第拾四話 ゼーレ、魂の座
放課後の学校。
ひとり居残り、珍しく机に向かってウンウン唸りながら、なにかを書いては消し、書いては消ししているレイ。
時々頭などかきむしりつつ、非常に難儀している様子。
シンジ「なにやってるの?」
レイ「…反省文書いてるの」
シンジ「はい?」
またぞろレイが何かやらかしたのかと訝るシンジ。
レイ「違うもん!今までのエヴァの運用について、パイロットの視点からまとめて報告しろって命令なの!」
ぷんすか怒ってみせるレイに、ごめんごめんと笑いながら謝るシンジ。
すっかり保父さんっぷりが板についてきた。
シンジ「ところで、それって綾波だけ?僕やアスカはやらなくていいのかな?」
レイ「うーん、パイロット歴だけなら、あたしが一番長いから、お呼びがかかった…のかなあ。
そのうちシンちゃんたちにも命令が行くかもよ?」
シンジ「エヴァの記憶かあ。あまりいい思い出ってないなぁ」
そのほとんどは苦痛と恐怖に彩られている。
自然と顔をしかめてしまうシンジに
レイ「でも、いいこともあったでしょ?あたしも怪我ばっかしてたけど、シンちゃんやアスカとも友達になれたし、
エヴァに乗れて良かったと思ってるよ?」
にっこり笑ってレイ。
これで拗ねてたら自分だけ子供みたいじゃないかと、微苦笑で返すシンジ。
なんだか最近、彼女に勝てない自分を自覚気味。
レイ「それはそれとして…シンちゃん。悪いんだけど、レポート書くの手伝ってくれないかなあ。
他の人に相談できることじゃないし、そもそもあたし、こういうの苦手なんだあー」
すまなそうに手を合わせるレイに、
シンジ「僕でよければ付き合うよ。役に立てるかはわからないけど」
応えるシンジ。
レイ「やったあ!やっぱりシンちゃん優しいー!」
シンジ「で、どこまで書いたの?」
レイ「…シンちゃんが来る少し前のことまで」
シンジ「…先は長そうだね…」
レイ「あははははー…ごめんねシンちゃん」
でもぶっちゃけ、半分は総集編だから、そんなにかからないと思うよ?
こっそり呟くレイ。
シンジ「なにか言った?」
レイ「なんでもなーい!えーと、まず…」
第三使徒 サキエル、襲来
シンジ「あの時は…ただ怖いばかりで、何もできなかった」
レイ「初号機の…暴走で勝ったんだよね」
シンジ「怖くて、痛くて、気を失って、気が付いたら病室で天井を見上げていて…」
レイ「あたしが怪我してなければ、シンちゃんだけに戦わせずに済んだのに。ごめんね?」
シンジ「あ、そんな意味で言ったんじゃないんだ!ごめん!」
慌てるシンジに、吹き出すレイ。
レイ「お互いで謝りっこしてる。すぐに謝るのはシンちゃんの専売特許なのに。おかしいの」
シンジ「さらっと酷いこと言わないでよ、もう…」
ちょっぴり拗ねるシンジの頭をぺちぺち叩いて、なんだかとても嬉しそうなレイ。
レイ「不確定要素絡みでの勝利で反省点がどうこうって話は、葛城三佐に任せるとしてー。
ここはシンちゃんが無事で良かった良かったでシメるべきだよね。じゃ次ー」
第四使徒 シャムシエル、襲来
レイ「微妙に美味しそうな形してる使徒だよね?」
シンジ「綾波、またお腹すいたの?」
シンジとしては、(いまでこそ友人となったものの)鈴原トウジに殴られ、
必死の思いで戦っても理解を得られずと、やはり苦い記憶と共に思い出される戦いだった。
レイ「そういや、シンちゃんに初めてパンツ見られたのもこの時だっけ」
シンジ「なんで綾波はそう人が真面目になってるのを混ぜっ返すかなあ!」
シンジ、もりもりと脱力。レイと付き合ってると、なんだかこんなのばっかりだ。
レイ「あの後、シンちゃん色々大変だったみたいだけど。
いまもこうして一緒に戦ってるわけだから、これも結果オーライだよね。
嫌なことはぱぱーっと忘れて、次いってみよう、次!」
シンジ「敵わないなあ、もう…」
第五使徒 ラミエル、襲来
シンジ「あの時はさ…」
レイ「なに?」
シンジ「使徒の攻撃が凄まじくて。やられたって思った瞬間、綾波が守ってくれて」
レイ「え?」
シンジ「気が付いたら、零号機がボロボロになって倒れてて。綾波が無事かって、凄く心配で」
レイ「え?え?」
シンジ「綾波の無事な顔がみたくて、必死になってプラグを抜いて、ハッチを開けたら」
お腹すいた、なんだもんなあ…。
シンジ、どっと溜息。
レイ「なんかシンちゃん、すごく失礼なこと考えてない?」
シンジ「自分に素直なのはいいことなんだから、失礼なことなんかじゃないよ、うん」
そして遠い目。
レイ「うー、なんだか釈然としないんだけど。
まあいいや、えーと、本作戦は初のエヴァンゲリオン二機同時運用による…
面倒くさい!次!!」
本当にレポート書けてるのかな?大丈夫かな?
