>>593氏のネタ3   せめて、人間らしく

 

 

ミサトが戻ってきてから数日後、
ネルフ本部ではいつも通りシンクロテストが行われていた。
対象者はアスカ、トウジ、レイの3人なのだが・・・

「シンクログラフ−12.8。起動指数ギリギリです。」

伊吹二尉がアスカのシンクログラフの数値を読み上げる。
彼女の報告通り、アスカのシンクロ率は低下の一途をたどっていた。
一時はチルドレンの中でもトップを誇っていた数値も今では見る影も無い・・・。

「アスカ、調子悪いのよね。今日、二日目だし・・・」

「シンクロ率は表層的な身体の変化に影響されません。問題は・・・もっと別なところにあるかと思われます。」

ミサトの意見に伊吹二尉が含みのある返答を述べる。
もっとも、伊吹二尉に言われるまでもなく、ミサトにもある程度は見当がついていた。

「やっぱり・・・シンジ君に負けたって思い込んでるのがマズいのかしら。」

「え?僕に負けたって・・・ごぶっ!」

ミサトの独り言に反応したシンジに対し、すかさず肘打ちが加えられる。
もちろん、この室内にはシンジの事を知らない人間も多く、
情報の漏洩を防ぐという意味ではミサトの行動は迅速的確だった。

「3人とも、上がっていいわよ。」

悶絶するシンジをよそに、ミサトは3人にシンクロテストの終了を伝えた。

 

 

シンジがネルフ本部の通路を歩いていると、前から見慣れた少女がやってきた。
赤みがかった金髪をなびかせながら近付いてきた彼女も、どうやらシンジの事に気付いたらしい。

「あ、アスカ・・・。あのさ・・・」

「・・・・・。」

シンジが声をかけてもアスカは反応無し。
そのままシンジの横を通り過ぎて行ってしまった。今日のアスカはいつにも増して不機嫌そうである。
一方、アスカの後姿を見送るしかないシンジ。そんな彼女の背後から近付いてくる人影がもう1つ。

「お!ユイさん!こんちは!」

明るい口調で声をかけてきたのはトウジである。
眼の前の女性の中身がシンジである事を彼は当然知らないため、トウジなりに少々かしこまった対応だ。

「こんにちは・・・。シンクロテストお疲れ様。シンクロ率、少し上がってたよ。」

「そうですかぁ?まだ、そんなに慣れてへんけど・・・」

さっきのシンクロテストの結果をかいつまんで話すシンジに対し、
トウジは頬を少し赤くしながら、顔を指でポリポリとかきつつ照れくさそうに答える。

「明日・・・、3号機の再起動実験だね。大丈夫?」

すっかりサポートの立場となってしまったシンジには
チルドレン達の訓練スケジュールがある程度先まで知らされている。
明日は、以前失敗した3号機の再起動実験が行われる予定なのだ。
もちろん零号機と弐号機を待機させた上での実験である。
ちなみに、零号機・弐号機ともにすでに修理を終え万全の態勢となっていた。

「ああ・・・なんとかなると思いますわ。ワシ1人、いつまでも遊んでるワケにはいきませんやろ?」

口調とは裏腹にトウジの顔はどこか不安げである。
最初の時は使徒に乗っ取られ、前回は連動に失敗しているのだから・・・
彼が不安になるのも無理は無い。

「トウジ・・・、何かあったらいつでも相談にのるから。」

「はい。そいじゃ、また明日。」

そう言うと、トウジは鞄を手に行ってしまった。
初号機が凍結されえいる今、3号機の戦力としての価値は必然的に大きなものとなっているのだが・・・
シンジにとってはあまり喜べる状況でもない。
あれこれ考えつつ、あらためてシンジが自室へと戻ろうとすると

「綾波・・・?」

今度はファーストチルドレンである綾波レイがやってきた。
何でこんなにパイロットと会うのかと思ったがなんて事は無い。
単に、シンジが自室へ行く為には彼らが通るであろう通路を通らねばならず、否応無しに出会うようになっているのだ。

「・・・生駒一曹、こんにちは。」

形式的に挨拶をするレイ。
最初に出会った時から比べると随分人間らしくなってはきたが・・・それでも、やっぱり愛想があるとは言えない。
もちろん、今のシンジは以前とは姿形が変わってしまったのだから仕方が無いのだが。

「あれ?頬・・・どうしたの?」

ふと、レイの頬が赤くなっているのがシンジの眼に止まった。
さっきのトウジとは違い・・・それはまるで叩かれた痕の様にも見える。

「・・・なんでもありません。」

それだけ言うとレイも行ってしまった。
以前と比べると、彼女との距離はまた離れてしまった様に感じられる。
本当に、これからどうなるのだろう・・・と、シンジは先行きに漠然とした不安を感じていた。

 

 

その日の夜、葛城宅のダイニングルームで食卓を囲む
シンジ、ミサト、アスカ、ペンペンの3人+1匹。
これまでシンジを避けるように生活していたアスカも席に着き
ようやく3人で食事をするようにはなったものの・・・アスカはやはり一言も喋らない。

「・・・ごちそうさま。」

と、早々に食事を終えたアスカが席を立ったその時

プルルルルル

突然家の置き電話が鳴り出した。

「はい。葛城です。え〜と・・・」

反射的に電話をとったのは一番近い場所にいたシンジである。
一言二言やり取りをした後、彼女はキョロキョロと辺りを見回している。明らかに誰かを探しているらしいが・・・

「どしたの?」

「あ・・・、アスカに国際電話です。お母さんからだって。」

缶ビールを手に尋ねるミサトに対し返答するシンジ。
彼女が受話器を持って少し困った様な顔をしているのは、すでにアスカが自分の部屋へ戻ってしまっていたからだ。
仕方なく、シンジは受話器をアスカの部屋まで持って行く事に。

