第拾伍話 嘘と沈黙
『はい、加持です。御用の方はお名前とメッセージを…』
アスカ「キャーッ!助けて加持さんー!なにすんのよ変態!あーっ!」
なーんちゃって。
ピッとケータイの電源を切るアスカ。
ヒカリ「どうしたの?」
アスカ「明日の日曜にさ。加持さんにどっかに連れて行ってもらおうと思って電話したんだけど、捕まんなくてさー」
ここんとこ、いつ掛けても留守。
なにやってるのかな…。
ヒカリ「じゃあ、明日暇なのね?お願いがあるんだけど…」
アスカ「?…えーっ、デートぉ?」
お姉ちゃんにどうしても紹介してくれって頼まれちゃって。お願い!
ぺこんと頭を下げるヒカリの前で、正直気が進まないわねーとか思いながらも、断る理由も見つけられないアスカ。
その後ろで
レイ「キャーッ!!助けてシンちゃーん!台所にGが出たGが!うわこっち来ンなあくぁwせdrftgyふじこ!!」
なーんちゃって。
ピッとケータイの電源を切るレイ。
アスカ「アンタは一体なにやってるわけ?」
レイ「…こうするとシンちゃんがお部屋の片付けに来てくれるの」
お夕飯も作ってくれるんだよ?
嬉しそうに言うレイに、
アスカ「…ウチの備品をアンタのズボラに付き合わせないでくれる?」
鬼神の笑顔でアイアンクローを決めるアスカ。
シンジの不在は葛城家の住宅環境にも直接響く、切実な問題なのだ。
シンジ「ていうか二人とも何やってるの?」
携帯電話片手にシンジ。
掃除中なのに、みんなして何やってんだか。
そんなこんなで、いつも通りのシンクロテスト終了。
シンジ「…」
リツコ「そう言えば、きょうはまた一段と暗いわね、シンジ君」
ミサト「明日だからねー」
明日はシンジの母、ユイの命日なのだ。
そしてその墓参り。
なんだかんだで、シンジはこの第三新東京市に来てからも、父のゲンドウとはロクに話せていない。
どうしていいのかわからないものだから、
シンジ「明日、父さんに会わきゃならないんだ。何話せばいいと思う?」
ついレイに尋ねてみたり。
レイ「どうしてあたしにそんな事聞くの?」
シンジ「綾波は、時々父さんの話をしてくれるから」
ねえ、父さんってどんな人?
いい人だよ?
即答するレイ。
レイ「なんていうかこう、根っこの善人さ加減を隠しきれない偽悪人って感じ?」
シンジ「そうなんだ…」
実の息子であるはずのシンジは、その善人であるはずの父の姿を伝聞でしか知らない。
父親ってそういうものなのかな?落ち込んでしまうシンジ。
レイ「あのさ」
あたしも一緒に行こうか?
言いかけて
シンジ「何?」
レイ「なんでもない」
やっぱりやめるレイ。
二人の問題に過剰に口出しなんかするべきじゃないよね。
親子なんだから、ちゃんと会ってお話さえすれば分かり合えるわよ、うん。
レイ「シンちゃん」
シンジ「何?」
レイ「頑張ってね」
シンジ「…ありがと」
翌日。
わずかな時間ながらも、父親との邂逅を済ませて家に戻ってきたシンジ。
久しぶりの一人の時間、長いこと弾いてなかったチェロを引っ張り出して独奏会。
そこに
アスカ「結構イケるじゃなーい?」
レイ「ほんと、上手上手ー!!」
ぱちぱちと拍手しながら帰ってくるチルドレンズ。
シンジ「アスカ、デートなんじゃなかったっけ?夕飯食べてくるかと思ったよ。
ていうか綾波いらっしゃい。どうしたの?」
目を白黒させていると
アスカ「このヴァカがぶち壊してくれたのよ!お相手の男にたかるだけたかってくれてね!」
どうせチルドレンのネームバリューがお目当てのデートなら
あたしが付いて行っちゃいけない道理はないよね?と勝手に付いてきて、
あとはもうケツの毛まで毟らんばかりの勢いだったらしい。
シンジ「…それはご愁傷様」
しかも制服で行ったのかよ。
人馴れしてるくせに、こういうところ何処かズレてるんだよなあと、溜息のシンジ。
レイ「あははははははは」
頭かきかき、笑ってごまかすレイ。
本当はシンジが心配で、アスカともども早々に葛城家に上がりこむ
オフィシャルな口実が欲しかったからの行動なのだが、もちろん口には出さないぞっと。
で、そのままのノリで、三人そろっての夕食。
女子二人はぎゃーぎゃー騒ぐだけで何の役にも立たないので、
献立、給仕は、全部シンジがこなすことに。
シンジ「僕の日曜日ってどこにあるのかなあ…」
アスカ「あんたこーいう豆まめしいの得意なんだからいいじゃなーい」
シンジ「好きでやってるわけじゃないし、得意になったのはこっちに来てからだよっ!」
ミサトとの同居決定時に、一方的に決められた食事当番の不公平さは、
アスカが来てからも改善されることは無かった。
レイ「あたしは何時だって感謝してるよ?シンちゃんってさ、案外主夫とかが似合ってたりして!」
ってあたしってば何言ってるのかな、あははははははははー!!
