>>593氏のネタ3   涙

 

 

一週間後、シンジは営倉から出る事が出来た。
現在、ミサトの愛車でようやく自宅へと帰って来たところである。

「ただいま・・・」

ミサトに先に中に入るように促され、シンジは玄関のドアを開けた。
長い間、暗い所で生活していた彼女は少々お疲れ気味である。
それでもネルフ本部で風呂に入ってきたので、少しは疲れも解消されているが・・・
今はまだ夕方にもなっていない時間だが、すぐにでも横になりたい気分である。しかし

「おかえりなさ〜い!」

パン!パン!

突然、乾いた火薬の音と大きな声で出迎えられ、何事かと驚き慌てるシンジ。
ふと見ると廊下で出迎えていた少年が2人・・・
ジャージ姿と中学校の制服姿のトウジとケンスケである。
彼らが手にしているのは円錐形の小さな物体・・・多分クラッカーだろう。
その証拠に、クラッカーの中身と思しきヒラヒラした紙切れがシンジの頭の上にのっかっている。

「さ、さ!ユイさん、これ着けて!」

と、トウジがキョトンとするシンジにムリヤリ何かを肩にかけさせた。何か襷みたいな・・・
だが、それが何かを確認する前にシンジは彼らに手を引かれ、強引に中へと連れられていく。
思わずミサトの方を見るシンジだったが、ミサトはニヤニヤと笑っているだけである。

「あ、お邪魔してます。はじめまして、洞木です。」

ダイニングルームでシンジを出迎えたのはヒカリだった。
何かの準備をしていたらしく、私服にエプロンという出で立ちである。

「あ・・・、はじめまして。あの、なんで委員長がここに・・・ごふっ!」

ヒカリがなぜここに居るのか不思議に思うシンジ。
彼女がその疑問を途中まで口にしたところでその脇腹に打撃が加えられた。
下手人は当然ミサトであり、シンジの隣にいる彼女はニコニコとしている。
シンジは脇腹を抑えつつ、初対面であるはずのヒカリの事をうっかり委員長と言ってしまった自身の言動を呪うしか無かった。

「ほら、ユイちゃん。今日はあなたも主役の1人よ。」

笑顔のミサトが指し示した先に一枚の張り紙が壁に貼られていた。
紙で作られた花や飾りの中心に張られているその紙には

洞木さん、相田君、向こうでも元気でね
生駒さん、御出所おめでとう

と、書かれていた。それを見たシンジはポカーンとするしかない。

「あの・・・、これって・・・?」

「壁に書いてあるとおりよ。
洞木さんと相田君が疎開しちゃうからそのお別れ会よ。
それと、あなたが営倉から出てきたからそのお祝いも兼ねてね。」

やんわりと言ってのけるミサトだが、シンジはいまだに腑に落ちない様子である。
そもそも出所って違う意味のような・・・と内心考えていると

「ユイさん・・・、おかえりなさい。」

ダイニングルームにやってきたアスカがシンジの存在に気付いたらしく挨拶してきた。
前と同じ様に、アスカはシンジと眼を合わせようとはしないが・・・どうもこれまでと様子が違う。
一応、ただいまを言うシンジだったが・・・
その時、リビングにもう1人誰かが居る事に気がついた。

「・・・お邪魔してます。」

眼の前のペンペンを珍しそうに眺めていたレイだったが、
彼女もシンジの存在に気付いたようで、軽く会釈をしながら挨拶してきた。

「あ、いらっしゃい。」

と、普通にレイに挨拶を返すシンジ。
考えてみたら、レイがこの家に来たのは初めてかもしれない。
挨拶を終えたレイは再びしゃがみ、傍らのペンペンとにらめっこを始めた。
初めて見るであろう珍妙な鳥がどうしても気になるらしい。

「それじゃ、早速始めましょうか。」

隣に居たミサトが缶ビールを手にシンジをリビングへと押していく。
リビングのテーブルの上にはすでに食事の準備が整えられていた。
コンロに鉄板に野菜に生肉・・・どう見ても焼肉パーティー用の準備が成されている。
程なくして、シンジの想像を裏切る事無く焼肉パーティーが始められた。

 

 

パーティーも終わり、シンジはベランダの手すりにもたれかかり1人涼んでいた。

「はぁ〜・・・、疲れた・・・。」

食事が終了したあとは、トランプやUNO、ボードゲーム等に始まり
最後にはドコから持ち出したのか家庭用のカラオケ機器で、カラオケ大会までやる事になってしまった。
トランプでババ抜きをやればジョーカーが常時手元にあり、UNOではいつもあがれず、人生ゲームでは不幸続き・・・
カラオケをやればムリヤリマイクを持たされ・・・
元々、大勢で騒いだりするのが苦手なシンジはすっかりみんなに振り回されてしまい、完全に疲れ切っていた。
何より今日の今日まで営倉に入れられていた身である。それに・・・

「ユイちゃん、お疲れ様。」

酔いの回った赤い顔で背後から話しかけてきたのはミサトである。
缶ビール片手にシンジの隣にやってきた。コレ飲む?と言わんばかりにミサトはシンジにビールを差し出すが・・・

「僕・・・、未成年ですよ?」

呆れたまなざしでミサトの方を見やるシンジ。
身体的にはともかく精神は14歳のシンジのままなため、彼女のリアクションは当然と言える。
ミサトはゴメンゴメンと頭をかきながら・・・