「アスカ。電話だよ?ドイツからだって。」

シンジが声をかけると扉がスッと開き、中から無表情のアスカが現れた。

「・・・・・。」

彼女はシンジから受話器を受け取ると何も言わずにピシャッと扉を閉じてしまい・・・
程なくして、閉じた扉の向こうから楽しげに話すアスカの声が聞こえてきた。
日本語ではない言葉で聞こえてくるアスカの声に感心していたシンジだったが・・・

「あ・・・、僕、どうしたらいいんだろ・・・。」

ふと渡した受話器の事が気になってしまった。
このまま自分がダイニングルームへ戻ってしまうと、アスカが自分で受話器を電話本体のところまで戻さねばならず、
それに腹を立てた彼女がシンジに文句を言ってくるだろう事は容易に推察出来る。
少なくとも、これまでの経験からいくと避けられない結末と言えるだろう。
少し考えた後、シンジはアスカの部屋の前で電話が終わるのを待つ事にした。

「あ・・・もういいの?」

受話器を手に部屋を出ようとしたアスカへシンジが声をかける。
その声にアスカの顔がちょっと驚いた様な表情へと変わった。
まさか、シンジが待ってくれているとは思ってなかったらしい。

「・・・もう終わりましたから。ありがとうございます。」

一応の礼を言うアスカだったが、その口調はどこまでも他人行儀である。

「電話、楽しそうだったね。」

「・・・別に、ただの義務ですから。嫌いってわけじゃないけど、ちょっと苦手なだけで―――」

そこまで言ってハッとした顔へと変わるアスカ。
まさか、自分がそんな事を口にするとは思ってなかったらしい。
彼女は無言で受話器をシンジに渡すと、再び勢いよく扉を閉じてしまった。

「はぁ・・・」

廊下に1人取り残されたシンジは、ため息付きつつダイニングルームへと戻ってきた。
受話器を元に戻し途中になっていた食事を再開する。
せっかくのご飯もすっかり冷めてしまった。

「アスカ、荒れてるわね。」

「そうですか?いつもああですよ。」

二本目のビールを手にしていたミサトに対し、シンジは疲れた様な声で返答した。
確かにシンジの言うとおり、アスカの気性が激しいのはいつもの事なのだが・・・
それでもここまであからさまに嫌われるというのは珍しいと言えば珍しい。
その後は特に何もなく、葛城宅の夜は更けていった。

 

 

だが、いつも通りだったはずのその日の深夜・・・
何か大きな物音に、リビングで寝ていたシンジが目を覚ました。
大きな人の声と・・・風呂場の洗面器が勢いよく転がったような響く音・・・
寝ぼけていたシンジには何の音か理解するのに時間がかかった。

「アスカ・・・?」

声の主はアスカだった様だが、叫んでいた内容まではよく分からなかった。
嫌いとか嫌とか言っていた様にも思えるが・・・
夕食の時、ミサトが言っていた通り、最近のアスカは少し荒れているのかもしれない・・・。
意識の虚ろな頭でシンジがあれこれ考えていると・・・

ガラッ!

リビングとダイニングルームを隔てる扉が少し大きめな音と共に開く。
やってきたのは、首にタオルをかけ風呂から上がったアスカだった。
それに対し、思わず寝たふりをしてしまうシンジ。なんとなく、今起きていたのがアスカにバレるとマズい気がしたからである。
すぐにアスカは部屋へと戻るだろう・・・と、シンジが眼を閉じつつ時が過ぎるのを待っていると

ドサッ!

すぐ近くに聞こえた大きな物音。
それはまるで、誰かがすぐ近くに寝転んだ様な・・・そんな音だった。
振動もちゃんと感じたため、寝ぼけているというわけではない・・・はずである。
何があったのかとシンジが眼を開けるとそこには

「・・・・・っ!」

眼の前の状況に、思わず声が出そうになるのを慌てて押し留めるシンジ。
彼女が驚くのも無理はなく、眼を開けたシンジのすぐ眼の前に、アスカが同じ様に寝ているのが見えたからだ。
アスカはリビングに寝ている自分に寄り添うように横たわっている。

(どうしたんだろ・・・。アスカ、寝ぼけてんのかな・・・?)

眼を閉じつつ、現在の状況を理解しようとするシンジだったが・・・やっぱりよく分からない。
以前にも似たような事はあったが、今の自分は外見が全く違う。
おまけに、今の自分はあからさまに嫌われているはず・・・
この状況に耐えかねたシンジが、アスカとの距離を少し開けようとするが

ガシッ!

「へ・・・?」

自分が着ているTシャツの裾がアスカにしっかりと握られており、距離をとる事すら不可能となっていた。
嫌われてるはずなのになんで一緒に寝てるんだろう・・・?
アスカとの同居生活はそれなりに長かったが・・・アスカの性格をまるで分かっていなかった事に改めて気付くシンジ。
その後はどうする事も出来ず、シンジは寝返りを打つ事すら出来ないまま・・・
そのままの状態で眠りに付くしか無かった。

 

 

翌日、ネルフ本部では予定通り3号機の再起動実験が行われようとしていた。
弐号機と零号機はすでに待機済み・・・、実験を遂行するコントロールルームでは慌しく準備が進められていた。
もう間もなく実験が始まろうという時間なのだが・・・フォースチルドレンであるトウジがまだ3号機に搭乗していない。

「ちょっとぉ!まだ始まんないわけ?」

ほったらかしにされている状況に我慢できなくなり、アスカが文句を言ってきた。
もう少し待つようにと伝える伊吹二尉だったが、そんな彼女の説得などおかまいなしの剣幕である。