誰に提出するんだか知らないけど、こんな調子で平気なのかな?
ていうか、なんか基本的に人選間違えてないかな?
シンジの気苦労をシカトして、レポートのページをめくるレイ。
第六使徒 ガギエル、襲来
レイ「あたし、この時は本部で待機してたからなあ。どんな感じだったの?」
シンジ「どんな感じだったかって…」
ア ン タ バ カ ァ ! ?
シンジ「…色々大変だった」
主にアスカの扱いが。
レイ「あたしも大変だったんだよー」
シンクにペヤング落としちゃって。
シンジ「……」
レイ「そんな蔑むような目で見なくってもいいじゃん!あれってすっごく惨めな気分になるんだからね!?」
シンジ「はいはい、大変だったね。次行こう次」
レイ「ぶぅー!!」
第七使徒 イスラフェル、襲来
レイ「あの時はさあ。あたしだけ除け者にしてさあ。
シンちゃんとアスカでペアルックなんてキメてさあ」
シンジ「着たかったの?」
ペアルック。
レイ「…ちょっぴり」
シンジ「マジスカ」
そんな良い物じゃなかったけどなあと、首をひねることしきりのシンジ。
レイ「朴念仁で唐変木のシンちゃんにはわからない理由ですよーだ」
シンジ「なんだよそれ…」
レイ「とにかくこの使徒は、シンちゃんとアスカのラブラブ二点同時加重攻撃によって殲滅されました!次!」
シンジ「…なに怒ってるの?」
レイ「怒ってない!次っ!」
第八使徒、サンダルフォン発見
レイ「あの装備、クマさんみたいで格好よかったんだけどなあ」
シンジ「そ、そう?」
レイ「温泉は気持ちよかったし、ご飯は美味しかったし。
あたし的には非常に思い出深い使徒戦でした。まる」
シンジ「…エヴァが負けたら、人類が滅ぶんじゃなかったっけ??」
いいのかなあ、こんなお気楽な心構えで。
よくないんじゃないのかなあ。
レイ「気持ちばかりカラ回っても疲れちゃうだけだよ?
よく遊び、よく寝て、よく戦う!これがいいパイロットの条件なのよー」
シンジ「…綾波は優秀なパイロットだなあ」
なんか僕までどうでもいい気持ちになってきた。
いいのかなあ。
よくないんじゃないのかなあ。
第九使徒 マトリエル、襲来
シンジ「ちゃんと今月の電気代払った?」
レイ「……」
シンジ「ガス代は?」
レイ「……」
シンジ「なににそんなにお金使ってるの?」
レイ「……」
シンジ「……」
レイ「……シンちゃんのエッチ!」
シンジ「なんでそうなるのさ!」
第十使徒 サハクィエル、襲来
シンジ「本当はさ。この作戦、最初に聞いたとき。絶対に成功するはずがないって思った。
だって、成功率 0.00001%
だなんて聞かされて。どう足掻いたって無理だって。
諦めるしかないって、そう思ったんだ」
レイ「…………」
シンジ「でもさ、綾波も、アスカも。全然諦めてなんかいなくって。
二人ともすごく強いなって思って。僕だけが諦めてどうするんだって思って。
だから、勝てた時、本当に嬉しかった。諦めなくて良かったって」
レイ「あたしも、本当は自信なんかなかったんだ…よ?」
シンジ「うん、きっと本当に自信のある人なんて、誰もいなかったんだと思う。
勝てる見込みなんて、万に一つも無かったんだから。
でも、勝てた。結果は勝った。
戦わなければ、勝てなかった。
アスカもリツコさんも、そんなのは結果論だって言うんだけれど。
でも、あの時の皆は、誰も間違ってなかったと思うんだ」
レイ「……」
シンジ「ラーメン、美味しかったね」
レイ「うん……」
シンジ「また、食べに行こうね」
レイ「うん……」
第十一使徒
レイ「…っと、ここでレポートはオシマイ!」
シンジ「あれ?このあいだの使徒のことは書かないの?」
レイ「うん…あれはね、なんか、大人の事情で『無かったこと』になってるんだって」
シンジ「?そうなの?」
レイ「ネルフは人類最後の砦なのに、使徒にあっさり侵入されちゃいましたじゃ、体裁が悪いんだって碇司令が」
シンジ「体裁の問題なんだ…」
その体裁にも世界の命運がかかってるんだよ、シンちゃん。
やだな、こんなこと考えてるなんて、シンちゃんに知られたくないな。
レイ「さってっと、これでレポートはオシマイ!