「どしたの?何か考え事?」

と、シンジに尋ねてきた。
さすがに保護者だけあって、シンジが浮かない顔をしている事に気付いた様だ。

「なんでもないです・・・。ただ・・・」

なんでもないと言ってはいるが、彼女の表情を見ればなんでもないワケが無いという事は見て取れる。
シンジはどう話そうかと少し考えている様だ。

「あの・・・、僕が居なくてもみんな楽しそうにしてたから・・・なんか・・・」

そこまで言うとシンジはミサトから眼をそむけ
ベランダから見える第3新東京市の夜景の方を向いてしまった。
どこを見ているわけでもなく・・・ただ、眺めているだけの様だ。
シンジ自身はここに居るが、みんなにとってのシンジはここには居ない・・・。
それなのにみんなが楽しく過ごしている事実にシンジは複雑な感情を抱いていたらしい。

「それは違うわ。みんな・・・誰もあなたの事を忘れてはいないわよ。
ただ・・・出来るだけ考えないようにしているだけ。考えてもどうにもならないから・・・今はただ、待つしかないから。」

ミサトがフォローを入れるがシンジの耳にはあまり届いていないらしい。
シンジにとってはミサトの言葉もただの気休めとしか受け取れない様だ。
そんなシンジの心情を知ってか知らずかミサトは言葉を続ける。

「あなたが知っているかどうかは分からないけど・・・
アスカもレイも鈴原君も、時々初号機のケイジへ行っているのよ。多分、あなたの事が気になって・・・。」

その言葉に意外そうな顔でミサトの方を振り返るシンジ。
ミサトから聞くまでその事はまるで知らなかった。

「だからそんなに気にしない気にしない。ほら、今日はあなたも主役なんだから楽しくやりましょ!」

そう言うと、ミサとはシンジの背中をバシバシ叩きはじめた。
やっぱり程よい加減で酔いが回っている様だ。
おまけに楽しくと言われても、アスカもトウジもケンスケもヒカリもすでに寝に入ってしまっている。
ビールさえあれば楽しめるミサトはともかく・・・さすがにもうお開きな気がする。
シンジが呆れた顔でため息をついていると

「あの・・・、お茶入れたんですけど・・・どうですか?」

部屋の中から小さな声が聞こえてきた。

「あ、綾波?」

既に片付けられたテーブルの上に入れたての紅茶を置いているレイ。
一応3人分の紅茶を置くと、彼女は傍らにいたペンペンを膝の上に乗せちょこんと座ってしまった。
考えてみたら、今日のレイはずっとペンペンを構いっ放しである。
一方のペンペンもまんざらでもないらしく、すっかり彼女に懐いているようだ。

「あら〜、レイちゃんったら気が利くわね〜♪」

ミサトはシンジの手をムリヤリ引っ張り部屋の中へと戻っていく。
シンジの都合などおかまいなし。最近、シンジはミサトが自分に対して強引になってきたような気がしていた。
もっとも、それも悪い意味では無いのだが・・・

 

 

テーブルについたシンジ、ミサト、レイの3人はレイの入れた紅茶を堪能していた。

「・・・・・。」

複雑そうな顔でレイを見るシンジ。
彼女はついさっきみんなでカラオケをしていた時の事を思い出していた。

「そういえば、レイの歌って上手だったわね〜。意外な才能って感じかしら?」

「・・・そんな事ありません。」

ミサトも同じ事を思い出していたのだろう。褒められた当の本人は少し照れているらしい。
それにしても・・・さっきのカラオケは一生忘れる事が出来ないだろう・・・。
アニメソングを歌うケンスケと合いの手を入れるトウジ、
流行の曲を歌うヒカリ、負けじと10年くらい前の流行の曲を歌うミサト、
同じ様に流行の曲を歌うが何を歌ってもジャイアンなアスカ、
そして極めつけは、これくらいしか知らないから・・・と、学校で習ったシューベルトの「魔王」を歌うレイ。
レイの歌に一同度肝を抜かれたが、その歌がなまじ上手だったため、アスカが対抗心剥き出しで歌合戦になってしまい・・・
あの状況はある意味・・・末期だった。

「はぁ・・・。」

紅茶を飲みつつシンジはため息をついた。
そういえば、今日のアスカはなぜか自分の方をチラチラと見ていた様な気がする。
それも、頬を赤く染め、はにかんだ様な表情で・・・
彼女との同居もそれなりに長いが、シンジがアスカのあんな顔を見たのは多分初めてだろう。

「・・・・・。」

背中に少し薄ら寒いものを感じるシンジ。
アスカに罵倒されるのには慣れているが・・・あんな顔で見られるとは思ってもみなかった。

「う〜ん、ちょっち苦いかな〜。砂糖砂糖と・・・」

同じ様に紅茶を口にしていたミサトは甘みを足そうと砂糖を入れるつもりらしいが
酔いのせいで自分が何をしているのか分かってない。
近くにあった焼肉のタレを入れるという暴挙に走ろうとしている。

「・・・ミサトさん。それ砂糖じゃありませんよ。」

そして、そんな保護者の不甲斐ない状況に一応のツッコミを入れるシンジ。

「・・・私、そろそろ帰ります。」

とは、レイの言葉。
だが、時間はすでに午後11時を回っており、一人で帰らせるというのは問題がある。
多分監視くらいはついているのだろうが・・・それでもやはり気が引ける。
一番いいのは車で送ることなのだが、肝心のミサトは酔いが回っているためそれも不可能。となると・・・

「今日はもう遅いから泊まってけば?他のみんなもそのつもりのはずだしさ。」

紅茶を飲みながらシンジが提案する。
何か用事でもあるの?と聞いてみたが、レイは首を横に振るだけ。
彼女は、ただ単に泊まるという選択肢を考えていなかっただけの様だ。

 

 

数日後、一仕事を終えたシンジはネルフ本部の通路を歩いていた。
レイやアスカ、トウジのシンクロ率は概ね好調、
トウジの戦闘訓練も基礎過程はすでに終了しており、もう十分に第一線を任せられるだろう。
アスカのシンクロ率も大分持ち直している様で、
この調子なら以前みたいな重度のスランプに陥る事も無さそうだ。
もっとも、彼らの事を考えれば使徒は来ないに越したことは無いのだが・・・

