・アスカが守ろうとしていたのは加持のスイカ畑であった。
もちろん、ネルフ本部も守ろうとはしたのだが彼女の中での優先順位はスイカ畑が先だったらしい。

「そこから4時の方向2kmの地点にアンビリカルケーブルを用意したわ!アスカ、すぐに接続して!」

伊吹二尉の切迫した声が聞こえてきた。気が付けば活動限界まであと2分を切っている。

「りょーかい。そんなに慌てなくても・・・・きゃあっ!」

突然、弐号機とアスカを襲う衝撃。
大型ミサイルが弐号機の頭部に完全にヒットしたのだ。しかも、追加のミサイルまで胴体に命中してしまっている。

ドオォォォォン!

当然のごとく爆発するミサイル。火炎が周囲を赤く染め上げる・・・。

「いきなりなんなのよ!て言うか、なんで何の警告も無いのよ!ちょっと、聞いてんの?」

アスカの怒りの矛先は第二発令所のオペレーター達に向けられていた。
そのあまりの剣幕に一様に押し黙ってしまう日向、伊吹、青葉の3人。
レーダーサイトの幾つかが無力化されている状況では、彼らに完璧を求めるのは酷なのだが・・・

「へ?あ・・・あ・・・あぁ〜っ!は、畑・・・加持さんのスイカ畑がぁっ!」

ブツクサ言いながら周囲の状況を確認していたアスカが素っ頓狂な声をあげた。
弐号機の周りは先程のミサイル爆発の影響で火の海となっており・・・近くにあったスイカ畑も火炎に包まれてしまっていたのだ。
その時、ジオフロント上空の大きく開かれた開口部から侵入してきた戦自のVTOL機が多数。
・・・それはあまりにも間が悪すぎた。

「な・・・な・・・なんてことすんのよ!アンタ達はぁぁぁぁぁっ!」

「ちょっと、アスカ!アンビリカルケーブルを―――」

伊吹二尉が止める間もなく、逆上したアスカはジオフロント内に侵入してきたVTOL機群へと突撃していってしまった。
そのあまりの勢いに侵攻してきたはずの戦自の航空隊も後退を余儀なくされている。
距離を取りつつロケット弾による一斉射撃を行っているものの・・・弐号機に通用するはずもない。

「よくも!」

ドガッ!

「加持さんのスイカ畑をっ!」

バキッ!

「アンタ達のせいよ!」

ズムッ!

「なめんじゃ――」

ガンッ!

「ないわよっ!」

グシャッ!

瞬く間に5機のVTOL機が殲滅されてしまった。
殴る蹴る掴んで振り回す・・・まるで子供が玩具で遊んでいるかの様な一方的な戦いだった。だが、それでも戦自の航空戦力は健在。
今度は散開し、弐号機の手足の届かない遠距離から攻撃を試みるつもりの様だ。
着かず離れずの距離を維持して攻撃するVTOL機群であったが、ロケット弾やバルカン砲では弐号機にダメージを与える事は難しい。

「くぅ・・・このぉ・・・・・」

だが、アスカに対し精神的なダメージは確実に与えていた。
自らの攻撃が届かず、一方的に攻撃してくる相手に彼女のイライラはすでに頂点に達している。

「うおぉぉぉぉぉぉっ!」

その時、弐号機は手を振りかざしATフィールドを展開。
今回はこれまでの様な防御の為ではなく、攻撃を目的としてATフィールドを使用したのである。
ATフィールドが展開された位置に散開していたVTOL機群は一瞬にして爆発、難を逃れた機体も慌てて後退していった。
アスカ自身にもそんな事ができるとは思っていなかったのだが・・・とっさの出来事であった。

「アスカ、早く戻って!活動限界まであと1分も無いわ!」

伊吹二尉の懇願する声が聞こえてきた。流石にこれ以上の戦闘は危険だろう。
現時点で戦自の航空戦力は先程のATフィールドでほぼ壊滅。
地上の歩兵や戦車隊などはまだ残っているだろうが、直接弐号機へ攻撃を仕掛けてくる部隊は今のところ見当たらない。
周囲に敵が居ない事を確認したアスカは弐号機をアンビリカルケーブルの設置場所へ移動させ、すぐさまケーブルを接続した。

「これでよし・・・と。」

戦闘続きだったアスカだが、ここでようやく一息つく事が出来た。
弐号機内に表示されていたモニターの活動限界を示すカウントダウンは停止、すでに外部電源の表示に切り替わっている。
幸いな事にジオフロントの電源はまだ生きている様だ。