(アスカ・・・、いつも通りだよね・・・。う〜ん・・・。)

コントロールルームで自分に割り当てられた仕事をしていたシンジだったが
思わず昨日の夜の事を思い出してしまう。
隣に寝ていたはずのアスカもいつの間にか自室に戻っていたらしく、今朝シンジが目を覚ました時にはすでに居なかった。
おまけにアスカの態度はいつも通り・・・シンジに対しては素っ気無いまま。
むしろ、昨日の深夜の出来事こそが夢か幻だったのではないかと思えるほどだ。

「鈴原君は?」

ふいにミサトがシンジに尋ねてきた。
一方、え?僕?と言わんばかりにポカンとした表情のシンジ。
次の瞬間にはミサトの拳固がシンジのこめかみに両側からグリグリと押し当てられていた。

「あ〜な〜た〜は、サポート係でしょ〜が!」

「痛い痛いいたたたた!痛いです!痛いですってば!」

両手をジタバタさせ必死にもがくシンジの弁解もミサトには届いていないらしい。
ようやくシンジが開放されたのは、彼女がトウジの様子を見に行くと意見した後であった。

 

ロッカールームに着いたシンジが眼にしたのは
黒を基調としたプラグスーツを着用してはいるものの、ベンチに腰を下ろしじっと座っているトウジの姿だった。
時間的にはもう、ケイジに行かなければならないのだが・・・

「あ・・・、すんません。今、行きますんで・・・」

シンジがやってきた事に気付いたトウジは彼女の方を見ると力の抜けた声で呟いた。
行くとは言っているものの・・・どうにも動きそうな気配が無い。
シンジから眼を離したトウジはどこを見ているというワケでもなく・・・ただ、ぼんやりと自分の眼の前を眺めている様だ。

「・・・・・。」

2人とも何も言わず・・・少しの時間が流れた。
1分か・・・2分か・・・それほど大した時ではないはずだが、それでもシンジには長く感じられた。

「・・・分かってます。行かなならんて・・・、分かってますけど・・・」

自分に言い聞かせる様に話すトウジだが・・・その手は震えていた。
そして、その震えを抑えるように両手を硬く握り締めている。
やはり・・・、トウジはまだEVAに乗る事への恐怖が拭いきれていないらしい。
以前、シンジがトウジから3号機のパイロットになると打ち明けられた時と同じ様に・・・
いや・・・、恐怖が明確になってしまった今の方が彼にとってはより辛いはずなのだ。

「トウジ・・・、今日の実験、止めにしてもらう?」

そして、そんな彼をムリヤリEVAに乗せようとする気はシンジにも無い。
誰よりEVAに乗る事への恐怖を分かっているシンジだからこそ言える台詞なのだろう。
それがただの逃げでしか無い事は分かっていても・・・今のシンジに言えるのはそれくらいだった。

「え?止めって・・・んな事・・・」

逆にその顔が驚きへと変わったのはトウジである。シンジの言った事も一瞬理解出来なかった様だ。
その言葉に少しの迷いを見せたトウジだったが・・・

「・・・ありがとうございます。
でも・・・ワシがやらなあかん事やし・・・惣流や綾波に頼ってばかりってのも格好つかへんし・・・。
それに・・・こんなんじゃシンジに笑わてしまいますわ。」

そう言って、ベンチから立ち上がりシンジの方に向き直ったトウジの顔は、まだ不安げだが・・・
さっきよりはいくぶん吹っ切れた様な表情へと変わっていた。
トウジがケイジへ続く扉を開けようとしたその時

ビー!ビー!ビー!

ネルフ本部に突然警報が鳴り響いた。

 

 

突如、第3新東京市上空の衛星軌道上に現れた15番目の使徒。
青白く光り輝き、大きな翼を幾重にも広げた様なその姿はある種の神々しさすら感じさせる。
使徒は第3新東京市から一定の距離を保ちつつ、衛星軌道上に滞宙していた。

「コレを失敗したら多分弐号機を降ろされる・・・。ミスは許されないわよ、アスカ。」

出撃したアスカが自分を叱咤するかのような独り言を呟きながら
弐号機のために用意されたポジトロンライフルを装備する。
第3新東京市の現在の天候は雨、雲量も多くEVAからは使徒を確認出来ない。
本来、零号機による長々距離射撃で使徒に対抗する予定だったのだが、
零号機のバックアップを命じられたアスカはそれを不服として半ば勝手に出撃した格好なのだ。

「もう、さっさとこっちへ来なさいよ!じれったいわね〜!」

目標は今だ弐号機の射程距離外である。
アスカの眼の前にセットされた射撃補助用のバイザーの照準も今だ整っていない。
機械音とともにようやく照準が定まろうとしていた次の瞬間、
上空の使徒から弐号機に向けて光線の様なモノが照射された。

「キャアアアッ!」

たまらず悲鳴をあげるアスカ。
その様子を確認していたネルフ本部だっがが、まだその攻撃が何なのかまでは判明していない。
急ぎ解析作業とアスカのバックアップが行われる中で、第二発令所の上部指揮所の一角・・・
ミサトの傍らで主モニターをただ見ているだけしか出来ないシンジ。
何も出来ない自分に彼女はもどかしさと焦りを感じていた。
映像に映るアスカは明後日の方向にライフルを撃ちつつ、悲痛な声を上げ続けている。

「ミサトさん!アスカは・・・!」

「焦らないで。今、零号機の準備が終わるわ。零号機の状態は?」

シンジの問いに冷静な口調で答えつつ、ミサトは現在の状況を日向二尉に確認する。
そして、日向二尉からは間もなく準備が完了する旨が伝えられた。

「最終安全装置、解除!」

零号機が装備したポジトロンスナイパーライフルの射撃準備がようやく完了しつつあった。
第五使徒戦で使用されたモノに改良を加えたそのライフルは、現在の兵装の中では最も射程距離が長い。
逆から言えば、これが通用しなければ
ネルフには衛星軌道上の使徒に対抗する方法が無いという事なのだが・・・