「僕、いつまでこのままなんだろ・・・」

これまで抱いていた疑問を思わず口にするシンジ。
今の姿になってしまった最初の頃は、すぐに元に戻れるものとばっかり思っていたのだが・・・
気が付けばすでに数ヶ月が経過してしまっている。
リツコが自室に篭もりきりで、自分を元に戻す方法を探してくれているらしいのだが、
最近はこれといった進展も無い様だ。
現実のあまりの厳しさにシンジがため息をついていると・・・

「あ・・・!」

ふと前を見ると通路の向こうから1人の男性が向かってくるのが見えた。
独自の黒い制服に身を包んでいるのはシンジの父親である碇司令である。

(・・・・・。)

考えてみれば、毎日の様にネルフ本部で勤務しているのに彼と話す機会はまるで無かった。
一番最後に話したのは・・・多分、シンジが今の姿でこの世界に戻ってきた直後、その対策会議が行われていた時だろう。
このまま黙ってすれ違うのも変な気がしたので、シンジが声をかけようとしたその時

「あれ・・・?」

碇司令は突然通路を曲がり別の方向へ行ってしまった。
シンジの存在に気付いたからなのか、それとも元からそっちへ行くつもりだったのかは分からないが・・・
でも、何か少し慌てていた様な気もする。
まるでシンジを避けるために進行方向を変えたかの様に・・・

(父さん・・・どうしたんだろ?)

やや挙動不審気味な父親を眼に、素直な疑問を感じるシンジ。

「・・・あの、生駒一曹?」

「うわっ!」

突然背後から声をかけられシンジは驚きの声をあげた。
振り返ると、白いプラグスーツ姿の少女が少し離れたところに立ちこちらを見ている。

「あ、綾波?ど・・・どしたの?」

碇司令に気を取られていたためか背後のレイにまるで気付かなかった。
もし父親とのやり取りでボロを出し、それを彼女に見られてしまえば
あとでミサトからボディブローの刑に処せられてしまうのは火を見るより明らか・・・
迂闊な事を言わずに良かった・・・と、ホッとしたシンジが胸を撫で下ろしていると

「あの・・・」

レイはさっきから何かを言いたそうにしている様だ。
それでも決心がつかないのか、中々言葉にしようとしない。
一方、レイの話を聞こうと、シンジは口ごもる彼女に近付いていく。

「綾波?」

不思議に思ったシンジが声をかけるもレイは自分の言いたい事を言えずにいた。
一方、シンジはレイが何を言いたいのかさっぱり分からずにいる。
それにしても・・・シンジが彼女と出会った頃と比べてレイもずいぶん変わった。
最初の頃は必要な事しか話さなかったレイが、今では特別の用事が無くても声をかけてくる様になっている。
もっとも、他の人と比べたらまだ口数は少ない方なのだが・・・

「あ〜!ユ〜イさん!」

と、今度は誰かがシンジの腕に手を回してきた。
ふと見ると、今度は赤いプラグスーツを着た長い金髪の少女が自分の傍らに立っている。

「あ・・・アスカ?どしたの?」

いきなりアスカに腕に組み付かれ、ちょっとヒキ気味のシンジ。

「ねぇねぇ、今日の私のシンクロ率、どうでした?この前と比べてどうかな〜って思って♪」

親しげに話してくるアスカの笑顔には屈託が無い。
この間まで仏頂面で無愛想にしか接してこなかったアスカと同一人物とは思えないくらいの変わりっぷりである。

「え〜と・・・うん。ちゃんと上がってるよ。おめでとう。」

と、シンジが労いの言葉をかけると、アスカは本当にうれしそうな顔をしている。

(・・・・・。)

傍らではしゃいでいるアスカを見るシンジの胸中は複雑である。
もし、今の自分が碇シンジであるという事をアスカが知ったら・・・

「・・・どうなるんだろ?」

ボソッと小さな声で呟いてしまうシンジ。
多分、ボコボコにされるだけでは済まず・・・命まで持っていかれるに違いない。
これまでは、対外的な事から他の人に事情を知られるわけにはいかなかったのだが
これからは個人的な理由でも、自身の正体を隠さなければならなくなってしまった。
もし・・・、万が一にもこのまま元に戻れなかったとしたら・・・この秘密は墓まで持っていくしか無い様な気がする。

「なんや?こないな場所で3人して。」

今度はトウジの登場である。
ネルフ本部の行き来もすっかり慣れてしまった様で、いつもの調子で近付いてくる。

「うるさいわね〜!アンタには関係ないでしょ!」

と、アスカの態度はあからさまに嫌そうなものへと変わった。
もっとも、それも本心からではなく、いつも彼女が口にしている憎まれ口の様なものだ。
だが、このまま放っておくといつも通りケンカが始まってしまうだろう。

「あの・・・」

考えに耽るシンジにレイが声をかけてきた。
アスカやトウジの乱入に話が切られてしまったが、今はレイとの会話の最中である。
やっと決意が固まったのか、レイがシンジに何かを言おうとしたその時

ウゥゥゥゥゥ!ウゥゥゥゥゥ!