 

「外はひとまず落ち着いたか。内部はどうなっている?」

冬月副司令が青葉二尉に尋ねる。
外の状況は第二発令所の主モニターにも映し出されており、ひとまず沈静化した様子が見て取れるが
ネルフ本部に侵入しているはずの制圧部隊は弐号機では対処できない。
そのため、本部施設内においては安心できる状況では無いのだ。

「第一層、第二層は完全に制圧されました・・・。
第三層のBブロック、Fブロックにて交戦中ですが、なんとか足止め出来ているようです。
ですが、戦自がこれほど生易しい相手とは思えませんが・・・」

青葉二尉の疑問はもっともである。
日本国政府直属の組織であり戦闘を主任務とする戦略自衛隊相手にネルフが善戦出来るはずも無い。

「弐号機への対策を練っているのか・・・さらなる強攻策を執るつもりなのか・・・
とにかく、今は時間が稼げただけでも善しだろう。葛城三佐からの連絡は?」

「間もなく第七ケイジへのエレベーターに到着するとの事です。念のため、グループBを葛城三佐の支援に向かわせています。」

即座に返答する日向二尉。
ミサト達の位置と戦自の制圧部隊との距離は離れているが・・・相手が相手だけに安心できる状況では無い。その時

「・・・待ってください?これは・・・!」

日向二尉がインカムに手を当てている。どうやら何かの報告を聞いている様だが・・・

「どうした?」

「大型の輸送機がこちらに接近中!数は・・・9機です!」

冬月副司令の問いに答える日向二尉。
本来なら主モニターにその姿が映し出されてもいい状況なのだが・・・
先の戦闘でレーダーサイトが減少しているせいか、まだ主モニターで目標を確認する事は出来ない。
実際に確かめるには生き残った施設でその姿を捉えるまでは無理だろう。

「9機?まさか・・・!」

輸送機の数に何か思い当たることでもあるのか、冬月副司令が驚きの声を上げた。

 

ミサトはシンジを引きずりながらネルフ内の通路を黙々と進んでいた。
本来なら、とっくに目的地に着いていてもいいはずなのだが
肝心のシンジが自分から歩こうとしないため予想外の時間を浪費してしまっていたのだ。
おまけに、徐々にだが確実に銃声や爆発音が近づいてきている様に感じられる。

「着いたわ・・・。ここね。」

シンジにとっては何度か見た事のある場所・・・そこは初号機のある第七ケイジへと続く専用エレベーターの入り口だった。
ミサトはふと自分が握っている手の主であるシンジを一瞥するが・・・

「シンジ君・・・エヴァのスタンバイは出来てるわ。乗るの?乗らないの?」

質問こそしているものの、答えはすでに決まったようなものである。
ミサトからしてみれば、シンジにも出撃してもらわなければ自分達の生存率が上がらないのだ。
つい先程、ミサトの元にも新たな敵が現れた事がもたらされており、今後を考えるとシンジの力はどうしても必要となる。
だが、肝心のシンジは無気力にうずくまったままだ。

「僕はダメだ・・・。ダメなんですよ。
人を傷つけてまで・・・殺してまでEVAに乗るなんて・・・そんな資格は無いんだ。」

シンジは内に秘めていた感情を吐き出し始めた。

「トウジも・・・カヲル君も、殺してしまったんだ・・・。綾波には何もしてあげられない・・・アスカみたいに強くも無い・・・。
優しさなんて欠片も無い・・・。ズルくて臆病なだけだ。
僕には人を傷つけることしか出来ないんだ。だったら何もしない方が良い!」

自分の思いを誰に言うとも無く叫ぶシンジだったが・・・

「同情なんかしないわよ。自分が傷付くのがイヤだったら・・・何もせずに死になさい。」

ミサトの反応は冷ややかだった。
いや、むしろワザと冷たい態度を取ったというべきだろうか。

「う・・・うぅ・・・。」

そんなミサトの冷ややかな言葉にシンジは涙を流し始めた。
嗚咽するシンジを、ミサトは今泣いてもどうにもならないと叱咤する。

「自分が嫌いなのね・・・。だから人を傷つける。
自分が傷付くより人を傷つけたほうが心が痛い事を知っているから・・・。
でも、どんな想いが待っていても、それはあなたが自分1人で決めた事だわ。価値のある事なのよ、シンジ君。」