「全て発射位置!」

ポジトロンスナイパーライフルの射撃準備が完了、
その報告を受けたレイはすぐさま引き金を引いた。
陽電子は雲を突き抜け、ゆるやかな曲線を描きながら使徒へと向かっていく。しかし・・・

「駄目です!この遠距離で使徒のATフィールドを貫くにはエネルギーがまるで足りません!」

青葉二尉の報告を聞くまでも無く・・・
零号機のライフルから放たれた陽電子は使徒のATフィールドに弾かれ
何本も細い陽電子に分かれて空中に消えていった。その様子は主モニターにハッキリと映し出されている。
そして、その間も弐号機に対する使徒の心理攻撃は続けられていた。

「ミサトさん!僕が初号機で出ます!」

今の自分の状況を忘れてシンジがミサトに上申する。
パイロットとして前線に立つ事も大変だったが、こうして発令所から状況を見ているだけというのも辛いものがある。

「生駒一曹、落ち着いて。貴女はパイロットじゃないんだから。」

シンジを偽名で呼ぶミサトの眼は、落ち着けと言わんばかりの冷ややかなものだった。
だが、中身が14歳のシンジはそんな事で落ち着けるほど成長もしていない。
彼女がまだ何かを言おうとしたその時

「レイ、ドグマを降りて槍を使え。」

指揮所の最上部から碇司令の声が聞こえてきた。
槍という言葉の意味を理解できた人間は少なかったが、ミサトにはきちんと分かっていたらしい。
だが、ミサトが中止を進言するも碇司令は取り合おうとしない。
程なくして、零号機は第3新東京市から一時撤退、ドグマの最深部へと降り始めた。だが

「ミサトさん!アスカは下げないんですか!このままじゃ・・・」

焦りを隠そうともしないシンジの叫び。
主モニターに映る弐号機は現在も使徒からの攻撃に晒されていた。
本部からのサポートもほとんど意味を成しておらず、アスカの精神は限界へと近付いている。

「・・・・・。」

ミサトもアスカの状態は分かっているのだが・・・現在のところ打つ手が無い。
初号機は凍結処分、3号機においては起動すらもままならない状況・・・考えたところで対策など無く
今は零号機が地上へ戻ってくるのを待つしかないのである。
先程アスカに撤退を指示したものの・・・彼女は頑として言う事を聞かないのだ。

「生駒一曹、焦らないで。じきにレイが戻って―――」

シンジの方に振り返りつつ返答するミサトだったが、
彼女が振り返った時にはシンジはすでに第二発令所から居なくなってしまっていた。
慌しく作業が続けられていた発令所では、今の今までその事に気付く者がいなかったらしい。

 

 

第6ケイジでは、3号機の前でトウジが物思いに耽っていた。
使徒が来襲しているというのにEVAにも乗れず、自分の不甲斐なさに苛立っていたのだが・・・

「はぁ・・・はぁ・・・トウジ、出撃・・・急いで準備して。」

息を切らせながらシンジがケイジへとやってきた。
その様子に驚いた表情へと変わるトウジ。何も聞かされていないため状況がさっぱり分からない様だ。
使徒が来たらしいという事はなんとなく分かっているが、
第二発令所で戦況を見守っていたシンジと違い、トウジは地上で何が起きているのかまだ知らないのだ。

「でも・・・ワシはまだ動かせへんですし・・・」

突然出撃を命令されたところで、
トウジにはそれが出来るはずもなく・・・また、その自信もない。
実際、シンクロテストはしてきたものの、3号機の再起動にはまだ成功しきれていないのだ。

「座っていれば・・・大丈夫。きっとうまくいくよ・・・」

まだ息の整っていないシンジの声は絶え絶えであるが・・・
その内容はトウジにもなんとなく理解出来ていた。
さっきは無理に乗せようとしなかったシンジが、自分に対し半ば強引に搭乗を勧めている・・・
つまり、それだけ状況が切羽詰っているであろうという事も。

「ワシには・・・出来ません。・・・怖い・・・ごっつ怖いんや。」

シンジから眼を逸らし、トウジは自分の心情を話し始めた。
自分の情けなさを恥じつつ、それでも自分の気持ちを包み隠さず話す彼の手は震えていた。
一方のシンジはその話をまるで初めて聞くかの様に聞いている。

「分かってる・・・、でも、アスカを助けられるのはトウジしかいないんだ。
君にしか出来ない事だから・・・!」

トウジの肩に手を置き、
出来るだけ安心させようとするシンジだったが・・・それでもトウジの心は中々決心に至らない。
頭では理解出来ていても心はそうはいかないのだろう。
EVAに乗りますと言おうとしながらも・・・何度もためらっている様だ。

「分かった・・・、じゃ、僕も行くよ。」

「へ・・・?」

僅かに微笑みながら行くと言ったシンジの突然の言葉だったが
トウジには何が何だかまるで分からなかったらしい。間の抜けた声で返答するのが関の山だった。

「2人で行けば多分怖くなくなると思うし・・・それにEVAの操作方法とかも教えられるからさ。」

「む、無茶言わんで下さい!だって、EVAって1人乗りじゃないんですか?」

シンジの提案に、思わずEVAのパイロットとして常識的な意見を述べてしまうトウジ。
確かにEVAの操縦席であるエントリープラグは1人乗りであり、複数人で乗る事など考慮されていない。
考慮されていないはずなのだが・・・

(でも・・・、そういえば、前にシンジのに乗った事もあったなぁ・・・。)

