第弐拾弐話 せめて、人間らしく

 

 

夜 葛城宅にて

「やっぱりシンちゃんの料理は美味しいね〜。このエビフライさんなんか最高〜!」

いつも通りダイニングルームにて夕食中の3人+1匹+1人。
幸せそうにエビフライとご飯を頬張るレイはいつもの事なのだが・・・シンジもミサトもいつもより口数が少ない。
特に様子が違うのはアスカで、先程から不機嫌そうに黙々と食事をしている。
レイがいつもの調子で話しかけてもそっけない態度で返答するだけ。
そんな微妙な雰囲気の中、食事を終えたアスカが席を立ったその時・・・

プルルルルル・・・プルルルルル・・・

葛城宅の置き電話が鳴り出した。
丁度、席を立ったアスカにミサトが電話に出るよう促す。しかし・・・

「イヤよ!どうせ加持さんからミサト宛てのTELでしょ?ミサトが出なさいよ!」

「・・・それは無いわ。」

呟くように答えるミサトの返事に意外そうな顔をするアスカ。
加持からの電話じゃないと断言したミサトの言葉に、ご飯をかき込んでいたレイの手も一瞬止まる・・・。

「あ・・・、あたしが出ま〜す。」

席を立ち、電話を取りに行くレイ。

「は〜い!綾波で〜す!
ただいま留守にしております!ご用の方はピーッと言う発信音の後に―――
あ・・・あ!す、すみません!かかか葛城です!え〜と、どちら様でしょ・・・ガッ・・・あいたっ!」

自分の電話と間違えたのか、途中まで言いかけて慌てて言い直すレイ。
言葉の途中でろれつが回らなくなり舌を噛み・・・あまりに痛かったのか眼には涙を浮かべている。

「あ・・・アスカ、ドイツから国際電話。お母さんから。」

席を立ち自分の部屋に戻ろうとしていたアスカに、レイが痛そうに口を押さえながら電話を渡そうとする。
一瞬、状況が掴めないアスカだったがすぐ我に返り、受話器をひったくる様に取り上げると電話の向こうの相手と会話を始めた。
当然、その会話も日本語ではなくドイツ語である。

「知らない言葉で話してると・・・アスカが知らない人みたいだね。」

ドイツ語で楽しげに話すアスカを見て、驚いた様な感心した様な様子でレイに話しかけるシンジ。
一方、そんなシンジをレイはジト眼ふくれっつらで見ている。彼女にしては珍しく不機嫌な感情を隠そうともしていない。

「・・・・・。」

おもむろに自分の携帯を取り出したレイは、ピッピッピ・・・と、どこかに電話をかけようとしている。
次の瞬間突然鳴り出すシンジの携帯。シンジが戸惑いながらも電話をとると・・・

「zウェsxctrfgぬhjk、おfvtgybふんじmこl〜」

電話と隣のレイから発せられる、どこの言葉か・・・いや、言葉かどうかすら分からない声。
5.1chサラウンドの様に立体的に聞こえる状況とも相まってシンジは唖然としている。