シンちゃんに手伝ってもらっちゃったおかげで、大分早く片付いたよー。
ありがと、シンちゃん!」
シンジ「どういたしまして。って、僕ほとんどなにもしてないけどね」
レイ「こういうのは、傍に誰か話を聞いてくれる人がいると、能率が全然違うもんだよ?」
シンジ「そうだね、そうかもしれない」
レイ「遅くなっちゃったし、このまま一緒に本部に行こう?」
シンジ「きょうのテストって何だったっけ」
レイ「アスカが第87回機体連動試験、あたしとシンちゃんが機体相互互換試験。
零号機と初号機を入れ替えてシンクロするんだって」
シンジ「ふーん、僕は初号機以外に乗ったことがないから、少しどきどきするかも」
レイ「あたしは両方乗ったことあるけど、そんなに違いなんか無いから大丈夫だよ、うん」
本当は少し心配。
でも、大丈夫。
きっと、大丈夫…。
第1回機体相互互換試験
被験者 綾波レイ
リツコ「どう?初号機の感触は?」
レイ「…碇君の匂いがする…」
ミサト「碇君!?」
リツコ「碇君!?」
アスカ「碇君!?」
シンジ「碇君!?」
一斉にヒく一同。
だから実験の前くらいには拾い食いはやめておけと!
レイ「ねぇっ!?突っ込みどころそこなの!?ねえってば!
アタシいま相当恥ずかしいこといっちゃったと思うんだけど、超スルー!?」
リツコ「シンクロには問題なかったし、てことで上がっていいわよ、レイ」
レイ「…ムシするんだ…」
シンジにまでスルーされたことが微妙にショックだったり。
第87回機体連動試験
被験者 惣流・アスカ・ラングレー
ハーモニクス、全て正常値
パイロット、異常なし
アスカ「…あったりまえでしょう」
つまんねぇー。
ぶーたれるアスカ。
その横で進められている、シンジの機体交換試験の準備。
アスカ「アタシは、あの二人の機体交換テスト、やんなくていいの?」
ミサト「アスカはどーせ、弐号機以外、乗るつもりないでしょ?」
アスカ「ま、そりゃそうだわ」
それが彼女の誇りですから。
そんなこんなで、シンジ with 零号機のシンクロ試験開始
リツコ「どう、感触は?」
シンジ「…綾波の、匂いがします」
アスカ「げーっ。変態じゃないの?」
シンジ「にんにくの臭いがするんだ…なんだかお腹がすいてくる感じ…」
アスカ「お約束的なボケをどうもっ!!」
試験場で真っ赤になってうつむいてるレイ。
こんなところで言わなくてもいいじゃん。
柄にもなく指をもじもじさせてみたりして。
試験も順調、どことなく漂うのんびりムード。
が、突如
零 号 機、 暴 走 ! !
電源を切断されるも、実験用に少量残された内部電源で拘束具を破壊、
苦痛から逃れたいかの様にもがき、のたうち、暴れまわる零号機。
が、レイをそのモノアイに捉えるや、明確な殺意があるかのごとく、
その巨大な拳で、防壁越しの姿に殴りかかる!
揺れる試験場、荒れ狂うエヴァを前に立ち尽くすレイ。
やがて内部電源も尽き、零号機は活動停止。
救出されたシンジも精神汚染の影響もないものとして、即日開放された。
作戦部の要請により、零号機コアのレイのパーソナルへの書き戻しは早急に行われ、
起動再試験にも成功したものの、相互互換試験は失敗とレポートされ、
初号機のみが専属パイロット以外を受け入れ得るという、非常に重大な意味を持つ
実験結果はダミーシステム開発チームの手に渡ると同時に、厳重に隠蔽された。
リツコ「零号機が殴りたかったのは、わたしのことね」
自嘲の色濃くつぶやくリツコ。
レイ「違います…零号機が殴りたかったのは、きっとあたしのことです」
だって、羨ましいでしょうから。あたしのことが。
ネルフ最奥、ドグマに続く道のりを、真っ赤な槍をかついだ零号機を歩ませながら、唇をかみ締めるレイ。
レイ「言えないことばっかり増えてく…最低だ、あたしって」