ふと、トウジの脳裏に何ヶ月か前の記憶が蘇ってきた。
実際、彼はシンジの初号機にケンスケと一緒に乗ってしまった経験がある。
トウジは自分で言って自分の意見に疑問を感じ、自信が持てなくなってしまっていた。

「大丈夫。僕も何度かや・・・・・あ、そういう事も出来たって聞いてるから。
それより急がないと。アスカが本当に危ないんだ。」

追い討ちをかけるようなシンジの台詞。
自分の両肩に手を置き真剣な表情で説得してくる女性の姿を目の当たりにしては
トウジとしても嫌とは言いづらいものがある。

「は・・・はい。」

シンジの強引な意見にトウジは押し切られる形となってしまった。
気後れするトウジを励ましながら、シンジも一緒にエントリープラグに乗り込んでいった。

 

 

2人の乗り込んだエントリープラグが3号機に挿入され固定される。
ネルフスタッフのほとんどが使徒戦への対応に追われているため、
3号機の起動はパイロットが自力で行わなければならない。
もっとも、ベテランのシンジが一緒だから初心者のトウジでも十分に起動は出来るはずである。

「ユイさん・・・、これ、どうすれば良いんですか?」

「え〜と・・・、それはこうすれば・・・ほら、付いたよ。」

専用のシートに座るトウジの傍らで起動方法を教えていくシンジ。
これまで3号機の起動にはスタッフのバックアップがあったため、何も考えなくて良かったのだが・・・
それでもシンジの説明のおかげか着々と3号機の起動手順が進められていく。そして

カッ!

3号機の眼が光り、同機の起動は無事成功。
エントリープラグ内には3号機周囲の風景・・・第6ケイジの様子が映し出されており、
その事実はシンジとトウジに3号機が起動した事を教えていた。しかし

「はぁ・・・はぁ・・・」

シートに座るトウジ、コントロールレバーを握るその手は震えていた。
以前行われた起動実験では、起動成功後数秒で活動を停止してしまったという経緯がある。
今だ恐怖を克服できていないのか、トウジは今にも自分から神経接続を切ってしまいそうな勢いである。
それも意図的ではなく本能的に・・・

「ユイさん、すんません。やっぱりワシには・・・!」

「トウジ、大丈夫だよ、ほら。」

とっさに、傍らにいたシンジが3号機のコントロールレバーを握る。
一方のトウジは、自分の手に重ねられるようにシンジに手を握られてしまい離すに離せなくなってしまった。
思わずシンジの方を振り返った彼の顔は真っ赤になっている。
3号機の起動から数十秒・・・以前の様に起動が停止してしまうような気配は無い。

「これ・・・、うまくいってるんですか?」

「うん、成功だね。」

キョロキョロと回りを見回すトウジ。
そんな彼に対し、シンジは僅かに微笑みながら安心させるような口調で答えた。

 

 

「EVA3号機、再起動!」

第二発令所で作業中の伊吹二尉が大きな声で報告する。
今の状況ではありえない事態に自分の耳を疑うミサト。彼女はすぐさま主モニターへの表示を指示する。

「ちょ・・・、なにやってんの!アンタ達!」

主モニターに映し出された3号機のエントリープラグ内のトウジとシンジを見たミサトが驚きの声をあげた。

「・・・・・。」

一方、EVAに乗り込んでいるシンジの姿に、最上部の碇司令も身体をピクッと震わせた。
冷静なフリをしているが内心相当驚いているらしい。

「3号機の状況は?」

ミサトが伊吹二尉に現状を確認する。
きちんとプラグスーツを着ているトウジはともかく、
シンジはネルフの制服のままな上にインターフェイス・ヘッドセットすら付けていない。
これではEVAの神経系統に異常が発生してもおかしくはないのだが・・・

「3号機は正常に起動しています。今のところシンクロにも問題はありません。」

伊吹二尉からの報告は、本来ミサトにとっても喜ばしいもののはずである。
戦力が少しでも欲しい今の状況では3号機の起動成功は明るい材料の一つのはずなのだが・・・

「生駒一曹、どういうつもり?」

立場上、勝手に持ち場を離れたシンジの行動を見逃すワケにもいかない。
改めてシンジに真意を問いただすが・・・

「アスカを助けにいきます。これ以上、放ってはおけないんです。射出お願いします。」

シンジからの返答は簡単なものだった。
第二発令所にはアスカが現在も使徒からの精神攻撃を受けている状況が伝えられている。
唯一の頼みの綱である零号機がドグマから地上へ戻るにはまだ時間がかかるだろう。

「・・・分かったわ。弐号機の救出、急いで。」

ミサトはそう言うと、3号機の射出を命じた。
専用のレールを移動していく様子が第二発令所からも確認できる。

 

 

「EVA3号機、リフト・オフ!」

地上に搬送された3号機は安全装置を解除され、ミサトの声とともに第3新東京市に降り立った。
射出位置は弐号機から東に1km程離れた地点。

「・・・・・。」

エントリープラグ内で緊張した面持ちのトウジとシンジ。
彼らの見るその先には、使徒から放たれている光線状の光に包まれた弐号機の姿がある。
シンジはさっきまで手にしていたコントロールレバーから手を離し、3号機の全てをトウジに預けていた。

「ユイさん、ワシどうすれば良いんですか?」

一方のトウジは緊張こそしてはいるものの、さっきまでの震えはすでに収まっているようだ。
これからどうしたら良いのか分からず、シンジに尋ねてきている。

「EVAは考えた事がそのまま操縦になるんだ。歩こうと思えば歩くし、走ろうと思えば走るし。
え〜と・・・、とりあえず歩く事から始めてみて。」

これはシンジがEVAに初めて乗った時にミサトから受けた指示である。
シンジも少し考えてはみたものの、やっぱりこれくらいしか思い浮かばなかった。

「はぁ・・・、はい。歩く・・・」

シンジに言われるまま歩く事を考えるトウジ。
すると、3号機は彼の思考からやや遅れるように一歩、二歩と歩き始めた。
自分の意思でEVAを動かすのが初めてなトウジは少し戸惑っている様だ。