突如、ネルフ本部内に警報が鳴り響いた。
これは間違いなく・・・新たな使徒が現れた事を知らせるものだろう。
すぐさま所内に第一種戦闘配置を告げる放送が流され始めた。

「ユイさん、行ってきま〜す!」

「ほな!」

そう言うとアスカとトウジは駆けて行ってしまった。
アスカの足取りはしっかりしたもので・・・本当にもうスランプからは脱してしまった様だ。
あまりの変わり様に引く事はあるが、それでも元気を取り戻してくれて何よりである。
トウジもトウジでエヴァに乗る事への恐怖は克服出来ているらしい。
遠ざかりながらも2人の言い争う声がシンジ達の元へも届いてくる・・・。

「ごめん、綾波。話が途中で止まっちゃって・・・」

謝る必要は無いのだがつい謝ってしまうシンジ。一方のレイも少し残念そうな顔をしている。

「あ・・・、戻ってきたら・・・その時はちゃんと話、聞くからさ。」

「はい・・・。それじゃ、失礼します。」

シンジに見送られ、レイもアスカやトウジと同じ様にケイジへと向かっていく。
いつもなら、自分も初号機で出ていたのだが・・・これから自分は第二発令所で戦況を見守る事しか出来ない。
今のシンジには3人のチルドレンの無事を願う事しか出来なかった。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・、あれ・・・?ミサトさんは?」

息を切らせながら第二発令所へやってきたシンジだったが・・・今日は何かいつもと様子が違う。
いつもは居るはずのミサトがどこにも居ないのだ。
よく見ると、オペレーター席に座っているはずの日向二尉の姿も見えない。
使徒の襲撃が突然だったからだろうか・・・?

「あ・・・!ちょうど良かった。生駒一曹、手伝ってもらえる?」

シンジがやってきた事に気付いたらしく、伊吹二尉が声をかけてきた。

「手伝ってって・・・僕、オペレーターの仕事なんか出来ませんよ?」

いきなり手伝えと言われたところで、素人同然のシンジには何か出来るはずもない。
しかし、伊吹二尉の意図はシンジの予想とは違っていた様で

「違うのよ。葛城三佐が来るまでの間、あの子達に葛城三佐からの指示を伝えて欲しいの。」

「へ・・・?」

あまりに唐突な伊吹二尉の言葉に間の抜けた声で返答するしかないシンジ。
あの子達とは・・・当然、エヴァのパイロットであるチルドレン達の事だろう。

「む・・・む、ムリですよ!だって僕、素人だし・・・それに、伊吹さんの方が階級とか上だし・・・!」

とりあえずシンジは否定の言葉を並べるが・・・

「今、碇司令も副司令も不在で連絡がつかないの。センパイも最近見かけないし・・・
私達も仕事がたくさんあって手が回らないのよ。あなたもエヴァについては素人じゃないでしょ?
それに大丈夫、葛城三佐からの指示をそのまま伝えるだけだから。」

「それはそうですけど・・・。」

何か伊吹二尉に言いくるめられつつある気がするシンジ。
だが、シンジの眼にも伊吹二尉や青葉二尉は忙しそうに見える。
その他の所員も全員が作業に追われており、自分だけが何もしていない様な状況だ。

「わ、分かりました・・・。」

人に言われるがまま素直に従うのが処世術とは言え・・・
これはエヴァチームの指揮という大任を任されてしまった様なものである。
アスカなら第9使徒が来襲した時の様に、とっさに作戦を立案する事などもこなせるのだろうが・・・
自分はあくまでパイロットとして訓練を受けてきただけで・・・自信など全く無い。

(ミサトさん。すぐ来るよね・・・。それまでの間だし・・・、ミサトさんの指示をそのまま言うだけだから大丈夫・・・大丈夫。)

心の中で自分に言い聞かせるシンジ。
それにしても何で父である碇司令や冬月副司令まで居ないんだろう・・・?
リツコの姿はもう随分長い事見ていない気がするが・・・

「じゃあ、コレ付けて。お願いね。」

と、伊吹二尉はインカムをシンジに手渡した。
不慣れな手つきでそれを付けると早速ミサトの声が聞こえてきた。

「ユイちゃん!遅いわよ!時は一刻を争うんだからね!」

現在進行形で遅刻している人間に遅いといわれても説得力に欠けるのだが・・・
とりあえず、すいませんと謝るしかないシンジ。
ミサトにはすでに現在の状況が伝えられているらしく、シンジが説明する手間が省けているのは幸いだった。

 

 

程なくして、シンジはミサトからの命令をそのまま3人のチルドレンに伝え終えた。
出撃機数、フォーメーション、装備等々・・・必要な事は全てである。
かつてはシンジ自身も命令を受ける立場だったが、今はこうして第二発令所から指示を出す側にまわってしまった。
その状況にやや戸惑いながらも、一応の努めを果たしたシンジだったが・・・

「待ってください!どうして私が本部待機なんですか!」

と、敬語で反論してきたチルドレンが1人・・・アスカからクレームである。
彼女にしては珍しい言葉使いに思えるが、姿が変わってしまってからのシンジに対しアスカは常に敬語なのだ。
最初はシンジもかなりの違和感を感じていたが、今ではすっかり慣れてしまった。
それはともかく、主モニターに映る彼女は今回の命令に対しての不満をあらわにしている。

「あ〜・・・、アスカはほら、病み上がりみたいな感じだしさ。今回は綾波とトウジに出てもらった方が良いってミサトさんが。」

言葉を選びながらアスカをなだめようとするシンジ。
ちなみに、今回来襲した使徒は螺旋状の円環という姿をしており、波形パターンも安定していない。
攻撃方法や能力なども見当がつかないため、エヴァを出撃させるにしても当分は様子見をする予定である。
零号機がディフェンスでオフェンスが3号機という布陣、弐号機は万が一を考え本部待機なのだが・・・

「私はもう大丈夫!あんな使徒に負けたりなんかしません!」

アスカはそのフォーメーションに納得がいかないらしい。
彼女はしきりに出撃を要請するが・・・

「ミサトさんからの命令なんだ。アスカは今回は本部で待機してて。
でも、何かあったらすぐに出撃してもらうから。それに、使徒がいきなり本部の近くにワープとかして来たら困るしさ。」