「ミサトさんだって・・・他人の癖に!何も分かってないくせに!」

静かなミサトの言葉にシンジが叫ぶ。
確かにシンジの心は彼自身にしか分からない事だが・・・この時のミサトの言葉は少なからず彼の内面を読み取っていたのだろう。
だが、そんなシンジの態度は努めて冷静に振舞おうとしていたミサトを変えるには十分だった。

「他人だからどうだってぇのよ!」

そう叫ぶと、ミサトはシンジの手を引っ張り上げ、エレベーターの扉に叩き付ける様に彼を立ち上がらせた。
突然の状況にシンジは驚きの表情でミサトを見つめる事しか出来ない。

「アンタこのまま止めるつもり?今、ここで何もしなかったら・・・私、許さないからね!一生あんたを許さないからね!」

ミサトはシンジにしっかりと言い聞かせるように両手で彼の頬を掴んでいる。
いつもの楽天的なミサトはそこには無く・・・自分の感情を本気でシンジにぶつける1人の人間としての姿があった。

「今の自分が絶対じゃないわ。
後で間違いに気付き後悔する・・・私はその繰り返しだった。
ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ・・・でも、そのたびに前に進めた気がする・・・。」

さっきまでとはうって変わって、まるで自分にも言い聞かせているかのように切々と語るミサト。
先程までと同じ様にシンジにEVAに乗るよう説得こそしているものの、
今度は自分達が生き残る為ではなく彼自身の為の説得である。

「いい?シンジ君、もう一度EVAに乗ってケリをつけなさい。EVAに乗っていた自分に・・・
何のためにここに来たのか・・・何のためにここにいるのか・・・今の自分の答えを見つけなさい。
そして、ケリをつけたら必ず戻ってくるのよ?」

全てを言い終えたミサトは微笑を浮かべている。
シンジにとっての彼女は上司でもあり保護者でもあり・・・また、家族の様な存在だった。
今の今まで様々な表情のミサトを見てきたが、ここまで優しげな彼女の顔は一度も見た事が無かった。

「うん・・・。」

小さく返事をするシンジ。
小さな声だったが、それは確実に自分自身の意思だった。

「いってらっしゃ―――」

ドオォォォン!

シンジの肩に手を置き見送りの言葉を言おうとしていたミサトだったが、その声は爆発音に掻き消されてしまった。
彼らのいる通路の近く・・・閉鎖されていたはずの防壁が戦自の制圧部隊によって破壊されたのだ。
さっきまでは遠くに聞こえていたはずの銃声がすぐ近くに迫ってきている。

「くっ!」

ミサトはとっさにエレベーターの扉を開け、シンジを突き飛ばす様に奥へと追いやった。

「行きなさい!シンジ君!」

「ミ、ミサトさ―――」

シンジがミサトの名を叫ぼうとしたが言い終わるよりも先にエレベーターの扉は閉じてしまった。
銃声も聞こえなくなってしまい、ミサトがどうなったのかシンジにはまるで分からない。
無常にもエレベーターは何事もなく地下へと降りていく・・・。
シンジはミサトの無事をただ祈る事しか出来なかった。

 

一方、ジオフロントでは弐号機と新たな敵との戦いが始められていた。
敵は専用の輸送機によって送り込まれたEVAシリーズ・・・各国で建造が進められていたエヴァンゲリオンの量産機である。
量産機のその顔には眼が無く視覚的な要素がまるで無い。逆に、大きく開かれた口が量産機の特徴をさらに際立たせている。
全体的な白い姿はこれまでのEVAの姿そのものだが肩部に差異が見られた。
零号機や初号機、弐号機に見られる肩のパーツが無いかわりに量産機各機が巨大な両刃の大剣を携えている。
また、輸送機から降下する際には翼も展開していた。つまり、飛行能力の保持もすでに実証されているのである。
さらにはS2機関を搭載しているためアンビリカルケーブルも必要としない。
その姿はまさにEVAの完成形の1つと言えた。

「Erst!」

だが、アスカはそんな相手に怯むどころか先制攻撃ですでに一機目を撃破。
突進から飛び掛り両手で頭部を破壊。さらに対象を高々と持ち上げ真っ二つにへし折っていた。
量産機の身体の裂け目から、弐号機の頭上に赤い液体がボトボトと降り注ぐ。

「アスカ!活動限界まであと4分40秒よ!」

「わかってるわよ!」

アスカの耳に伊吹二尉の声が届く。
先程、アンビリカルケーブルを接続した弐号機だったが量産機との戦いを始める直前に再びパージしていたのだ。
機動性を重視した選択であり、一機目を瞬殺した事でその判断の正しさが立証されたのだが・・・

