第弐拾参話 涙

 

 

昼頃 葛城宅にて

アスカが失踪してから数日が過ぎたが、彼女が帰ってくる気配はまるで無かった。
今はミサトに頼んで保安諜報部に動くのを止めてもらっているものの・・・さすがにそろそろ限界に近い。

「アスカったら、どこ行っちゃったのかなぁ・・・。」

ダイニングテーブルの自分の席に座り、力なく独り言を言うレイ。
彼女はさっきから友達に電話をかけまくってアスカの事を聞きまわっているものの・・・あまり目ぼしい情報は得られていない。
つい最近、学校が休校になってしまったため、第3新東京市に残っている友達が少なくなってしまったというのも
アスカに関する情報収集の困難さに輪をかけていた。
正直、友達から情報を集めようにも、それすらままならないのが現状なのだ。

「シンちゃん、アスカの行き先に心当たりってある?」

「そんな・・・僕にはアスカがどこに行くかなんて・・・・・・・あ、委員長なら何か知ってるんじゃないかな・・・?」

確かにシンジの言う事にも説得力はある。
アスカと最も親しくしていたのはヒカリであり、レイも当然その事はよく知っている。

「ヒカリ・・・電話が繋がらないんだ。まだ疎開はしちゃってないはずなんだけど・・・」

頼みの綱のヒカリに連絡を取ろうにも、電話が繋がらないのではどうしようもない。
他にアスカと特に親しかった友人は・・・正直、レイにも心当たりが無い。

「加持さんに連絡が取れれば、もしかしたら何か解るかもしれないね・・・。」

「え?・・・う、うん。そだね・・・。」

シンジの提案に少ししどろもどろになるレイ。
レイが加持の留守番電話を盗み聞きしてしまった時からそれほど日にちは経っていないものの・・・あれ以来、加持からの連絡は全く無い。
今の状態で加持と連絡が繋がる可能性はほとんどゼロに等しいだろう。
また、電話での情報収集だけではなく、シンジと2人で当て所無く第3新東京市をあちこち探したりもしてみたが、
そんな事でアスカが見つかるほど世の中甘く無い。しかし・・・

「さて、それじゃ行ってくるね!」

そんな事でめげないのがレイの長所とも言える。
まるで、捜査は足で稼ぐのが基本!と主張して譲らない堅物ベテラン刑事の様な風格すら漂わせている。

「じゃあ、僕も・・・」

「だーめ。捜査本部をがら空きにしちゃってどーすんのよ。何か大事な連絡とかがあったらマズイじゃん。」

と、同行しようとするシンジをたしなめるレイ。

(携帯持ってるんだから家を空けても大丈夫なんじゃ・・・それに昨日までは2人で探しに出てたような・・・。)

反論したいのを押さえ、シンジはしぶしぶレイの意見に従う。
一方、思い立ったら即行動、善は急げと言わんばかりにレイは慌しく葛城宅を後にした。

 

同日 第3新東京市内にて

「ふ〜、暑いなぁ。ほんと、アスカどこに行っちゃったんだろ。」

暑さにうなだれながらも、第3新東京市内を歩き回るレイ。昨日も探した市の中心部にて捜査活動の真っ最中である。
使徒との戦いの影響で以前より人の影は少なくなっているものの、それでもさすがに中心地。
この人ごみの中でアスカを見分けるのは困難と言えるだろう。
ちなみに彼女は常に制服姿なため、平日の真昼間にもかかわらず堂々と街中を歩くその様は少々目立っている。

「やっぱりこういう時はアスカの行動パターンを読まなきゃ駄目だよね。う〜ん・・・う〜ん・・・・・・う〜ん・・・・・・・・」

いきなり立ち止まり思案を始めるレイだが、そうそうアスカの行き先を思いつけるほど簡単ではないし、
彼女にそこまでの洞察力を期待するのも酷な話である。

「暑いんだから普通は涼しいところへ行くよね。喫茶店にでも入ろっかな。」

アスカがどうこうではなく、自分が休みたいという理由から喫茶店へと入るレイ。
アスカやヒカリと一緒に何度か来た事があるこじんまりとした店・・・ちょっと期待はしたものの、やはりアスカの姿は無い。
席に座りアイスティーを注文、何気なく自分の携帯を確認してみる。すると・・・

「あ!」

いつの間にか新しい着信が一件入っていた。
時間から考えると第3新東京市を歩き回っていた頃・・・、どうやら暑さに気が行き過ぎて着信に気付かなかった様だ。
着信履歴には洞木ヒカリの名前が表示されている。慌てて電話をかけなおそうとするものの・・・

(う〜ん・・・さすがにここじゃまずいかな・・・?)

キョロキョロと辺りを見回すレイ。
あまり大きくない店とは言え、さすがに彼女以外にお客がいないわけでは無い。
静かで落ち着いた雰囲気の店内で電話をかけなおすのは、いくらガサツなレイと言えど少々気が引ける。
仕方が無いので注文したアイスティーが来るのを待つ事にした。

(アスカ、戻ってきてくれるかな・・・。)

ヒカリからの電話をアスカに関する事と思い込んでいるレイ。すでに、アスカをどう説得するかの思案を始めている。
自分が会ったところで戻ってきてくれないかも・・・いや、むしろ戻ってきてくれない可能性の方が高い。
考えれば考えるほど悪い材料ばかりが思い浮かんでくる。
アスカに会ったらその時に考えよう・・・と、アイスティーを口にしながらレイは考えるのを止めた。

 

