>>593氏のネタ2   ネルフ誕生

 

 

翌朝、シンジは台所で朝食の準備をしていた。
準備と言っても、ミサトの話どおり食材らしきものはほとんど無かったため
ご飯を炊いてオニギリを作るのが関の山と言ったところである。
それは、シンジにとってはごくごく当たり前の行動だったのだが・・・

「あ、おはよう。アスカ・・・さん。」

「・・・・・。」

起きてきたアスカに挨拶をするシンジ。一方、アスカはムスッとした表情でシンジを一瞥するのみで返事は無し。
昨日だけではなく、今も機嫌がよろしくない様だ。

「あ、ご飯作ったんだけど・・・」

「・・・いりません。」

それだけ言うと、アスカはバスルームへと入ってしまった。
時間的に学校へ行く支度でもするのだろう。

「ユイちゃ〜ん、朝からありがたいんだけど・・・ちょっといいかしら?」

と、ダイニングルームの隅でミサトがシンジをにこやかに手招きしていた。彼女もいつの間にか起きていたらしい。
一方、いきなり偽名のほうで呼ばれたため思わず辺りを見回してしまうシンジ。
やはり昨日の今日では、まだ名前が馴染んでいないらしい。
数秒後、自分の事だと気付いたらしく、ミサトの方へ近付いていく。

ガシッ!

シンジかミサトの間合いに入った刹那、
彼女はシンジの首に手を回したかと思うと、その頭をそのまま小脇に抱え込んでしまった。

(シンちゃん、あなたはまだこの家に来て間もないって設定なんだからね!
目立つような行動は避けてちょうだい!)

彼女の表情は険しいものへと変わっており眼が完全に据わっている。
一方のシンジは苦しい体制で抑えられてしまい、ジタバタと必死にもがいているが脱出は不可能だろう。

(とりあえずは、あなたが一番最初にこの家に来た時みたいに、大人しくしててくれれば良いの。分かった?)

(だって、今日の当番は僕で・・・痛たたた!)

ボソボソとアスカに聞こえない様に小さな声でやりとりをする2人。
シンジの言うとおり、壁に貼られた当番表に書かれているのはシンジの名前である。
彼女の言う事にも一理あるのだが・・・今のミサトにはそんな事は関係ないらしい。

(四の五の言わない!返事は?)

(・・・はい。)

ミサトは何かを言おうとしていたシンジをピシャリと黙らせてしまった。
その時、2人は冷ややかな視線が向けられている事に気付く。

「・・・・・。」

いつの間にか準備を終えていたアスカが呆れたような顔で2人のやりとりを眺めていた。

「あ・・・、お、おはよ〜、アスカ。」

慌てて取り付くよう様に挨拶するミサト。
すぐにシンジから手を離したものの、彼女の態度はあからさまに不自然なものだった。

「私、学校行くから。それじゃ。」

それだけ言うとアスカは出かけて行ってしまった。
ミサトの行動にもあまり気を止めていなかったらしい。これといって何のリアクションも無かった。

「ミサトさん、やっぱり無理ですよ。
ホントの事言っちゃ駄目なんですか?」

すでに、シンジは諦めかけている。
彼女の言う通り、本当の事を伝える事が出来るのならどんなにか楽だろう。
しかし、EVA初号機が使徒を捕食しS2機関を取り込んだだけでも、ゼーレの不信を買っているのに
その専属操縦者がロストしてしまったという事実は、誰それの責任問題だけで済ませられる話ではないのだ。
今のシンジの現状をゼーレに知られるのは得策とは言えない。
この事実がゼーレ側に漏れてしまえば、シンジがどうなってしまうかは見当もつかないのだから・・・

「まぁ、もう少し頑張ってちょうだい。
元に戻れば全て丸く収まっちゃうんだから。それまでの我慢よ。」

考え事をしていたミサトだったが彼女なりにシンジにフォローを入れる。
正直なところ、シンジには一刻も早く元に戻って欲しいのだが・・・
サルベージの失敗も考えていなかったわけではないが、こんな形での失敗は想像も出来なかった。

「シンちゃん、ご飯食べたら準備してね。ネルフ本部へ行くから。」

「え?僕もですか?」

ミサトの発言に意外そうな声で聞き返すシンジ。

「本当は、元に戻す目処が付くまで自宅に居てもらおうかと思ってたんだけど・・・
一応、私の部下って事になってるし・・・、少なくとも今のところは眼の届くところに居て欲しいのよ。
それに、これからの事も色々と教えなくちゃいけないから。」

ミサトの言っている事はイマイチ理解しきれてないが、
人の言う事に素直に従うのが処世術のシンジである。これといって反論があるわけでもない。

「あの・・・、やっぱりネルフの制服で行くんですよね?」

「そうね。いつものシンちゃんの学校の制服じゃ無理だし。」

何か問題があるの?とでも言わんばかりのミサトの返答にシンジは深くため息をついた。
いくら女性の身体でサルベージされたとはいえ、心はシンジのまま。
他人から見て何も問題が無くともシンジの胸中は複雑である。

