第拾七話 四人目の適格者

 

 

アメリカにあるネルフ第二支部の突然の消滅に、ネルフ本部は大騒ぎとなっていた。
爆発ではなく消滅・・・ドイツで修復したS2機関のEVA4号機への搭載実験中の出来事との事。
リツコの話によるとディラックの海に飲み込まれたらしいのだが、原因の特定には相当時間がかかるだろう。

「今更、危ないところだけうちに押し付けるなんて虫のいい話ね。」

ミサトが愚痴っぽく言うのも無理は無い。
EVA3号機、4号機はアメリカ側が建造権を主張して強引に建造していたにも関わらず
残ったEVA3号機をネルフ本部で引き取る運びとなったからである。
しかし、そうした状況も末端のパイロットにまで知らされているわけでは無かった。

 

ネルフ本部の移動用通路に人影が2つ・・・碇司令とレイである。

「レイ、今日は良いのか?」

「はい。え〜と・・・明日は赤木博士のところで、明後日は学校だったと思います。」

ちょっと離れて移動する2人だが、碇司令のレイに対する態度は穏やかだ。
碇司令は続いて学校の事について尋ねる。
いまの休みがちな状況は嫌で、もっと学校へ行きたいと碇司令に懇願するレイではあったが・・・

「そうか・・・だが、それは無理だ。」

「ぶー、司令のケチ!」

こういう返答が来るとは分かってはいたものの、あっさりと否定されてしまい頬をリスの様に膨らませるレイ。
一方の碇司令にはレイのそんな態度を気にする様子は無い。

 

ネルフ本部の深層にてごく一部の人間にしか知らされていない施設がある。
オレンジ色の大きな試験管に、そこから上に向かって伸びる巨大なチューブの集合体。その中にレイの姿がある。
その設備の前で会話をしているのは碇司令と赤木博士だ。
話に一区切りがついたのか、碇司令が試験管の中にいるレイに声をかける。

「レイ。上がっていいぞ。食事にしよう。」

「は〜い!今日はBランチ5人前でお願いしま〜す!」

碇司令の声に即反応するレイ。設備の中に居ながら、レイの頭はすでに食事の方へシフトしてしまっている様だ。

「・・・自制しろ。食べすぎは身体に毒だ。」

「ぶ〜・・・。」

碇司令の返事にレイは不満たらたらな表情を浮かべている。
そんな2人のやり取りを赤木博士は憎々しげな面持ちで見ている。なにか思うところがあるらしい。

 

「たっだいまぁ〜と!」

極秘とされている訓練を終えたレイは久しぶりに自宅へ帰宅した。
誰が待っているというワケでもないが、とりあえずたたいまを言うのがいつもの癖なのだ。

「あ、おかえり。」

「うわっ!え・・・なに?なに?」

予想外の返事に驚き慌てるレイ。よく見ると部屋の向こうにシンジとトウジが居る。
シンジは部屋の片づけをしているようで、ある意味いつもの事なのだが、トウジがここに居るのは珍しい。
彼は椅子に座って片づけをしているシンジを眺めていたようだ。