同日 洞木宅にて

「あ・・・、綾波さん。ごめんね、いきなり電話しちゃって・・・。」

洞木宅の玄関でヒカリが出迎える。
先程の電話はやはりアスカに関する事で、姿を消したその日からずっと洞木宅でお世話になっていたらしい。
ヒカリも快くアスカを受け入れたものの、いつもと彼女の様子が違う事に心配していたのだ。
そして、これまで連絡しなかったのはアスカに口止めされていたという事も・・・
レイはヒカリに案内され家の中へと入る。

「ア〜スカ!」

ヒカリの自室でアスカの姿を発見したレイが作ったかのような明るい声で彼女の名前を呼ぶ。
その声に、ハッ!とした表情で顔を上げるアスカ。

「なにしに来たのよ・・・。」

そう言うと、床の上に座ってTVゲームをしていたアスカはそっぽを向いてしまった。
どうやら、なにがなんでもレイを自分の視界に入れるつもりは無いらしい。

「帰ろ。みんな・・・心配してるよ。」

「うるさい!本当は心配なんかしてないくせに!」

姿を消したその時そのままに、レイを怒鳴りつけるアスカ。

「EVAに乗っても敵を倒せない・・・!シンクロ率だって落ちてる・・・!
私なんかいなくてもアンタやシンジが居れば問題無いでしょ!私はもう要らないの!」

自暴自棄になりかけているアスカにレイは取り付くしまも無い。
アスカは自分の中に溜まっていた感情をぶちまけるかの様にレイに当たり散らす。

「良いわよね、アンタは!
シンクロ率も上がってるし戦果も出してる・・・!それなのに・・・私は・・・私は・・・!」

「え?シンクロ率って・・・なにが?」

アスカからの意外な言葉に思わず驚きの声を上げるレイ。
彼女にとってはシンクロ率は頭打ちで、もう上がる事などありえないと思っていたしそのつもりだったからだ。
レイのシンクロデータは彼女達には伏せられていたのだが、どういうワケかアスカはその事を知っていたらしい。

「白々しい事を言うんじゃないわよ!
どーせ、アンタも私の事をバカにしてたんでしょ!威勢だけで何も出来ないって・・・!
もう・・・、私の事は放っといて!」

「アスカ・・・」

さらに怒鳴り続けるアスカに、ヒカリもどう対応して良いのか分からずオロオロしている。
隣の家まで聞こえるかのように大声で当たり散らすアスカ。
鬱積した感情をを全て吐き出した彼女は、そのままうつむいて黙ってしまった。そして・・・

「加持さん・・・・・。」

本当に小さなか細い声で加持の名を口にした。
そして、小刻みに肩を震わせ始め・・・仕草からすれば泣いているようにも見えるが、それを必死に我慢している様にも見える。
彼女にとって心の支えであった加持との連絡が取れなくなってしまった事もアスカの精神を追い詰めていた理由の一つだったのだろう。
アスカが加持と会ったのもずいぶん前の話・・・、碇司令の執務室での時が最後となってしまっていたのだ。

「アスカ・・・、加持さんの事なんだけど・・・」

「!?」

レイから加持の名前が出てくるとは思っていなかったのか、アスカが思わずレイの方を振り向く。

「ファースト・・・アンタ、加持さんの事・・・何か知ってんの?」

いつになく真剣な表情でレイに加持の事を尋ねるアスカ。

「あたしが知ってるのって、そんなに大した事じゃないんけど・・・とりあえず場所を変えよ?」

「アンタ・・・、まさか加持さんをダシに私を連れ戻そうってんじゃないでしょうね。」

レイの提案に、疑心暗鬼気味のアスカが突っかかる。
レイとしてはそんなつもりは無いのだが、今のアスカからすれば連れ戻そうとしていると見られても仕方が無いだろう。

「だいじょうぶ。戻る戻らないはアスカが決める事だし・・・
それに・・・、本当に連れ戻すだけならネルフの保安諜報部がとっくに動いてるよ。」

確かにレイの言うとおりである。
EVAのパイロットであるアスカの事をネルフがいつまでも放っておく訳が無い。
あの組織にその気さえあれば、アスカはすでにネルフに強制的に連行されていてもおかしくはないのだ。

「・・・わかったわよ。ついていけば良いんでしょ。」

ようやく、アスカも動く気になったようだ。
その眼にはまだ懐疑的なモノが残っているが、加持に関する情報が欲しいという感情の方が強いらしい。

「ヒカリ、ありがとね。じゃ・・・あたし達行くから。」

そう言うと、ヒカリに頭を下げるレイ。
その様はまるで、家出した娘を引き取りに来た母親の様でもある。

「ゴメン・・・、色々迷惑かけちゃって・・・」

洞木宅の玄関でヒカリに謝るアスカ。
ヒカリは、迷惑じゃないから、何かあったらまた来てね。とアスカに優しい声をかけている。
その声にアスカはただ頷く事しか出来なかった。

 

同日 夕刻 ジオフロントにて

アスカがレイに連れられてやってきたのはネルフ本部のあるジオフロント。
広大な地下空間であるジオフロント内の表層部は、森や湖などの自然がそのほとんどを占めている。
地底空間であるジオフロント内部には外からの太陽光が取り入れられ、その内部もすっかり夕焼けに染まっていた。

「・・・・・。」

そんな中、洞木宅を出てから全くの無口で先を進むレイに対しアスカは不信感を募らせている。
連れ戻すつもりは無いと言いながら、しっかりネルフ本部の近くにまで連れてこられてきているからだ。
すでに、ピラミッド型のネルフ本部施設も森の向こうに見えている。

「・・・ファースト。アンタ、どこまで行くつもりよ。」

「もう・・・すぐそこだよ。ほら、見えてきた。」

なにが見えてきたのか・・・アスカにはさっぱり分からない。
さっきまでと変わらない森がずっと向こうまで続いている様にしか見えないからだ。
そうこうしている内に、前を歩いていたレイがピタッと立ち止まり振り返る。