ミサトからの命令は絶対なため、アスカにはどうしても承服してもらうしかない。
現にインカムからは、アスカを説得しろとミサトがしきりに指示を出してきている。
そのためにシンジは自分で色々な言い訳を考え、そのまま口にしてみたのだが・・・
頭がテンパっていたため、ワープなどというちょっと古めの言葉まで口走ってしまった。

「ちょ・・・、今時ワープなんて古いですよぉ。瞬間移動って言ったほうがええんちゃいますか?」

案の定、アスカと同じ様に主モニターに映し出されていたトウジからツッコミが入る。
一方、シンジにはそのツッコミに返す言葉は無く、照れ笑いで誤魔化すしかなかった。
その雰囲気にアスカも呆れてしまったらしい。

「わ〜かりましたぁ〜。弐号機は本部で待機してま〜す。」

不承不承、少し嫌そうな声で命令を聞き入れたアスカ。
それだけ言うと彼女は主モニターに映る自分の映像を切ってしまった。
彼女としてはまだ言いたい事は色々あるのだろうが・・・とりあえず納得してもらえた様で何よりである。

「ふぅ・・・、それじゃ綾波、トウジ、出撃してもらうけど・・・気をつけて。」

と、シンジは残る2人のチルドレンに指示を出す。
ミサトとは電話が繋がっており、シンジはミサトからの指示をそのまま伝えているだけなのだが・・・
それでもやはり緊張するものである。
シンジの指示に対し、2人はそれぞれ了解の意を示す言葉で返答してきた。

「綾波、トウジはまだ戦闘に慣れてないから・・・色々助けてあげてね。」

出撃しようとするレイに声をかけるシンジ。
少し唐突だったシンジの言葉にレイは不思議そうな顔をしている。

「私は・・・3号機を守れば良いの?」

どこかで聞いた事がある様なレイの言葉・・・、
それはもう随分前の事・・・第5使徒に対する作戦が開始される前にシンジが聞いた台詞である。

「違うよ。トウジを守るだけじゃなくて、自分の身も守って欲しいんだ。だから・・・無理はしないようにね。」

レイは誰かを守る様にと命令されたら必ずそれを遂行しようとする。
それが例え自分の身を危険に晒す結果になろうとも、彼女は躊躇せずに行うだろう。
かつて自分がそうしてもらったのと同じ様に・・・だからこその今回のシンジの言葉でもある。

「・・・分かりました。」

シンジに対し、レイはただ一言、短く返答した。
それとほぼ同時に、ケイジでの拘束を解かれ、地上へと出撃していく零号機と3号機。
第二発令所の主モニターには、2機のエヴァが専用の通路で地上へと移送されていく姿が映し出されていた。

 

 

使徒は依然、大涌谷上空で円環の姿を保ったまま定点回転を続けていた。
それに対し、零号機はソニックグレイブを手に距離500で待機、
一方の3号機は専用のバズーカ砲をかまえ倍の距離の位置で同じ様に待機している。

「目標、依然変化無し!」

青葉二尉が現状を報告、とは言っても、報告を受けたところでシンジには指示の出し様が無いのだが。
電話の向こうにいるミサトからの指示は現状維持。
当然、出撃しているレイとトウジに伝える内容もそのままである。しかし・・・

「!!」

シンジが何か言う間もなく、使徒は一本の紐状に姿を変えると零号機目掛け攻撃を開始した。
その攻撃は何か特別なものでもなく・・・ただの体当たりに近い。

「くっ!」

レイもすぐに応戦したが、使徒の攻撃を防ぐ事は出来なかった。
展開したATフィールドも簡単に突破され、使徒は零号機との接触に成功しさらに侵食を始めた。
一方の零号機もなされるがままではなく、手にしたソニックグレイブを使徒に突き立てており
その攻撃箇所からは使徒が流血しているのが確認出来る。少なからずダメージは与えている様だ。

「シンジ君!鈴原君に零号機の援護と救出をさせて!
距離300まで接近して目標後部にバズーカで攻撃、急いで!」

「は、はい!」

インカムから聞こえてきたミサトの指示はすぐさまシンジを経由してトウジに伝えられた。
しかし、トウジが動くより先に使徒がもう一方の先端を3号機へ向ける。
零号機に行っているのと同様に物理的接触をおこなうつもりなのだろう。

「おりゃあっ!」

反射的に手にしていたバズーカ砲で応戦するトウジの3号機。
だが、使徒は撃ち出されたロケット弾をいとも簡単に弾き返してしまい、弾き返された砲弾はあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
そして、それらの砲弾は周囲の地上や道路等に着弾、爆発した。
一方、目標は速度を緩める事無くそのまま3号機へと向かっていく。
だが、使徒がそのまま3号機に接触するかと思われたその時、目標は突如その動きを止めてしまった。

「零号機がATフィールドを反転!一気に侵食されます!」

「綾波・・・何を!?」

伊吹二尉の報告がシンジには一瞬何の事か理解出来なかった。
レイがそれまで防御の為に展開していたATフィールドを反転させたのだ。
3号機の目前にまで迫っていた使徒は零号機に押さえ込まれるように同機の中に取り込まれていく。
難を逃れた3号機はすぐに零号機の元へと駆けつけ、取り込まれかけていく使徒の一端を握り締める事に成功するも
そこから使徒を引きずり出す事は出来ず、どうすれば良いのか分からないトウジはシンジに指示を求めてきている。