「まぁ、私服で出勤して更衣室で着替えるって方法もあるけど・・・今のあなただと女子更衣室になっちゃうわよ?」

ミサトの提案に首をブンブン横に振り拒否の意思を示すシンジ。
彼女は支度をするため、渋々自分の部屋へ戻っていく・・・。
程なくして着替えてきたシンジがダイニングルームへと戻ってきた。

「あら〜、シンちゃん可愛い〜!」

テーブルの上に用意されていたオニギリを頬張っていたミサトがフォローの言葉をかけるが・・・

「・・・うれしくないです。」

やる気など微塵も無いシンジの声。すっかり気が抜けてしまっている。

「そんな顔しないの。似合ってるわよん♪
それに車で行くんだからそんなに気にする事も無いって。それじゃ、行きましょうか。」

 

 

ネルフ本部へと到着したシンジとミサトの2人組。
この取り合わせはさほど珍しいものでもないのが、やはりシンジは落ち着きが無い。

「あの〜・・・ミサトさん?」

シンジがこうして質問してくるのは今日に限っては珍しい事ではない。
今日から何をすれば良いのか、学校へ行かなくて良いのか、家事はどうすれば良いのか・・・等など。
もっとも、ようやく自分の身の回りの事を気にする余裕が出来てきたとも言えるのだが。

「どしたの?」

「さっきから・・・、すれ違う人達が僕の事を見てる気がするんですよね・・・。」

シンジの発言は決して自意識過剰なものではなく・・・
確かに、ミサトもさっきからそんな気はしていた。
最初は自分が見られているのかと思ったが、どうも向けられる目線はやや後方にズレている。
その先に居るのは自分の後を付いてくるシンジ・・・そう、見られているのは間違いなくシンジであり
その事実にミサトが軽いショックを感じているのは彼女だけの秘密である。

「気のせい気のせい。ま、今のシンちゃんだと無理もないかな〜。」

「???」

ミサトの言っている事はシンジにはさっぱり分からないらしいが、
外見がユイになってしまった今のシンジは
美人に分類されるミサトやリツコとはまた違う雰囲気を振り撒いていた。
また、シンジはシンジで今の自分に慣れていないためか、その仕草にはある種の初々しさすら感じられる。
その辺りの彼女のアンバランスさが人の眼を引く原因となってしまっているのだろう。
そして、人の眼を引いているというのも決して悪い意味ででは無い。

 

 

さて、ミサトがシンジを連れてやってきたのは第二発令所。
前回の第14使徒の襲撃を受け第一発令所が破壊されて以来、こちらがメインで使用されているのだ。
その発令所の上部指揮所でミサトは改めて、シンジの事をオペレーター達に紹介している。

「で、こちらが生駒ユイさん。
ちなみに階級は一曹で・・・あ、そうそう。ユイちゃんの戦闘配置はここ。
だから、戦闘配置って命令が出た時はちゃんとここに来る様にね。」

日向・青葉・伊吹の3人のオペレーターは前回のサルベージに関わっている為、シンジの事は当然知っている。
むしろ、シンジの方が知らない事が多く、
彼女は今の今まで自分の階級の事すら聞かされていなかった。

「まぁ、まだ色々あるんだけど・・・中身はそういう事だから。みんなも面倒みてあげてね。」

ミサトの言葉が奥歯に何か挟まったような物言いなのは情報の漏洩を防ぐ為である。
彼女は彼女なりに、一応は考えて行動している様だ。

「あれ?リツコは?」

ミサトがふと周りを見渡してみるも・・・いつもは居るはずのリツコの姿がなぜかない。

「・・・センパイは昨日からずっと研究室に篭もったままです。」

答えたのはリツコの部下である伊吹二尉。彼女はやや心配そうな面持ちである。
昨日から・・・と言う事はかれこれ16時間以上も経過している事になる。
いくら仕事がら徹夜になる事が多いとは言え・・・さすがに無理があるだろう。

「じゃ、ちょっと見てくるわ。シンちゃ・・・ユイちゃんも一緒にきてちょうだい。」

「・・・はい。」

少々危なっかしいミサトの言動に呆れつつ答えるシンジ。
バレるとしたらミサトさんが原因なんだろうな・・・と、彼女は内心他人事の様に考えていた。

 

 

「あら、ミサトと・・・、生駒さんだったかしら?」

リツコの研究室にやってきた2人を出迎えたのは当然、部屋の主であるリツコである。
部屋の中はコーヒーの匂いが漂っており、
それは彼女がこなしてきたであろう睡魔との激闘の痕跡であるとも言える。

「リツコ・・・あんた、大丈夫?」

ミサトが思わずそう聞き返すのも無理はない。
リツコの眼の下には大きな隈が出来ており眼は充血済み、
いつもの理知的な顔からは想像も出来ないほどに・・・彼女の全身からは疲れが滲み出していた。

「大丈夫よ。一刻も早くシンジ君を元に戻してあげないとこちらとしても困るものね。」

そう言って、自分のデスクへと戻っていくリツコがフラついて見えるのは気のせいではないだろう。
相当に疲れているのか足元もおぼつかないようだ。

「もしかして、もうシンちゃんを戻す方法が見つかったの?」

「そうよ。」

思いがけないリツコの言葉にミサトの顔に安堵の表情が浮かぶ。
シンジのために色々設定を考えた事は徒労に終わりそうだが、
そんな事は気にもならないくらい、ミサトは何かの重圧から開放されていた。