「ここだよ。」

「ここって・・・何も無いじゃない!加持さんの話となんの関係があんのよ!」

アスカの眼に広がるのはジオフロント内の広大な森・・・
レイが何のためにここに連れてきたのかまるで見当がつかない。

「ほら、これ。」

そう言うとレイはその場にしゃがみ込んでしまった。
アスカがその様子を眼で追っていると・・・

「なに・・・?スイカ・・・?」

そう・・・、アスカが連れてこられたのは加持の趣味でもあるスイカ畑だった。
しかし長い事手入れがされていなかったのか、雑草も伸び始めスイカそのものにも元気が感じられない。

「これ・・・、加持さんの趣味なんだって。」

「加持さんの・・・?」

加持の意外な一面に驚くアスカ。
しかし、自分が知らない事をレイが知っているという事自体に、意識せずとも妬みの感情が湧いてくる。
アスカはそんな自分に嫌気がさしてきた。

「・・・で?これが何なのよ。」

「でね、加持さん、なんか都合があって面倒みてあげられないから葛城三佐に頼んでたみたいなんだけど・・・
葛城三佐も色々忙しいでしょ?だから・・・はい、これ。」

腕を組んでムスッと不機嫌そうに尋ねるアスカに対し、レイは返事とともにアスカにある物をつき出す。

「な・・・鎌と・・・軍手?何よこれ。」

「だからさ、加持さんが戻ってきた時に畑が寂れてたらガッカリしちゃうじゃん?
そこで、あたし達で一肌脱いで、このスイカさんの面倒みてあげようって話なワケ!」

レイの唐突な提案に戸惑うアスカ。
元々彼女が期待していたのは加持の消息に関する話である。
連絡が繋がらない事と、ミサトが加持からの電話は無いと断言した事から加持の身に何かがあったのでは・・・?と、不安に思っていたのだ。
そんなものだから、まさかレイから加持の趣味の話をされるとは思ってもみなかった。
そんなアスカの戸惑いを目の前のレイは知ってか知らずか、すでに草むしりを始めている。

「ファースト。アンタが知ってる事ってそれだけ?」

「そだよ。実はさ、加持さんからの留守番電話を盗み聞きしちゃって・・・。
この花の面倒をみて欲しいって言ってたから・・・。」

ぽりぽりと頭をかきながら返答するレイ。
もちろん、加持からの遺言とも取れる内容のメッセージも覚えてはいるものの、今この場でアスカに言う訳にもいかない。
もっとも、レイが知っているのは加持からのメッセージのみであり、その後の消息は分からないのだ。
加持の生死については何を言っても推測になってしまう以上、アスカに伝えても意味は無い・・・というのがレイの考えである。

「盗み聞きするなんて・・・サイッテーね。」

「だって・・・丸聞こえだったんだもん、しょーがないよ。ほら、アスカも手伝って。」

蔑んだ眼でレイを見下すアスカだったが、レイはそんな事おかまいなしである。
雑草をむしり、それが難しい草はどこからともなく取り出した鎌を使って刈り取っていく。
一方、鎌と軍手を渡されたものの、アスカは手伝う素振りもみせずにレイをただ眺めているだけ。

 

いつの間にかあたりはすっかり暗くなってしまっていた。
おそらく、地上の第3新東京市ではすでに日が落ちてしまっているのだろう。

「それじゃ、帰ろっか。」

一仕事を終え、帰り支度を始めるレイ。その手には大きめの丸い物体が抱えられている。

「ちょっと・・・!それ加持さんのスイカじゃない!アンタ勝手に・・・!」

「きちんと働いたんだから正当な対価だよ。
それにスイカさんがあたしに食べて欲しいって訴えかけてくるんだもん。今が食べ頃だよ?」

ポンポンとスイカを叩きあっけらかんと話すレイを見て、何もしていないのにドッと疲れが湧いてきたアスカ。
今時スイカ泥棒かよ・・・と、心の底からツッコミを入れたいのだが、
それ以上に、早く家に帰ってベッドに横になりたい感情に支配されている。しかし・・・

「帰るって・・・!イヤよ!ミサトん家なんか帰らないからね!」

アスカは今の自分が置かれている現状を思い出した。
家を飛び出して結構な時間が経過しているため、どんな顔をして帰れば良いのか分からないというのもあるが
今の心境でシンジやミサトに会いたいとはとても思えない。

「だいじょーぶ。あたしについてきて。」

「え?」

何が大丈夫なのかは分からないが、今のところアスカはどうこう選べる立場にはない。
大人しくレイの後に付いていくしかないだろう。

 

同日 夜 綾波宅にて

アスカが連れてこられたのはレイのマンションだった。
お世辞にも綺麗とは言えないマンションの外観にアスカは少々引き気味である。

「話には聞いてたけど・・・アンタ、凄いトコに住んでんのね。」

想像をはるかに超える情景に、ほんの少しだけミサトのマンションに戻りたいと思うアスカ。

「あ、そういえばアスカってココに来るの初めてなんだっけ?
だいじょぶだいじょぶ!ほら、住めば都って言うじゃない?」

アスカの肩をポンポン叩き玄関の鍵を開けるレイ。
いくら住んでも都にはならんわよ・・・と、ツッコミたいアスカだが、あまりに疲れていたためその気力すら失せている。

「さ、入って。」

ニコニコ顔のレイとは対象的に不安を隠せないアスカ。
レイの部屋の中の惨状はシンジから聞いており、体裁なんかどうでもいいから葛城宅へ帰ろうかとアスカは本気で悩んでいる。
でも、今から帰るのは時間的にも少々面倒・・・仕方なく、アスカは綾波宅へ入る事にした。ところが・・・