「残り八機か・・・。MAGIによる解析結果はまだか?」

第二発令所の冬月副司令が、戦闘を続ける弐号機の姿を主モニターで確認しながら3人のオペレーターに問う。

「構成に若干の簡略化は見られますが基本的な性能は従来のEVAと大差ありません。
S2機関搭載型でダミープラグにより起動、単機による飛翔能力も確認されています。
武装は・・・やはりあの巨大な剣のみの様です。」

解析結果を見ながら伊吹二尉がその情報を掻い摘んで読み上げる。

「ですが・・・、あの剣についてはまだ解析が終了していません。
ただ、これまでに採取されたデータから、従来のEVAに使用されている白兵戦闘用の武装とは明らかに異なったものだと推察されます。」

「そうか・・・。解析を出来るだけ急がせろ。」

いくら弐号機が障害となっているとは言え、現存するEVA量産型を全機投入してくるというのはあまりに仰々し過ぎる。
それに同時に全機投入するには、完成したEVAシリーズを一箇所に集結させておくか、
あるいはあらかじめスケジュールを組んでおかなければ無理な話だ。
つまり、戦自の任務遂行がどうなろうと、最初からEVAシリーズはここに投入される事になっていた可能性もあるという事だ。
そしてEVAシリーズを投入したその理由とは・・・?

(まさか、ここで起こすつもりか・・・?)

冬月副司令の脳裏から嫌な予感が離れる事は無かった。

 

ターミナルドグマの最深部に安置されているアダム・・・いや、第17使徒であるカヲルがリリスと呼んだ白い巨人・・・
レイと碇司令の2人はその前に立ち、赤く巨大な十字架に磔にされた白い巨人を見上げていた。
リリスと呼ばれるモノの顔に掛けられた、七つの眼が描かれた特徴的な仮面がその異様さをさらに際立たせている。
彼らはこの場所でこれから何かをするつもりなのだろう。

「お待ちしておりましたわ・・・。」

その時、どこからか落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
声の主はリリスのすぐ近く・・・LCLのプールサイドに腰を下ろしていたらしく、
金髪に白衣姿のその女性はゆっくり立ち上がると二人の方に振り向いた。

「・・・・・。」

そこに居たのはリツコである。
彼女は白衣のポケットからリボルバー式の拳銃を取り出し銃口を彼らに向けた。
リツコは何も言わず・・・ただ、黙ったまま・・・

 

「活動限界まであと2分よ!アスカ、後退して!」

ジオフロントにて交戦を続ける弐号機はよく善戦していた。
彼我兵力差は1対9であるにも関わらず、量産機を1機1機着実に屠っていたのだ。
だが、弐号機は活動限界まであと半分の時間も無い。
伊吹二尉が後退を指示するが・・・

「無茶言わないでよ!退けるわけないでしょ!」

弐号機の肩部に内蔵されていたニードルガンを量産型・・・EVAシリーズ10号機に撃ち込みつつアスカが叫ぶ。
残る量産機は2機だが、今の状況でアンビリカルケーブルの接続を試みる暇など無い。
ほんの僅かでも隙を見せれば危険な状況に陥るのは弐号機の方だからだ。

「負けてらんないのよぉ!アンタ達にぃぃぃぃっ!」

EVA5号機をビルに叩きつけ叫ぶアスカ。
弐号機の腕は5号機の胸部を潰しており、周囲に血飛沫が飛び散っている。
残るEVAシリーズはあと1機・・・13号機を残すのみだ。

「これで・・・ラストォォォォォォッ!」

先程押し潰していた5号機のその身体を13号機に投げつけ、そのまま同機へと突進するアスカの弐号機。
突進のスピードと弐号機の全体重をかけたボディブローは投げつけた5号機の身体もろとも、13号機の赤い光球を捉えていた。
血飛沫をあげながらコアを潰されつつある13号機は、口を大きく開け苦しんでいる。
EVAシリーズの殲滅まであと少しと思われたその時

「MAGIによる解析結果が出ました。これは・・・まさか・・・・!」

第二発令所の日向二尉が驚きの声を上げた。
どうやら先程から行っていたEVAシリーズの解析が終了した様だが・・・

「あらゆるデータがオリジナルと酷似しています!あの剣はロンギヌスの槍のコピーです!」

「なんだと・・・!」

日向二尉の報告に冬月副司令の顔がこわばった。
ロンギヌスの槍の特性を考えればそれも当然と言えよう。

「なんですって・・・!アスカ、気をつけて!その槍はロンギヌスの槍なの!聞こえる?」

その事実は伊吹二尉からすぐさま最前線で戦うアスカに届けられる。
そして・・・当のアスカは、今まさにどこからか投げつけられた大剣をATフィールドで防ごうとしていたその時だった。

