第弐拾話 心のかたち 人のかたち
第2日 ネルフ本部医療施設にて
「ん・・・。あれ・・・?」
医療施設のとある個室でレイは眼を覚ました。
ベッドに横になっているものの、現在の状況が分からずぼけーっとしている・・・。
「あたし・・・どうなっちゃったんだっけ・・・?え〜と・・・・・・・」
とりあえず覚えている事を一つ一つ思い返してみる。脳裏に浮かんでくるのは・・・
「・・・アスカ!」
ガバッと上体を起こすレイ。
段々と記憶がよみがえり、現在の自分の状況も分かり始めてきた。
来襲した使徒に対し突撃した自分、そして首と両腕を切断され大破した弐号機・・・
「・・・アスカ、なんで死んじゃったのよ・・・。ぐす・・・うええええん・・・。」
アスカの事を思い出し、ベッドのシーツをギュッと握り締めたままレイは1人泣き出してしまった。その時・・・
「ぶべっ!」
突然、レイの顔面を強い衝撃が襲う。
何やら金属の板が投げつけられたみたいだが・・・どうやら、病院食を載せるトレーの様なものだ。
本来、投げるものでは無いのだが寸分の狂いも無くレイの顔面にヒットしている。
「勝手に人を殺すんじゃないわよ!バカファースト!」
トレーを投げた張本人はアスカである。
制服姿の彼女は不機嫌そうにズンズンとレイに近づいてくる。
一方、アスカを見てビックリした顔のレイ。何が起きているのか分からないようだ。
「あれ・・・?アスカのお化け・・・?あたし、夢でも見てんのかな・・・。」
口をパクパクさせながらアスカを指差し信じられないといった表情のレイ。
一方のアスカはさらに不機嫌な表情で拳をプルプルと震わせながらレイの眼前までやってくる。そして・・・
「どう!これでも私が死んだって言うつもり?それに人を指差すんじゃないわよ!」
アスカはあらん限りの力を込め両手で思いっきりレイの頬を引っ張る。
「いひゃい!いひゃい!ほへんひゃひゃい!あひゅひゃふぁいひふぇまひゅ!」
頬を引っ張られ、ありえない顔の形になってしまったレイは両手をブンブン振ってもがいている。
何か言っているようだが、引っ張られた頬のせいでまるで日本語になっていない。
「フン!どこをどうやったら私が死んだなんて話が出てくんのかしらね!」
悪態を付きつつも、ようやくレイの頬から手を離しアスカは彼女を開放する。
「でも、良かったぁ・・・。アスカが生きてて。」
アスカに引っ張られて真っ赤になった頬をさすりながらもレイはニコニコしている。
そんなレイの様子にバツが悪くなったのか恥ずかしくなったのか・・・アスカは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「あれ・・・?そういえば使徒ってどうなったの?」
レイが思い出したようにアスカに尋ねる。本来、真っ先に質問すべきなのはその事だろう。
アスカも最初は使徒について聞かれるのだろうと思っていたのだが、
まさか自分が死んだと勘違いされているとは思いもしなかった。
「あの後、馬鹿シンジが初号機で使徒を倒したのよ。
本部とかも結構被害出ちゃったけど、どうにか助かったってワケ。でなきゃ、ここでのほほんとしてられるわけないでしょ。」
アスカの言う事ももっともである。
使徒があのまま侵攻を続けていればネルフ本部はおろか、全人類が滅亡していたかもしれないのだ。
レイ自身には自分がどれほど寝ていたのかは分からないが
少なくとも、使徒がどうにかなったからこそ今の自分が居るという事くらいは理解出来る。
「シンちゃん、戻ってきてくれたんだ・・・。じゃ、早速お礼を言いに行かなきゃ!」
「あ、それ無理だから。」
嬉しそうに言うレイに対しアスカは冷ややかに言い放つ。
「え、無理って?まさか・・・」
「・・・これ、口で説明すんの面倒なのよね。ついて来なさいよ、自分の目で見た方が早いから。」
