第拾九話 男の戰い

 

 

数日後 ネルフ本部内の医療施設廊下にて

「ダメかもね。あの馬鹿、立ち直れないわよ。きっと。」

「・・・・・。」

廊下の壁に寄りかかり、どこを見るとも無く話すアスカ。話の相手はレイである。
アスカにはほとんど怪我らしい怪我は無いが、レイの左腕にはギブス付きの包帯が巻かれている。

「アスカ、行くわよ!」

「は?行くって?」

さっきまで黙っていたレイは何かの決意を決めたかのようにすっと立ち上がると、彼女にしては珍しい命令口調でアスカに話しかける。
一方のアスカは、ワケが分からんといった表情だ。

「司令にシンちゃんを許してもらうようにお願いしに行くの!」

「はい?」

レイの言葉を聞いてもさらに状況がつかめないアスカ。間の抜けた返答を返す以外に方法が無い。

「だって、今度のシンちゃんの行動って大変なんだよ?
命令違反、EVAの私的占有、稚拙な恫喝・・・このままだと、営倉とかに入れられちゃうかもしれない・・・!
もしかしたら、敵前逃亡罪とかで処刑されちゃうかも・・・!」

敵前逃亡罪って何よ・・・?とツッコミを入れたいアスカだが、レイの言う事にも一理ある。
なぜなら、シンジは先の戦闘の終了後、EVA初号機を独断で占有。
碇司令への怒りに任せ脅迫染みた質問をしたうえに、EVA初号機を用いて本部施設の一部を破壊してしまっているのだ。
普通の軍隊であれば、軍法会議にかけられても文句は言えないだろう。
アスカとしては、シンジが営倉に入れられたとしても、それもしょうがないんじゃない?としか思えないのだが・・・

「シンちゃんって神経細いし、鈴原君があんな事になっちゃった後で営倉なんかに入れられたら絶対に死んじゃうよ・・・!
もし生き延びられたとしても元のシンちゃんじゃなくなっちゃう・・・、急がないと!」

勝手に妄想を膨らませて勝手に悩んでるようにも思えるが、レイにとっては一大事である。
レイはアスカの腕をむんずと掴むと、嫌がる彼女を半ば引きずりながら司令室へ向かって駆け出した。

 

同日 碇司令の執務室にて

プラグスーツのまま、司令の執務室前までやってきたレイとアスカ。
ホントに入る気かよ・・・?と、怪訝な表情でレイをちらりと見るアスカだが・・・

「綾波レイと他一名、入ります!」

「ちょ・・・他一名って・・・!アンタ、入るの早・・・わっ!」

レイは道場破りでもしに来たかの様な最大出力の大声をあげ、勢い良く司令室の扉を開けた。
アスカには心の準備をする間も与えられず、レイに引きずられながらそのまま奥へ進んでいく。その時・・・

「放せ!放せよ!」

司令室の奥からシンジの叫びが聞こえてきた。
ふと前を見ると、碇司令に殴りかかろうとしているシンジとそれを抑えている加持の姿が。

「シンちゃん!ダメ!」

引きずっていたアスカの腕を放し、加持と一緒にシンジの制止にまわるレイ。
思わぬ伏兵にシンジは少なからず驚いているようだ。しかし・・・

「こいつは・・・こいつはトウジを殺したんだ!
僕は止めてくれって頼んだのに・・・!それなのに何も・・・僕に何も言う事が無いのかよ!」

いつものシンジからは考えられないくらい彼は激昂している。
制止する加持の手を振りほどこうと必死にもがいているが加持の力に適うはずも無く、息を荒げながらも次第に抵抗を止めていくシンジ。
1人取り残された格好のアスカだったが、とりあえず加持の近くまで移動していた。

「もう・・・僕はEVAには乗らない、ここにも居たくない・・・!
父さんの顔は二度と見たくない!」

「・・・そうか。ならば出ていけ。」

自らの胸に渦巻いている感情を全て吐き出すかのように叫ぶシンジ。
一方の碇司令は、そんな息子の反抗にも動じる事なく、いつも通り必要な事を口にするだけだった。
シンジは父親に背を向け執務室の出口へと向かっていく。だが、その時・・・