「で、元に戻す方法ってどういう方法?」

すっかり上機嫌になってしまったミサトがリツコに尋ねる。
一方、リツコはデスクに座り手元のキーボードを操作しているため、
ミサトやシンジからはその表情をうかがい知る事は出来ない。

「簡単よ。シンジ君をもう一度初号機に乗せるのよ。」

「・・・はい?」

思いがけないリツコの言葉に、今度はキョトンとした表情に変わるミサト。

「シンジ君に頑張ってもらって、もう一度400%のシンクロ率を出してもらうのよ。
その後でもう一度サルベージすれば問題解決ね。」

「ちょっと待って。
400%のシンクロ率って・・・そんな簡単に出せるものじゃないでしょ?
それに前回のサルベージだって失敗だったようなものじゃない。」

ミサトの意見は至極当然な意見である。
400%のシンクロ率など理論的にありえない数値であり、ましてや意図的に出せるものでもない。
おまけに、前回のサルベージは明確な失敗であり、
姿形が変わってしまったとはいえ、シンジが生還出来たのは奇跡と言っても決して過言ではないのだ。
いくら元に戻す為とは言え、ミサトとしてはシンジをもう一度危険な目にあわせたくなど無い。

「そうね。でもリスクを恐れていては結果は出ないものよ。
科学者とは言わば前人未到の領域に挑戦を続ける冒険者のようなもの・・・冒険には危険がつきものなの。」

「つきものって・・・憑き物付いてんのはあんたじゃないの?言ってる事が少しおかしいわよ。」

ミサトの言う通り、いつものリツコからは想像しづらい常軌を逸した言動である。
これまでにも現実的で非情ともとれる意見を口にする事はあったが・・・
ここまでマッドなサイエンティストではなかった・・・はずである。

「一応聞いておくけど・・・サルベージが成功する確率ってどのくらい?」

「そうね。神のみぞ知ると言ったところかしら。」

ミサトにとっては案の定であるリツコの返答。
当たり前と言えばそれまでだが、昨日の今日でそこまでサルベージの成功確率を上げられるものではない。
がっくりとうなだれ大きなため息を付くミサト。

「あら、サルベージの成功確率だってゼロやマイナスじゃないわよ。
もう一度実行してみる価値はあるわ。前回のデータで問題点も洗いなおせたもの。」

「もういい・・・。リツコ、あんた一回、家へ帰りなさい。」

ミサトはすでにリツコの戯言を聞く気は無いようだ。
さっきの明るい表情は既に消え、親友を見る彼女の眼はすでに諦めに支配されていた。

「さ、行きましょう、生駒さん。早速、エヴァの準備をしないとね。」

「帰れ。」

早速行動に移そうとするリツコに対し、自分の意見をこの上なく簡潔に述べるミサト。
これ以上は進展が無いと判断したのか、ミサトはおろおろするシンジを連れ再び第二発令所へと戻っていった。

 

 

再び第二発令所へと戻ってきたミサトとシンジ。
リツコのところへ行ったのは無駄足になってしまったが、
今のところシンジを元に戻すアテが無いという事が分かったのは、ある意味収穫だったとも言える。

「日向君、ユイちゃんの事、お願いね。」

「分かりました。」

状況が飲み込めないシンジをよそに、それが当然であるかのようにやり取りをする2人。

「じゃ、後は日向君に色々教えてもらってちょうだい。じゃあね〜♪」

それだけ言うとミサトはさっさと出て行ってしまった。
取り残される格好となってしまったシンジはやはりまだ状況を理解しきれていない。

「それじゃ、生駒一曹。僕の後に付いて来てくれ。」

日向二尉はそう言うと、シンジを先導するようにネルフ本部の通路を進み始めた。
シンジも遅れないように後をついていく。

「あの・・・、日向さん。僕はこれから何をすれば・・・?」

「基礎訓練さ。」

エヴァの操縦やシンクロテストなら散々やってきたシンジだが・・・
基礎訓練というのはさっぱりな言葉である。

「訓練・・・ですか?」

「大丈夫。ここのみんなはやってる事だから心配する事はないよ。
それに君の場合だと、本格的にやるわけじゃなくて、名目上やっておくようなものだからね。」

 

 

その日の夕方、ミサトの愛車であるアルピーヌ・ルノーで帰宅の途についているミサトとシンジ。
昨日もその車内は静かなものだったが、今日はまた別の意味で静かだった。

「はぁ・・・。」

シンジはさっきからため息をついてばかり。
さわり程度とは言え、礼法や戦闘訓練、銃器の取り扱いに至るまで・・・
一日で教え込まれてしまったため彼女はすっかり疲れ切ってしまっていた。
もっとも、一日で覚えきれるものでは無い為、これから合間を見つけては訓練を続けていく予定である。