そういうとアスカはさっさと病室から出て行ってしまった。
レイも慌ててパジャマ姿のままアスカの後を追う。
同日 初号機ケイジにて
「・・・で、あの馬鹿は初号機に取り込まれちゃったんだって。」
アスカはケイジに収容されている初号機の前で一通りの説明を終えた。
前回の使徒戦、初号機で出撃したシンジはネルフ本部内にまで進入した使徒と交戦
戦闘中に活動限界となった初号機は突如暴走、圧倒的な力で使徒の殲滅には成功した。
しかし、その戦闘の最中・・・400%という驚異的なシンクロ率をたたき出したシンジは初号機に取り込まれてしまったのだ。
アスカの話だけではその内容を信じる事は難しいだろうが、眼の前にある異様な状態の初号機が全てを物語っている。
「・・・そーなんだ。」
黙ってアスカの話を聞いていたレイは力なく呟いた。
さっきから、包帯が巻かれた初号機をじっと見つめたままだ。
「じゃ、伝える事は伝えたから私は帰るわよ。
まったく・・・ミサトもめんどうな事を私に押し付けるんだから。」
ブツクサ言いながらアスカはケイジから出ていってしまった。
「シンちゃん・・・。」
ケイジにひとりきりになってしまったレイは誰に言うとも無くシンジの名を口にする。
だが、誰からの返事が返ってくるわけでもない。
こんな状況になってしまっては、レイにはシンジのために出来る事など見当もつかないのだ。
第30日 第二発令所にて
あれから約一ヶ月・・・碇シンジのサルベージ計画の要綱が、赤木博士の働きによりようやくまとめられた。
以前に行われたサルベージのデータを元にしたものらしい。
ネルフの第二発令所では着々とサルベージの実行に備えた作業が進められている。そんな中・・・
「・・・あれはなんだ?」
碇司令が主モニターに映された初号機ケイジの中になにやら見つけ、赤木博士に問う。
質問された赤木博士はふぅ・・・と溜め息をついて呆れたように答える。
「・・・レイがシンジ君に呼びかけるといって・・・聞かないんです。」
そう・・・主モニターに映されたのは拡声器を手にシンジに呼びかけ続けるレイと、
ケイジの隅で折りたたみ式の椅子に座り、これまた呆れた顔をしているアスカだった。
「シンちゃ〜ん!いい加減に出てきなさいよ〜!みんな、シンちゃんの帰りをまってるんだからね〜!」
ケイジ内で作業するネルフのスタッフお構いなしにレイはシンジに呼びかけ続けている。
しかも、その呼びかけも同じものばかりではなく・・・
「碇シンジ君!君は完全に包囲されている!おとなしく両手を挙げて出てきなさ〜い!ほら、故郷の碇司令も泣いているぞ〜!」
と、手を変え品を変えと言った具合である。
他にも泣き落としたり高圧的になったりと呼びかけのバリエーションも多種多様。
しかも、レイは退院してからというもの暇を見つけては、ここ一月近くこうして呼びかけ続けてきたのだ。
一方のアスカはと言えば、無理矢理レイに連れてこられているだけなので直接シンジに呼びかける事は無いし、そのつもりも無い。
彼女達の行動を今初めて知ったと思われる碇司令の額に青筋が立ち始める。そして・・・
「・・・止めさせろ。」
碇司令の命令にネルフスタッフが直ちに向かう。
程なくして、ケイジ内のレイとアスカがつまみ出されている光景が発令所の主モニターにも映し出された。
「ちょっと!放してよ!司令の根暗〜!ニート〜!ひきこもり〜!」
ネルフのスタッフに取り押さえられ手足をジタバタさせながら思いつく悪口を大声で喚くレイ。
実際、拡声器を使うより大きいのではないかと思えるくらいの大声である。
アスカはアスカで呆れたように、なんで私まで・・・といった表情を浮かべながら、レイと一緒にしっかりつまみ出されていた。
第31日 第二発令所にて
「自我境界パルス、接続完了。」