「これがロンギヌスの槍!?」

ロンギヌスの槍の事はアスカも知っている。
自分が第15使徒から精神攻撃を受けていた時にレイが使った特別な槍であると。
しかも、その槍は使徒のATフィールドをいとも簡単に突破した事も・・・

「まさか・・・!」

半信半疑だったアスカをあざ笑うかのように
弐号機のATフィールドに防がれ空中に静止していたはずの大剣は、見る間にその姿を二股の槍へと変化させた。
形を変えたその大剣は弐号機のATフィールドを今まさに貫かんとしている。

「くっ!」

その瞬間、アスカはとっさに弐号機の上半身を大きく仰け反らせた。
と、同時に大きく反り返った弐号機の上をロンギヌスの槍のコピーである大剣であったモノが通り過ぎていく。
どうやら間一髪のところで避ける事が出来た様だ。だが、さっきの攻撃は一体どこから・・・?
ついさっきコアを潰した量産機で最後のはずなのに・・・

「な・・・なによこれ?」

弐号機を起き上がらせたアスカが見たのは再起動を始めたEVAシリーズの姿だった。
各機とも損傷箇所はほぼそのままの状況だが、それでも何事も無かったかのように大剣を携え起き上がっている。
このままでは分が悪いのは明白・・・さらに肝心の弐号機は活動限界まであと1分も無い。
状況はまさに絶対絶命だった。

 

一方、ターミナルドグマでは、まるで時間が止まったの様な静かな時が流れていた。
碇司令、レイ、リツコ・・・磔にされたリリスの傍らに立つ彼ら・・・
旧知の仲である人間に銃を構えるという行為をとっているにもかかわらずリツコのその表情は穏やかだ。

「ごめんなさい・・・。貴方に黙って先程、MAGIのプログラムを変えさせてもらいました・・・。」

淡々と話すリツコ。
口調こそ穏やかだが銃を構えるその眼には並々ならぬ決意が秘められている。

「母さん、最後の頼みよ・・・一緒に死んでちょうだい・・・!」

ピッ!

白衣の左ポケットに入れられたリツコの左手が何かのスイッチを押した。
自身の死を覚悟し眼を閉じるリツコだったが、1秒・・・2秒・・・時間は刻々と過ぎているのに周囲には何の変化も見られない。

「作動しない!?なぜ・・・?」

その状況に驚き、リツコは左手で握っていたコントローラーらしきものを取り出し確認する。だが・・・

「Casperが裏切った・・・!母さん・・・娘より自分の男を選ぶの・・・?」

予想していなかった状況に混乱するリツコだったが、すぐさま我に返る。
これまで2人を制止する目的で掲げていたリボルバーの照準を明確にある対象に向けたのだ。
さっきまでの穏やかな表情は消え去り、いつもの彼女からは想像も出来ないほどある種の激情に駆られているのが見て取れる。

「フ、フフ・・・。レイ、あなたが・・・あなたが居たから私は・・・!」

リツコ自身の言葉通り、その銃口はレイに向けられていた。
左手に持っていたコントローラーらしきものはすでに投げ捨てており、両手で銃を握り確実に照準を合わせている。
碇司令も銃を構えようとはしたが、すでに銃口をこちらに向けていたリツコに対処するのは困難であり
レイにしても今から避けようとしたところで間に合うタイミングではない。

「・・・・・。」

その光景にレイは眼を閉じ全てを諦めた。
彼女は、これから自分を待ち受けているであろう運命を受け入れるつもりでいた・・・。

タァァァァン!

程無くして、閉鎖されたターミナルドグマ内に銃声が鳴り響く。
眼を閉じていたレイだったが・・・銃弾が自分に当たった感覚は無い。
リツコが狙いを外したのだろうか・・・?
ためらいながらもレイは少しずつ眼を開けていく。

「え・・・?」

眼を開けたレイが見た光景・・・
それは、自分を庇う様に身を楯にしている碇司令の後ろ姿だった。
彼の足元にはポタポタと紅い液体が床の上に滴り落ち、小さな溜まりを作っている。

「あ・・・ああ・・・」

彼のその姿を見たリツコは驚愕の表情を浮かべていた。
首を横に振り、銃を持つその手はガクガクと震えている。
一方、銃弾を受けた碇司令は、やや腰を落とし中腰に近い姿勢で必死に耐えていた。

「赤・・木・・・リツコ君・・・、本当に―――」

タァァァァン!