「あれ・・・、ここがアンタの部屋・・・?」

部屋の中に入って第一声、アスカが意外そうな声をあげる。

「だって・・・壁はコンクリート剥き出し、カーテンはボロボロ、床のフローリングなんかホコリまみれでゴミだらけって聞いてたわよ?」

「あ〜!それってシンちゃんから聞いたんでしょ?もう、ヒドイ事言うなぁ!」

両手を腰に当てプンスカ怒るレイ。
おそらく次にレイとシンジが会う時は阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される事だろう。
一方、アスカは部屋を見回し、態度にこそ表さないもののしきりに感心しているみたいだ。

「なんか意外ね・・・。殺風景は殺風景だけど・・・わりと小奇麗にしてんじゃない。」

アスカの言葉通り、レイの部屋は以前とは比べ物にならないほどすっかり様変わりしていた。
壁紙やカーテンは淡い水色を基調としたものに変えられ、床のフローリングも新調されたばかりのよう。
調度品にはほとんど変化がないため、アスカの言う通り殺風景とも言えるが・・・一般人が生活するには申し分ないレベルと言える。

「葛城三佐の家に入り浸ってたら、いざ自分の家に帰って来た時に悲しくなっちゃってさ・・・
めんどくさいから、最初はカーテンだけ変えよ・・・とか思ったんだけど、変えたら変えたでそこだけ妙に浮いちゃったんだよね。
それで、あれもこれもって色々やってたらこんなんなっちゃった。エヘへ・・・」

レイは説明しながら照れくさそうに頭をかいている。
一通りの説明を終えたレイはスイカを持ってバスルームへと行ってしまった。
適当に座ってて、とレイに言われ仕方なくその場にしゃがみこむアスカ。
しかし、部屋としては普通だが・・・電化製品がほとんど無い。冷蔵庫やキッチン周辺に多少の物があるだけである。
そんな取りとめも無い事を考えているうちにレイが戻ってきた。

「スイカさんは冷やしてるから、もう少ししたら食べられるよ。」

と、嬉しそうに語るレイに対し仏頂面のアスカ。
行き先に困っていたアスカにとってはありがたい事この上ないのだがやはり素直にはなれない。

「さて、今日からここはアスカの部屋で〜す!自由に使っちゃって良いよ?」

「は?」

唐突なレイの言葉に驚きを隠せないアスカ。口を開けポカーンとしている。

「だって、行くトコ無いでしょ?
葛城三佐ん家も嫌、かと言って、ヒカリの家でいつまでもお世話になるわけにはいかないじゃん。」

確かにレイの言う事ももっともである。
いくら行き先が無いとは言え、野宿で過ごす蛮勇はいくらアスカと言えど持ち合わせてはいない。
しかし・・・あまりにも強引なレイの提案にアスカはすっかり呆れている。

「ま、細かい事考えない考えない!
んじゃ、ご飯にしよっか。準備してるから、その間にお風呂入ってきちゃって良いよ。」

そう言うと、呆れ顔のアスカをその場に残し、レイはキッチンへと向かっていく。
もはや動く気もなくなっていたアスカだったが、一日外にいて汗をかいてしまっている以上、このままというのも気持ちの良いものではない。
やむなくレイに言われるままお風呂に入る事にした。

 

入浴と夕食を終え、さっき冷やしておいたスイカを食べる2人。
いつになく静かな時が流れているのは、レイがスイカの種を取るのに必死になっている為である。
さっきから一言も喋らずにスイカを穿っている。

「アンタ・・・、妙なトコで細かい性格してんのね。」

「だって気になるじゃん。
それに、こういう苦労を乗り越えた先に美味しいスイカさんが待ってくれてるんだから、
頑張ろう!って気になりそうなもんでしょ?」

スイカを穿りながらアスカに御高説をのたまうレイ。
彼女の種取りは鬼気迫るものがあり、黒い種はもちろんの事、小さな白い種すらも決して見逃さない。
レイが手にしているスイカは、あちこち穴が開き隙間だらけになってしまっている。
アスカが一切れ食べ終える頃、ようやくレイはスイカに噛り付く準備を整えた。そして・・・

「あ〜!おいし〜!
スイカさん、加持さん、ジオフロントさん、美味しいスイカをありがと〜!」

スイカを口いっぱいに頬張りながらレイは歓喜の声をあげている。
そんなレイを疎ましく・・・ある意味、羨ましくも思いながら彼女のその様子を眺めているアスカ。
それまでの静かさが嘘の様に嬉しそうにスイカにかじりつくレイであったが、突如その動きが止まった・・・。
スイカを口の中に入れたまま、アスカの方に向き直り彼女の眼をじっと見つめている。

「・・・なによ?」

見つめられ当惑したアスカが尋ねるも、レイはただ首を横に振るだけ。眼には涙を浮かべている。

「まさか・・・、種噛んだとか言うんじゃないでしょうね・・・?」

アスカの推測に涙眼のままコクコクと頷くレイ。

「めんどくさいわね〜!そのくらい飲み込みなさいよ!」

アスカは2切れ目のスイカを食べつつ、おそらく現在の状況では最適であろう選択肢の一つを提示する。
本当に・・・なんでこんなのが同僚なんだろうと彼女は頭を抱えている。
シンクロ率や使徒との戦いでシンジに負けた事に本気で悩んでいたのが本当に馬鹿馬鹿しくなってくる・・・。