「待って!」

シンジに声をかけたのはレイである。
彼女はシンジの行く手を遮るかのように正面に立ちはだかったが、さっきの様に力任せに抑えようという雰囲気ではない。

「あのさ・・・、シンちゃんの気持ちも分かるけど、碇司令の気持ちも考えてあげて。
あの時は他にどうしようもなかったんだよ?それに・・・多分、碇司令はシンちゃんを助けたかったんだよ。」

「・・・綾波まで父さんの味方をするんだね。」

出来るだけ穏やかに話しかけるレイに対し、そんな彼女からも眼を逸らし自嘲気味に笑うシンジ。

「味方とか敵とか・・・そういう話じゃないよ。
それに、あそこで敵を止めなかったら、あたし達・・・ううん、みんな死んじゃってたかもしれない。だから・・・」

「・・・そんなの関係ないよ。あいつはトウジを・・・助けようともしなかったんだ。」

レイが説得しようとするも、話は完全に平行線・・・。
そこには人の意見に流されるいつものシンジの姿は無く、自分の意見を自分から話す彼の姿があった。

「でも、シンちゃんも何もしなかったでしょ・・・?
あのまま碇司令まで何もしなかったら、シンちゃんも死んでたし鈴原君も助からなかった・・・。
それに・・・ああなったのはシンちゃんが戦おうとしなかったのも原因なんだよ?」

口調は穏やかながらも事実を突きつけるレイ。
その姿はまるで反抗期の息子をなだめようとする母親の様にも見える。
だが、今のシンジには逆効果だった様だ。彼のその表情にみるみる怒りが現れてくる。そして・・・

「綾波だって・・・綾波だって何もしなかったじゃないか!えらそうな事を言うなよ!」

「!!」

筋違いな事を言い出すシンジと彼の言葉を聞いてビックリした表情のレイ。
流石にそれは言いすぎだろうと、彼らの後ろでやりとりを見ていたアスカが文句を言おうとしたその時・・・

「・・・・・シンジのバカッ!」

聞こえてきたのはレイの怒声と平手打ちの音。
彼女は大粒の涙をぽろぽろと零しながら出口へ駆けていってしまった。
一方のシンジもアスカや加持に気を止める様子も無く執務室から出ていく。

「・・・セカンドチルドレン、私に何か用か?」

2人のやり取りをポカーンと見ていたアスカに碇司令が質問する。
気が付けば、その場にいるのはアスカと加持、そして部屋の主である碇司令の3人だけとなっていた。

「え?・・・え・・・・え〜と・・・・・」

アスカが戸惑うのも当然である。
元々、碇司令に用事があったのはレイであり、当人はすでにその場にはいない。
おまけにシンジの父親であるとは言え、アスカ自身には碇司令との接点などほとんど無いに等しい。

「では、我々はこれで失礼します。な、アスカ。」

状況を察した加持がアスカの肩をポンと叩きながら碇司令に挨拶する。
2人はそのまま碇司令の執務を後にした。

 

「アスカ、レイの事は頼んだぞ。こういうのはやっぱり女同士じゃないとな。」

加持は、ネルフ本部の廊下を並んで歩いていたアスカに笑いかけながら彼らしい口調で話を切り出した。
やはりさっきの碇司令の執務室での一件が気になるらしい。

「え〜!なんで私がそんな事を頼まれなくちゃなんないのよ〜!」

アスカの反応は加持にしてみれば予想通りの反応であった。
彼が頼み事をしたところで、素直な返事が返ってきた試しなど、ただの一度もないからである。

「そう言うなよ。あのままほったらかしってワケにもいかないだろ?俺はシンジ君と話をしてくるからさ。」

「馬鹿シンジと?」

意外そうな声を上げるアスカ。
あそこまで頑なになってしまったシンジの説得など出来るはずも無いように思えるが・・・

「ま、なるようになるさ。じゃ、頼んだぞ。」

「ちょっと・・・加持さん!」

加持はそのまま逃げるように行ってしまった。一方、厄介事を押し付けられた気分のアスカは当然面白くない。
自分の慕う加持の頼みだから快く引き受けても良かったのだが・・・その頼みがレイのフォローなんかでは気が進まない。
第一、肝心のレイがどこへ行ったのか見当も付かない状況である。