「あれ?どしたの?鈴原君がここに来るなんて珍しいね〜。」

「ほれ、たまってたプリントや。郵便受けに入れたってどうせ見んやろ?」

トウジが指をさした方向・・・よく見ると、ベッドの上に分厚いプリントの束が鎮座ましましている。
それを見たレイの顔は一瞬にして顔面蒼白となった。

「どうしたの?綾波。」

表情の変化が分かりやすかったのか、ゴミを片付けながらもシンジが尋ねてくる。

「あ・・・、あのさ、それってもしかして・・・・・宿題?」

「ちゃうちゃう。連絡事項がどうとかいうヤツばっかや。」

トウジの言葉に安心したのかホッと胸をなでおろすレイ。
とりあえず、ベッドの上に置かれたプリントを一枚一枚確認している。

「それにしても、シンジも良いように使われとるな。不憫でしゃーないわ。」

ゴミの片付けを終えたシンジを横目にトウジが率直な感想を漏らす。

「わかってないな〜、こういうマメで優しいところに女の子はコロッといっちゃうものなんだから。」

シンジの両肩を後ろから手でポンポンと叩きながら、ニコニコ顔でトウジに語るレイ。
シンジはシンジで苦笑する以外に無い。

「それにさ、こういう優しさがないと葛城三佐に嫌われちゃうよ?」

「綾波・・・、それさっき僕も言った・・・。」

思わずツッコミを入れるシンジ。こういう事はアスカの専売特許なのだが、考えるより先に口にしてしまっていたようだ。

「じゃ、僕達もう帰るね。」

鞄を手に取り、すでに帰宅モードのシンジ。一方のトウジも椅子から立ち上がり帰ろうとしている。

「ええ〜!もう帰っちゃうの〜!あたしのご飯は〜!」

ご飯の支度をしてもらうのが当然と言わんばかりのレイ。
眼を潤ませながら、帰ろうとしているシンジに必死にしがみついている。

「あ・・・、ゴメン。今日は夕飯とか明日のお弁当の支度とかしないとアスカに殺されそうだし・・・」

「そやな。今日も夫婦ゲンカしとったからな。」

レイは知らないが、今日の学校で昼休みにシンジとアスカによるいつもの夫婦ゲンカがあったのだ。
原因はシンジがアスカの弁当を作ってこなかった事にあるのだが・・・
シンジにも事情があるとはいえ、流石に二日連続で弁当を作らないわけにはいかないだろう。これは彼の命に関わる問題である。
当然、レイのご飯を作っていけるような時間は微塵も無い。

「じゃあ、今日も家に来なよ。ご飯の準備しておくからさ。」

困った様な顔でレイに提案するシンジ。
その気があれば、言われなくてもレイは葛城宅に押しかけるのだが、一応言ってみたらしい。

「ありがと〜!シンちゃんやっぱり優しい〜!」

さっきとはうってかわって満面の笑みを浮かべるレイ。今時、ご飯一つでここまで表情が変化する人間も珍しい。
ようやく開放されたシンジはトウジとともに綾波宅を後にした。

「お前も大変そうやな。少し同情するわ。」

「うん・・・、でもいつもの事だから。」

綾波宅からの帰り道、シンジの苦労を察したトウジがシンジに話しかける。
当のシンジはため息をつきながらつぶやいた。すっかり諦めているようだ。

 

翌日の夜 葛城宅にて

「ファースト!アンタは平気なの?あんなのが私達と同じエヴァのパイロットになんのよ!」

1人声を荒げているのはアスカである。ひょんな事から四人目パイロットの存在を知り、やや八つ当たり気味にレイに当り散らしている。
ちなみに家主であるミサトは自室で爆睡、シンジはお風呂で一息ついているので、その場に居るのはレイとアスカの2人だけだ。

「ふ〜ん、4人目のパイロットって彼なんだ。
そういえば、昼休みに校長室に呼び出されてたみたいだけど、その事だったんだね。
でも、別に良いんじゃない?クラスメイトなんだしうまくやってけると思うけど・・・なんかダメ?」

食事を終えたレイはお茶をすすりながら、あまり興味が無さそうに返答する。

「そういう問題じゃないわよ!」

アスカにとっては確かにそういう問題ではない。
なぜなら、彼女にとってのエヴァのパイロットとは大勢の中から選ばれた人間・・・いわゆるエリートであり、その自負やプライドもある。
それゆえ今回のパイロットの選定には含むところがあるのだろう。
しかし、エリートとして訓練を積んできたアスカと違い、シンジは成り行きに近い状況でパイロットとなり
レイに至ってはなるべくしてなった様なものである。
当然、アスカの様にエヴァのパイロットである事に特別な感情を持っているわけでもない。

「パイロットが増えるって事はあたし達の負担も減るんだし良いことじゃん。こういう時はプラス思考のほうが特だよ?」

今度は煎餅をかじりながらの返事。なんとも気の抜けた、それでいてレイらしいリアクションと言えばその通りなのだが、
怒りの沸点の低いアスカの神経を逆撫でするには十分である。

「もういいわよ!アンタと話してても埒があかないわ!て言うか、アンタ人ん家でくつろぎすぎ!」

床を踏み抜かんばかりの勢いてアスカは自室に行ってしまった。
ピシャッ!と勢い良く引き戸の扉が閉まる。

「怒りっぽいなぁアスカは。今度シンちゃんにカルシウムの多い料理を作ってくれって頼んどこうかな。」

アスカのイライラを増幅させたレイだが自覚がまるで無い。人事のようである。

 

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