「はぁ・・・、もう寝させてもらうわ・・・。ベッド借りていい?」

ため息をつきつつ寝ようとするアスカに対し、レイはまだ、スイカを口にしたままコクコクと頷くだけ。

「あれ?そういえばアンタ、どこで寝んの?ベッド一つしか無いじゃん。」

部屋の中を見て、今さらながらその事実に気付くアスカ。確かにレイの部屋にはベッドが一つしか置かれていない。
見た感じ予備の布団も無いように見えるが・・・

「ちょっと!いい加減に吐き出すか飲み込むかしなさいよ!」

レイはまだ、スイカを口の中に残したまま右往左往していた。
アスカに怒鳴られ、ビックリした彼女はその拍子に種ごとスイカを飲み込んでしまったらしい。ケホケホとむせて咳き込んでいる。

「あ・・・、だいじょぶだよ。今日は床の上で済ますけど、明日からはネルフ本部で部屋借りるから。」

咳き込みながら返答するレイ。
確かに、毛布さえあればクッションを枕代わりに寝られなくも無さそうだが・・・

「じゃ、そろそろ寝よっか。」

と、レイはスイカの皮とテーブルを片付け、テキパキと就寝の準備を始めた。
一方、そんなレイを面白くないといった面持ちで眺めているアスカ。
その後は特に何をするという事も無く、そのまま就寝する事となった。

 

その夜、疲れていたはずのアスカだったが中々寝付けずにいた。
かと言って、レイの部屋では暇を潰す方法も無く・・・仕方なく眼を閉じてみるものの、やはり眠れそうにない。

「ファースト・・・、ちょっと聞きたいんだけどさ・・・」

「・・・なに?」

アスカが問うと、寝ぼけたようなレイの声が返って来た。どうやら、寝に入ったばかりだったらしい。

「アンタって、なんでそんなに人の世話ばっかしてられるわけ?
シンジはともかく私なんか相手にして・・・・・・なんか意味あんの?」

図らずもぶっきらぼうな言い方になってしまったが、下手に出るような聞き方はアスカには出来ない。
それに、これはアスカが以前から気になっていた事でもある。
ここ最近のレイの世話焼きっぷりは、少々異常にも見えたからだ。

「だって友達でしょ?そんな細かい事気にすることないと思うよ・・・?」

レイは床の上で横になっているはずだが、アスカの位置からは見えないのでその表情は分からない。
もっとも、アスカはレイに背を向けて寝ているので、どちらにしろ見る事は出来ないのだが・・・

「・・・アンタってホントに偽善者ね。」

やれやれと言った口調で吐き捨てる様に言い放つアスカ。

「・・・そうかな?
だって、アスカが居ないと面白くないんだもん。あたし達・・・チームじゃん?
あたしがボケてアスカがツッコミ、シンちゃんと葛城三佐がフォローしてくれる今の関係が好きなだけだよ。」

「私の存在意義はツッコミ役かい・・・。」

レイの返事にアスカは一気に毒気が抜かれてしまった。
また嫌味でも言ってやろうかと思っていたのだが、すっかり頭から消え去ってしまっている。

「それにさ・・・」

レイが言葉を続ける。

「このままアスカの事ほっといたら・・・アスカがいなくなっちゃう気がして・・・・・・怖かった。
もう、会えなくなっちゃうんじゃないかって・・・・・・」

レイはいつの間にか涙声になってしまっている。
そんなレイに対し、はぁ・・・と、ため息をついて呆れるアスカ。

「なんで私がどっか行かなきゃなんないのよ。別にどこへも行きはしないっての。
ほんと、泣いたり笑ったり怒ったり忙しい女よね〜。」

まるでフォローになっていない様な言葉だが、レイを元気付けようとしたアスカなりの精一杯のフォローでもある。
一方のレイはアスカの言葉に安心したのか、安堵のため息をついている。

「あ・・・そうだ!」

レイが唐突に、何かを思い出したらしく大きな声を出した。明らかにさっきまでと声のトーンが違う。
今度は何よ・・・?と、めんどくさそうにたずねるアスカに対し

「明日から、スイカ畑の草むしりと水撒きお願いね?」

「はい?」

レイからのお願いに、思わず間の抜けた声で聞き返すアスカ。

「だって、さっきスイカ食べてたじゃん。
このまま何もしなかったらアスカもスイカ泥棒だよ?共同正犯って知ってる?」

「ちょ・・・!アンタ、謀ったわね!バカファーストの分際で!」

アスカは自分を陥れたレイをすぐさまアイアンクローの刑に処す。さっきまでのしんみりした雰囲気はどこへやら、
夜も更け、静寂に包まれていたマンションにレイの叫び声がこだました・・・。

 

数日後 ネルフ本部にて

第16番目の使徒が襲来、今回の目標は二重螺旋・円環状の物体で定点回転を続けていた。
零号機、弐号機の出撃準備はすでに整っているが、初号機は相変わらず凍結中。
フォーメーションは零号機がオフェンス、弐号機はバックアップである。
いつもならアスカが文句を言いそうなものであるが、今日はすんなり従っている。

「遅かったわね。」

「言い訳はしないわ!状況は?」

リツコに一瞥されるミサト。第二発令所に遅れてやってきた彼女にもすぐさま現在の状況が報告される。
EVA零号機はすでに迎撃地点にて待機しているものの、肝心の使徒は先程から定点回転を続けるのみ、
こちらから手を出そうにも、どうすれば良いのか現時点では情報が足りなさ過ぎる。

「レイ、しばらく様子を見るわよ。」

ミサトが待機を指示するも、突如使徒は形体をそれまでの螺旋状から一本の紐状に変化。
それまでの緩慢さが嘘の様なスピードで一気に襲い掛かってきた。

「っ!」

回避する間も与えられず、使徒は零号機のATフィールドすらも突破。
零号機の胴体部分に接触した使徒は零号機の深く捻じ込み同時に侵食も始めた。
装備していたスナイパーライフルで応戦するも、零距離射撃にも関わらず使徒にダメージは与えられない。