(あのバカファースト、どこへ行ったのかしら?探すこっちの身にもなってみなさいっての。)

内心、ブツクサ文句を言いながらアテも無くネルフ本部を歩き回るアスカ。
レイの行動で思い当たる事なんて食べる事とシンジに関する事くらいなのだから、こういう状況になると本当に分からなくなる。
もしかすると、すでにネルフ本部から出て行ってしまったのかもしれない・・・。

(はぁ・・・、私、何やってんのかしら・・・。
もういいわ、帰ろ。探してもいないんだからしょーがないわよ。)

ろくに探してもいないのに、アスカは自分の都合の良い言い訳を見つけて自分を納得させる。
思えば、自分はまだプラグスーツのまま。さっさと着替えようとロッカールームに入ったその時・・・

「ぐすっ・・・・・」

ロッカールームの奥から鼻をすする音が聞こえてきた。まさか・・・?
よくよく考えてみれば、レイもプラグスーツのままでまだ着替えてはいなかったはず・・・
つまり、先に帰られてさえいなければ、ロッカールームに張り込む事で自ずとレイを捕まえる事が出来たのだ。
でも、なんでそこまでしてフォローなんかしなきゃなんないのよ・・・と、
心の中で自分にツッコミを入れるアスカ。

「あ・・・!」

ロッカールームにやってきたアスカに気付き驚いた表情のレイ。
壁際に置いてある椅子に座り、本当についさっきまで泣いていたのか彼女の頬には涙の跡がまだ残っている。

「え・・・と、学校・・・行かなきゃね。もう・・・遅刻になっちゃうけど。」

レイは立ち上がると独り言の様に話す。
確かに、現在の時刻から考えれば始業時間には間に合わないだろう。

「アンタ・・・!学校行くの?」

アスカが驚くのも無理は無い。
一般にEVAや使徒の事は隠蔽されているとは言え、この第三新東京市においては公然の秘密に近いのだ。
今回の一件だってアスカ達の通う中学校にもすでに情報が流れていておかしくはないし、
トウジの事も知れ渡ってしまっているかもしれないのである。

「鈴原君の事・・・だよね?
そりゃ、あたしだって悲しいし・・・みんなにあわせる顔なんかないんだけど・・・
ここで逃げちゃったらシンちゃんの事、何も言えなくなっちゃうじゃん・・・。
それに・・・あたし学校好きだもん。」

ギブスの巻かれた左腕のせいで少々不器用ながらも制服に着替えていくレイ。
ブラウスのボタンを止めるのも一苦労なようで中々うまくいかない。

「他の連中はともかく・・・ヒカリに聞かれたらどうすんのよ?トウジの事・・・」

ロッカーにもたれかかりながら腕を組み、着替えるレイを眺めながら疑問を口にするアスカ。
彼女も行こうと思えば学校に行けるのだが、その気になれない理由はそれであった。
アスカ自身彼女なりに少しは考えてみたものの・・・結局、何の妙案も浮かんでこなかったのだ。

「本当の事・・・話すしか無いと思うよ・・・。
今、誤魔化しても・・・そのうち分かっちゃう話だし・・・・・・。」

着替えを終えたレイはロッカーを閉めながら呟く。
だが、本当の事を話すと言っても簡単な事ではない。ヒカリのトウジへの気持ちを考えれば尚更である。
レイにうまく説明出来るとも思えないが、一応ヒカリとの付き合いはアスカよりは長い。
私が言うよりは良いのかもね・・・と、アスカは心の中で自分を納得させる。

「そういえばさ。馬鹿シンジのことは、あれで良いわけ?」

これは、さっきの碇司令の執務室での話である。
結局、目的は果たせず終いだったのだから、アスカの疑問も当然と言えば当然なのだが・・・

「今回の事、ほとんどお咎め無しみたいなものなんだってさ。
だから、それはそれで・・・とりあえずは良かった・・・・・って言っちゃって良いのかな?」

自分で何を話しているのか分からなくなりかけてるレイに対し、
良くないだろ・・・と心の中でツッコミを入れるアスカ。
だが、よく考えてみれば、一部とは言え本部施設を破壊したにも関わらずシンジはほとんど刑罰らしきものを受けていない。
もしかして、碇司令って息子に甘いんじゃないの?と、アスカは取りとめも無い事を考えてしまう。