「綾波!何してんねん!はよ逃げんかい!」

トウジが呼びかけるもレイはATフィールドの反転を止めようとしない。
それもあってか、3号機が使徒を引きずり出そうとしてもビクともしない。

「ミサトさん!綾波が・・・綾波が!」

一方、インカムに向かって叫ぶシンジだったがミサトからの返事は無かった。
耳元からは雑音がいつまでも聞こえてくるだけだ。

「ミサトさん・・・?ミサトさん!」

シンジがいくら呼びかけてもミサトからの返事は無い。
とっさに伊吹二尉を見やるが、彼女も首を横に振るだけ・・・どういうワケか連絡が途絶えてしまったらしい。
そして、その間も零号機はATフィールドを反転させており、状態が刻一刻と危険になっていく。

「ユイさん!私が出ます!早く出撃させてください!」

第二発令所にふいに聞こえてきたアスカの声。
確かに今の状況は猫の手も借りたいほどに切羽詰っている。
だが、ミサトからの指示は弐号機は本部で待機・・・そこから先は聞いていないのだ。

「このままだと零号機が・・・レイが危険です!」

零号機の現状を報告する伊吹二尉。彼女の話によると、このままATフィールドを反転させ続けていると
零号機のコアにダメージが蓄積されいずれ大爆発を起こしてしまうとの事。
また、臨界を超えるまでの時間は無いため早急に策を講じなければならない。

「伊吹さん!エントリープラグの強制射出は・・・?」

「駄目です!プラグ側からロックされています!」

シンジの提案も伊吹二尉によってあっさり否定されてしまった。
伊吹二尉はなぜかさっきからシンジに対しても敬語なのだが、おそらくいつもの癖なのだろう。

「綾波!機体を捨てて逃げるんだ!」

シンジがレイに呼びかけるが彼女からの返答は無い。

「ユイさん、早く!ファーストがヤバいんでしょ!」

一方のアスカは先ほどから出撃を要請している。
ミサトとの連絡が復旧する見込みはなく、零号機は危険な状態が時間と共に悪化している。
トウジも説得しつつ必死に使徒を引き剥がそうとしているが・・・レイはトウジの声にも耳を貸そうとしない。
ふと伊吹二尉を見るシンジ、彼女もシンジの心情を感じ取ってか小さく頷いた。

「・・・わかった!アスカ、零号機の救出、急いで!」

「待ってましたぁ!」

ミサトの指示を待たずに独断で出撃を指示するシンジ。それに対し、アスカは少し喜んだような声で了解の意を示した。
本来は許されるべき事では無いのだが・・・状況が状況である。

「EVA弐号機、発進します!」

専用のルートで零号機に最も近い位置へ移送された弐号機はアスカの声とともに出撃。
武器らしい武器は持たずに一目散に零号機へと近付いていく。

「こんのバカファースト!アンタ、なにやってんのよ!」

現場に到着早々開口一番、レイへの罵倒から行動を始めたアスカ。
零号機から使徒を引きずり出そうとしていた3号機と同じ様に、使徒を掴むと全力で引っ張り始めた。
だが、2機のEVAの力をもってしても使徒の身体は少しも引っ張り出す事は出来ない。

「・・・駄目。ここはもう危険だから・・・離れて。」

レイが自分を助けようとしている2人に声をかける。それもまるで他人事であるかの様に。
第二発令所のシンジにはその状況を見ている事しか出来ない。
何度呼びかけてもレイは頑として言う事を聞かないのだ。

「臨界突破まであと10秒!」

伊吹二尉の声は切迫したものだった。
主モニターに映る零号機の胸部にある赤い球状の物体が幾度も内側にへこんでいく。

「アスカ!トウジ!急いで!」

伊吹二尉の声とシンジからの指示が届いたのか、
アスカの弐号機は引っ張り出そうとしていた使徒の身体から手を離すと、今度は零号機の背後部
丁度、エントリープラグが挿入されている箇所に手をかけた。
もう間に合わないと判断したのか、無理矢理エントリープラグを引き抜くつもりらしい。

「コアが潰れます!臨界突破!」

伊吹二尉の悲鳴にも似た叫びが第二発令所に響く。
主モニターに映る零号機は白く光り輝き始め、頭には輪の様なモノが出現していた。
それはまるで天使か何かの様な・・・だが、シンジがそれを認識する時間の余裕は無かった。

ドオォォォォン!

大音響と共に大爆発を起こす零号機。爆炎が第3新東京市を覆っていく。
第二発令所の主モニターにもハッキリとその状況が映し出されていた。
何十秒かはその光景しか見えなかったが・・・その後、ようやく爆炎は収まり、第3新東京市の現状が見えてきた。

「目標消失・・・、エネルギー反応無し。」

青葉二尉の報告から使徒の存在は確認出来ない。どうやら完全に消滅してしまった様だ。

「伊吹さん!みんなは・・・?綾波は・・・!?」

「EVA弐号機、3号機、及び、両パイロットの生存を確認・・・。
零号機の反応は無し・・・。エントリープラグの射出も・・・確認されていません。」

伊吹二尉の言葉を裏付けるかの様に、主モニターに映る第3新東京市の姿は変わり果てたモノだった。
街の約半分が爆炎の影響で消失しており、芦ノ湖と繋がった部分からは水が大量に流れ込んでいる。
爆心地にいる弐号機と3号機は両機とも地面に膝を付き、力なくうなだれている様に見える。
しかし・・・至近距離で爆発の影響を受けたはずのEVA2体には損傷らしい損傷が見られない。
シンジがその光景を不思議に思っていると・・・

「ユイさ〜ん、ファーストは無事よ・・・多分。ほら。」

唐突に聞こえてきたアスカの声。
地上に腰をおろしている弐号機の手にはエントリープラグがしっかりと握られていた。

 

 

数日後、シンジはレイの病室に見舞いに来ていた。
もちろんその場にはシンジだけではなくアスカやトウジも居る。
そして、なぜか頭や腕に包帯を巻いているミサトの姿も・・・