自分で言って照れてれば世話は無い。
照れ隠しに怒涛の勢いでご飯をかきこむレイをジト目で見るアスカと、
そのうち喉を詰まらせるだろう、お約束を外さない彼女のために、苦笑を浮かべながら
お茶の準備をするシンジ。
アスカ「…既に夫婦みたいなもんじゃん」
やってらんねーとヤサグレるアスカ。
『あー、シンちゃん?あたしぃ。いま加持君と呑んでるの。そ、三次会』
お腹もふくれてまったりムードのところに、旧友の結婚式に出てるミサトからの電話。
シンジ「遅くなるから先に寝ててってさ」
アスカ「それってまさか朝帰りってことじゃないでしょうね!?」
シンジ「加持さんも一緒なのに?」
アスカ「アンタバカァ!?だからでしょっ!」
レイ「うーん、シンちゃんにはまだ早いっぽいよねえ、こういうの察するのは」
アスカ、めっさ蔑んだ目。
レイはレイで、うんうんと腕組んだりして、訳知り顔の溜息。
シンジ「なんだよもう…」
アスカがこーいうことに過敏なのは判らないでもないが、普段が普段のレイにまで
お子様扱いされるのはどうにも納得いかないシンジ、ふて腐れて皿洗いに逃げ込んでみたり。
レイ「あ、あたしも手伝う」
シンジ「自分からそういうの言い出すなんて、珍しいね。お皿割っちゃ駄目だよ?」
レイ「最近シンちゃん一言多い!」
ブーたれるレイ。
アスカ「アンタたち見てると退屈しないわ。あとよろしくー」
後ろ手をひらひら振って、自室に引っ込むアスカ。
シンジ「……」
レイ「……」
水の音と、微かに皿が鳴る音。
レイはシンジが思っていたよりも、遥かに丁寧に手早く皿を洗い上げていく。
レイ「意外?」
察して、レイがニヤニヤ笑ってみせる。
シンジ「うん、ごめん。正直、食べるばっかりだと思ってた」
レイ「あはは、面倒くさがりなのは確かだし。単純作業が得意ってだけなんだ、本当は」
シンジ「そんなこと言って、実は綾波みたいなのが、将来いいお母さんになったりするのかもね」
お母さん。
お母さん。
お母さん?
レイ「や、やだなあシンちゃん!何を言うのよぅ!」
なにが琴線に触れたか、真っ赤な顔してものごっつ照れまくり、シンジの肩をばしばししばき倒すレイ。
やめてっお皿割れちゃう!ていうかこういう時の綾波って、おばさんって感じがする!
レイ「シンちゃん」
シンジ「なに?」
レイ「司令とは、ちゃんとお話できた?」
シンジ「ちょっぴりだけどね。でも、良かったよ。ほんの少しでも、父さんの本音が聞けた気がしたから」
そう、よかったわね。
今度はにっこり笑って見せるレイ。
最後の一枚をキュッと拭いて、皿洗い終了。
やがて、酔いが回って寝こけたミサトを担いで、加持が到着。
シンジ「いつもすいません、加持さん。夜も遅いし、泊まっていきませんか?」
気持ちは嬉しいけど、明日この格好で出勤しちゃ笑われちゃうしな。きょうは帰るとするよ。
よれよれの礼服の襟をつまみながら、男臭く笑って辞する加持。
レイ「あ、じゃあついでに送ってくれませんか?
ごめんねシンちゃん、すっかり遅くまでお邪魔しちゃって。またね!」
夜の街を歩く、レイに加持、珍しいペア。
いつになく無言の二人。
レイ「京都、どうでした?」
突然、ぼつりと呟く様に言うレイ。
加持「ん?松代だよ?今回の出張は。結婚式場には直接行くことになっちまって、葛城に怒られたよ」
レイ「赤木博士あたりにも釘を刺されてると思うから、あたしからはこれだけ。
首突っ込んで怪我するのは勝手ですけど、悲しむ人のことは考えてあげてください」
加持「やれやれ、皆して心配してくれる。男冥利につきるねぇ」
はぐらかす様に笑う加持。
レイ「独りよがりのロマンチストの心配なんかしません。
調べた先に見つかるものに、命を掛けるほどの価値なんて無いから言うだけです。
聞いてください。お願いですから」
じっと加持の目を見るレイ。
今度は消えた表情で見返す加持。
数秒。
気が付けば、レイのアパートはすぐそこ。
レイ「…送っていただいて有難うございました。おやすみなさい」
加持「ああ、お休み」
去っていく加持の背中を、じっと見つめ続けるレイ。
男の人は皆バカだ。
あんな秘密、つまらない秘密。探ってどうなるものでもない秘密。
知ってどうなるものでもない秘密。
知ってどうなるものでもないのに。
レイ「…でも、シンちゃんたちには、知られたくないかもしれない…」
いずれ皆が知る時が来るのだから、それまではそっとしておいて欲しい。
…これってただの逃げなのかな?
シンちゃんのことは笑えないよね…。
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