「ミサトさん・・・、まだ何か僕に言ってない事ってありません?」

シンジの疑問はもっともである。
今日は、自分が関わる事なのにそのときになって初めて聞かされる事ばかりあった。

「そうねぇ。じゃ、これからシンちゃんにやってもらいたい事について言うわ。」

「やってもらいたい事・・・勉強ですか?」

確かにシンジは義務教育の真っ最中であるはずなので、勉強も大事である。
しかし、愛車のハンドルを握るミサトの口から出た言葉は

「エヴァパイロットのメンタルケア・・・つまりあの子達の心の支えになって欲しいのよ。」

「え?な・・・え?」

シンジにとって想像も出来なかったもので、完全に言葉に詰まってしまった。

「最前線で戦うあの子達には負担が大きいと思うのよ。
でも、私達にはその戦いをサポートする事しか出来ない・・・そのサポートの1つをシンちゃんにもやってもらおうと思ってね。」

「あの・・・、僕のほうがサポートしてもらいたいくらいなんですけど・・・」

シンジがミサトにツッコミを入れる。
確かに、これまで最前線で戦ってきたシンジにしてみれば、彼女はむしろサポートされる側の人間だろう。

「う〜ん・・・、例えばなんだけど、女性ものの下着を作るスタッフには女性が多いって話だけど・・・
どうしてかは分かるかしら?」

突然そんな事を言われてもシンジに分かるワケが無い。

「それは女性の気持ちを分かっているのは同じ女性だからよ。
つまり、エヴァパイロットの気持ちを誰よりも理解できるのは今のシンちゃんなの。」

「そう・・・でしょうか?」

何となく分かったような気もするシンジだが、まだ釈然としない。

「それに、あの子達はシンちゃんの友達でしょ?
あなたはこれまで通りに接すれば良いのよ。もちろん、今の自分自身の事は忘れちゃ駄目だけどね。」

「何か言いくるめられてる気がするんですけど・・・」

シンジはやっぱり納得し切れてない様子である。まだ何かを言おうとするも

「気のせい気のせい。じゃ、あの子達には明日正式に紹介するから・・・一応、心の準備だけはしておいてね。」

片手でハンドルを握りつつシンジの肩をバンバン叩くミサト。
元気付けているつもりなのだろうが・・・彼女のその様は30代に片足突っ込んだオバちゃんの動作である。

 

 

翌日、ネルフ本部の一室で昨日ミサトが言っていた通り、
シンジはエヴァパイロット達に紹介されていた。

「・・・と言うわけで、こちらがこれからあなた達のサポートをする事になった生駒ユイさん。
もし、何か現状に不満とかがあったら彼女に言ってね。」

「え〜と、僕はいか・・・生駒ユイです。これからよろしくお願いします。」

と、ニコニコと彼女を紹介するミサト。
そして、今さらながら改めて自己紹介をするシンジに対し

「あ〜、あんたはあの時の!ワシ・・・自分は鈴原トウジです、よろしゅうたのんますぅ!」

「・・・よろしくお願いします。」

「・・・・・。」

トウジ、レイ、アスカはそれぞれの反応を示した。
トウジは少々顔を赤くし照れてしまっている。一方のレイはいつも通り無表情、興味もあまり無いらしい。
そして、腕を組み不機嫌そうな態度で一言も話そうとしないアスカ。
彼女は昨日の葛城宅でも不機嫌なままだった。
姿の変わったシンジが訪れて以来ずっとその調子である。

「では、これより3号機の起動実験を行います。3人とも早速準備してちょうだい。」

一通りの挨拶も済んだところでミサトが今日の任務の内容を3人のチルドレンに説明する。

「3号機の・・・?それって・・・ごふっ!」

状況が分からないシンジが独り言の様に呟くが
「余計な事は喋るな」と言わんばかりにシンジの脇腹にミサトの肘打ちが炸裂する。

 

3号機とは前々回の使徒襲来時・・・
正確には3号機の起動実験中にその体内に寄生していた第13使徒が覚醒。
フォースチルドレンとして選抜されたトウジを乗せたまま、ネルフ本部へ向け侵攻した事があった。
使徒との戦闘で弐号機は大破、零号機が中破という損害を受け、一時は初号機すらも危険な状況に陥ったが
寸での所でシンジがどうにかトウジの乗ったエントリープラグを確保する事に成功。
プラグの制御を失った3号機はその機能を停止・・・粘菌状の使徒はそのまま消滅してしまった。
3号機の損害も軽いものでは無かったが、アメリカからパーツを取り寄せ、つい最近どうにか修理を終えたのだ。

「鈴原君・・・、大丈夫ね?」

「はい・・・、大丈夫です。それに今度は惣流や綾波が居ますから。」

ミサトの真剣な表情に対し、同じく真剣な顔で返答するトウジ。
今回は、前回の失敗を踏まえ3号機の起動に弐号機と零号機を立ち合わせる手はずとなっている。
不測の事態が起きた場合はすぐに対処させる算段なのだ。
碇司令は3号機のみで問題無いと言っていたのだが・・・一応、念の為である。