「綾波・・・、あの・・・なに話してんの?」

「宇宙語。ほら、この前テレビで宇宙語を喋れるとかって人が出てたじゃない?
どう?これであたしもいつもと違うふうに見えたでしょ〜?」

感心してくれと言わんばかりにニコニコと得意気な表情で語るレイ。
確かに、シンジの眼にも彼女がいつもと違う人に見える。もちろん悪い意味でだが。

ピッ。

ため息をつき何も言わずに携帯のスイッチを切るシンジ。
その様を見て、意気揚々とワケの分からない声を発していたレイが一瞬にして固まった。

「ひっど〜い!いつからそんなに冷たくなったのよ〜!
前のシンちゃんだったら・・・前のシンちゃんだったら・・・・・絶対にそんな事しないもん!」

眼を潤ませながらレイはシンジに詰め寄る。
だが、誰がどう見てもウソ泣きなため、シンジも真剣に取り合おうとはしていない。

「綾波、あの、ご飯冷めちゃうよ?」

と、自分の席に戻りシンジは食事を再開する。
一度ならず二度までもスルーされてしまい、レイはシンジを指差しながら口をパクパクさせている。

「シンちゃんの意地悪!そんな冷たい人だとは思わなかった!うわ〜ん!」

かまってくれと言わんばかりのレイのウソ泣き。

「るさい!人が電話してる時に後ろでギャーギャー騒ぐんじゃないわよ!」

さらに、リアルで電話をしているアスカから怒号が飛ぶ。
さっきまでの微妙に気まずい雰囲気からいつも通りの光景に戻り、ミサトもホッとした様な呆れた様な顔をしている。
一方、シンジのそっけない態度に怒ったレイはすぐに席に戻るとあっという間に食事を平らげてしまった。

「ごちそうさま!」

神速の速さで食事を終えたレイは、ペンペンを引っつかみそのまま彼をリビングへと拉致していく。
突然の事にジタバタともがくペンペンの抵抗などお構いなしに。

 

「あ、電話長かったね。」

電話を終えやってきたアスカに、リビングでくつろいでいたレイが声をかける。
ミサトはさっさと自室に戻っており、シンジはシンジでキッチンにて食事の後片付けの最中
拉致られたペンペンはレイに膝枕され気持ち良さそうに寝ている。

「いいなぁ、アスカは。家族が居て・・・。」

「まぁ、上っ面はね・・・。表層的なものよ。本当の母親じゃないし。
でも、嫌いってワケじゃないのよ。ちょっと苦手なだけ―――って、なんでアンタにこんな事、話さなきゃなんないのよ!」

途中まで言いかけたところで我に返ったアスカが筋違いにもレイに怒鳴る。

「ふ〜ん・・・。でも、家族って良いと思うよ。
こうやって、シンちゃんや葛城三佐と暮らせるのも羨ましいし・・・」

ペンペンの頭をなでながら、ちょっと羨ましそうにアスカを見るレイ。

「フン!別に羨ましがられる事じゃないわよ!」

そう言うと、アスカはとっとと自室へと行ってしまった。
彼女の気性が激しいのはいつもの事だが、やはりいつもと様子が違うように見える。

「アスカ・・・、機嫌悪いみたいだね。」

ようやく後片付けを終え、リビングへやってきたシンジがボソリと口にする。
アスカの不機嫌さを助長させている原因の一端はシンジにもあるのだが、当の本人にその自覚は無い。
レイにはなんとなく分かっているものの・・・さすがにシンジに言うわけにもいかない。

「そういえば綾波、今日も泊まってくの?」

「え?」

話の内容の矛先をいきなり自分に向けられビックリするレイ。
今日も・・・というシンジの言葉からも分かるように、レイが葛城宅に泊まっていくのもすでに珍しい話では無くなっているようだ。

「う〜ん、今日は帰るね。さすがに毎回泊まっちゃうのは悪い気がするし・・・」

レイはバツが悪そうに頭をかきながら答える。
しかし、時刻はすでに22:00を過ぎようとしている状況・・・、年頃の少女が出歩くには少々遅い時間である。
結局、シンジに言われるままレイは今日も葛城宅に泊まる事となった。

 

翌日 ネルフ本部にて

「シンクログラフ−12.8、起動指数ギリギリです。」

伊吹二尉がアスカのシンクロ率を読み上げた通り、彼女のシンクロテストの成績は芳しくなかった。
ここ最近のシンクロ率の落ち込み具合はひどいもので、これからEVAを運用していく上での深刻な問題となりつつある。
今日はアスカは調子が良くないから、と言うミサトだったが

「シンクロ率は表層的な身体の不調に左右されないわ。問題はもっと深層意識にあるわね。」

あっさりそれを否定するリツコ。
今後もアスカのシンクロ率に改善が見られなければ弐号機コアの変更も考えなければならない。
リツコが頭の中で色々思案していると・・・

「アスカと対照的なのはレイですよね。最近、ちょっとずつですけどシンクロ率が上昇していますし・・・
それに、テスト中に眠っちゃう事も少なくなりましたしね。」

伊吹二尉がレイのシンクロ率を見て率直な感想をもらす。
これまでシンクロテストの際には幾度と無く繰り返され、リツコの胃を痛ませていたレイの居眠り・・・
それがここ最近、従来の半分以下に減ってきているのだ。
もっとも、半分とは言っても、それはそれで十分すぎる程の回数なのだが・・・
しかし、居眠り減少の効果はシンクロ率の上昇という形のある結果で返ってきている。