碇司令の言葉を途中で遮る様に再び銃声が鳴り響いた。
撃ったのはリツコだが、今度はその銃口を自分自身の頭に押し当てて・・・。
リツコはそのまま・・・スローモーションの様に背後にあるLCLのプールへと落下していく。
自分のした事に対する悲しみに満ちた表情のまま・・・

「ぐ・・・うぅ・・・!」

リツコの死とほぼ同時に、碇司令もそのまま床の上に力無く崩れ落ちた。
銃弾を受けたその身体では、それ以上自分の力で立ち続ける事は困難であった。

「碇司令・・・!そんな・・・どうして!」

碇司令の横にしゃがみ、
なんとか彼の上体を起こそうと背中に手を回そうとしたレイだったが、ふと自分の手が血まみれになっている事に気付く。
よく見ると、彼の黒いジャケットの裾から血が滴り落ちており、床の血溜まりはどんどん広がってしまっている。
碇司令の着ている赤いインナーも彼自身の血でさらに赤く染まっていた。

「す、すぐにお医者さんを呼ばないと・・・!」

制服のポケットから携帯を取り出しボタンを押すレイ。だが、碇司令はそんな彼女の手を取り制止させる。

「・・・無駄な・・・事はするな。それに私は、こうなって当然・・・の人間だ。」

「そんな・・・そんな事ない!」

碇司令の諦めの言葉をレイは首を振り必死に否定する。
彼がこれまで裏で何をしていたのか、彼女も全く知らないワケでは無い。
だが、碇司令が善良とは言えないまでも・・・それでもレイにとっては幼い頃から育ててもらったかけがえの無い存在である。

「レイ・・・、お前は・・・すぐに上へ戻れ・・・。老人達の・・・ゼーレの・・・補・・完計画を阻止し・・ろ・・・。」

「え?」

碇司令の言葉はレイにとって予想外のものだった。
元々、レイがここに来たのは碇司令に呼ばれてのものである。
詳しくは知らされていないものの・・・自分が今ここに居るその理由は目の前にあるリリスとも関係しているはず・・・。
それなのに上に戻れというのは一体・・・?
だが、今のレイには上へ戻る事が叶うとも思えなかった。なぜなら・・・

ドサッ!

レイの左腕が突然ズルリと抜け、そのまま床に落ちてしまったからだ。
血が噴き出すワケでもなく・・・本当に抜け落ちてしまったとしか形容のしようが無い。
だが、彼女自身はそんな自分の状況に驚いた様子は無く・・・むしろ全てを悟っているかのような表情さえ浮かべている。

「やっぱり・・・・・、あたし・・・もう・・・ダメなんだね。」

碇司令の上体を右腕で支えながら、抜け落ちてしまった左腕を一瞥するレイ。
それを見る彼女の眼は、すでに諦めの感情に支配されてしまっていた。

「レイ・・・、私の右手・・・を・・・・・
私は・・・お前と融合するつもりで・・・いたが・・・もう、その必要も理由も・・・・無い・・・。」

「え・・・?それって・・・どういう・・事・・・ですか?」

唐突な碇司令の言葉にレイはまるで思考が働かない。
彼が力を振り絞り自らの白い手袋を取り去ると、そこには紫色をした胎児の様な物体がその掌に結合されていた。

「じ、時間が無い・・・。
ATフィールドが・・・お前の・・・形を保てなく・・・なる・・・。
お前が・・・その・・姿で生きるには・・・・アダムと・・融合を果たす以外・・・道は無い。」

そう語る碇司令の表情には明らかに焦りの感情が見えた。
彼は無理矢理自分の上体を起こし、紫色の胎児の様なモノが存在する自身の右手でレイの右手を握り締める。
重傷を負った状態で無理をすれば自らの死を早めてしまうのは確実だが・・・
レイの右手を握り締めた碇司令には信じられないほどの力強さがあった。