「あ〜あ、なんで私が熱血バカのおもりなんかしなくちゃなんないのかしら。」

不機嫌そうにしていたアスカが、隣のトウジに聞こえるように皮肉たっぷりに言い放つ。

「すまんなぁ・・・。面倒なことにつき合わせてしもうて。」

トウジからの返答はやや自嘲的な感じのものだった。
いつも通りムキなって突っかかってくると思っていたアスカはすっかりバツが悪くなってしまった様だ。

「な・・・!なによ、柄にも無い事言うんじゃないわよ!」

そう言うと、アスカはそっぽを向いてしまった。
ちなみにレイは2人がやり取りをしている間も微動だにせず・・・こちらはこちらでいつも通りと言える。

 

 

「エントリープラグ固定完了、第一次接続開始。」

「パルス送信、グラフ正常位置。」

「リスト1350までクリア。初期コンタクト、問題無し。」

ネルフ本部にて3号機の起動実験は着々と進められていた。
拘束具で固定された3号機と、その正面で待機する隻腕の零号機と弐号機・・・
最も損傷の少なかった3号機の修理を優先させたため、他のEVAはまだ万全の態勢には戻っていなかった。
それでも2機のEVAを起動実験に立ち合わせているのは前回の一件があるからである。

「オールナーブリンク問題なし。」

「リスト2550までクリア。」

オペレーター達の報告からは何も問題は感じられない。
だが、これは前回の起動実験時も同様であり、3号機に関して言えばいつ何が起きても不思議ではないのだ。
モニターの先に映る3号機を見つめるミサトの顔も自然と険しいものになっている。

「ハーモニクス、全て正常位置。」

「絶対境界線、突破します。」

絶対境界線を越えるという事はEVAが起動する事を意味する。
そして・・・、それはさも当然であるかのようにごく自然におとずれた。

「ボーダーラインクリア。EVA3号機起動しました。」

絶対境界線を越え、正常に起動している3号機。
1秒・・・2秒と時間が経過していくが3号機には何の変化も現れない・・・かに見えた、その時
モニターに表示されていた神経接続が次々と断線、絶対境界線を越えていたパルスも瞬時に消失してしまった。

「EVA3号機、活動停止!」

オペレーターからの報告を聞くまでも無く
眼光が消え、完全に停止してしまった3号機の姿はミサトにも確認出来ている。
そして、その傍らで同じ様に起動実験を見ていたシンジにも・・・

「ミサトさん・・・、これは・・・?」

「一応起動には成功したけど・・・連動に失敗しちゃったのかしら。
とにかく、今日のところはここで実験中止するしかないわね。」

そう言うと、ミサトは実験中止をオペレーター達に指示、
継いで、待機中のレイとアスカにも実験の中止を伝え、第6ケイジへの移動を命じた。

「・・・了解。」

「あー、もう!完全に無駄足だったじゃないのよ!なにやってんのよ、あの熱血バカは!」

ミサトの指示に従うという点では一緒だが、
黙って従うレイに対し、ブーたれながら嫌そうに従うアスカ。リアクションは人それぞれである。

「ユイちゃん、あなたにやってもらいたい事があるんだけど―――」

一通りの指示を出し終えたミサトが隣に居るはずのシンジに話しかけるも・・・

(・・・行っちゃったか。私から何か言うまでもなさそうね。)

シンジはすでにその場から居なくなってしまっていた。
彼女が出て行ったであろうドアを眺めながら心の中で呟くミサト。
ミサトにはシンジがどこへ行ったのか、なにをするつもりなのかはすでに見当がついているらしい。

 

 

「トウジ、入るよ?」

一応、一声かけてロッカールームへと入っていくシンジ。
自分も以前何度も使っていたため、ある程度彼がどのあたりに居るのかは見当が付いている。

「あ・・・、お疲れ様。」

「あぁ・・・、どうも。」

シンジが声をかけるも上の空のトウジ。
すでにいつものジャージ姿に着替えていた彼は
ロッカールームの中に置かれている椅子に腰をかけ、ただぼんやりとしていた。

「トウジ・・・。」

一方のシンジもそんなトウジにかける言葉が中々見つからない。
心配になって来てみたものの、何を話したらいいかなどは考えていなかったのだ。
今の姿だから言葉に詰まっているというワケでもなく、
以前のシンジだったとしても・・・かける言葉はそう簡単に見つからなかっただろう。

「すんません。さっきの実験・・・失敗してもうて。」

トウジの元気が無いのは、やはりさっきの起動実験の失敗にあるらしい。

「あ・・・、そんなに気にする事ないよ。やっぱり色々大変だと思うし。
それに、少しの間はちゃんと起動してたから・・・次はきっと大丈夫だよ。」

シンジなりに言葉を考えて返答するも・・・、トウジの元気がそうそう戻るものではない。
それに、エヴァに乗る事が彼にとっても重荷であるという事はシンジも知っているため
そうそう「頑張れ」と励ますワケにもいかないのだ。