「それに、シンちゃんがここを出て行くって言うんだから・・・
ホントはここに残ってほしいけど・・・シンちゃんが決めた事だから、あたしには何も言えないよ。」

明るく振舞おうとするレイだが、気持ちだけが空回りしているようだ。
だが、それも仕方の無い事だろう。偶発的とは言えトウジは死んでしまい、シンジは街を出て行ってしまうのだ。
そんな状況で明るく過ごせと言う方が無理というものである。

「じゃ・・・、行ってくるね。」

学生鞄を手にロッカールームを出ていくレイ。
声をかけられたアスカは、手で簡単な挨拶をするだけに止めた・・・。

「ファースト・・・、なんで人の心配ばっかしてられんのよ・・・。」

レイの居なくなったロッカールームで1人、アスカは誰に言うとも無く呟く。
アスカの現在の心理状態からすれば、あまり他人に関わっていられるほど余裕があるわけでもないのだ。
なんでそこまで・・・?その疑問がアスカの苛立ちをさらに加速させていた。

 

同日 学校にて

昼休みのチャイムが鳴る2−Aの教室・・・皆、思い思いの場所で食事を始めようとしていた。
そんな中、遅刻してきたレイは壁際の自分の席でぼーっと外を眺めている。
口から先に生まれた少女、妖怪食っちゃ寝・・・などの不名誉な称号を与えられた普段の彼女からは考えられないほど
黙って静かにしているのである。
先程、女友達にお昼を誘われたものの、それすらも断っていたのだ。

「・・・綾波さん、ちょっと良い・・・?」

誰かに声をかけられ、ふと声の主の方向を見ると・・・

「ヒカリ・・・!」

そこに立っていたのはヒカリだった。
彼女の様子はいつも通りだが、見たところ弁当箱は持っていない。どうやら昼食を一緒に取るという話では無いだろう。
もっとも、レイに彼女の用事の見当がついていないわけでは無い。
その日の教室の中では、ある話題で持ちきりになっていたからだ。

「なに?どしたの?」

出来るだけ冷静さを装うとしたものの、ちょっと声がうわずってしまうレイ。
隠す気は無いのに、今日の話題から離れたいと思っている自分が居る・・・。

「ここじゃちょっと・・・別の場所で良いかな?」

「う・・・うん、良いよ。」

ヒカリに促され、レイは自分の席から立ち上がる。
これからどこに行くのかは分からないが、何の話かは分かっている・・・。
・・・・・トウジの事だ。
今日の学校・・・いや、情報は数日前から流れていた様だが、少なくとも2−Aの教室内ではずっとその話題なのだ。
もっとも、正確な部分までは知られていないらしく、
情報として主なものは、トウジがEVAのパイロットとして選ばれた事と松代で事故があった事くらいなのだが。

「・・・・・。」

廊下を歩くレイの気は重い・・・。どう説明すれば良いのかさっぱり分からない。
何を言ってもヒカリを悲しませる事が分かっているからだ・・・。

 

「綾波さん、知ってるんでしょ?鈴原の事・・・」

屋上にやってきた2人・・・、最初に話を切り出したのはヒカリである。
彼女にしてはかなり単刀直入な質問と言える。

「・・・うん。」

ヒカリから顔を逸らし、いつになく元気のない返答をするレイ。
これじゃ駄目だ、こんなんじゃヒカリを悲しませちゃう・・・と思いつつも、自らの気の重さから開放されるものでもない。

「鈴原・・・、最近学校に来てないし・・・家に連絡しても繋がらないんだ。
それで、綾波さんなら何か知ってるかな?って思ったんだけど・・・」

レイが考えをまとめる間も無く、ヒカリは質問を続けてくる。
答えなきゃ、何か言わなきゃ・・・と気持ちばかりが焦っている。

「あの・・・あのね・・・・・。」

だが、今のレイにはそれを言うのがやっとであった。
レイが話し始めたことで、ヒカリは質問を止めるが・・・レイの口から次の言葉は続かない。
会話はすぐに止まってしまった。

 

そんな中、レイの脳裏にあの日の光景がよみがえって来た・・・。
夕暮れに包まれた田園風景、真っ黒なEVA3号機の姿、そして・・・

(彼、やっぱり乗ってる・・・!足止めしなきゃ・・・、でも・・・)