「アスカがこんな状態で初号機が凍結中の今、頼りになりそうなのがあのレイとはね・・・。」

ミサトもすっかり頭を抱えている。
サポートやバックアップがメインとなりつつあったレイの零号機で、これからどうやって使徒と戦えば良いのか・・・
ディラックの海の胃袋を持つ女、人間冬眠装置、歩くN2爆弾・・・等の異名を持ち、
これまでの実績もさることながら、食う寝る騒ぐ以外の取り得はほぼ皆無な日頃のレイを見ているだけに、正直頼りない感は否めない。

「レイのシンクロ率・・・本人には伝えない方が良いわね。」

3人のシンクロデータを見ながら口にするリツコ。
以前、シンジにシンクロ率がトップとなった事を伝えた事で、その後の戦闘に支障が出た事もある。
同じ轍を二度踏んでは元も子もない。
それに、レイに自身のシンクロ率をどうこう話したところで何かが良くなるわけでもないだろう。

「3人とも、上がって良いわよ。」

リツコが3人に声をかける。
一応のデータは取り終えたので、その日のシンクロテストはそこまでとなった。

 

「アスカ、今日のご飯何が良い?」

ネルフ本部のエレベーターで偶然一緒になったレイとアスカ。
レイはいつもの調子でアスカに話しかける。が・・・

「別に・・・なんでも良いわよ。」

と、アスカはいつも以上にそっけない態度。レイと眼も合わせようとせずにそっぽを向いている。

「なんでも良いが一番困るんだよね〜。
そうだなぁ・・・う〜ん・・・、今日はから揚げにでもしよっか?」

あれこれ思案した挙句のレイの提案に驚くアスカ。

「なんで、そんな事を言うのよ・・・。アンタ肉嫌いなんでしょ?」

「あんまり好きじゃないってだけで、食べられないワケじゃないし。
そういうのもたまには食べてみたくなるものなんだって。それに、昨日がエビフライだったから丁度いいよね?」

ニコニコと返答するレイの顔に嘘を付いているような雰囲気は無い。
しかし、肉が嫌いというレイらしからぬ発言。しかも、から揚げはアスカが好きなおかずの一つでもある。
それがアスカにはレイが自分の機嫌を取ろうとしているようにしか思えなかった。
ワケのわからない苛立ちに支配されレイに文句を言おうとしたアスカだったが、次の瞬間突然ネルフ本部内に警報が鳴り出した。

「使徒・・・!まだ来るの?」

アスカが驚きの声をあげる。
最近、ようやく零号機と弐号機の修理が完了してからの使徒の襲来は運が良かったと言うべきだろうか。

 

ネルフ本部内に突如鳴り響く警報、それは彼らにとっての敵が現れた事を意味している。
総員、第一種戦闘配置が下令され全所員が慌しく配置に付いていく。

「使徒を映像で確認!最大望遠です!」

青葉二尉の言葉とともに、第二発令所の主モニターに衛星軌道上に出現する15番目の使徒。
今回の目標は、まるで天使の羽を大きく広げたかの様な形状をしており青白く光り輝いている。
衛星軌道上に出現した使徒は今回で二度目となるが、今回はどうも様子が違う。
目標はネルフ本部のある第3新東京市から一定の距離を保っており、その位置から動く気配をまるで見せなかったのだ。

「どのみち、目標がこちらの射程距離内まで近づいてくれないとどうにもならないわ。
EVAには衛星軌道の敵は迎撃できないもの。」

敵の能力が判らない上に、今後の動きも読めない以上ミサト自身に妙案は浮かばない。
やむなく零号機を発進させ長々距離射撃の準備も開始させる。弐号機にはバックアップとして待機。しかし・・・