「じゃ、ワシ・・・帰ります。そいじゃ。」

「あ、うん。気をつけて・・・。」

ロッカールームから出て行こうとするトウジに何か言おうとするものの
シンジにはやっぱり言葉が見つからない。そのまま成り行きでトウジを見送る事しか出来なかった。

「はぁ〜・・・」

誰も居なくなったロッカールームでシンジは1人ため息をつく。
トウジの事も気になるが、何よりこれから自分がちゃんとやっていけるのか不安になってきた。

「ユイちゃ〜ん、ちょっと♪」

「うわっ!」

いきなり声をかけられ驚き慌てるシンジ。
声の主は今の彼女の上司であるミサトである。
いつの間にロッカールームに来ていたのか・・・それすら気付かなかった。
ミサトは「こっち来い」と言わんばかりににこやかに手招きしており、シンジには当然それを拒否する度胸も無い。
これまでの経験から、何か肘打ちの様な打撃や掴み技が加えられるのかと
びくびくしながらシンジはミサトの元へと近付いていく。しかし・・・

「私が言わなくてもちゃんと出来てるじゃな〜い。その調子でこれからもよろしくね。」

「はい・・・?」

いきなりミサトに褒められ唖然とするシンジ。

「だって・・・、僕、結局トウジの力になれてないですよ・・・?」

「こういうのは、そんなにすぐに結果が出るもんじゃないわよ。
それに、何か気の利いた台詞を言う事ばかりが気遣いじゃないもの。
あなたの気持ちは鈴原君にもきちんと届いてるわよ。きっと。」

ミサトの意見に、シンジはそういうものなのかと納得するしかない。
こういうのを亀の甲より年の功って言うのかな・・・とシンジが考えていると

「さて、それじゃ今度はあなたの仕事部屋に行きましょうか。準備も出来た事だし。」

「し、仕事部屋・・・ですか?」

ミサトがすぐに話題を切り替えた。
思わずシンジが尋ねるも、ミサトはさっさとロッカールームから出ていってしまった。
慌てて後を追うシンジだったが・・・、ミサトはすぐ近くの部屋の前で立ち止まり、こっちこっちと手を振っている。
どう見てもロッカールームの眼と鼻の先の場所だ。
シンジがミサトの後について中に入ると・・・そこは完全な個室となっていた。
部屋の奥には机があり、それはドアの方向を向くように置かれている。
隅の方には本棚もあるのだが・・・何の本かはよく分からない。シンジがキョロキョロと辺りを見回していると

「あなたには基本的にここに居てもらう事になるわ。
とりあえず、学校の勉強の自習でもしててもらえば問題無いから。」

「はぁ・・・。」

ミサトの言葉にシンジは気が抜けた様な生返事で返す。

「じゃ、仕事終わる頃になったら迎えに来るから。それまでちゃんと勉強してるようにね。
あ、そうそう。パイロットのみんなにもあなたがここに居るって事は一応伝えておくから。」

「え?どうしてですか?」

率直な疑問を口にするシンジに対し

「だって、あなたはあの子達のサポート役でしょ?」

それがさも当然であるかのようなミサトの返事。
サポート役と言うのも名目上だけじゃなく、本格的にやらされそうな雰囲気である。
改めて自分の先行きに不安を感じるシンジ。

「じゃ、頑張って。あんまり出歩かないようにね。」

そう言うと、ミサトは部屋から出て行ってしまった。

「・・・・・。」

1人、部屋に取り残され・・・シンジは少々落ち着かない気分である。
いくらネルフ本部での生活には慣れているとはいえ、
入った事も無い部屋で勉強しろと言われても・・・中々そんな気分にはなれそうにない。
一応、椅子に腰掛けてもみたが・・・やっぱり落ち着かない。

(あ、そうだ。ここの近くには・・・)

何か思いついたらしく、シンジは自室を後にした。

 

自販機とベンチが置かれている休憩所。
当然、ネルフ本部にはこういった場所がいくつも用意されている。
自室から出てきたシンジは、お茶を手にベンチに座って一息ついていた。

(僕・・・、これからどうなっちゃうんだろ・・・。)

パイロットのサポートなんて・・・自分にうまく出来るのだろうか?
それ以前に、アスカはずっと不機嫌なままで、サルベージされてから今まで会話らしい会話をした覚えがない。
レイもいつも以上に他人行儀だし・・・まともに話が出来そうなのはトウジくらいか・・・。
それも、自分の素性を隠したままみんなに接するなんて器用な事が本当に出来るのだろうか・・・?

「はぁ・・・。」

深くため息をつくシンジの悩みの種は尽きそうにない。
しかし、悩みの中に今の自分の身体についての事が全く入ってないのは、ある意味シンジらしいと言えるか。

「よっ!」

「うわっ!え・・・あ・・・加持・・・さん?」

シンジの肩にポンと手をかけ、軽い口調で話しかけてきたのは加持である。
彼は、そのままシンジの隣に腰を下ろすと

「どうだい、ユイちゃん?少しは慣れたかな?今の生活に。」

と、笑いかけながら話しかけてきた。
以前と変わらず・・・彼らしいいつもの調子だ。

「いえ・・・、まだです。」

少々そっけない態度のシンジ。
そういえば・・・加持は今の自分の事を知っているのだろうか?
偽名の方で呼んできたという事は・・・知らないと見たほうがいいのかもしれないが。

「ま、少しずつ慣れていけばいいさ。地道に頑張っていれば結果はついてくるものだからね。」

加持はシンジの考えをよそに親しげに話しかけてくる。
それはまるで、以前からの知り合いであるかのように・・・

「あの・・・、僕に何か用ですか?」

加持はシンジから目を逸らすと、そのまま目を閉じてしまった。
これから言う事を考えているのだろうか?