「歩くのと同じ様に、手を動かそうと思えば手も動く様になってるから。
それじゃ、アスカを助けにいこうか。」

「え・・・いきなりですか?」

シンジの提案は初心者のトウジからしてみれば、いきなり無理難題を突きつけられたようなものである。
だが、精神攻撃を受けているアスカを放っておくわけにもいかず
出来うる限り・・・・、一刻も早く救出しなければならない。

「大丈夫。アスカのところまで駆けて行って弐号機を抱えて逃げるだけ。」

あっさりと指示するシンジだったが今のトウジにはかなり難しい。
今、現在3号機は彼の意思で歩いているが、
それでもトウジにとっては何かタイムラグの様なモノが感じられ、まだ完全に馴染んではいないのだ。

「・・・わかりました。やってみます。」

それでも与えられた仕事を何とかこなそうとするトウジ。
最初はゆっくり歩いているだけだった3号機だが、彼の意思に呼応し次第に歩みが速くなり・・・いつしか全力で駆け出していた。
使徒から照射されている光に包まれている弐号機はすでに眼の前に迫っている。

「うおおおおおっ!」

ドゴッ!

気合一発、半ば体当たり気味に弐号機を抱きかかえる3号機。
お姫様だっこの様な体制だが、今は外聞など気にしていられる状況ではない。
初めてマトモに操縦したわりには、トウジの手際はかなり良かった。

「いたたた・・・。トウジ、やったね。」

頭を抑えながら、トウジに声をかけるシンジ。
一方のトウジも痛む頭を横に振りながらEVAの操縦を続けている。
もっとも、操縦を続けているとは言っても、弐号機を抱えて第3新東京市の道路を駆けているだけなのだが。

「あのぅ、さっきの光はなんなんです?ワシ、脳みそが蒸発するかと思いましたわ。」

トウジが言っているのは、先程弐号機に接触した時の事・・・
すり抜けながらかっさらうように弐号機を回収したため、光に当てられたのはほんの一瞬だったが
その攻撃が耐え難いモノだというのは十分に理解できた。

「僕にもよく分からないけど・・・あれが使徒の攻撃なんだって。」

何かと聞かれてもネルフ本部でも解析できていない攻撃内容がシンジに分かるわけもない。
だが、神経接続されていないシンジにもその痛みが伝わっていたくらいなのだから・・・
そんな攻撃に長時間晒されていたアスカの苦痛は想像を絶するものがある。

「鈴原君。もうすぐアンビリカルケーブルの長さが無くなるわ。
こっちでパージするから、電源ビルで付け替えて。弐号機の方のケーブルはもう切り離してあるから。」

唐突に第二発令所のミサトから通信が入った。
その声にトウジはキョロキョロと辺りを見回している。やはりまだ慣れていないらしい。

「え?あの、付け替えって言われても分からへんのですが。」

「生駒一曹が知ってるから彼女の指示に従って。
使徒はあなた達の後を追うように光を放っているわ。追いつかれないように気をつけて。」

シンジがふと後ろを振り返ると、ミサトの言うとおり
衛星軌道上の使徒から放たれている光が3号機の後を追いかけるように迫ってきている。
少しでも走る速度を遅らせたら簡単に捕らえられてしまうだろう。

ピーッ!

ふいに警告音が鳴り、エントリープラグのモニターに表示されていた外部電源の文字が内部電源へと切り替わった。
同時に表示された活動限界までの時間は1秒も止まる事無く、みるみるカウントダウンが進んでいく。
どうやら、すでにアンビリカルケーブルが切り離されてしまったらしい。

「げ・・・、ものすごピンチやないか・・・!5分て・・・」

「トウジ、そこを左に曲がって。そうすれば500m進んだところに電源ビルがあるから。」

焦るトウジを安心させるように、必要な事を的確に指示するシンジ。
一方のトウジも少しはEVAの操縦に慣れてきたらしく、シンジの指示通り3号機を左折させる。
500m先の電源ビルとは言っても、EVAの体格ならあっという間に到着してしまう。
エントリープラグ内のモニターには電源ビルの位置がマーカーで識別されており、
どこにあるのかは一目で確認出来る様になっている。しかし

「あのぅ・・・、手ぇ塞がっとるんですが、どうすれば良いんですか?」

「あ・・・!」

トウジに言われるまでシンジはその事に気付かなかった。
自分で操縦しているわけではないので、3号機が両手で弐号機を抱えているという点を見落としてしまっていたらしい。
そして、そうこうしている内に3号機は電源ビルを通り過ぎてしまった。

「ミサトさん!零号機は・・・綾波はまだですか!」

予定が狂ってしまい、思わずミサトに零号機の状況を尋ねるシンジ。
走りながらケーブルを接続するつもりだったのだが、弐号機を抱えている現状ではそれも不可能である。
また、使徒からの光も迫っているため立ち止まってケーブルを付け直している余裕も無い。
必然的に、零号機が戻ってくるのを期待する以外に方法が無いのだ。

「零号機はもう投擲態勢に入ってるわ。あと少し頑張って。」

ミサトからの報告が入る。
いつの間にか零号機は地上に戻っていたらしい。
シンジ達の耳にも、零号機の攻撃までのカウントダウンが聞こえてくる。
3号機の活動限界はすでに2分を切っているが・・・今はただ駆けながら待つしかない。その時