思い出されるのは、その瞬間であった。
自分がEVA3号機の背後からパレットライフルで狙いを付けていた、絶好の攻撃の機会であったあの時・・・
自分が正確に目標を撃つ事さえ出来れば・・・いや、ほんの少しでも足止め出来ていれば・・・
あるいは、EVA3号機の攻撃さえ避けられていれば・・・
その後のシンジの行動も碇司令の判断も変わっていたかもしれない・・・
もしかしたら、トウジの事も助けられたのかもしれない・・・

(あたしの・・・あたしのせいだ・・・)

あの日からずっと胸の中に渦巻いていた感情・・・
自分がもっとしっかりしていれば・・・という強い後悔の念・・・
忘れていたのでも思い出したのでも無く・・・あの日以来、ずっとレイの心の中にあったのだ。

 

「綾波さん・・・!?」

ヒカリが驚きの声を上げた。
レイは自分でも気付かないうちに泣いてしまっていたのだ。
止めようとしても、自分の意思とは裏腹に止め処無く涙が溢れてくる・・・

「あの・・・す、鈴原君は・・・・・・事・・故が・・・・・・・・・・」

説明を続けようとするレイだが、中々思うように言葉にならない。
ギブスのしていない右手でスカートをぎゅっと握り締め、なんとか冷静に話そうと努力するが・・・どうしても言葉が出て来ない。
言葉でどう取り繕うとしても、全てが言い訳に思えてしまう。
すでに、口の中はカラカラに渇いてしまっていた。

「・・・ごめん・・・・ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・・。」

レイはただ、ヒカリに謝る事しか出来なかった。何度も・・・何度も・・・
まるで、あの日・・・シンジに謝り続けていたミサトと同じ様に。
そんなレイの様子に驚いたヒカリは困った顔をしている。

「あの・・・、そんなに謝らないで。綾波さんを責めてるわけじゃないのよ・・・?
それにね・・・、私なんとなく分かってたの・・・。」

「え・・・?」

意外すぎるヒカリの告白に驚くレイ。

「だって・・・、鈴原がパイロットになったのは本当みたいだし・・・
相田君が松代で何か大きな事故があったって言ってたもの・・・、それにね・・・」

ヒカリはそのまま話を続ける。

「その、松代で事故があったっていう日の朝に・・・私、鈴原に会ったの・・・。
2〜3日で戻ってくるって言ってたのに・・・そのまま帰って来ないから・・・もしかしたらって・・・・・・
だから、綾波さんに聞いてみようって・・・思って・・・・・・・・・・
ごめんなさい・・・!」

徐々に声が震え出していたヒカリは、そこまで言うと涙ぐんでその場から走り去ってしまった。
普通に振舞っていたものの、やはり相当こらえていたらしい。

「・・・・・。」

1人学校の屋上に取り残されたレイ、
ヒカリに言うべき事はまだたくさんあったはずなのに、彼女の事を追う事は出来なかった・・・。
気が付けば昼休みももうすぐ終わり、午後の授業開始のチャイムが鳴る時間になってしまっている。だが、その時・・・
非常事態を知らせる警報が第三新東京市に鳴り響いた。

 

同日 ネルフ本部にて

来襲した第14使徒の攻撃力はそれまでの使徒とは比べ物にならなかった。
EVAの地上迎撃は間に合わず、すぐに出撃できる状態であった弐号機ですらネルフ本部の直援に付くのがやっとという状況である。
ジオフロントを守る特殊装甲はほとんど何の役にも立っていない。使徒は間もなくジオフロントに侵入してくるだろう・・・。
アスカはすでに弐号機で攻撃地点に陣取っているはずだ。
一方のレイは、先の戦闘での影響で左腕を失っている零号機の代わりに初号機での出撃を命じられていた。だが・・・

「パルス逆流!初号機、神経接続を拒絶しています!」

伊吹二尉が状況を報告する。
以前に行った機体相互互換試験においては、レイと初号機は一応正常にシンクロしていたはずだったが
今、この状況において初号機は起動しようとしない。