「実は、君に頼みたい事があってね。
いや、なんて事はないさ。葛城やアスカの事は知ってるよな?
君に葛城やアスカの支えになってもらいたくてね。今、君は同居しているんだろう?」

自嘲気味な笑みを浮かべながら、加持はシンジの方は見ずに話している。

「はい・・・。一緒に暮らしてますけど。」

シンジの返答は加持にとっては予想通りだったらしい。
加持はすっと立ち上がると、シンジの方を真顔で見ている。
一方のシンジは加持の視線が向けられているのに耐えられず、思わず顔を背けてしまった。

「いきなりこんな事を言ってすまないが・・・
君くらいにしか頼む事が出来ないんだ。これは前にも言ったが・・・
今の君には君にしか出来ない、君になら出来る事がある・・・。それじゃ、しっかりな。」

「・・・え?」

シンジが加持の台詞を理解するのには少しの時間が必要だった。
さっきの彼の台詞は前回の使徒が襲来した時の・・・シンジがもう一度EVAに乗るキッカケともなったものである。

(前にって・・・なんで僕にその話を・・・?)

シンジは一瞬何がなんだか分からなくなってしまった。
ジオフロントの加持のスイカ畑で聞いたその言葉は、シンジと加持の2人以外に知る人間は居ないはずである。
ましてや、今のシンジが加持と会うのは今が初めてなのだ。

「あの、加持さん・・・!」

シンジが再び加持の方に向き直った時には、
彼はすでにその場からいなくなってしまっていた。
加持は多分・・・いや、間違いなく自分の事を知っていたのだろう。
それでも、シンジの事を偽名で呼んでいたのは・・・事情も知っての事だったのかもしれない。

「加持さん・・・。」

なんとなくだが・・・シンジはもう加持には会えない様な気がした。
どこか遠くへ行ってしまうような・・・そんな予感がした。

 

 

室内にカタカタとキーボードを打つ音だけが響く。
ようやく自習に手を付け始めたシンジだったが・・・そうそう思うようにはいかない。
中々問題が解けずに頭を捻っていると

ウイィィィン

突然、機械音とともにドアが開く。
シンジの座っている机はドアの方向を向いているため、誰が入ってきてもすぐ分かるようになっているのだ。
もちろん、ドアをあけた人影はシンジにも容易に確認出来る。

「ミサトさん・・・あれ?」

ドアを開けて入ってきたのはミサトである。
しかし、いつもと様子が違い、彼女の後ろにはサングラスをかけた黒スーツの男が2人程居る。

「生駒一曹、私、これから少しの間留守にするから。
戻ってくるまで、あの子達のシンクロテストと訓練、お願いするわ。
必要な事はこの書類に書いてあるから。」

そう言うと、ミサトはシンジの机にバインダーに閉じられた書類を置いた。
シンジを見るミサトの表情は真剣そのものである。

「え・・・、でも僕じゃ・・・」

「伊吹二尉にもお願いしてあるから大丈夫よ。
あと、送り迎えも出来ないから、私が戻ってくるまではリニアレールで通勤してちょうだい。それじゃ。」

シンジが何か言う間もなく、ミサトは部屋から出て行ってしまった。
黒スーツの男達を引き連れているというよりは・・・ミサトの方が彼らに連れられていったという方が正確か。
ただならぬ雰囲気にシンジは声をかける事も出来なかった。

 

 

翌日になってもミサトは戻ってこなかった。
シンジもミサトの事が気になり、伊吹二尉にミサトの事を尋ねてみたが彼女もどうやら知らないらしい。
結局、渡された書類に書かれていた通りにシンクロテストを行う事になったのだが

「ちょっとぉ、一体いつまでこのままなのよ!」

テストの最中、アスカがシンジに向かって叫ぶ。
本日の訓練はいつも通りのパイロットのシンクロテストなのだが、いつもと勝手が違う。

「あ・・・、ごめん。もう終わったから上がっていいよ。」

さすがにいきなり任された仕事がこなせるはずもなく、シンジはシンジでパニクってしまっていた。
伊吹二尉も自分の仕事の他にシンジの手伝いもしてくれているのだが・・・いかんせん、初心者のシンジには大変な仕事である。
また、いつもはそこにいて的確に指示を出しているはずのリツコも、
シンジのサルベージ以降はほとんど自室に篭もりっきりで、滅多に姿を現さなくなってしまった。
そのせいで、シンジだけではなく伊吹二尉の負担も大きくなってしまっているのだ。

「ったく、段取り悪いわね〜っ!」

「まぁまぁ、生駒さんもまだそんな慣れてへんみたいやし、しょーがないやろ?」

突っかかるアスカになだめようとするトウジ。
もちろん、トウジの言葉でアスカが静かになるわけでもなく、今度は2人の間で口論が始まったらしい。
ちなみに、
もう1人のパイロットであるレイは無言のまま上がってしまった。