「了解。サルベージ、スタート!」
赤木博士の指示により、ついに碇シンジのサルベージが開始された。
オペレーター達は着実に作業を進めているが・・・あまり、状況は芳しくないようだ。
碇司令も自分の席で主モニターを眺めているが・・・
「・・・あれはなんだ?」
主モニターに妙なものを見つけた様だ。サルベージを指揮している最中の赤木博士に尋ねた。
質問された赤木博士は、はぁ・・・と溜め息をついて呆れたように答える。
「シンジ君が帰って来たときのためにって・・・聞かないんですよ。」
碇司令の眼に映ったのは、初号機のケイジ内で飾り付けをしているレイと、隅の方で呆れた顔をして立っているアスカの姿だった。
クリスマスに使う様なキラキラした装飾品や、おかえりシンちゃんと書かれた横断幕。くす球などがすでにケイジ内に飾り付けられている。
その状況を見た碇司令の表情が見る間に険しくなっていく。そして・・・
「・・・止めさせろ。」
碇司令の命令に従い、手の開いているスタッフが初号機ケイジに向かう。
程なくして、ケイジからつまみ出されようとされているレイとアスカの姿が発令所の主モニターに映し出された。
「碇司令のメガネ〜!髭面〜!お前の嫁さん八丁味噌〜!」
ネルフのスタッフに取り押さえられたレイは手足をジタバタさせながら、
カメラの向こうにいるであろう碇司令に向かってあらん限りの大声で罵声・・・らしきものを浴びせかけている。
一方、八丁味噌って何よ・・・?と、呆れ顔のままつまみ出されるアスカ。その時・・・
「現状維持を最優先!逆流を防いで!」
「はい!+0.5、0.8・・・変です!せき止められません!」
突然の状況の変化に現状維持に努めようとする赤木博士と、指示を受け迅速に作業する伊吹二尉。
第二発令所ではさっきから警報がけたたましく鳴り響いている。
状況の悪化に危険を察知した赤木博士がサルベージの中止を指示するものの・・・
第二発令所の主モニターには、内側からの圧力に耐えられなくなりLCLが強制的に排出されるエントリープラグが映し出された。
「シンジくん!」
ミサトの叫びが発令所に響いた。彼女は慌ててケイジに向かうが・・・
同日 初号機ケイジにて
「う・・・うぅ・・・」
エントリープラグから排出されたシンジのプラグスーツを抱えてミサトは泣き崩れていた。
「人1人・・・人1人助けられなくて何が科学よ・・・!シンジ君を返して・・・!返してよ!」
誰に言うともなく叫ぶミサト。
ケイジからつまみ出されようとしていたアスカも、ネルフのスタッフも
彼女にかける言葉はみつからず・・・ただ見ている事しか出来なかった・・・。ただ1人の例外を除いて。
「まだ終わっていません、葛城三佐!」
いつの間にかバケツとモップを手にし、気合十分の声をあげたのはレイだ。
その声にミサトはキョトンとした顔をしている。
「LCLをかき集めてプラグに戻して・・・またやり直せば良いんです!可能性は零じゃないんです!」
そう言うと、レイはケイジ内に流れ出したLCLをモップでかき集め始めた。
また集めれば良いとかやり直せば良いとか・・・正直、そういう問題では無いのだが
レイのただならぬ迫力に一同はその様子を見ている事しか出来ない。
「ほら!アスカもみんなもぼーっとしてないで、チャッチャと集める!」
レイはモップでLCLを集めながら、ケイジにいるアスカやネルフのスタッフに声をかける。
ある者は仕方なく、ある者は状況に流されて、1人・・・また1人とモップを手にLCL集めに加わり始めた。
気がつけばミサトとアスカ以外の人間全てがLCLの回収作業を進めている。
「シンちゃん。絶対に帰ってこなきゃダメだからね・・・。」
初号機の前で作業をしていたレイは、目の前の初号機に向かって誰にも聞こえない様な小さな声で呟いた。