「なんや、あれ・・・!」

思わず上空を見上げるトウジ。
赤く細長いものが上空へ投げられたかと思った次の瞬間、
その赤いものは上空の雲を螺旋状に吹き飛ばし、さらに高空へと昇っていってしまったのだ。
薄暗い雨模様だった第3新東京市に日の光が一気に差し込んでくる・・・。
その後、ほんの僅かな時間の後・・・

「目標消滅!」

第二発令所の青葉二尉の声が聞こえてきた。
ふと、シンジが後ろを見ると、先程まで3号機を追いかけていた光は跡形も無く消え去っている。

「トウジ、やったね。初めてなのにうまく出来たと思うよ。お疲れ様。」

シンジはシートの横から顔を出し、彼女なりの労いの言葉をトウジに送った。
一方、いきなり褒められたせいか当の本人は照れ隠しに頬をポリポリとかいている。

ドズン!

その瞬間、神経接続されていた3号機もトウジと同じ様に顔をかく仕草をしてしまい、
両手で抱えていた弐号機の上半身が地上へ落下、後頭部を頭から強打した。
さらに、駆け続けていた事が災いし、落下した弐号機の上半身に足をひっかけた3号機は
バランスを崩し前転するかの様にゴロゴロと大転倒してしまった。

「うわぁぁぁぁ!」

「あだっあだっ!」

ドドーン!

余りの衝撃と痛さに声を上げるシンジとトウジ。
ゴロゴロと無様にアスファルトを転がっっていった3号機はそのまま正面のビルに激突。
背中をビルに強打する格好で停止・・・そのまま内部電源の尽きた3号機は活動限界を迎えた。

 

内部電源の切れたエントリープラグの中は薄暗くなってしまっていた。
上下も逆さまになっていて、シンジには今の自分がどうなっているかもよく分からない。

「いたたた・・・」

とりあえず上体を起こそうとするシンジだったが、
その時初めて、自分の上に誰かが覆いかぶさっているのに気付いた。
また、相手も同時に自分の状況に気がついたらしい。

「すんません。ユイさん、今どきますんで・・・」

声の主はトウジである。
彼もしこたま身体を打ち付けていたらしく、結構痛そうな顔をしている。
いくらLCLが衝撃を和らげてくれるとは言っても・・・痛いものは痛いのだ。
トウジはシンジから離れようとしたが・・・

ムニュ

トウジが手をついた場所からプラグスーツごしに柔らかな感覚が伝わってきた。
だが、エントリープラグの中にそんな柔らかい部分があるはずもなく・・・彼の眼の前にいるのは年上の女性のみ。
そして、今のトウジが手をついているのはその女性の身体の一部分・・・
彼が自分の置かれている状況を把握するのに約1秒を要した。

「すすっす、すんませんすんません!ワシ、なんてことを・・・」

トウジは急いでシンジの身体から手を離した。
そして、出来る限り遠ざかろうとするが、ここは狭いエントリープラグ内。
慌てていたせいか今度は頭を打ち付けてしまった。

「あったぁ〜・・・。」

あまりの痛さに頭を抱えてうずくまるトウジ。
だが、EVAが起動していなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
もしこの顛末が碇司令に知られてしまえば・・・トウジの存在そのものがどうなっていたか分からないのだ。

「あ・・・、大丈夫?」

心配そうにトウジに声をかけるシンジだったが、
当のトウジは顔を真っ赤にして彼女に背を向けてしまった。何度も何度も謝りながら。
一方のシンジは、なぜトウジが謝っているのかが理解できていない。
プラグ内に微妙な空気が流れていたその時・・・

ガゴン!

その時、突然エントリープラグのハッチが開けられた。
どうやらようやく救助班が到着したらしい。

 

外に出た2人を待っていたのは
先ほどまで自分達が乗っていた3号機・・・今は逆さまにひっくり返ってしまっているが。
ふと見ると、所々水溜りの残っている道路の先に仰向けに転がっている弐号機が見える。
そして、その傍らには赤いプラグスーツを着た少女の姿も。弐号機から降りたアスカは道路の上に膝を抱えて座っていた。
シンジとトウジはそんな彼女の元へ歩いていく。そして

「あの・・・、良かったね、アスカ。」

「話しかけないで!ほっといて下さい!
あんな女に・・・熱血バカにまで助けられるなんて・・・!」

シンジが声をかけるも、アスカから返ってきたのは怒鳴り声。
アスカは2人の方を見ずに声を荒げている。そんな彼女に2人はとりつくしまも無い。
シンジもトウジもアスカにかける言葉が見つからず困っていたその時

「生駒一曹、葛城三佐がお呼びです。
セカンド、フォース、両チルドレンと供に至急、本部へお戻りください。」

とつぜん、誰かが背後から声をかけてきた。
シンジが振り返るとそこにいたのはネルフスタッフの1人。

「あ・・・、はい。分かりました。」

まだ自分の偽名が馴染んでないシンジは一瞬、誰の事か分からなかったが一応返答。事無きを得た。

「アスカ、本部へ帰るよ。ミサトさんが呼んでるって。」

「・・・・・。」

シンジの声に渋々従うアスカ。
ゆっくり立ち上がると不貞腐れた顔のままシンジとトウジの後をやや遅れて歩き始めた。

 

 

ネルフ本部の一室、通常はEVAのパイロット達へ作戦説明がなされる部屋・・・
そこに今回の戦闘に関わったパイロット3人とシンジが呼び出されていた。
そして、横一列に並ばされた彼らの前には上司であるミサトが立っている。