「生駒一曹も、お疲れ様。疲れたでしょ?」

3人のパイロットがロッカールームへと上がった後・・・シンジを気遣ってか、伊吹二尉が声をかけてきた。

「はい・・・。こっちの仕事も大変なんですね。」

ため息混じりに返答するシンジの声は完全に疲れ切っていた。
EVAのパイロットとして使徒と戦うのも疲れる仕事ではあったが、
彼らのサポート役というのは別の意味で大変な仕事だというのが身に染みてよく分かった。

「後は私達でやっておくから・・・、生駒一曹は先に上がって良いわよ?」

「え、でも・・・」

伊吹二尉の提案に戸惑うシンジ。
なぜなら、ミサトから渡された書類に書かれている仕事内容の3分の1程がまだ残っているからだ。

「休むのも仕事のうち。
明日からはもっと頑張ってもらわなきゃならないもの。これは上官からの命令よ?」

上官からの命令にしては伊吹二尉の表情は穏やかである。
命令というよりは、むしろシンジを気遣ってのものだろう。

「ありがとうございます、伊吹さん。それじゃ、お先に失礼します。」

そう言って、退出するシンジだったが彼女の足取りは重い。
EVAのパイロットと今の自分・・・どっちが良いんだろう?と、ぼんやりしているせいかついつい詮無い事を考えてしまう。

 

(どこだろう・・・・、ここ・・・。)

シンジの周囲に広がるのは何も無い真っ白な空間・・・
その中でただ1人で漂う感覚だけがハッキリと感じられる。
だが、その漂う感覚がとても心地よく・・・いつまでもそうしていたい衝動に駆られていた。
暖かく・・・優しい何かに包まれているような・・・不思議な感覚・・・

(あれ・・・?なんか息が苦しくなって・・・)

さっきまでは気持ちよかったはずなのに、突然息が出来なくなってきた。
それはまるで水の中に居るような・・・

「げほっ!」

気がついたシンジが見たのは自宅の風呂場。
いつの間にか、湯船に浸かりながらうたた寝をしてしまっていた様だ。
一緒に入っていたはずのペンペンの姿もすでにない。
あまり自覚は無かったのだが・・・やはり慣れない仕事をしているせいだろう。
肉体的にも精神的にも疲れきっていた。

「もう、上がろ・・・。」

寝ぼけた頭を抑えつつ風呂から上がるシンジ。
バスタオルで身体を拭きながらふと見た脱衣場の鏡に映るのは、どこかで見た様な女性の姿・・・
自分の身に起きた事はいまだに信じられないが・・・それでもこれが現実なのだ。

(やっぱり・・・まだ慣れないや。)

これが夢だったら良いのに・・・と、シンジは顔を赤らめながら
おぼつかない手つきで下着を身に着けていく。
最初はさっぱり分からなかったが、ミサトから徹底的に教え込まれたため、着け方に戸惑う事はすでに無くなっていた。
とは言うものの、恥ずかしさまではまだ無くなっていない。
いくら身体的には大人の女性となっていても、その精神は中学生のシンジそのものなのだから。

(そういえば・・・、ミサトさん、今日も帰ってこないのかな・・・。)

ミサトが自宅を留守にするようになって今日で二日目・・・
彼女の不在は、シンジとアスカの2人きりで過ごすという事を意味している。
もちろんそんな事はこれまで何度もあったのだが・・・今のシンジは事情が違う。
ただでさえアスカは今のシンジを避けるように生活しているのに、
その状況で2人きりというのは非常に気まずいものがあった。

「・・・寝よ。明日も早いし・・・。」

サルベージされてからというものシンジには気苦労が絶えなくなってしまった。
ミサトから貰ったTシャツとホットパンツを着て、
肩に届きそうなくらいの髪をタオルで無造作に拭きながらシンジは脱衣場を後にした。

「あ・・・、おかえりなさい。」

考え事をしていたせいか、ダイニングルームに人が居る事にまったく気付かなかった。
いつの間にかミサトが帰宅していたらしい。
ふと見ると、先に上がったペンペンはミサトに寄り添うように立っている。
ミサトが居る事にホッと一安心したシンジだったが・・・彼女の様子がおかしい事に気付くのに、そう時間はかからなかった。

「う・・・うぅっ・・・・・」

置き電話を前にミサトは大粒の涙を零していた。
テーブルに手をつき、堪えるように泣いていたミサトもシンジの事に気付いたらしい。

「え・・・?ミサト・・・さん?」

シンジの姿を見るなり、ミサトはシンジに抱きついてきた。
反射的に抱きとめるシンジだったが・・・それ以上どうしたら良いのかは分からない。

「うぅ・・・うぁ・・・うぁぁぁぁ・・・・」

シンジに身体を預けたミサトはまるで子供の様に泣きじゃくっている。
同じくらいの体格になってしまったシンジには、それまで大きいと思っていたミサトがとてもか細く感じられた。
ミサトが何故泣いているのか・・・それはこの時のシンジには知る由も無い。

「・・・・・。」

その後も、シンジはただ・・・泣き続けるミサトを支える事しか出来なかった。

 

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