その時・・・初号機のコアから妙な音とともにシンジが飛び出してきた。
「え・・・?わっ!」
いきなり飛び出してきたシンジをとっさに受け止めるレイだったが
彼女の華奢な身体ではシンジを支える事は出来ず、そのまま床に押し倒される格好となってしまった。
「シンジ君・・・!」
泣き崩れていたミサトが駆け寄ってくる。
また、騒ぎに気付いたネルフのスタッフも集まり始めてきた。
シンジは気を失っているのか意識が全く無い・・・だが、体温は感じられるので一応は生きている様だ。
「シ・・・シンちゃん。あの・・・ちょっと重・・・・・」
シンジに覆い被さられているレイは手足をジタバタさせてもがいている。
シンジは意識を完全に失っているため、彼の全体重がレイにかかっている状況なのだ。
ネルフのスタッフがレイを助け出そうとしたその時・・・
「あ・・・綾波・・・?」
意識を取り戻したシンジは思わずレイの名前を口にする。
彼の眼に映ったのはちょっと苦しそうな表情のレイに泣き顔のミサト。
他にはネルフのスタッフ・・・よく見ると、少し離れたところにアスカの姿も見える。
「良かった・・・!シンちゃん、心配したんだからぁ!」
レイはここぞとばかりにシンジをギュッと抱きしめる。
「綾波・・・僕・・・・うわっ!」
その時初めてシンジは自分が素っ裸だという事に気付いた。
しかも、レイを押し倒した格好のまま・・・慌ててその場から離れようとしたものの、レイに抱きしめられている為どうにも動けない。
「シンちゃんったら何、今さら恥ずかしがってんのよぉ。
こういうのって初めてじゃないし、お互い裸を見せ合った仲じゃない。」
あっけらかんと話すレイに反比例し、シンジの顔はどんどん真っ赤になっていく。
ちなみに裸を見せ合ったと言っても深い意味は無く、第11使徒が襲来した時の地底湖での話である。
「シンちゃん、ごめんね・・・。あたし、シンちゃんにひどい事言っちゃって・・・」
さっきの明るい表情から一転して神妙な顔をして謝るレイ。
どうやら、碇司令の執務室で口論した時の事を言っている様だ。
「ううん・・・僕の方が悪かったと思うよ。・・・ごめん。」
いきなり謝られ、ちょっと戸惑い気味のシンジ。思わず自分もレイに謝ってしまう。その時・・・
「アンタら、何しとるか!」
不機嫌そうに近づいてきたアスカが2人の頭に拳を振り下ろした。
彼女の拳打のあまりの威力に、レイとシンジは頭を抱えもんどりうって転げまわっている。
「痛っ!なにするんだよ、アスカ!」
「そーだそーだ!暴力反対!」
シンジとレイが口を揃えてアスカに抗議する。しかし、アスカから返って来たのは返事ではなく拳だった。
ゴッという鈍い音がケイジに響き渡る。再び頭を押さえてもんどりうって転げまわるレイとシンジ。
「止めなさい、アンタ達!」
シンジの生還に安心したのか、ミサトがいつもの調子で仲裁に入る。
また、ネルフのスタッフはストレッチャーを準備しており、いつでもシンジを医療施設に運べる体制を整えている。
ストレッチャーに乗せられ、シンジがケイジから運び出されようとしたその時・・・
「シンちゃん、おかえりなさい!」
レイが思い出したかのように笑顔でシンジに言う。
「おかえりなさい!」
ミサトも涙の跡が頬に残ったままではあるが、その口調は明るい。
シンジが初号機に取り込まれて以降、しばらく見られなかった笑顔・・・。
その2人につられたのかネルフのスタッフからも、おかえりなさいを言う声が聞こえてきた。
そんな中、アスカはシンジに何も言わずにそっぽを向いてしまった。
「・・・た、ただいま。」
照れくさそうに答えるシンジ。程なくしてシンジは医療施設に搬送されていった。
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