「バックアップ?私が・・・零号機の?
冗談じゃないわよ、EVA弐号機発進します!」

ミサトの命令を無視し独断で出撃するアスカ。しかし、ミサトはそれを止めようとはしない。

「アスカ・・・!」

2人のやり取りを聞いていたレイが何か言おうとしたものの、口を挟むタイミングを外してしまった様だ。
仕方なく命令通り出撃、長々距離射撃の準備に付く。
シンジも初号機で待機こそしているものの、碇司令の絶対命令により凍結中であり出撃は期待出来ないだろう。

 

地上に現れた弐号機はポジトロンライフルを装備、迎撃体制に入った。
一方、零号機が準備を進めている大出力のポジトロンライフル改は、機構上射撃可能体制まではまだ時間がかかるものと思われる。

「もう・・・!さっさとこっちに来なさいよ!じれったいわね〜!」

元々、気の長い方ではないアスカはまるで動きをみせない使徒に対し苛立ちを隠さない。

「仕方ないよ。今は待つしかないよ。」

「うるっさいわね〜!そんなのアンタなんかにいわれなくても分かってるわよ!」

なだめようとするレイに対しアスカは八つ当たり気味に怒鳴り返す。
雨天という気象状態と遠距離ゆえ、使徒を肉眼で確認する事は出来ないが
EVAに装備されているバイザーには目標の位置が映し出されている。そんな中、アスカが目標に照準を合わせようとしたその時・・・

「!!」

目標から突如、弐号機に向けて照射される眩いばかりの光。
同時に第二発令所に警報が鳴り響き、現在の弐号機の状況が危険である事が伝えられる。
たまらず悲鳴をあげるアスカに対し、ネルフ本部ではその光の正体が何なのかすら分からない。

「心理グラフが乱れています!精神汚染が始まります!」

伊吹二尉が現状を報告する。
次々と得られる情報から、その光が熱エネルギー等による直接攻撃ではなく精神に対する攻撃である事も判明していく。

「こんちくしょぉぉぉー!」

使徒からの攻撃に耐えきれず射撃を始める弐号機だったが、目標はポジトロンライフルの射程距離外なため効果が全く得られない。
しかも、心理攻撃の影響からか攻撃を続ける内に狙いは大きく外れ、第3新東京市への誤射すら誘発してしまっている。
ポジトロンライフルの残弾が無くなったにも関わらずさらに撃ち続けようとトリガーを引く弐号機。

「イヤァ!私の・・・私の中に入ってこないでぇっ!」

使徒の心理攻撃にアスカはエントリープラグの中で苦しみもがいていた。
そのアスカの状態を表すかのように、EVA弐号機も彼女と同じ様に頭を抱えて苦しんでいるように見える。
これ以上の戦闘継続は危険と判断、ミサトが撤退を命令するもアスカは頑として受け入れない。

「アスカ!しっかりして!アスカ!
葛城三佐、準備はまだ終わらないんですか!」

ポジトロンライフル改の射撃準備が今だ完了しない事に、レイが珍しく苛立ちの声を上げる。
レイの零号機のバイザーにも、使徒の姿はすでに捉えられてはいるものの肝心のライフルがまだ撃てる状況になっていない。
ヤシマ作戦で使ったものとほぼ同型のそのライフルは出力こそ高いものの、準備にかなりの時間を要するのが欠点なのだ。

「焦らないで!もうすぐ終わるから!」

ミサトの言うとおり、ライフルの発射準備は最終段階を迎えていた。
目標との相対距離、気象条件、地球の自転や重力による誤差などを加味した上で狙撃体制が整えられていく。そして・・・