「始める・・ぞ・・・レイ・・・。A・・Tフィールド・・を、心の壁を・・・解き放て・・・。」

「碇司令・・・、何を言ってるのか分からないよ・・・!」

レイには彼の真意がいまだに分からない。
碇司令が何をしているのか、何をしようとしているのかが。

「ぐ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・。」

碇司令の呼吸は次第に切れ切れになりつつある。
このままでは本当に死は免れないだろう。彼は肩で大きく息をしておりその苦痛は計り知れない。
だが、レイの手を握るその力はまるで衰えない。

「レイ・・・、お前には・・・これまでつらい・・・思いをさせて・・きた・・・。
道具のよう・・に扱って・・・すまな・・かった・・・と・・思ってい・・・る。」

いつもは冷静沈着な態度を崩さない碇司令から聞く初めての償いの言葉・・・
彼は下を向き、レイから眼を逸らしている様にも見える。

「そんな・・・!碇司令は優しいよ!ご飯はくれたし、パンもくれたし・・・
それに、あの事故の時だって助けてくれたもん!」

泣くのを必死にこらえながら、思いつく限りの思い出を口にするレイ。
こんな時なのに思いつくのは食べ物の事ばかり・・・だが、零号機の起動実験の時の事もレイはちゃんと思い出せていた。
シンジが第3新東京市に来る前・・・エントリープラグに閉じ込められた自分を必死になって助けてくれた碇司令・・・
目の前の碇司令はあの時と同じく優しげな表情をしてくれている。

「信じられん・・だろうが・・・私は、お前の成長・・・を嬉し・・く思っていた・・・。」

「え?でも・・・、あたしは・・・・・」

今さらながら自分の出生を思い出すレイ。
すでに当然の事と受け入れていた事実とはいえ・・・やはりその事による心の空隙は常に付きまとっていた。
忘れようとしても思い出さないようにしても、常に心の片隅に確実に存在した事実・・・

「・・・生まれは・・・・問題では無い。
レイ・・・・・・、私は・・・お前を・・・む、娘・・・の様に思・・っていた・・・。」

「あたしが・・・碇司令の・・・・・?」

想像もしていなかった碇司令の言葉にレイは言葉を失う。
自分は人の手で造られた存在であり、成すべき事の為に在った様なものなのだ。
EVAのパイロットとしての自分・・・碇司令の目的のために必要な自分・・・それは決して、自分だから必要とされたのではなく、
自分達・・・ダミープラントの中の内の1人だから必要とされているのだと思っていた・・・。
そして、それを当然の事として受け入れていた・・・。だが

「そう・・だ・・・。お前・・は・・・私にとって・・・大・・切な・・・・娘だ。」

「・・・っ!」

絶え絶えながらもはっきりと聞こえた碇司令の言葉・・・
その瞬間、レイは自分の心から壁が消えていくのを感じていた。
何をこれまで1人で悩んでいたんだろう・・・?
これまで自分が求めていた他者との絆・・・
自分には無い絆を持っているシンジやアスカを羨ましく思った事もあった・・・
だが・・・、それは無かったのではない。
自分で気付いてなかっただけなのだ・・・。

「あ・・・あぁ・・・。」

それと同時に自分の心に触れてくるとても暖かい感覚・・・
ふと気付くと碇司令の右腕がすでに自分の右腕と融合している。

「な・・・なにこれ?」

だが、レイがそれを認識した時には再びお互いの手へと分かれてしまっていた。
さっきの光景は・・・?幻覚かとも思ったがそうではない。確かに自分と碇司令の手が1つになってしまっていたはず・・・。

「そうだ・・・、それで・・・いい・・・。」

その光景に碇司令は僅かな笑みを浮かべ、彼は再び床に倒れてしまった。
レイがとっさに受け止めるものの、その体はさっきまでとは違い彼を支える右腕にはかなりの重量が圧し掛かっている。
なんとか碇司令を楽な体勢にしようと、レイは両手で彼を支えようとした。

「え・・・?」

その時、レイは初めて自分の左腕がある事に気付く。
そう・・・いつの間にか、先程失ったはずの左腕が再生していたのだ。
一度失ったとは思えないくらい当たり前に・・・あるのがさも当然であるかの様に自分の左腕はそこに在る。
一方、碇司令の右の掌にあったはずの、紫色をした胎児の様なモノは跡形も無く消え去ってしまっていた。

「アダムは・・・すで・・・に・・・お前と共にある・・・。
再生し・・た・・・左腕こそ・・・・・その証・・・、お前は・・・・・自由・・・・だ・・・・。
ぐ・・がはっ・・・・。」