「あ・・・!うぅ・・・!」

零号機を通して、神経接続されているレイの身体にも苦痛が伝わってくる。
彼女の身体にも零号機と同じ様に使徒に侵食されている跡が徐々に広がり始めていた。
その様子を見ていた第二発令所のミサトが、待機していた弐号機に出撃を命じる。

「アスカ、あと300接近したらATフィールド最大でパレットガンを目標後部に撃ち込んで!
エヴァンゲリオン弐号機リフトオフ!」

ミサトの命令にアスカは返事もせずに弐号機を出撃させる。
しかし、その動きは非情に遅く以前の生彩さは全く感じられない。ミサトが急ぐように急かすも

「うるっさいわね!やってるわよ!」

返って来るのはアスカの怒鳴り声。
アスカのシンクロ率は前回の使徒戦からほとんど変わっておらず・・・確かに、これ以上急げと言われても無理に近い。
弐号機は無造作にパレットガンをひったくるとそれを手に使徒へと向かっていく。

「アスカのシンクロ率、+1.2・・・以前より少し回復しています。ですが、この状態では・・・」

伊吹二尉が弐号機の状態を報告する。
前回の使徒戦以後、家を飛び出していたアスカはネルフ本部にも立ち寄らなかったため、長いことシンクロテストをしていなかったのだ。
それ以前の落ち込み具合から考えると、EVAの起動すら怪しかったのだが・・・

「今は動けるだけの状態でも使うしかないわ。他に方法は無いもの。」

冷徹なミサトの意見だがそれが現実でもある。初号機は凍結中の為、ミサトの権限では解除できないのだ。
接近する弐号機の存在に気付いた使徒は零号機への行動と同様、同機を侵食しつつ、もう一方の先端を弐号機へ向け突き出した。

「くっ!」

以前のアスカならこの使徒とも互角に渡り合えたのであろうが、シンクロ率の落ち込んだ現在では無理であった。
避けようとしたもののそれも適わず目標は弐号機と接触、使徒は右大腿部に接触するとともに侵食し始める。
その影響か、弐号機はバランスを崩し地面にしりもちをつく格好となってしまった。
一方、零号機は必死に抵抗するも使徒を身体から引き抜く事は出来ない。
使徒からの侵食による苦痛にレイは意識を失い始めていた。

 

「ここは・・・?」

レイが周囲を見回すとそこは零号機のエントリープラグでは無かった。
どこまでも続くLCLの海、それ以外は何も無い広大な空間・・・
ふと前を見ると、LCLの海に立つ人影を見つけた。自分と同じプラグスーツ姿で自分と同じ容姿のそれは・・・

「あたし・・・?ううん、あたし達が使徒と呼んでるヒト?」

(・・・私と一つにならない?私の心をあなたにも分けてあげる。)

レイの眼の前にいる自分と同じ姿のヒトは静かにレイに語りかけてきた。
同時に、レイの身体にも侵食が始まる。

(・・・痛いでしょ?ほら・・・心が痛いでしょ?)

レイの中に、ある感情が流れ込んでくる。

「痛い・・・?違う?寂しいの?」

(サミシイ・・・?これを寂しいと言うの?でもね、これはあなたの心よ。)

「えっ?」

自分に似たそのヒトの言葉にレイは驚きの声をあげる。

(そう・・・気付いていたはずよ・・・。ずっと前から・・・。
でも、あなたはそれに気付かないフリをしていた・・・。そして、もっと醜い心にも・・・)

「醜い・・・?」

(シンちゃんを自分だけのものにしたい心・・・毎日、アスカと楽しげに過ごしている彼を見て・・・どう思った?)

彼女の言葉に、思わず返答につまるレイ。
そんなレイをよそに、薄笑みを浮かべながらそのヒトは言葉を続ける・・・。

(イヤだったでしょ・・・?アスカが憎いと思ったでしょ・・・?彼に・・・自分だけを見て欲しいと思ったでしょ・・・?
寂しいから・・・いつもそばに居て欲しいと思ったでしょ・・・。)

「違う・・・違うよ。アスカも・・・大事な友達だもん・・・!それにあたしにはみんながいるもん。寂しくなんか―――」

そのヒトから眼を逸らし、否定するレイだったが・・・

(寂しいんでしょ?だからあなたは彼らの家に押しかけていた・・・シンちゃんやアスカが羨ましかったんでしょ・・・?
だって・・・あなたは彼らとは違うもの・・・・・・。ほら。)

「!!」

彼女の言葉とともに周囲の光景が一転、多数の機械が設置されている暗い室内へと変化した。
ここはレイにとって見覚えのある・・・いや、むしろ忘れたいと思っている場所でもある。
天井の巨大なパイプの集合体から伸びた先にある試験管。そして、周囲のオレンジ色をした水槽と中に見える多数の人影・・・

「やだ・・・!止めて!こんなの見たくないよ!」

レイは頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまった。しかし・・・

(寂しいでしょ・・・?だって、あなたはこの世界では異質な存在・・・。
他のみんなとは違う・・・自然の摂理から生まれたわけじゃない・・・。
だから寂しいんでしょ・・・?誰との繋がりも無く、突然この世界に産み落とされた希薄な存在・・・・・・それがあなたなんだから。)

「止めてよ!聞きたくない!あたしは・・・あたしは・・・・・!」

 

「は・・・!」

レイがふと気がつくとそこはエントリープラグ内、使徒からの侵食を受けている状態が続いていた。
そして、その事とは別に彼女は自分自身にもある違和感を感じていた。

「え・・・涙?どうして・・・哀しくなんかないのに・・・?」

自分でも気付かない内に涙が頬を伝っていたのだ。そんな自分に戸惑いを感じるレイ。
これまで他人に関する出来事で泣く事はあっても、自分の事で泣いたりはしなかった。
それも・・・自分自身で受け入れていたはずの現実が元で涙を流すという事実に・・・レイは驚きを隠せない。
時を同じくして、零号機の後背部から第3から第15までの使徒が複合混在した姿で飛び出し、膨張を始めた。