「最終安全装置、解除!」

「解除確認!」

「全て発射位置!」

日向二尉の現状報告、ポジトロンライフル改の発射準備はようやく全て整った。後はトリガーを引くだけ・・・

「このぉっ!」

レイはためらう事無くすぐさまトリガーを引いた。
ポジトロンライフル改から発射された陽電子は雲を衝き抜け、目標に一直線に向かっていく。しかし・・・

「駄目です!この遠距離でATフィールドを貫くにはエネルギーがまるで足りません!」

「しかし、出力は最大です!もうこれ以上は・・・!」

最大出力で放たれた陽電子だったが、目標のATフィールドにはじき返され分散そのまま霧散してしまった。
その間にも弐号機への精神攻撃は続き、アスカの絶叫も止まらない。
精神回路はズタズタに寸断され彼女の生命に関わるほどの危険な状態に至っている。

「僕が初号機で出ます!」

突如、シンジの声が第二発令所に届く。
現状を静観する事に我慢出来なくなったのか、彼はしきりに出撃を主張している。
だが、碇司令はその主張をまるで受け入れない。父子の押し問答が若干続いたその時・・・

「司令のバカバカバカバカバカ!このままじゃアスカが死んじゃうかもしれないのに!
そんなつまんない事にこだわってる場合じゃないでしょ!」

「・・・・・。」

それなりの理由がある初号機の凍結をつまんない事で切り捨てるレイもレイだが、
部下達の面前で・・・しかも戦闘中にバカ呼ばわりされながらも黙っている碇司令も並の人間では無いのかもしれない。
しかし・・・、それでも碇司令は初号機の凍結を解除しようとはしない。

「司令の分からずや!いーもん!こっちにだって考えがあるんだから!
葛城三佐!ドグマへの通路を開いて!」

唐突にミサトへ命令口調で上申するレイ。あまりに突然の事にミサトも状況が掴めていない。

「いいから早く!」

しかし、それはミサトの権限で出来る事でもない。思わず碇司令を見やるミサトだが・・・
碇司令は自分の席で両手を組んだまま何の動きも見せない。その仕草からレイの行動を黙認するつもりの様だ。

「・・・わかったわ。何をする気なのかは分からないけど急いでね。」

「はい!」

ドグマへの通路が開かれ零号機は下層へと降りていく。その様子は第二発令所にも伝えられている。

「・・・碇、あの子は何をする気だ?」

レイの行動にあっけに取られていた冬月副司令が率直な疑問を口にする。

「・・・ロンギヌスの槍を使うつもりだろう。
あの槍の存在を知っているのは我々を含めてごく一部の人間だけなのだからな。」

碇司令は淡々と返答するだけ。彼の予想外の返答に冬月副司令は驚きを隠さない。

「ロンギヌスの槍を・・・!まだ早すぎるのではないか?」

「・・・委員会はEVAシリーズの量産に着手した。チャンスだ、冬月。」

碇司令に再考を促すかのように反論する冬月副司令だが、彼は取り合おうとしない。
むしろ、その言葉通り、この機会を自らの計画に利用するつもりの様だ。
槍を使う理由があればそれで良い、と言う碇司令に対し、お前が欲しいのは口実だろう・・・と、冬月副司令は半ば呆れたように言い放つ。

「しかし、思いついたら即行動か・・・。
お前達に娘がいたら、丁度あんな感じだったのかもしれんな。」

さっきまでの呆れた表情から変わり、苦笑気味に碇司令に話しかける冬月副司令。
一方の碇司令はそんな冬月副司令に何も返答しない。
もっとも、冬月副司令も彼から何かしらの返事が返ってくる事は期待していなかった様だ。

「零号機、2番を通過!地上に出ます!」

青葉二尉の報告が終わると同時に地上に出現するレイの零号機。
その手にはEVAの全長を超えるほどの大きさの、紅く長い何かが握られている。

「やはりか・・・。」

冬月副司令が誰に言うとも無く呟く。
2人が話していたように、レイの零号機が手にしているのはロンギヌスの槍と呼ばれるモノだった。
その様を見たミサト以下ネルフスタッフに驚きの声が上がる。

「攻撃の届かぬ衛星軌道の敵を撃破するにはロンギヌスの槍を使う以外に無い。投擲準備を急げ。」

動揺するネルフスタッフに対し、碇司令はいつも通りの淡々とした口調で命令を下す。
命令の内容からすると、槍を使って目標を直接攻撃するつもりの様だ。
槍を投げるのはEVA零号機そのものだが、本部のサポートが無ければ衛星軌道の目標に正確無比に当てるのは不可能に近い。