碇司令の状態はさらに悪化し続けていた。呼吸も荒くなってしまい・・・かなり辛そうだ。
彼はいつの間にかレイから眼を離しターミナルドグマの上方を見上げている。
ぼんやりとした碇司令のその眼は視点が定まっている様には見えない。

「この時を・・・ただ・・・・ひたすら待ち・・・続けていた・・・。ようや・・く会えた・・な・・・、ユイ・・・・・。」

「え?」

思わずレイは周囲を見回す。だが、当然そこには彼ら2人の他には誰もいない。
いないはずなのだが・・・

「・・・私がそばに・・・・いると・・・シンジを傷・・つけるだけだ・・・。だか・・ら・・何もしない・・方がいい・・・。
自分が・・・人か・・ら愛されるとは信じ・・・られない。
私に・・そんな資・・格は無い・・・。」

碇司令は、すぐそばに居る誰かと話をしているかの様に言葉を続けている。
それは・・・彼が内に秘めていた偽らざる本心であり、シンジに対する正直な気持ちだった。
身近にいたはずのレイですら知らなかった告白を終えた碇司令は、再びゆっくりとレイの方に顔を向ける。そして・・・

「レイ・・・、すまな・・かった。
シンジ・・・にも・・・そう、伝えて・・・おいてく・・・・れ・・・。
シンジ・・を・・・頼・・む・・・・・・・」

振り絞るような声を吐き出し深く息をつく碇司令。
その行動にレイは嫌でも彼の死を感じ取らざるを得ない。
今も血は止め処なく流れ続け、彼の身体からは暖かさが消え始めているのだ。

「ダメ!碇司令・・・死んじゃダメだよ!
シンちゃんだって司令といっぱいお話したいはずだもん。絶対喜ぶよ!だから・・・!」

碇司令の傷口を手で押さえながら必死に叫ぶレイ。その眼には涙が溢れている。しかし・・・

「・・・・・。」

・・・彼女の願いも空しく・・・彼が再び息をする事は無かった。
碇司令に、苦しみをこらえていた時の表情はすでに無く・・・むしろ安らかな顔をしている。

「碇・・・司令・・・う・・・・・うぅっ・・・・・・。」

碇司令の胸の傷口を押さえていた自分の両手にポタポタと涙が零れ落ちる。
何をどう考えて良いのか・・・いや、何も考えられない・・・。
レイにとって、彼が死んでしまったという事実は到底受け入れられるものではない・・・。
だが、冷たくなってしまった碇司令の身体に自分の手が触れ・・・その冷たさは確実に伝わってくる。
それは冷酷にも彼女に現実を突きつけていた。

 

どれほどの時が経っただろう・・・。
実際にはそれほどの時間は流れていないが、レイにとってはたまらなく長い時間に思えた。

「泣いてちゃダメ・・・だよね。
それに・・・あたしにはまだ、やらなきゃいけない事があるもん・・・・・。」

レイは涙を拭うと床に横たわる碇司令の亡き骸の両手を胸の上で組ませた。
宗教的な事はよく分からないが、彼をそのまま放っておくのはあまりに忍びなかったのだ。
そして・・・、レイは碇司令のかけていた眼鏡を手に取り、それを自分の制服のポケットに入れる。

「シンちゃんに渡してあげなきゃ・・・ね。」

碇司令の死を・・・彼の想いをシンジに伝えなければならない。これは自分にしか出来ない事である。
出会った頃のシンジは碇司令の事を信じられないと言っていた・・・
だが・・・、第10使徒の時・・・葛城三佐のオゴリでみんなでラーメンを食べに行った時だったか、
父と会話をしたと話した時のシンジはどことなく嬉しそうだった。
その後、トウジが死んでしまった時は・・・シンジと碇司令は喧嘩別れしていた。
それからは・・・よく分からない。
結局、お互いの距離は変わらなかったのかもしれない。
でも、多分・・・2人とも、不器用なだけだったのだろう・・・。今は、そう思えてならない・・・。

「・・・・・。」

レイはゆっくり立ち上がると碇司令の亡き骸に背を向けた。
そして、そのまま一歩二歩と出口に向かって歩み始め・・・気が付けばいつの間にやら駆け出してしまっている。
碇司令の方は一度も振り返らずに・・・
いや、振り返るときっと歩みを止めてしまうだろうから・・・きっとまた泣き出してしまうだろうから・・・
それが分かっていたからこそ彼女は振り返る事が出来なかったのだ。

(ありがとう・・・・・。そして・・・、行ってきます・・・父さん。)

それは心の中で呟いた。とても・・・とても小さな声で。

 

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