「!」

そんな中、レイの眼に自分の方に向かってくる初号機の姿が見えた。
凍結処分となっていた初号機だったが、零号機、弐号機が共に使徒に動きを封じられてしまったため、
事態を重く見た碇司令が凍結を解除、2人の救出に向かわせたのだ。

「シンちゃん・・・!」

すると、レイの動きに呼応する様に使徒が活動を再開。
弐号機がほとんど動きを見せなかった事を察してか、あるいは初号機を優先したためかは分からないが
使徒は弐号機を解放、今度はその身体の一端を初号機へと向かわせたのだ。
初号機が応戦する間もなく、使徒は初号機のパレットライフルを破壊しつつ同機の右腕に接触、三度EVAへの侵食を開始した。
武装を失った初号機はプログレッシブナイフを装備、使徒の身体にそれを突き立てる。

「キャアアアア!」

悲鳴をあげ痛みに苦しみのた打ち回る第16使徒。しかし初号機への侵食は執拗に続け止めようとはしない。
使徒の形状は変化し・・・その先端はいつの間にかレイの姿に変貌を遂げてしまっていた。
まるで初号機にその身を預けるかの様に使徒は侵食を続けている。

(あれは、シンちゃんと一つになりたい・・・あたしの・・・心?)

それを見たレイは意を決した。
これまで防御の為に展開していたATフィールドを反転させたのだ。
その光景は第二発令所の面々にも伝えられている。

「零号機、ATフィールドを反転、一気に侵食されます!」

「使徒を押さえ込むつもり?!」

伊吹二尉の報告から、レイの行動をとっさに理解するリツコ。
ATフィールドを反転させた事で使徒は初号機から引き離され、その身体は零号機の中へと取り込まれていく。
また、後背部で膨張していた使徒の姿を模したものも収束していった。

「レイ!何してるの!機体を捨てて逃げて!」

ATフィールドを反転させ、コアにダメージが蓄積される現在の状況がこのまま続くのであれば、零号機もタダでは済まない。
ミサトがとっさに脱出を命令するものの・・・

「ダメ・・・、あたしがいなくなったらATフィールドが消えちゃうもん。だから―――」

そこまで言いかけたところで、零号機を新たな衝撃が襲う。
使徒からの侵食ではなく、まるで頭部を拳で殴られたかのような鈍い痛み・・・

「・・・アンタ、何やってんのよ。」

いつの間にか、レイの零号機の眼前に弐号機が仁王立ちしていた。
使徒からの侵食が止められ開放されたため、どうにか動ける状態になっていたのだろう。

「アスカ・・・!アスカも逃げて!このままじゃ―――」

レイの言葉を遮るように再び彼女の頭部に鈍い痛みが走る。
どうやら、アスカの弐号機がレイの零号機の頭部に拳を振り下ろしているらしい。

「止めなさいよ。それ。」

ぶっきらぼうなアスカの声は低くドスが効いている。
レイが何かを言おうとするも、アスカのその声は彼女に反論の余地を与えない。

「だって・・・」

「だってもへったくれもないっての!止めなさいっつってるでしょうが!」

アスカの迫力にレイは自分の意見を言う事すら出来ない。

(そんな・・・どうして・・・?あたしは死んでも代わりがいるのに・・・)

しかし、ここまで弐号機に接近されていては、このままATフィールドの反転を続けるとアスカも無事では済まない。
やむなくレイがATフィールドを元に戻すと、それを待っていたかの様に使徒は再び初号機へ向けてその身体を伸ばそうとした。
だが、アスカの弐号機は使徒の先端を無造作に掴み、その動きを抑えてしまう。
先端を押さえられてしまい、使徒はジタバタと暴れているがそれ以上先に進む事は出来ない。

「バカシンジ!アンタもなにボサッとしてんのよ!さっさと攻撃しなさいよ!」

アスカの怒号は今度はシンジに向けられた。
シンジの初号機はプログレッシブナイフを装備したまま、使徒への攻撃に加わる。

「キャアアアッ!」

突き立てたプログレッシブナイフの傷口から鮮血が吹き出し悲鳴をあげる第16使徒。
シンジは一瞬躊躇したが、そのまま使徒へプログレッシブナイフを押し当て続ける。
一方、弐号機は渾身の力を込めて零号機から使徒の身体を引きずり出そうとしていた。

「ったく、1人で悲劇のヒロイン気取ってんじゃないっての。」

吐き捨てるように呟くアスカ。
使徒は必死に抵抗しているが、徐々に零号機の身体から引き離されていく。
今度は、弐号機に対して本格的な侵食を試みるが・・・

「バカの一つ覚えみたいに同じ事やってんじゃないわよ!ホント、バカばっかね!」

物理的な侵食は抑えられないものの、使徒が精神的な攻撃をしかけてきてもアスカは全く動じない。
すでに弐号機は零号機の胴体部に足をかけ、使徒の身体のほとんどを零号機から引き出す事に成功している。
また、引き出されている最中も初号機がプログレッシブナイフを突き立てているため、引っ張り出されるごとに傷口が開いているのだ。
使徒はクネクネと波打ち抵抗しているが、その力もようやく衰えてきた。
もう少しで零号機から使徒を引き抜ける・・・アスカの弐号機がその力を再び込めなおしたその時

「なっ!」

使徒は弐号機の両手と初号機のプログレッシブナイフを振り払い、そのまま再び零号機に接触した。
しかし、今回は以前とは違いクルクルと零号機をがんじがらめにしている。そして・・・

「まさか・・・、自爆する気?」

第二発令所のミサトの脳裏に、第3使徒が初号機の身体に取り付いてそのまま自爆した時の事が蘇った。
その予想は的中しており、零号機の身体に取り付いた使徒はすぐさま眩い光を放ち始める。そして・・・

ドオオオオンッ!