「こんな事、オペレーションマニュアルには無かったわよ・・・。」

「今は言われたとおりにするしかないだろ。」

作業を進めながらも、伊吹二尉と日向二尉が現状に対する疑問を口にしている。

「零号機!投擲体勢!」

レイの零号機は槍を両手でかまえ、全身の力を込めたまま待機している。
準備は着々と進められ、カウントダウンがスタートする。

「10秒前!8・・・7・・・6・・・」

伊吹二尉がカウントダウンを読み上げる。さらに力を込めるレイの零号機。

「2・・・1・・・0!」

「やぁっ!」

レイの掛け声とともに放たれるロンギヌスの槍。
槍は第3新東京市上空を覆っていた雨雲を一気に吹き飛ばし大気圏を突破、さらに上昇していく。
衛星軌道の目標は先程と同様ATフィールドを展開するも、ロンギヌスの槍はそのATフィールドすら貫いてさらに上昇、そして・・・

「目標消滅!」

ロンギヌスの槍に貫かれた使徒は螺旋状に吹き飛び、いとも簡単に消えていった。

 

「よかったね。アスカ。」

雲が吹き飛んだせいでさっきまでの雨模様から一転、日の光が照りつけている第3新東京市。
回収されている弐号機のそばのビルの屋上で、足を抱えて座り込んでいるアスカにシンジが声をかける。しかし・・・

「ちっとも良くないわよ!あのバカファーストにまで助けられるなんて・・・!
こんな事なら死んだ方がマシだったわよ!」

使徒からの精神攻撃から寸でのところで開放されたアスカだったが、いつも以上に荒れに荒れていた。
その原因は使徒からの精神攻撃の影響によるものだけではない。
これまでの鬱積した感情に加えて、あのレイにすら助けられたという現実が彼女をさらに追い詰めていたのだ。
シンジは、それ以上彼女にかける言葉が見つからず呆然と立ち尽くしている。その時

「あ、アスカ!良かった〜!」

タッタッタ・・・と、軽快な足音とともに誰かが近づいてくる。
声から察するに当然レイなのだろうが・・・あまりにも間が悪い。言っている事がシンジとほとんど同じである。
アスカが怒鳴ってやろうと振り向いた瞬間

「きゃあっ!」

彼女の眼に飛び込んできたのは、悲鳴とともに大転倒するレイの姿だった。
どうやら、立ち入り禁止と書かれたテープに足を引っ掛けてしまったらしい。

「いったぁ〜!なんでこんなトコにテープが貼ってあんのよ〜!」

ビルの床に顔面をおもいっきり打ちつけてしまったレイ。鼻血が出ていないのは不幸中の幸いか。
足に絡まったテープを取りつつ、筋違いな文句を言っている。

「EVAの回収してんだから、立ち入り禁止になるのは当たり前でしょ。
不注意なアンタが悪いんでしょうに。」

文句を言うつもりのアスカだったが、レイの予想外の行動にあっけにとられてしまい怒鳴るタイミングを失ってしまった。
思わずいつも通りの口調でツッコミを入れてしまう。そんな自分にさらに苛立つアスカ。

「い・・・、良い機会だから言っとくわ!
私はシンジもミサトもアンタもみんな大っ嫌いだったの!
アンタもシンジも居なくなれば良いって・・・ずっと心の中じゃ思ってたのよ!」

アスカにいきなり怒鳴られキョトンとした顔のレイ。
何も言わないものの、どうしてそんな事を言うの?と眼で訴えかけている様にも見える。
一方、アスカ自身も自分の口から出てきた言葉に自分で驚いていた。が、一度吐き出してしまった感情を止める事など出来ない。

「嫌い・・・!嫌い!みんな、みんな大っ嫌い!」

そう言うとアスカはその場から走り去っていく。
その日以降、ネルフ本部にも葛城宅にも・・・アスカが戻ってくる事は無かった。

 

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