「・・・・・。」

レイはベッドに寝てはいるものの、その身体に外傷は見られない。見た感じでは健康そのものだ。

「あ〜・・・、ごめんね。私がもっと早く着いてれば良かったんだけど・・・」

とはミサトの弁。
後で分かった事なのだが使徒が来襲した時、彼女は愛車でネルフ本部へ向かっていたらしい。
しかし、3号機の放ったバズーカ砲のロケット弾が道路を破壊した際、
運悪く近くを走行していたミサトの車は爆発のあおりを受け、ひっくり返ってしまったのだ。
その後は徒歩で本部に向かっていたらしいのだが、結局は使徒との戦闘には間に合わず大遅刻となった。
その事で彼女は碇司令と冬月副司令から大目玉を食らったらしいのだが・・・それは別の話である。

「もう遅刻はしないで下さいよ?本当に困りますから。」

少し呆れたような顔でミサトを一瞥するシンジ。
そんな彼女の冷ややかな目線に、ゴメンゴメンと、ミサトは頭をかいて誤魔化す仕草をしながら病室から退散していった。
ちなみに同じ様に遅刻していた日向二尉だったが、彼もミサトと一緒に居たらしい。
さっき廊下ですれ違った時の彼もミサトと同じ様に腕に包帯を巻いていた。

「ま、綾波が無事で何よりや。心配したで、ホンマ。」

シンジの横でトウジがレイに声をかける。
レイは特に何の反応も示さないが・・・トウジはまるで気にしてはいない様だ。

「ほな、ワシはもう行くわ。」

そう言うとトウジは病室から出て行ってしまった。おそらく、妹の見舞いに行くのだろう。

「ファースト。これで借りは返したわよ。」

次に声をかけてきたのは病室の隅で腕を組んで立っていたアスカである。
彼女は一言だけ言うとそのままさっさと部屋から退出していった。
アスカの言う借りが何なのか・・・レイには見当もついてないし、シンジは当事者では無いのでさっぱり分かっていない。

「・・・・・。」

ミサトやトウジ、アスカが退出してしまい、病室はシンジとレイの2人きりになってしまった。
改めて2人になるとシンジは嫌でも緊張してしまう。外見は大人の女性であっても中身は14歳のシンジなのだから。

「あ、あのさ・・・、綾波のこれからの事なんだけど・・・」

少し噛みながらレイに今後の事を話し始めるシンジ。
前回の戦闘で零号機は完全に消失してしまい、レイの専属パイロットとしての立場は無くなってしまうかと思われたが
碇司令の命令によると、とりあえず現状維持という事らしい。
そういうワケなので、訓練やシンクロテストなどはこれまで通り・・・
つまり、これからもこれまでと変わらない日常を過ごす事になるという事である。ただ一点を除いて・・・

「でね、綾波の家なんだけど・・・この前の戦いで吹き飛んじゃったから・・・」

「・・・・・。」

レイはシンジの話をただ黙って聞いていた。
第3新東京市の半分を破壊してしまった零号機の大爆発。その爆発でレイの住んでいたマンション一帯も無くなってしまったのだ。
一応、ネルフ本部に住む事も出来るので、その旨を伝えるシンジだったが・・・

「もし良かったら・・・なんだけど、ミサトさんの家に来ない?
あ、あの・・・ヘンな意味じゃなくて・・・住む所が無くなっちゃって大変だろうなって。
それに、トウジも一緒に住む事になったから・・・」

ややしどろもどろになりながら提案するシンジ。
家が無くなってしまったのはレイだけではなく、トウジも同様であり
ミサトの提案でトウジもミサトのマンションに住まわせる事になったのだ。
その点についてはアスカから当然の様にクレームがあったのだが、家主であるミサトの強権により却下されていた。

「・・・・・。」

しばらく、双方とも何も喋らず静かな時が流れたが・・・

「あの・・・、よろしくお願いします・・・。」

レイから返って来たのは意外にも了承を示す言葉だった。

 

 

レイが本部の病院から退院する日、シンジは彼女に付き添う事にした。
退院したレイをミサトの家に連れて行くという理由もあるが、彼女が心配だったからでもある。
その帰り道、2人は病院の通路を言葉少なに歩いていた。

「綾波・・・、今度はもう無茶しないでね。」

監督係としてレイの行動を注意するシンジ。
これは前回の戦闘についての事なのだが・・・シンジの口調は注意というよりはたしなめると言った感じだ。
前回の戦闘前にも似たような事は言ったのだが、あまり効果は無かったらしい。

「もう零号機は無くなっちゃったし・・・
これからなにがどうなるかも分からないけど・・・今度こそ本当に駄目だからね。」

「・・・・・。」

念を押す様なシンジの言葉に対し、当のレイからの返答は何も無し。
だが、それもいつもの事なので、シンジはそれほど気にも留めなかったが・・・

「大丈夫よ、彼女なら。死んでも代わりはいるんだから。」

突然、背後から誰かが声をかけてきた。
あまりにもいきなりの事だったので、シンジが慌てて後ろを振り返るとそこには・・・

「お久しぶり、生駒一曹・・・だったかしら?それにレイ。退院おめでとう。」

白衣を着た金髪の女性・・・
最近まるで姿を見かけなかったリツコである。
おめでとうと言うリツコだが、その顔はどこか影があり・・・
シンジの眼にも彼女の様子がいつもと違うという事がすぐに分かった。
リツコの両手は白衣のポケットに入れられたままだ。