「みんな、お疲れ様、と言いたいところだけど・・・分かってるわね?」

誰かを睨みつけるその視線は明らかにシンジに向けられていた。
確実にどやされる・・・もっとも、それはここへ来る前から分かっていた事なのだが。

「戦闘配置中に勝手に持ち場を離れた事。3号機の無断使用。そしてEVAへの搭乗・・・。
これらは全て処罰される対象となるわ。何か言いたい事はある?」

「・・・ありません。」

淡々と語るミサトに対しシンジは何も反論しようとしない。
そして、ミサトの迫力に口を挟めないトウジ、いつも通り無表情なレイ、そっぽを向いているアスカ・・・

「生駒一曹、貴女には一週間営倉に入ってもらうわ。
それじゃ、今日はここで解散、パイロットのみんなはゆっくり休むように。」

本当に何の反論も無い事を確認したミサトは解散を指示。
シンジに眼で合図すると彼女を連れ、出口へと歩き始めた。

「・・・・・っ!」

去っていくシンジの後姿に、アスカが何かを言おうとしたその時

「ちょ・・・ちょっと待って下さい!ワシは何も無いんですか?共犯ですよ?」

先に声を出したのはトウジだった。
いきなり声をかけられ、振り返ったミサトは意外そうな顔をしている。

「鈴原君、あなたには責任は無いわよ?」

「いいえ。ワシにはユイさんを止める義務があったと思います。連帯責任ですからワシにも問題があります。」

直立不動で自分の意見を述べるトウジ。
どうやら、ミサトがどう言おうと彼は自分の意見を曲げそうに無い。

「じゃあ・・・、鈴原君は一週間、ネルフ本部周辺の草取り。それで良い?」

ミサトの提案に、了解しました!と、トウジは大きな声で返答する。しかも、わざとらしい敬礼のおまけつきである。
敬礼はケンスケがやっている事のモノマネだろうが・・・中々様になっていた。

「あの・・・トウジは僕がムリヤリ・・・」

「かまいまへんです!半分はワシの責任です!」

シンジがミサトに何かを言おうとするが、それを遮るほど大きなトウジの声。
何かを言おうとするたびトウジが叫ぶため、シンジもさすがにそれ以上は何も言えなくなってしまった。

「ちょっと待ちなさいよ!なんでアンタ達がそんな事しなきゃなんないのよ、悪いのは私でしょ!」

何かを言おうとしながらも、それまで黙っていたアスカだったが耐えかねた様に口を開いた。
何も出来なかった自分に苛立つ以上に、
自分を助けた2人が処分を下されているのが気に入らなかったのだ。

「大丈夫だよ。こうなるのは分かってたし・・・。それよりアスカが無事で良かったよ。」

「せや。惣流はゆっくり休んどれ。あんな攻撃されてたんやしな。」

優しげな表情のシンジとあっけらかんとした顔のトウジ。
そんな2人の態度にアスカは二の句が継げなくなってしまった。そんな2人を複雑な表情で見送るしかない。
そして、一応の解散が伝えられていたためレイも部屋から出て行った様だ。

 

 

ミサトがシンジを連れやってきたのはネルフ本部の一角、
人気もほとんど無い様な通路に扉がズラッと並んでいた。その扉の一つの前でミサトが立ち止まり振り返る。

「あなたにはここで一週間過ごしてもらうわ。良いわね?」

「・・・はい。」

ミサトが扉を開けシンジに中に入るように促すと、彼女は素直に中へ入っていく。
シンジには別段落ち込んだ様子も無く・・・本当に言われるがままといった感じだ。

「じゃあ・・・、一週間後に迎えに来るから。」

と、一応の別れの言葉を述べたミサトだったが、その場から動く気配は無い。
そんなミサトの様子を不思議に思うシンジ。
ほんの少しの時間が経った後・・・

「ユイちゃん、アスカを助けてくれてありがと。
規則上、こうするしか無かったんだけど・・・あなたには感謝してるわ。」

光の関係でシンジからはミサトの表情が確認できない・・・
内心怒られるのかと思っていたくらいなので、褒められるというのはシンジにとっては意外なものだった。
規則を破ってしまったのだから怒鳴られるのは覚悟の上だったのだが・・・

「それじゃ。一週間後ね。」

戸惑うシンジをよそに、ミサトは扉を閉めそのまま行ってしまった。

「・・・・・。」

途端に暗闇に包まれる室内・・・
シンジには何もする事は無く、とりあえずベッドに腰を掛ける事にした。

 

 

どれほどの時が経っただろう・・・。
時計が無く、周囲が暗いため今が何時なのかシンジには見当もつかない。

タッタッタ・・・

誰かが近付いてくる様な足音が聞こえてきた。
しかし、その音は突然、止まり遠ざかっていってしまう・・・。かと思えば、また近付いてくる・・・。
しばらく耳を済ませてみたが、ずっとこの調子だ。
どうも、自分の部屋の近くで行ったり来たりしている誰かがいるらしい。
食事を運んでくる人が迷子になってるのかな・・・?と、思わず取り止めも無い事を考えてしまうシンジ。その時

「あ・・・あの〜・・・」

扉の向こうから声が聞こえてきた。
少し戸惑っているような小さな声・・・だが、シンジにはその声に聞き覚えがあった。

「あれ、アスカ・・・?どうしたの?」

「え?あぁ・・・ちょっと通りがかっただけです。なんでもありません・・・。」

シンジが扉の向こう側の声の主に話しかけと、すぐに返答が返ってきた。
もっとも、この区域は人が往来するような場所ではないので、たまたま来る様な場所でも無いのだが。
シンジからは見えないが、アスカはまだ扉の前に居るらしい。
どうしたんだろう・・・?と、シンジがしばらく様子をうかがっていると

「ユイさん・・・、あ・・・ありがと・・・。」

アスカはそう言うと、すぐさま駆けて行ってしまった。
シンジがその言葉を理解する間も、何か言う間も無く・・・

 

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