「駄目なんだね・・・。もう・・・。」

なんとなくではあったが、初号機はシンジでなければ駄目な様な気がしていた。
レイでの初号機の起動を諦めた碇司令は、ダミーシステムで起動を試みる様命じる。
一方のレイには零号機での出撃を命令。だが、零号機の左腕はまだ再生されていないのだ。

「でも、零号機は・・・!」

「だいじょうぶ!いけます!」

碇司令に何か言おうとしていたミサトの声を遮り、レイは大きな声で発言する。
いつもなら元気な彼女の声は少なからずネルフのスタッフを安心させてきたのだが・・・今回の状況ではそれも難しい。
片腕を失った零号機で出撃するというのは死にに行くのも同然だからである。
一方、ジオフロント内では先に出撃した弐号機と侵入した使徒との戦いが繰り広げられていた。

「なんでやられないのよぉぉぉぉっ!」

アスカの絶叫が第一発令所にも聞こえてくる。
ありったけの武器を用意して遠距離から攻撃を加えるアスカの弐号機・・・
だが、使徒の周囲で爆発こそ起きているものの有効弾は認められず・・・今回の使徒に対しては、ほとんど無力に等しかった。
攻撃を受け続けるだけの使徒だったが、突然長細い板の様な腕を展開させてきた。そして・・・

「ウソッ!」

使徒は狙い済ましたかの様に弐号機の両腕を切断。これにより、弐号機はほぼ完全に戦闘能力を喪失した。
だが、アスカは無謀にも両腕を失った弐号機で使徒に突撃していく。
それは、完全に自殺行為と言えた。

「全神経カット!急いで!」

ミサトの判断によりアスカは助かったものの、弐号機は首を切断され完全に大破してしまった。
一方、肝心の使徒は健在であり状況は極めて不利。頼みの綱である初号機はいまだ起動すらしていないのだ。
そんな中、弐号機の停止を確認した使徒が悠然とネルフ本部に近づいてくる。その時・・・

「EVA零号機、発進します!」

ジオフロント内にレイの零号機が出現した。手にはN2爆弾が抱えられている。
周囲を確認するレイの眼に目標とされる使徒、そして大破した弐号機の姿が捉えられた。

「あ・・・アスカ・・・!よくもアスカをっ!あたしの大親友だったのにぃーっ!」

使徒への怒りに満たされたレイはすぐさま目標に零号機を突進させた。
アンビリカルケーブルを付けていないレイの零号機はいつもより素早く機動しているようにも見える。

(アスカとレイってそんなに仲が良かったっけ・・・?)

(さぁ・・・?)

さっきのレイの言葉に引っかかるものを感じる発令所のミサトとリツコ。
零号機の突撃に気付いた使徒はATフィールドを展開。
相転移空間を肉眼で確認でき、その範囲がこれまでの使徒とは比べ物にならないくらい広範囲という強力なATフィールド・・・

「このぉーっ!」

レイはATフィールドの中和を一点に集中させる。
手にしたN2爆弾、それを目標の赤い半球体・・・コアらしきモノにぶつけられれば一発逆転も夢ではないのだ。
爆発力だけで言うなら、N2系の兵装はEVAに用意されている装備品を遥かに上回っている。
レイの全身全霊の力を込めたATフィールドにより、使徒のATフィールドはもうすぐ突き破れそうだ。
シンクロテストの最中に居眠りする普段のレイから考えれば、単独で敵のATフィールドを突き破るだけでも奇跡に近いのだが・・・

「アスカ・・・鈴原君・・・あたしに力を貸してっ!」

ATフィールドを全開にして叫ぶレイ。
トウジはともかくとして、彼女はどうやらアスカも死んでしまったと勘違いしているらしい。
確かに現在の弐号機の状況から考えれば、アスカは死んでしまっていてもおかしくはないのだが・・・
正直、好判断でアスカの命を救ったミサトの立場が無い。

「あとちょっと・・・!いっけぇーっ!」

ATフィールドをほぼ突き破り、勝ちを確信したレイがN2爆弾を叩きつけようとした瞬間
使徒のコアを護るかのように上下からカバーが出現した。

「ちょ・・・!それインチキ!」

カバーの上に空しく叩きつけられるN2爆弾、レイの眼前に広がるまばゆい閃光。
それが、その日レイの見た最後の光景となった。

 

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