大音響とともに巨大な火柱がEVA3機と第3新東京市を覆い尽くす。
第二発令所の主モニターはノイズが一面に広がってしまい地上の様子を確認する事は出来ない。
程なくして映像が元に戻ったものの・・・そこには見慣れた第3新東京市の姿は無かった。
爆心地は隣の芦ノ湖とつながり、さらに大きな湖と化してしまっている。しかし・・・

「使徒、消滅!」

「EVA全機、パイロット共に生存を確認!」

青葉二尉と伊吹二尉の報告に安堵するミサト。
被害は甚大であったものの使徒の殲滅には成功、EVAはそれぞれ修理こそ必要なものの、
初号機、弐号機は共に少ない時間で戦線に復帰できるレベルの損傷であると思われる。
零号機の損傷は小さなものではなかったが、修理が不可能なほどのものでもない。しばらく修理に専念すれば元に戻るだろう。

「了解。現時刻をもって作戦を終了します。第一種警戒態勢へ移行、パイロットの回収を急いで。」

 

数日後 ネルフ本部地下にて

使徒との戦いからまだそれほどの時は経っていない。
レイはネルフ本部の地下、ターミナルドグマの奥深くへ来ていた。

「・・・・・。」

彼女は何をするわけでもなくオレンジ色の試験管の前にたたずんでいる。
ここで何が行われているのか・・・レイが聞いているのは、EVAの運用をする上で重要な研究であるという事だけ。
この施設は前回の戦いの時に使徒に見せられたところでもあり・・・レイにとってはあまり居心地の良い場所ではない。
それでもここに来ているのは赤木博士・・・リツコに呼び出されていたからだ。
約束の時間は過ぎているのにリツコの姿はまだ見えない。どれほどの時が経っただろうか・・・。
レイが携帯を取り出し連絡をとろうとしたその時

コッコッコッ・・・

いつものハイヒールの足音が聞こえてきた。間違いなく赤木博士である。
レイがその物音に反応し後ろを振り返るとそこには

「え?シンちゃん・・・?葛城三佐も・・・・・どうして・・・?」

そこにいるはずの無い人影を見つけ、レイは驚きを隠せない。
リツコの後ろには彼女に銃を突きつけているミサト、その後ろにはシンジの姿が・・・。

「彼らにも真実を見せてあげましょう、レイ。」

戸惑うレイをよそに、薄笑みを浮かべながらリツコが近づいてきた。
彼女が言う真実・・・レイに思い当たる事と言えば一つしかない。

「待って・・・!待ってください!ここの事は極秘だったはずです!
司令は・・・碇司令はこの事を知ってるんですか?」

「知らないわよ。多分ね。」

レイの言葉にリツコは耳を貸そうともしない。明らかにいつもと様子が違う。

「さぁ、真実をみせてあげるわ。」

そう言うとリツコは白衣のポケットから黒いコントローラーの様なものを取り出し操作を始めた。
それを見たレイの顔がいつも以上に蒼白になっていく。

「止めてください!止めて―――」

レイの言葉が言い終わる前に状況が変化を始めた。
暗闇に包まれていた室内が一変、周囲にオレンジ色の水槽が現れた。
そして、その中にはシンジやミサトにとって見覚えのある多数の人影が見える。

「綾波・・・レイ・・・?」

シンジの呟きに反応し水槽の中の人影が一斉にシンジの方を見る。
その様を見たレイはそれ以上何も言えずに・・・いや、何かを言おうとしている様だが何の言葉も出てこないのだ。
今現在でも何が起きているのか、レイはそれすら理解しきれていない。

「ここはダミープラグのコアとなる部分、その生産工場よ。」

リツコはレイの存在を完全に無視して、ミサトとシンジに説明を始めた。
15年前の南極での出来事、アダム、EVA、そしてレイに関する事も・・・淡々と人事の様に語っている。

「・・・・・!」

リツコの説明に耐え切れずレイはその場から飛び出してしまった。
引きとめようとしたシンジの言葉も無視し、暗闇の中をレイは1人駆けていった。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・・・」

息を切らし肩で息をするレイ。
気がつけばネルフ本部を出て、ジオフロント内へと出てしまっていた。
どこをどう走ったのか自分でも覚えていない。気がつけばドンドンと涙が溢れてくる。

「知られちゃった・・・。分かってたのに・・・いつかはこうなるって・・・わかってたのに・・・・」

拭っても拭っても涙は出てくる。
自分の事をあらためて自覚させられてしまった事もショックだったのだが、
シンジに秘密を知られてしまったという事実は、レイにとっては何よりも耐え難い事だったのだ。
それでも、スカートの裾を両手でギュッと握り締め、レイは泣きたいのを必死にこらえている。その時・・・

「アンタ、なにやってんの?」

ふとレイが顔をあげると、そこにはスイカ畑で水を撒くアスカの姿があった。
彼女は怪訝な表情でレイの方を見ている。

「う・・・ぐすっ・・・・うわあああああぁっ!」

レイはアスカに駆け寄ると、大声で泣き出してしまった。

「ちょ・・・!放しなさいよ!暑苦しいんだから!バカファースト、聞いてんの?」

アスカが引き離そうとしてもレイはガッシリしがみついており、どうにも放そうとはしない。
仕方なく・・・アスカはそのままの体勢でレイが泣き止むのを待つしか無かった。

 

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