「あ、お久しぶりです、リツコさん。それじゃ、僕達帰りますんで・・・」

と、返答し帰ろうとするシンジだったが、その動きはすぐに止めざるを得なかった。なぜなら・・・

「リツコさん・・・?どうして銃なんか・・・!」

シンジは眼の前の光景を一瞬信じる事が出来なかった。
白衣から出したリツコの手にはリボルバー式の拳銃が握られており、その銃口は確実にシンジに向けられている。

「話があるの。ついて来て。2人ともよ。」

必要な事だけを口にするリツコ。
笑顔で対応しているものの、それが偽りのものである事は明白である。
シンジにはリツコの迫力に逆らう事は出来ず・・・そのまま彼女の後をついていく他なかった。
一方、レイにはあまり動じた様子は無い。いつも通り、ただ淡々と言われるがままに行動するだけである。

 

 

ネルフ本部の下層・・・シンジとレイはリツコに先導されるままやってきた。
入り口には人工進化研究所と書かれている。

「・・・・・。」

先ほど乗ってきたエレベーターの中でも誰一人として口を開く事は無かった。
そして、そのエレベーターの中でもリツコはずっとシンジに銃を向けていたのだ。
シンジはその重苦しい空気に口を開く事が出来ず、レイはいつも通りに黙ったまま・・・
銃を突きつけているリツコも喋るつもりは無かったようだ。

「ここは・・・?」

リツコに連れられてやってきたのは小さな部屋・・・
病室か何かのようにも見えるが、その部屋はどこか見覚えがあった。
殺風景な部屋の中にベッドと、何に使うか分からない医療機器の様なモノが無造作に置かれている。

「レイはここで育ったのよ。でも、見せたいものはこれじゃないわ。付いて来て。」

リツコの命令に大人しくついていくシンジとレイ。
その通り道には、何体ものエヴァの様なパーツが安置されていた。
リツコの話によるとエヴァの失敗作らしいが・・・別にこれを見せたいわけでもないらしい。
程なくして、今回の目的地と思われる大きめの部屋に到着した。
暗闇に包まれた空間の中央にあるのは人一人が入れるくらいのオレンジ色の試験管の様なモノ・・・
その上から天井に向けては巨大な機械の集合体が続いている。

「・・・真実を見せてあげるわ。」

部屋に到着するなり、リツコは何かのリモコンを操作する。
すると、これまで暗闇だった部屋の周囲に中央部に在る試験管と同じオレンジ色をした
ガラスケースがぼんやりと浮かび上がった。
そしてそのケースの中には無数のある人影が・・・華奢な少女の形をしたその人影はシンジにはよく見覚えがあった。

「綾波・・・レイ?」

シンジがそう呟くとその声に反応したように、ケースの中の人影が一斉に振り向く。
その人影は・・・間違い無く、自分の隣に居るレイと同じ姿をしていた。

「これはダミーシステムのコアとなる部分、その生産工場よ。」

それを皮切りにリツコは全てを話し始めた。
アダム、エヴァ、南極で起きたセカンドインパクトの真相・・・そして、レイに関する事も・・・
その話の内容にシンジは驚きを隠せなかった。それに、どうしてそんな話を自分にするのかも分からない。
一方のレイは・・・心なしかうつむいている様にも見える。

「・・・だから壊すの。憎いから。」

シンジ達に背を向け話を続けていたリツコが再びリモコンを操作する。
と、同時に水槽の中の綾波に似た多数の人影は笑い声を残しながら次々と崩れ落ちていった。

「リ、リツコさん・・・!何を・・・?」

シンジが思わず声をあげるがリツコは全く動じた様子が無い。
ゆっくりと振り返ったその顔はどこか自嘲気味だった。

「ええ・・・、分かっているわ。破壊よ。
これは人じゃないもの、人のかたちをしたものなのよ・・・!でも、そんなものにすら私は負けた!勝てなかったのよ!
でも、あの人・・・あの人・・・馬鹿なのよ!私は!親子揃って大馬鹿者だわ!」

そういうとリツコは再び銃をシンジ達に向けた。
その照準はレイの方に向けられていた為、とっさにシンジが間に割って入るが・・・それでもリツコは銃を下ろそうとはしない。
むしろ、リツコはどちらでもかまわないといった素振りさえ見せている。

「な、なにを・・・するつもりなんですか?」

「さっき言ったでしょう・・・。
私はそんなものにすら勝てなかったって・・・
それは、そこのレイも・・・そしてあなたも含まれているのよ。生駒一曹。」

シンジの問いに答えるかのように今度は明確に彼女に銃を突きつけるリツコ。
今にも引き金を引きかねない状態だ。

「・・・そう、あなたみたいなまがい物にすら私は勝てなかった・・・!あなたのせいで私は・・・!」

自分を見るリツコの表情は酷く歪んでいる。
引き金にかけたリツコの指が動いた瞬間、シンジは思わず眼を閉じた。

タァァァァン!

次の瞬間、予想を裏切る事無く乾いた銃声が室内に響き渡った。
だが・・・、撃たれたにしては痛みも何も感じない・・・。
何が起きたのか分からない・・・、シンジが恐る恐る眼を開けるとそこには・・・

「・・・赤木博士。あなたを拘束します。」

いつの間にかその場にはミサトが現れていた。
銃を両手で構えながら、シンジ達の背後からリツコに必要な事だけを言い放つ。
ミサトの銃撃で銃を弾かれてしまったリツコは力無くその場にしゃがみ込み・・・そのまま泣き崩れていった。
そこにはいつもの冷静なリツコはどこにもなく・・・大きな声でなき続ける女性がいるだけ・・・。

「ユイちゃん、レイ・・・あなた達は先に帰って。」

ミサトはシンジ達に対しても必要な事をただ伝えるのみ、
シンジは何かを言おうとするが・・・何も言葉に出来ないし何も思いつかない。
シンジもレイも・・・黙ったまま、ただその場を後にしかなかった。

 

 

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